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三柱の世界
聖霊王国の王子ヴァーニエル
しおりを挟む私たちは渓谷の谷底へと降り立った。渓谷の壁を高く見上げた頂上には針葉樹林が見える。その針葉樹林の根元は灰白色なのだが、下層部分はポゾドルと呼ばれる赤灰色の酸性土壌だ。壁は一面、そのポゾドルである。まるで大きな力で地面が引き裂かれて出来たような、不思議な渓谷の道だ。
南からはこの渓谷の道を通ってしか帝都に入れないらしい。南の要所路である。
ここで聖霊ボックスから自動車を取り出し、ちょっと渓谷をドライブしてから通用門に入ろうという寸法である。これくらいの距離なら酔わない。大丈夫だ多分な。
『酔ったらお膝貸したげるわよお』
と、アザレアさんも人型になって一緒に乗ってくれるので安心してレッツラゴー。
狭い後部座席でギュウギュウ詰めだけどがんばりまっしょい。
この自動車、助手席は無いけど後部座席はあるのだ。前は運転席だけで、後部座席は決してリクライニングなぞついてないカチンコチンな座面である。
たぶん、人乗せて走ること考えてない。せめてクッション欲しいとぼやいたら、アザレアさんが聖霊ボックスからサロンに置いてあるクッションをひとつ取り出してくれた。
「クッション持ってきてたんですね」
『これはねえ~今、ハツネちゃんちから取り出したのよん』
「え。何それどゆこと」
聞けば私の家、聖霊ボックスと繋がってるらしい。家の中のものなら聖霊ボックスから取り出せちゃうんだって。いつの間にそんな機能が?!
と驚いてると、「あらん。前も服を出してあげたじゃない」と指摘される。そういえばありましたねそんなこと…ミザリーさんのお店で着替えを出してもらったよ。他にもミザリーさんの家に酔っ払ったまま泊まってしまった時も、着替えの服がベッド脇に置いてあったよ。
あれ、もしかしてアザレアさんが置いてくれてた…とか?
『やっと気づいてくれたのね』
「今更ですみません…」
ほんとにな!私どんだけ鈍いのか。
そしてアザレアさんはどんだけ出来る聖霊さんなのか…。
もう嫁にしたいわあ。と、もし口に出したら車を急停止される恐れがあるので言わないけれど、本当に出来る嫁もって幸せです私。
クッションを腰に挟んだらいい具合になったよ。振動も和らいで景色見る余裕も出てきた。時速六十キロくらいかなあ。見た目シースルー車だから不安だったんだけど、"風防"と"空調"の魔法のおかげで意外と快適なんである。
問題は振動対策だね。ケツ痛いねん。
車で出発して五分くらい。なんだか前方にものすごい量の土煙が見えた。
え、なんであんな竜巻みたいな土煙が立ってるんだ?ここの土質は湿ってるから、自然の風であそこまで巻き上がること無いはずだけど…。
「おかしいな…」
「変ですよねえ」
土埃に混じり強靭な風圧が巻き立って見えるし怯えるような馬の嘶きが聞こえた。
あまりの異常事態に、私たちも顔を見合わせてしまう。これ、前進して大丈夫か?
