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三柱の世界
聖霊さんの事情
しおりを挟む饗応室は、船の中なのに豪華だった。
揺れるだろうに、三段のシャンデリアは無意味だと思うの。気の所為かなあ。
そして出された紅茶がおいしすぎた。皇室御用達のなんちゃらとかいう銘柄らしいのだが、覚える気は無いよ長い横文字苦手だもの。
しかしこの船、軍用船だったんだね。
知らなかったとは言え「軍艦もってこい話はそれからだ(意訳)」なんていう発言は生意気だったわ。反省。でもね、軍用船なら大砲の一つも用意しろというのよ。
甲板に武器らしきものは無かったよ。内装もね、派手すぎだよ。
さっきお茶運んできてくれたの小奇麗な侍女さんだったし。
軍用船とは思えないロイヤルぶりだね。
まあ、こんな文句は口に出す気はないけれど、心に留めておこうと思う。
私は静かに紅茶を飲んで、添えてある干し葡萄を摘んだ。
『ハツネちゃん…』
「はい。どうしましたアザレアさん」
私は考えてたあれやこれやを打ち切って、アザレアさんの方へ顔を向けた。
アザレアさんも何事か考えてたみたい。
『聖霊について、知っておいて欲しいの』
「全滅したとか消えたとかいうことですか…?」
『それを知ってるなら、理由を聞きたいでしょうねん』
「…………」
理由…。気になるけど私が聞いちゃっていいのか迷う。
いやだってデリケートな問題でしょこれ。
『聖霊はね、降臨まで手伝ってくれた人間とパートナーになることが多いのよ』
「ああ、だから伴侶かと問われたのですね」
『ええ。ほとんどそういう関係になるけど、すべてがそうじゃないわ』
アザレアさん曰く、この世界に聖霊が生まれるとき、聖霊は果物に擬態しているのだそうだ。そういえばアザレアさんの擬態は桃だったね。擬態した果物は聖霊にとっての本体である。人間にとっても"聖霊果実"と呼んで大事に管理するものなのだそうだ。聖霊の実が生まれるのは、この世界に一本しかない"聖霊樹"からだ。それを管理しているのが聖霊王国の王族。聖霊王国は、勇者が興した聖霊を保護する為の国であり、聖霊にとっての楽園でもあった。だが今は違うらしい。
『ある日ね、聖霊が果実に戻ってしまう事件が起こったの』
それは常識では有り得ない事件だった。
聖霊果実は、相性の良い人間から長い年月をかけて大量の魔力を貰う。そうすると降臨といって地上に定着できるようになる。その姿かたちは様々だが、多くが動物の姿で翼を持つという。アザレアさんだと天馬だね。降臨した聖霊が果実に戻るときは、通常だと魔力の供給源が絶たれた場合。即ち、大体がパートナー死亡時である。
『その事件は無差別に起こったわ。パートナーが死んだわけでもないのに、聖霊たちだけが次々と果実に戻ってしまって、その後いくらパートナーが魔力を注いでも再び降臨することはできなかった…』
「…アザレアさんも、事件に巻き込まれたんですか?」
私に出会ったとき、アザレアさんは桃に擬態した姿だった。
パートナーが魔力をあげても元に戻らなかったという割には、アザレアさんは私の魔力を吸って降臨したよね。その点どうよ。
『私はねえ、最後の一個体だった。どんどん聖霊がいなくなっていく中で、聖霊王国は敵に攻め込まれたの…』
なんとまあ、どの世界にも卑怯者っているんだね。
弱ってる国に攻撃するとはなにごとだ。
アザレアさんは最後の一個体として、それこそ獅子奮迅の働きをしたらしい。
『…敵の深いとこまで入り込んじゃって、そこでガス欠よ。ただの自業自得ね。他の聖霊たちのようにある日突然にってわけじゃない。事件性が無かったのが幸いしたのかしらね。ハツネちゃんの魔力もらったらこうして降臨できた』
ありがとうとアザレアさんに微笑まれれば、悪い気はしないよ。
本来なら人間は聖霊ほど魔力を蓄えられないのだそうで。パートナーとなったその日から、人間は毎日こつこつと日常生活に影響ない程度に魔力を聖霊果実に注いであげる。聖霊側も毎日受け入れられる量の分だけ魔力を貰って、長い年月をかけて降臨する。
だけど私の無尽蔵の魔力と、アザレアさんも年季の入った規格外な聖霊だってこともあって一気に降臨できたっぽい。ただ桃を撫でただけのつもりだったけど、お役に立てて良かった。桃の肌触りも堪能しちゃったし、私も役得だったし良かったね。
そこまで話をした時だった。船室のドアがノックされる。
こちらから返事をする間も無く、ドアは開いた。入ってきたのは守護騎士とかいうルークスさんと…もうひとり、見たことない御仁だ。
『───ディケイド様…!』
「──アナスタシアか?!」
