衣食住に満たされた異世界で愛されて過ごしました

風巻ユウ

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三柱の世界

首チョンパの魔法と初キス

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『処刑?!ディケイド様を殺すというの…!?ちょっとアンタ!皇族なら女帝を止めなさいよ!』

 あ、やっぱ王様だったんだねディケイド様。
 アザレアさんが目の色変えてルークスさんを詰り出したぞ。

『まるで同情して戦後協定結んだみたいなこと言ってたけどロクなことしてないじゃないの!』
「協定を結ぶ場が紛糾してしまっただけだ。我が女帝は聖霊王国に同情している。
 その証拠に王の身柄を帝国で預かることにしたのだ」
『美辞麗句並べ立ててんじゃないわよ。結局、帝国でディケイド様を処刑する気じゃないのさ』

 そうだよねえ。ルークスさんの言い分はおかしい。
 どう聞いたって帝国は漁夫の利狙って戦勝国を集めて、協定内容を自国に有利になるよう取り計らったってかんじ。二枚舌外交だ。交渉能力パネェわ。

「……………」

 ルークスさんはこれ以上の情報は与えないとばかりに口を噤んだ。
 この人も外交慣れしてるなあ。そりゃそうか、ディケイド様を迎えに行ってここまで引っ張って来た人だもんね。
 てことは怪物に襲われてたあの船は、処刑人を運ぶ護送船だったんだねえ。
 助けるんじゃなかったとは言わないけど、あそこで見捨ててたら確実に沈められてたよねあの船。そこんとこつっついてみよう。

「ルークス様、もし護送船が沈んだらヤバかったですか?」

 戦犯で処刑されるとはいえ高貴な人物。王族だし、初代国王である勇者の血を濃く引く子孫である。そんな重要人物を乗せた護送船がもし沈んでしまってたら…
 それは、帝国の沽券に関わる大問題だったと思うの。

「勿論だ。君に助けられて感謝しているよ」
「そうですか。それなら、ご褒美にディケイド様をくださいな」

『え、ハツネちゃん?!』
「─────!?」

 私の爆弾発言に驚くアザレアさんとディケイド様。
 二人の反応は至極まっとうだね。自分でもよう言ったと思う。

「…やはり君は王族なのかね」
「違いますよ」

 そりゃ全否定だ。やっぱりとか言ってるアンタの方が驚きだよ。なんでそんな思考になったんだ。
 黒髪の所為か。あとは怪物やっつけた魔法素養かな。だが残念。黒髪は日本人だからで、魔法はチートなんだ。きっと神様のバグってやつだ。

「違うのなら、何故、聖霊王国のことを気にかける」
「聖霊王国のことは知らないですよ。でも、聖霊に関しては知らんぷりできないと思いまして」
「それは聖霊様の伴侶としての願いかね」
「伴侶ではないですが、家族だと思ってます。私の大事な家族が悲しい思いをするのは許せないんですよ」

『ハツネちゃん…っ!』

 おお、アザレアさんがとてつもなく感動している。
 私よく言った。もうひと押しかなあ。

「それとも帝国の女帝とかいう人は、自前の船を助けられておいて御礼もしないほど心の狭い人ですか」
「これは手厳しいな。女帝カサブランカに暴言を吐くとは命知らずなのか、それとも…」

 なんてこった。乗ってこない。
 私は怒りを誘う言い方をしたのに、この男ルークスはにこやかに受け流しおった。
 やるなあ。交渉事は熱くなった方が負けだ。相手を怒らすことが常套手段の私は、手強いやつに出会って意識が高揚してしまう。だけれど冷静を保たなければ…。

「私の実力はお見せしてるはずです」
「そうだね。見事な魔法だった。実に有益な魔法素養だ。我が帝国に招きたいくらいだよ」
「ありがとうございます。それでは、私のお願いも聞いてくださいますわよね」
「……うまいな」
「何をです?」
「いや、これも君の実力だと思うことにしておこう」

 褒められてもあんま嬉しくないよ。たった今、自分を餌にしちゃったからね。
 これで思った通りの結果が引き出せなかったら泣けるわ。

「…そうだな。女帝と直接交渉してもらえるかな」
「まあ、私そんな高貴な御方とは顔を合わせられる身分じゃございませんよ」
「それは気にしなくて良い。女帝は気さくな方だ。これは我が国の皇族全員に言えることだが、総じてリベラルなんだ」