『ちょっと見てくるわ』
アザレアさんが一瞬で天馬に変身して空を駆けた。
キラキラ輝くピンク色の星屑が、昼間の明るさの中でも美しく帯を描いていく。
竜巻のような風の渦を回避しながら天馬は走り抜ける。くるりと一周回ってから、こちらへと帰ってきた。
『なんかねえ、商隊ぽいのが襲われてるわよ。武器持った集団に』
と、衝撃の報告。襲われてるって…盗賊かな。追い剥ぎみたいな。武器持った集団なんて戦闘慣れしてそうで嫌だな。
「この辺は盗賊スポットかなんかですか?」
「いや、そんな話は聞いていない。報告も受けていないぞ。道路警備隊は何をしてるんだ…兵の一つも視えない…」
主街道は国道みたいなものだ。一定距離ごとに危険回避場所もあって設備は充実。
道路警備隊が巡回もしていて旅人の安全に配慮しているんだそうだ。
これだけ騒がしいというか遠目で見ても分かるほど危険なのに、警備隊は疎か帝都から守備兵すら来ていないらしい。
ルークスさんは【目】を使って風塵舞う向こうを見通しているようだ。
「すまんが突っ切る。ハツネ殿、しっかり捕まって身を伏せていてくれ。聖霊様は、あの馬車の方を頼めるか」
『いいわよー。とりあえず護っといたげる』
「はーい。なんならあの竜巻っぽいの消しちゃいましょうか」
「…出来るのか?」
「逆巻きで同じものを出せば相殺しますよね。やってみます。逆巻け"ビュンビュン"」
我ながら単純な発想かと思ったが、これが意外とうまくいったから驚きだ。
まず指でくるくるして風を逆巻かせる。それを腕で薙ぎ払うようにして遠くへ飛ばし、竜巻の中心地へ放り込んだのだ。
放り込まれた逆巻きトルネードは竜巻の勢いを殺し、見事に相殺した。
暴風が止む。
「好機だ。突っ込んでやる」
「行っちゃえ!ひゃほーう!」
私はアホっぽい声を上げ腕を振り上げた。ルークスさんも愉快そうにアクセルを踏む。なんか私たちの方が無頼漢かもしれないんだぜ。気分は世紀末だヒャハー。
車は混戦してるっぽい集団の中へと突っ込んだ。
「ぎゃっ」「なんだ?!」
「うわあああ」「逃げろ!」
「ヒヒーーーン」
馬も人も逃げ惑う。なんせ車で追いかけてあげてるからね。
どけよー。どかないと轢いちゃうぞー。車は武器持った集団に対峙するように止まった。キキキーーッとブレーキ音が鳴り響く。
突然の乱入者(車)に反撃した人はいなかったようだ。
無傷のボディが太陽の光に照らされる。キラーン。
「なんっだてめえらあ!!!」
勇気ある人が叫ぶ。髭面の、いかにも悪者ですって顔の人だ。
なんだかんだと訊かれたら答えてあげるのが世の情けってもんだけど、名乗るほどのものでもない。
ここはルークスさんに任せよう。なんせ皇族だし。印籠もってそうだし。
ひかおろーうとかやるかなあ。わくわく。
「君たちこそ何者だ?ここは天下の帝国道だぞ。見たところ、そこの馬車を襲ってるようだが目的を聞こうじゃないか」
そう言いながら車を降りて、ついでにパッパーープップーとクラクション鳴らして遊んでるとこ見ると、楽しんでるねルークスさん。
見た目は軍服だし真面目そうなんだけど、態度がおふざけだ。これは相手を怒らすんじゃないかな。もしやそれが狙いかな。
「ざっけんじゃねーぞ!てめえに関わってる暇ぁねえんだ!野郎ども、ヤッちまえ!」
「おおッ!」「そっちだ」「回りこめ」「早く護衛を殺せ!」
あわや馬車が襲われる!というところで"シュパッッ"と鎌鼬を飛ばす。
「──剣が!?」
「駄目です。襲わせません。"バラバラ"」
鎌鼬ちゃんは先頭にいた無精ヒゲの男が持ってる剣を弾き飛ばし、次いで、持ってた武器を解体してあげた。見たところ、どの人間も剣を携えているので武器解除してやれば攻撃できないでしょ。
私は真剣勝負なんて出来ないから、先に得物を潰しておかないとねえ。
「"グシャ""バキッ""ボキッ""バッキバキ"」
「うわっ剣が」「折れた!」「ぎゃーっ」「なんで?!」
目に付いた武器を尽く壊してあげた。
武器が無くなったというのにまだ諦めない輩もいて、馬車に取り付こうとしてたんだけど、それはアザレアさんの張った結界に弾かれて無駄に終わってた。
滑って転んで頭打って気絶だね。お疲れさん。
「ほら、君たち。さっさと目的を言わないと、今度は素っ裸にされるぞ」
ハードル上げないでルークスさん。鎌鼬ちゃんですっぽんぽんの刑は可能だと思うけど、達人でもないから服だけ斬るとか無理だから。
私がやったら多分バラバラ殺人現場になるぞ。
それでもいいならやるけど最終手段だね。
「っく、こんなの聞いてないぞ」
「引け!引けーっ!」「くそっ!」
あいつら誰かに雇われてるみたいだね。
重要な台詞をポロリと落としていくなんて親切なやつだ。
武器持ってた奴等が逃げ去って、残ったのは気絶した間抜けな犯人一人と、混戦中に怪我を負ったのだろう蹲る数人の人物と、馬車である。
おお、この馬車、近くで見たらかなり厳つい。幌馬車みたいなちゃっちい作りじゃなくて鋼鉄製だね。自動車の装甲と同じだ。
鉄の塊を引いてた馬たちも、かなりでかくてゴツイ。こんな頑丈な戦車みたいなものを襲うなんて勇気あるやつらだなあ。きっと何か目的があったに違いない。
雇い主もいるようだし、もしかしたらまだ周囲に敵が潜んでるかもしれないと思い、私は広範囲に探索"クンクン"と遠耳"ふむふむ"を展開して随時探れるようにした。あと、攻撃を防ぐ魔法"バリヤー"もかけておく。
「ああっ、皇弟殿下…!」
「ファガラムではないか。どうして今ここに居るんだ?帰着は朝だったはずだろう」
浅黒で背の低いおじさんがやってきてルークスさんに平伏してる。
皇弟殿下…だとお…?
