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三柱の世界

ミザリーさんの正体

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 青水の港町アスルオーは、二つの半島が三日月型の湾を形成し、その湾の周りに人が集まり漁港が拓かれ、村から町へと拡大した帝国有数の港町である。二つの半島は南北に、それぞれ大きな灯台を備え、海を航行する船舶たちを見守っている。
 今夜は南側にある半島へと渡り、灯台付近の開けた場所へ居を構えることにした。
 半島までは車が走れる道はなく、灯台守などは舗装もされてない砂利道を、ひたすら海風に耐えながら灯台まで歩くのであって、決して天馬に跨り空を駆けて行くことはない。
 そして天馬に乗れるのは処女と童貞だけであり、あとは天馬が気に入った人物しか乗ることは許されない。
 なのでルークスさんはどうやって灯台のところまでやって来たかというと…。

「これはこれで快適だ」
「私なら悲鳴上げますけどね」
「眺めも最高だぞ」

 海難救助でも使った魔法「"ふ~わふわ"」で車ごと持ち上げて運んであげたのだった。
 空飛ぶ自動車なんて浪漫だよね。でも実際に乗ったら空中を浮遊する感覚で三半規管やられそうな気がするんだ。私は乗り物酔いしやすい質だから。
 ルークスさんは酔わないみたい。愉快そうに空中浮遊を楽しんでいる。

 辿り着いてから家を出す場所を決め、手首に巻いてる腕輪の家型チャームへと触れる。その瞬間にチャームは眩く光り、一瞬にしてマイハウスが現れた。
 いつもながらに不可思議な現象であるが慣れてしまえば怖くない。
 地下室はどうやってできるのかとか、この家が固有スキルでも発見できないのはなぜなのかとか、まだまだ疑問は尽きない家だけど半月も住んでれば住み慣れた我が家である。
 ただいまーと玄関をくぐり、最後に私が鍵をかけた。

 ここで潮騒の音を聴きながら一泊して、翌日は緑煙の町ワイネフーモへと降り立った。
 ミザリーさんに異世界の服を届けに行くのだ。なぜか一緒について行きたがったルークスさんも一緒だ。
 レディースのお店に一緒に来たがるなんて変わった男だのう。

「一緒に行ったって見るものないでしょうに」
「うん。ああ…そうだろうが、ちょっと気になってな」

 気になるってなんぞな。ルークスさんは何やら小難しい顔して考え込んでしまったので、それ以上は詮索しなかったけど、もうちょっとつっこんで聞いておくべきだったかもしれない。
 せめてミザリーさんの名前に反応したのだと確信が持てるまでは…。

「いらっしゃいませ。フォレスト・ミザリー服飾店へようこそ~て、ハツネさん…!」

 白木戸を開けた先で、店長であるミザリーさんがちょうどお出迎えしてくれた。
 今まで店員のマリエナちゃんばかりだったから新鮮だ。
 本日のコーデはグレンチェックのクラシカルワンピースか。上にワイン色のロングカーディガンを羽織って、これから涼しくなってくる季節を先取りだね。
 相変わらずセンスが良いなあ。そして彼女自身は落ち着いていて楚々としている。前から思ってたけどミザリーさんの立ち居振る舞いってとても上品だ。

「服を持ってきましたよ~」

 と、私は風呂敷包みをドンと机の上へと置く。
 風呂敷の中身は私服で、服大好きミザリーさんの着想に繋がればと、色んな生地の長袖のものを選んで持ってきた。

「ありがとうハツネさん。あ、この袋は一枚布なんですか?端と端を結んで…
 まあ素敵、バックになったわ!」

 風呂敷にも興味を持っていただけたようで流石お目が高い。
 ジャパンスタイルの風呂敷包みは、結び方いろいろで手提げになったりお土産包みにもなったりで重宝するんだよね。
 使い終わったら畳んで、小さなバックにも入るくらいコンパクトに仕舞えるから嵩張らなくて大変良い。
 私は風呂敷を大学時代から愛用していたりする。ハマってから集めた風呂敷を、引越し荷物に入れておいて良かった。こうして異世界でも使えたからね。

「絵柄も独特で素敵だわ…何で染めてるのかしら……」

 じ~~~と風呂敷を眺めるミザリーさん。その瞳はとろんとして、まるで恋人を見つめる乙女のようである。あ、舐めないで下さいね。布舐めるの厳禁。

「相変わらずだな。ミザリナ・イーファ・ウェスリントン嬢。元気そうで何よりだ」

 声を掛けたルークスさんに、ミザリーさんの挙動がピタッと止まる。
 そのまま大きく目を見開き私の背後にいるルークスさんを注視した。

 あれ?知り合い?

