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三柱の世界

塩対応から砂糖対応へ

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 この店ってドレスコードあるんじゃないかなあ。
 もっさい麻のローブ姿でフードまで被っている22歳の乙女が入るとこじゃない。
 絶対に。
 ここはあれだ。本来なら髪を結ってドレス来てヒールの高い靴履いて来るとこだ。
 間違っても肌の露出ゼロで顔まで隠してる怪しげなローブ姿の女が来るところではない。絶対にだ!

 港町は漁港の辺りは平地だったけれど、坂を登るに連れて大きなお屋敷が目立つようになっていて、気づいたら港の湾は下方に眺めていた。
 その下方から吹き上げる海風が強い。フードを巻き上げられそうになるのを必死に抑えつつ、私たちは山の手にあるレストランへと辿り着いた。

 レストランはお高級だった。周りの家々と同じく白塗り漆喰の壁だけれど、門構えは立派だし、横目に見た庭にはプールがあった。
 入口は天井高のホールになっていて会計口がある。案内の人は燕尾服を着こなし、給仕の人のお仕着せもとても品の良いものだ。
 絨毯は落ち着いた藍色で、白壁には水の流れや滝が流れるさまを光と影で表現した映像が映し出されていた。簡単に言うとプロジェクションマッピングである。
 この技術は凄いな。おそらく魔法で表現しているのだろうが、どういう仕組みなのかはサッパリ分からない。

 まあ、そんな如何にもおハイソなこの高級レストランで、私の姿は完全に浮いている。上品な身のこなしの支配人さんは明らかに作り笑いだ。
「この人もお連れ様ですか?」と守護騎士ルークスさんに確認までしたよこの人。
 けっこう失礼。ディケイド様とは真逆の塩対応である。

 ディケイド様の黒髪は目立つ。この世界で黒髪は珍しいのだ。
 黒髪を持つ人物は、神子と聖霊王国の王族だけというのは周知の事実。
 ディケイド様はやっぱ王族だった。王族がこのレストランを訪れたのだ。そりゃもうスペシャル対応するしかないよね。椅子はよりふかふかなものに替えられ、どうぞこちらにお座り下さいとディケイド様が腰を下ろした矢先にウェルカムドリンク。隣には美女が立ち団扇で仰がれているが、それを当然と受け入れている彼の様子がまたやんごとなきご身分の御方らしいね。

 一方の私はヒソヒソされちゃってますがなにか。

「失礼ですが、この人は当店に相応しい格好では御座いません」

 とうとう言っちゃったよ支配にーん。
 しかも支配人さんは私に言うんじゃなくて、連れてきた守護騎士ルークスさんへと苦言を呈してしまったよ。
 これには流石の守護騎士ルークスさんも眉間に皺を寄せてしまう。

「君は人の見た目だけで人品を判断するのかね」
「そういうわけでは御座いませんが、この場に相応しい格好というものがあると存じます」
「では、彼女のこの格好は時と場合を考えていない、非常識な格好であると非難しているのかね」
「その通りで御座います」

 言い切ってしまった支配人さんに対して、ルークスさんの眉間には益々深い渓谷が出来てしまう。そしてゆっくりと私の方へ首を向けるルークスさん。
 その表情は固く冷え切っている。

「…だそうだ。彼は君を人前で辱めたよ。それと同時に私が君を連れてきたことに対しても不満を持っているようだ」
「いえ、その、滅相もないです。不満など御座いません」
「ではやはり君は私の連れを侮辱したのだな。その嘲りは同伴者である我々にも向いていると思わんか」

 ルークスさんが威圧的に言ったこともあり、支配人さんは焦り出したようだ。
 声がどもっている。自分が正しいと思ったことを告げたばかりに、実は墓穴を掘っていることに気づかず、上客であろうルークスさんの不興を買ってしまったのだ。

 だがまあ、支配人さんの言うことは間違ってない。
 ドレスコードの有無はその店の格を表しているし、掲げることでそれだけのものを提供しているんだというプライドの問題もあろう。
 だからこそ、そのドレスコードを遵守できない人間は店側に相応しくないマナーのなってないどバカである、と。
 こう言いたいわけだ支配人さんは。うん、その点に関しちゃ間違ってないよ。
 でもね、言っちゃ駄目だよ声に出して言っちゃったらおしまい。

 こういう時は連れてきた上客であるルークスさんが私をどう扱っているかとか、私の仕草やら喋り方やらを観察して、その上で判断すべきだったね。
 見た目だけで判断するからこうなるんだ。

 さて、ここで終わっては面白くない。
 ただただ場の雰囲気が悪くなって皆が嫌な思いをしているだけである。
 私は少しだけ深呼吸をして、なるべく優しくたおやかで上品そうな声を出す。

「ルークス様、私の為に怒って下さって有難う存じます。ですが、私も悪う御座います。この様に身を窶しているのには理由があるとはいえ、安易についてきてしまったことをお詫び申し上げます」