「それが…謎の砂嵐に見舞われまして、朝一番に城門を潜る予定も大幅に遅れたところ…襲われました」
「足止めされたか。計画的な犯行としか思えんな」
「はい。内通者もいるかと…うう…」
「怪我をしているな」
そう言ってルークスさんは、何やら魔法陣ぽいものが描かれた紙を取り出してファガラムさんとやらに渡す。
紙が一瞬光ったと思うと同時に、ファガラムさんの右足の負傷が消えた。あの紙は癒しの護符だね。護符が魔法陣だとは知らなんだ。
力を使い果たした護符も消えた。どういう魔法陣なのか見せてもらいたかったな。
「貴重なものを…ありがとうございます殿下」
「お前にはこれから動いてもらわねばならん」
もっと二人の会話を聞いていたかったんだけど、ここで私の髪が、くいくい引かれた。本日ポニーテールな私。
馬尻尾な黒髪を不意に引かれてしまえば、後ろへたたらを踏むしかなくなる。
「え。なに?」
『ハツネちゃん、大変よー』
アザレアさんの声がする。
天馬の姿で空から声をかけてるようなんだけど、この髪くいくいもアザレアさんの仕業?じゃないね。
アザレアさんの声に関係なく引っ張られてるみたい。だって引っ張られる方向がアザレアさんの浮かぶ空とは方向違いだもの。
天馬なアザレアさんは移動して、私の目前に着地した。
『どうしましたアザレアさん。てか、私、引っ張られてて…痛っ、おーい毛は抜かないでえ』
プチッと一本抜かれたよ。髪引っ張って呼んでるんだろうけど、毛を抜くのはどうかと思うよ。
『アオ、やめなさい。焦らなくてもハツネちゃんは、きちんと聴いてくれる子よ』
アオ?もしかして青?アザレアさんの知り合い?てことは聖霊?
妙な演算が私の脳を活性化させたらしい。急いで髪を引っ張られた方向へと走った。この装甲車のような馬車、怪しいとは思ってたんだよね。
襲うにしたって剣では歯が立たないほど固い装甲。後ろへ回れば…ほらね。
でかい閂と鎖でぐるぐる巻きだよ。この装甲車の中から普通の人間が脱出なんて不可能だ。
「閉じ込められてるのーー?」
私は大声を張り上げた。空いてる窓が上の方で小さい。そこへ声が届くよう、けっこう大声出したよ。その小さな窓、よくみりゃ鉄格子が嵌められてる。絶対に普通じゃない。監獄みたいなもんじゃん。
「あなたに…頼みがある……」
装甲に遮られているからか、私の耳へ届いた声はくぐもってて、か細い。中に人が居るのが分かった。幸い遠耳魔法"ふむふむ"も効いている。
「聴きます。私の名前は稲森初音。異世界人です。あなたは誰ですか?」
要点は素早く簡潔に。異世界人だと名乗ったのは聖霊関係だと思ったからだ。
声が届くか心配だったので、なるべく大きな声で、はっきり述べてはみた。
後から考えりゃ魔法で声届ければ良かったんだけど、この時は焦ってて思いつかなかったのだ。
「異世界人…曾お婆様と同じ……僕はヴァーニエル。聖霊王国の王位第一継承者ヴァーニエル・ヴラン」
良かった。聞こえたみたい。
聖霊王国王位第一継承者ってことは王位を継ぐ一位の人ってことだよねえ。
てことは王子だ。
「聖霊王国の王子様ってことですか?ディケイド様の息子さんで合ってます?」
「……うん、そう………アオを頼む」
そう王子が呟いた後、私の頭上に何かが降ってきた。鉄格子の間から何かを落としたようだ。
"クンクン"発動させてて良かったよ。魔力の動きが匂いで分かったから。
普段の運動神経じゃ避けることも、増して受け取ることも出来なかっただろう。
私が手の平で受け止めたのは林檎だ。しかも青い。青林檎だった。
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