「ひ、ひひ、ひひひ人違いです。私、ウェスリントンなんて姓じゃあーりませんし、ミザリナ・イーファなんて名前いっぱいいるし、その辺に生えてるしっ!」

 いやあ、生えてないと思うよミザリナ・イーファさんは。
 どうやら二人はお知り合いのようですね。ミザリーさんのテンパり具合を見るに、あまり良い再会じゃないみたいだけど。

「ハツネ殿から名前を聞いて、もしやと思っていた。店名のフォレストは君の母方の姓じゃないかね」
「ななな、な、なんでそんなこと覚えてるんですか…!」
「帝国の皇族として当然のことだ。…そうか、あの時の金でここに店を開いたのか。ハツネ殿がいなければ、私は決して立ち寄らなかった店だな」
「…ぐ、うう…金なら無いですよ」
「開店資金に使ったのだろ?別に、昔のことは根に持ってない」
「え…………本当?」

 ルークスさんの言葉でミザリーさんの緊張が少し和らぐ。
 さっきまで目が泳いで及び腰だったから、それに比べれば格段とマシになった。
 まだビクビクと怯えた感じではあるが。

「本当だとも。元々、君にあげるつもりで用意したものだし、君の夢を叶える為に使ってくれたのなら…私は何も言うことがないよ」
「グレイ……」
「おや。君の方こそ私の名を覚えてくれてたようだけど」
「そ、それは…忘れるはずもございません……」

 下を向いてしまったミザリーさん。まさか照れ隠しとかじゃないですよねえ…。
 おもしろくない。私にとって大変おもしろくない展開ですよ。
 でもここで茶々いれるのも気が引ける。
 しばらく黙ってたらルークスさんが手を握ってきた。
 私の右手に大きな左手が絡む。指の間に指を入れて、労わるように、ぎゅっと握ってくる。これは俗に言う恋人繋ぎというやつだね。

「あら?お二人はそういう関係?」

 視線を下に向けていたミザリーさんにも見えたのだろう。私たちが繋いだ手と手。まあ、ルークスさんはミザリーさんに見えるようわざと繋いだんだろうけど。

「そうだ。ハツネ殿は私の嫁だ」
「ちょっ、まだ、嫁じゃないです」
「まだなだけだろう。未来的には嫁だ。これはもう確定事項だからな」

 どういう理屈だそれ。こんなとこで暴走しないで皇族。ミザリーさんも呆れた顔だよ。

「変わってませんねえグレイ…あんまり強引になさると、また逃げられますわよ」

 ミザリーさんはそう言うと「お茶を淹れてきます」とお店の奥へ引っ込んだ。
 いつもの落ち着いた大人の女性なミザリーさんに戻って良かったが、なんだか気になる言葉を残していった気がする。

「ルークスさんは、前にも同じことしたんですか?」
「なんの話だい?」

 しらばっくれてるのかと思ったけど、どうやら本気で分かってないみたいだ。
 心当たりが無いというか。

「ミザリーさんがさっき言ったことです。また逃げられるって…前にも、女性に対して強引に迫ったことがあるような言い方でしたよ」
「…記憶に無いな」

 責任逃れのテンプレートみたいな台詞だね。
「記憶にございません全て秘書がやったことです」ってやつ。秘書が気の毒だ。
 でもこの場合ルークスさんは本気で言ってるんだろう。本気で記憶にないのだろう。
 目がちゃんと真剣だし、これまでの言動からしても、ここで責任逃れに苦し紛れの言い訳するような人じゃないというのは知っている。
 でも、不安になっちゃうだろうが。あんなにミザリーさんと親しげに会話しておいて…しかも私の知らないことを…。

「ハツネ殿、聞きたいことがあるならなんでも聞いてくれ」
「…いいの?」
「勿論だ。君のそんな顔は見たくないからな」

 そんな顔ってどんな顔だ。鏡で見てみようと、お店の真ん中にある姿見のところまでいく。うーん。今日も純日本産の黒髪と黒目だ。黒目っていうけど黒いのは瞳孔であって、虹彩は焦げ茶色だよね。
 そういえば父親に似て私の眼球はでかいらしい。眼科でいわれたことがある。
 睫毛は多い方だ。なんか顔にゴミ付いたと思ったら睫毛が落ちて頬に付いてたとか、よくある。顔自体は平凡な和顔である。眉が太く鼻ぺたで口は小さい方だ。おお、やはり平凡である。