 いかにも弱そうで、深窓の令嬢という雰囲気を醸しつつ喋った。
 だからだろう。案の定、支配人さんは焦りを通り越し見るからに狼狽し、罪の意識を深めてくれている。
 だが謝罪の声はない。なぜなら支配人さん自身、己は間違っていない正しい判断で店のためを思ってやったのだという自負があるから。
 そんな彼の自負を叩き割るには、あともうひと匙くらいのスパイスが必要だ。そのスパイスになってくれたのがアザレアさんだった。

『ハツネ…大丈夫だ、私が傍に居る』
「アザレアさん……」

 アザレアさんは的確に空気を読んで演技をしてくれた。
 普段のオカマ口調じゃなく、男らしくキリリッとした態度で真摯に私を励ます役どころだ。これを阿吽の呼吸でやっちゃえる私たちの絆すごいね。

 私はフードを取った。黒髪が人前に曝される。
 周囲でハッと息を飲む音が聞こえた。

『さあハツネ。君を嘲った者に、その高貴な姿をみせつけてやるんだ』

 アザレアさんがローブの前釦を全部外し脱がせてくれた。
 麻のローブを完全に脱ぎ去るとき、私の長いストレートな黒髪が空宙でさらりと揺れた。この世界では高貴で稀有な存在である黒髪だ。少し晒しただけでも周囲の目を引くには十分だったろうが、私はローブ下の現代日本の服装まで曝け出していた。
 そう、現代服はこちらの世界では貴族位以上の高貴なる人間しか着れないであろう高級な布地でつくられた服であり、この世界にはまだ無い奇抜なデザインの服装だ。

 つかアザレアさんの台詞が笑える。どこかの舞台俳優みたい。

「髪も結い上げませんであいすみません。この身をさらした上でもまだご不満でしたらば、私はもう二度と貴方様のお目に触れぬように致しますので、どうぞご容赦下さいまし…」

 酷く儚げに、消え入りそうな声で低姿勢に物を言う。だがその実、お前は弱く儚く高貴な者をいじめをしているのだぞと言外に脅しをかけていたりもする。
 これには支配人さんも真っ青になっていた。
 あれだけ守護騎士ルークスさんの威圧に屈せず謝らなかった彼が、「もっももも申し訳ございあませrちゅいおp…!!!」と支離滅裂な言語で謝った。

 ここからはトントン拍子で砂糖対応。

 私はディケイド様の隣に用意された豪奢なロングソファーに座る。
 そしてウェルカムドリンク。なんだかとってもトロピカ~ルな一杯をいただいた。果物山盛りすげーの。ディケイド様に侍る美女とは対照的に、私の方には顔面偏差値の高い美男さんが横に侍ってくれた。

 ん、あれ? この人ってば耳長いぞ。
 こいつぁあまさかまさかの…エルフかね…?

 心ときめきつつ美男エルフさんにエスコートされて個室に案内される。
 この個室がまたすげえの。壁一面が窓ガラスでオーシャンビュー。
 登ってくる時は余裕がなくて眺めれなかった海の景色が、ここでは美味しい料理と共に堪能できる。素晴らしいね。最初の塩対応なんだったのってくらい心洗われたわ。

「ハツネ殿、店の対応が不味くて失礼した。料理は美味しいから食べてくれ」
「はい。料理は美味しゅうございますね。料理だけは」

 私は嫌味で返しつつも料理は堪能した。
 おハイソなお店だけあって味の方は良かった。
 シーフードの出汁が効いてて余計な味付けが無くて素晴らしい。

『それで。どうしてディケイド様がこんなにやつれてあんな船にいたのかしら。
 説明いただける?』

 と、アザレアさん。

「いいですよ。というか、聖霊様は戦後協定をご存知ないのでしょうか。既にどの国にも周知している事実なのですが」
「アナスタシアは行方不明になっておった。今までどこにいたのか…。無事で良かったものの…私はずっと心配しておったのだぞ」
「ディケイド様…」

 はいそこ見つめ合わなーい。話進まないでしょうが。
 でもまあここまでくれば流石に私も分かる。アナスタシアってのはディケイド様がつけた名前なのね。私がアザレアさんと名付けたように。きっと私より以前にアザレアさんを降臨させたのもディケイド様。二人は深く愛し合っており、戦争の為に別れ別れになったと。ええ話だねえ。

 じーんと感動したとこで、戦後協定とやらをルークスさんに説明してもらおうではないか。どうしてディケイド様はこんなことになってまったんですかー?

「心無い者の蛮行で今回の争いは起こったわけだが…。
 戦争に参戦した国々は、聖霊王国が戦費賠償金を支払う能力が無いと分かったら、利鞘を稼ごうと王室を解体して王族を売りに出したのだ。敗戦国にあまりの仕打ちと、我が帝国の女帝、カサブランカ様は関係国の代表を集めて戦後協定を結ばせた。その中で決まったのは、王の処刑と後継者の廃嫡、王子以下王宮に勤める者すべての奴隷堕ちという無慈悲なものだ」

 なんじゃそれ。聖霊王国ふんだりけったりじゃん。
 そんな残酷な処遇、平和な現代日本生まれの私には思いつかんわ。
 でもルークスさんの言ったことは現実に起こってることなのよね。
 おっそろしい世界に来ちゃったなあ。
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