 確かにね。ルークスさんも皇族のはずだけど、初対面でも今でも普通の会話なら気さくだものね。真面目な話や交渉中は固めだったけどそれは仕方ない。
 公私混同せず、けじめをつけてるということだ。

 お喋りしながらも食事は進行していたのだが、最後にお茶を飲んで終わった。
 あれ?デザートは?無いのかな。こちらの世界では甘いもので締めないのかなあ。
 食後のお茶は緑茶に似た色で、緑茶より爽やかな後味だった。これはこれで美味しいけど、甘い物の方が良かったなあ。

 会計を済ませた後に飴玉ひとつもらった。でもこれが不味いときた。
 見た目は黒飴。味は甘いんだけど仄かな甘味の中に得も知れぬえぐみと苦味が地獄の協奏曲を奏で魔界の王がニヤリと嗤うような…うん、不味い。
 私はさっさと噛み砕いて飲み込んでしまった。他の皆様は口にも入れてない。
 不味いの知ってるんだね。教えておいてよそういうことは…。

 帰りの道すがらのお喋りで、結局、女帝カサブランカに会うことになってしまった。ただ女帝も忙しいので、面会は当分先になりそうとのこと。
 ちなみに今の私は、怪しさ満点の麻のフード付きローブ姿でございます。

「お会いする前にディケイド様を処刑しないでくださいませね」
「ははは。それは約束できないな」

 笑いおった。笑いおったよこの野郎。所詮は小娘との口約束ってやつか。
 そりゃそうだよね。私との口約束を破った場合の不利益が無いもの。
 今のとこ、戦後協定を破ってディケイド様を私に渡すことで被る不利益の方が大きい。私の魔法素養を手に入れるみたいな利益は提示したけど、それだけじゃ口約束を守るには少なすぎるよね。こうなったら約束破ったら不利になる罰則でも設けたほうが良いかしら…。ルークスさんが逃げないよう鎖でもつけとかないとだねえ…鎖…鎖ねえ…鎖だったら首輪。首輪といったらワンワン。ちょっとズレた。
 首輪で思い出したけど、ディケイド様の首に気になるものがあるんだよ。
 首周りを一周、唐草模様に似た刺青が描いてあるのだ。
 私の勘だけど、あれって囚人首輪なんじゃないかなあ。

「ところでルークス様、ディケイド様の首にある模様って何なのでしょう?」
「ああ、あれは罪人の印だよ。処刑実行日時になると、模様のある箇所が自動で斬れるんだ」

 わお。えぐいね。考えた人は頭イカレてるね。
 自動首チョンパの魔法がかかってるのか。これは使えそうだ。
 私はディケイド様に「失礼します」と言って首を触らせてもらう。
 その際に「"じろじろ"」と探索の魔法、「"カシャカシャ"」と解析の魔法を同時に発動させた。

「何をした?」

 と、ディケイド様にも分からなかったようである。
 魔法かけられてる本人が分からないようじゃ、ルークスさんにも気づかれてないだろう。

 まだこちらの世界の人が魔法の呪文を唱えてるのを見たことないけど、長い呪文の果てにやっと発動するとか言ってたし、魔法てあまりメジャーじゃないのかもしれない。魔法を発動させる為の魔力というものの存在は確認されていて、それを利用したものはある。
 プロジェクションマッピングみたいなやつとか、おそらく船の動力など。
 だけど、魔法を扱える人ってのは少ないんじゃないだろうか。
 たとえ使えても、あの怪物鯨は倒せてなかった。
 そしてディケイド様も、魔力量はあるようだけど私の魔法を感知できていない…。
 アザレアさんなら聖霊魔法でちょちょいのチョイとできそうなんだけどなあ。
 やっぱ聖霊の存在ってチートだわ。神聖視扱いも頷けるし、逆に化物扱いもされてたんじゃなかろうか。
 聖霊がいなくなった途端、攻め込まれたのにもその辺の事情が絡んでそうだね。