「鏡を見つめてどうしたのだ」
「ん~平凡な顔だなと思いまして」
「……本気で言ってるのかい?」
「本気ですがなにか」

 それ以外にどう評価しろというんだこの平たい顔に対して。

「君は自分の容姿に関して過小評価し過ぎだぞ。町を歩いていても、知らない男が振り返ったりしてたろう」

 それはローブ姿が怪しかったからじゃないかな。いないでしょ。こんな、もっさり草色のローブを着込んだ婦女子は。珍しいんだよ。珍獣扱いだよ。
 私のイマイチな反応に業を煮やしたのだろうか、ルークスさんは私の頬へと手を添えながら言ってくる。

「頬は桃のように柔らかな円形を描いていて美味しそうだし、唇だって瑞々しくもぽってりとしていて今直ぐ食べたいくらいだ」
「はあ?それは詩の朗読か何かですか」
「違う。あるがままを私の気持ちと共に表現しているだけだ」

 そしたらただのヤバイ人じゃないか。欲望ダダ漏れだもの。
 頭沸いたのかと思っちゃうよ。

「ついでだから言わせてもらうとな、細身ながらも太腿はむっちりしていて張りがあり、お尻も柔らかなれど弾力があって形も良い。胸は小ぶりだが私の手にはちょうど良くて…ぶッ!!」

 言い終わらない内にルークスさんの顔面にお盆がヒットした。
 打ったのはミザリーさんだ。

「だから、そういうセクハラ発言を口説き文句に使うなと忠告したじゃないですか!なんでまたやってんですかやらかしてんですかその脳みそには何が詰まってんですか!」

 鬼のような形相とはこのことだよ。
 あの落ち着いた雰囲気のある清楚なミザリーさんどこいった?!ってくらい怒りに満ちた彼女は…怖い。二度と怒らせないようにしようと心に刻むのだった。

「あら、ごめんなさい。つい昔に戻っちゃって。ハツネさん、お茶淹れましたから、どうぞ」

 瞬間的に笑顔へと戻ったミザリーさんが、姿見の隣にあるテーブルセットへとハーブティーを用意してくれた。前もいただいたことがある。オリジナルのブレンドだろうハーブティーは大変美味しかった。
 が、その、お茶を運んできたお盆が…ベッコベコに凹んでるんだ…ホラーだよ。

「昔のままだなあイーファは」

 鼻の頭と額を真っ赤にしたままルークスさんも、隣の椅子でお茶を飲んでいる。
 赤いとこ痛くないのかな。鼻血出なくて良かったね。あと落ち着き過ぎだけど。
 普通は逆ギレするような場面だった気がするのに。

「お転婆なままだとおっしゃりたいのね」
「まあな。怒ると突拍子もないこと仕出かすのも変わらない。深窓の令嬢だと思っていたのにな…」

 そう懐かしむようなルークスさんの口調は優しい。

「…やっぱり、お金は返します」
「気にしなくていい。さっきも言ったが、あれは君にあげようと用意したものだ」
「でも…っ、あれは…」

 と、なぜか私の方を見るミザリーさん。言いにくいことなのだろうか。
 あ、私が居たら言えないことなのかもしれない。
 私は立ち上がろうとしたのだがルークスさんの手に阻まれた。

「えーと…」
「ここに居てくれハツネ殿」

 さっきまで別々の椅子に座っていたのだけど、ルークスさんの腕が私の腰に絡みついてきて、そのまま引き寄せられ、彼の膝の上へとお尻を据えてしまう。

「ちょっとこれは…」

 恥ずかしい格好なのですが。ミザリーさんも見てるし。

「ここに居て全部聞かないと損するぞ」
「…ミザリーさんとの関係を話してくれるんですか?」
「ああ。隠すことは何もない」

 まあ、隠しだてされるよりはマシだね。
 二人のその親密そうな理由を聞こうではないか。

「いいよなイーファ?」

 と、ミザリーさんにも確認をとってから、ルークスさんは話し始めた。
 それは二人が婚約したとこから始まった。

 こ、婚約だとおおおおおおおおおおおうううううううう
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