「ルークス様、約束してくださいませ」

 言いながら私はルークスさんに近づき肩へと手を置いた。
 背ぇ高っけえなこの人…。
 見上げてルークスさんの澄んだ碧眼と視線を合わせる。

「何をだい?」
「まあ、分かってるくせに…」

 しれっと私の腰に手を回したよこの男おおお!女慣れしてるわ。さすが皇族。
 両腕でがっちりホールドされてしまったので自然と腰がくっついてしまう。
 往来で下半身密着とか洒落にならない事態になりつつある。さっさと目的を果たそう。

「意地悪ですね」
「君が魅力的だからねえ」
「こんなフード被ったもっさい女相手によく言えますこと」
「君は鏡を見たことないのかい?とっても可憐な女性が映ってるはずだよ」

 ははは。減らず口が。
 その口を閉じてあげよう。

「約束してくださいませね。ディケイド様を処刑なさらないと。
 でないと、アナタのこの首を "チョンパ" しますよ」

「ん?これ、は…──っ!」

 かかった。ディケイド様の首にあった模様より遥かに濃い色した囚人首輪をつけてやった。ルークスさんは自分の首に走った違和感で、それに気づいたのだろう。気づいた時にはもう遅い。ディケイド様のを解析して、更に強固にした首輪はより複雑に蔦が絡み、決して解けないようにしてある。

「まさか私に罪人の印をつけるとはね…」

 今度こそ怒っただろうか…?
 私はルークスさんの様子を窺いながら告げる。

「約束を破ったら首が胴体から離れる仕掛けにしました。ディケイド様を処刑したら、その瞬間にアナタの首も落ちますよ」
「…なるほど。君には有り余るほどの魔法の才能が有るようだね」

 怒るどころか腰に回された腕に、ぐっと力がこもった。腰が固定されて動けない。いい加減放してくんないかなあと睨み上げてみる。
 そしたらこの男、ふっと笑って私の唇を奪いよった。

「──んっ!?」

 突然、唇を塞がれて動揺する。キスされてる…。
 キス…キス…キスだとおおおおうおおおお初キスなんだけどこれええええ
 離れろこんにゃろーーー!と手足動かしてルークスさんの肩バッシンバッシン叩いてみたりしたが、開放してくれない。足蹴りも効かない。鉄でも仕込んでんのかと思うくらいブーツが硬いんだけど、どういうこったろうねえ。
 しかも抵抗している間に何度も舌を侵入させようとしてくる。
 くあああさせるかあ!私は懸命に唇を閉じてディープは死守した。
 開かざること貝のごとしだ!

「…ふ、うぅーっ!よくも、よくもー!」
「これぐらい貰わないと割に合わないだろ。…もしかして初めてだとか?」
「そうよ変態!責任とれバカッ!」
「ああ無論だとも。私のとこへお嫁においで。苦労はさせないよ」

 だからしれっと言うなーー!こいつ天性のナンパ男か?!
 そういう責任じゃないわ!唇までやったんだから約束守れってことだよコンチクショーー!

「放してよ!誰が嫁になんぞいくもんかー!」
「あっはっは~子供は何人でも大丈夫だぞ。ペットも可だ。甲斐性のあるとこみせてやる」
「幸せ家族計画か!って、思わずつっこんじゃったけど、そんなもんいらん!
 ええから放せやアホンダラーー」

 どうやらルークスさんの婚活スイッチを入れてしまったようだが、どこでそんなフラグが立ったかさっぱり分からん。ひとしきりぎゅっぎゅと抱擁されてからようやく放してもらえた。私よれよれである。

「くそう。覚えてろーーっ!」

 三流小悪党去り際の台詞みたいなのを吐きながら、アザレアさんに天馬の姿になってもらって、その背に乗っかった。周囲で「わあ!」「聖霊?!」「きれ~い!」みたいなザワつきが起こったが、知らん。

「待って。君との連絡手段はあるのか?女帝に謁見したいのだろう?」

 口早にルークスさんが言ってくる。

「首輪に魔力を流してやろうかああああ」
「それしたら私は死ぬだろうが」
「ちっ。しょうがないからまたこの港町に遊びに来ます」

 狩った怪物の肉も貰いたいしね。お前なんか二の次なんだからねルークス!
 そんな捨て台詞も残して、私は天馬に跨り空へと駆け上がった。
 ちくしょー!初キスをあんな見てくれしか良くないハンサムな守護騎士に奪われるとは…不覚!
 今度会ったら金的かましてやんだからあ!キィー!
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