あら。お二人は知り合いのようだ。
守護騎士ルークスさんと一緒に入ってきた御仁は、アザレアさんを見て心底驚いたようだ。アザレアさんのことをアナスタシアとか呼んでいる。
アナスタシアってなんぞ。
『ああディケイド様…お労しい…っ』
アザレアさんは席を立ってディケイド様とやらの方へ駆けて行く。抱きつきそうな勢いだ。アザレアさんが様づけするくらいだから彼は偉い人なのだろう。
なんてったって黒髪だ。黒髪は神子か王族しか持たないと、先に聞いておかなければ察することは出来なかっただろう。
きっと彼は聖霊王国の王族なのだ。王族なだけあって、多少の白髪もあるおじ様だけれど、確かに威厳がある。見た目五十代ぐらいかな。
ただ、軽装で無精髭なのと頬がこけてやつれてる感で高貴さは損なわれている。
アザレアさんが、お労しいとか言っちゃうのも無理はないくらい憔悴しているっぽい。そしてこの御仁は魔力量が多い。私が"クンクン"で感知した、強いはずなのに怪物退治に出てこなかった人は、この御仁で間違いない。
「感動の再会中に悪いね。船が港に着いた。良ければこのまま昼食にしようか。
一緒にどう?」
守護騎士ルークスさんの素敵な申し出に誘われて、私は浮き立つ。
昼食ってこの港町で食べるんですよね。海の幸ひゃっはー!なんてはしゃいでたら、なんだか周囲の皆さんからくすくす笑い。
「……私、変な顔でもしてましたか?」
「いやあ~ははは、警戒しないのかね君は」
『そうようハツネちゃん、ディケイド様にはともかく、初めて会ったばかりの男にホイホイついていく婦女子がどこにいるのん』
えーここに居ますが…。ご飯くれる人は悪い人じゃないとか、犬の理屈でしたかねえ。でも美味しいもの食べたくない?朝ご飯食べたとこも美味しかったもの。この帝国の人々の食生活は豊かに違いない。
船からの長い桟橋を渡って港町に入る。
その直前、私は大勢の人に囲まれた。
「ほ?!!」
思わず間抜けな声を上げてしまう。
「アンタ、あのでっけえ魔物やっつけたんだってなあ」
「すげえな、これもってけ。食ってや」
「こっちもこっちも、全部もっていきな!」
有無を言わさず手渡されてしまったのは海産物の山だ。
貝はハマグリにホヤにアサリ、お魚はイワシにマグロにタイやヒラメ、タコやイカまで。海苔に昆布に鰹節もある。良い出汁とれそう。
「やつの肉なあ、捌いたらもってってやるかんなー」
「戦利品だべ。きちっと食わねえとな」
「あ、これももってけ」
と、イクラとウニとカズノコ追加。
すごーい三宝揃い踏み。この世界でも魚卵食べるんだね。
てか、あの怪物の肉って食べれるの?食用にするにはちょっと勇気がいるかも…。
「名物のシイラもあるぞ」
「漬け用の魚醤も。もってけもってけ」
「はわわ。持ちきれませーーんん」
嬉しいことに私の細腕じゃ全て持ちきれない。大好きな海の幸がいっぱい。私の腕の中、海の宝石箱やー。ありがとうありがとう。私のために産まれてきた海の生き物たちありがとう。獲ってきてくれた漁師さんたちもありがとう。私、残さず美味しく食べるよ!
…と、宣言して港の優しい住民たちとお別れしたのだが、この量、しかも生もの多しで、ちと困る。腐らせても勿体無いしどうしよう。
『たくさん貰ったわね。私が保管しといてあげるわよ』
アザレアさんの指先が、海産物を囲うように丸を描いたと思ったら、あっという間に消えた。
ほえ?!私の海産物どこ?!目をぱちくりさせつつ周囲を探るが見当たらない。
「今の魔法ですか…?」
『ん~~なんていうか…聖霊ボックスよん』
「今適当なネーミングつけましたね」
『いやん。あっさりバレちゃった』
嘘はいかんよアザレアさん。そんなアザレアさんの言うことにゃ。聖霊ボックスは、どんな聖霊でも持っているものらしい。聖霊ボックスの中は時間の流れが止まっていて、入れた物はそのままの状態を保ち腐らない。冷たいものは冷たいままだし、熱いものは熱いままで取り出せちゃうという。
…すごい便利やんそれ。冷蔵庫よりすごいよ。
冷蔵庫だと日持ちはするけどいつかは腐っちゃうからねえ。
『便利だけど容量制限があるのよ。降臨したての聖霊なら一樽くらい。力をつけて成熟した聖霊なら一部屋くらいまで容量を伸ばせるわ』
「へー。アザレアさんはどれぐらいの容量を持ってるの?」
『私?…うふふ~内緒よん』
ウインクではぐらかされた。
私の両腕で抱えれる量の海産物を収納できたからには、一樽は確実だよね。
『真面目な話。この力が悪用されると大変なの。聖霊王国はこの辺の事情を踏まえて私たちを保護してくれてた国だったわ』
そう言ってアザレアさんはディケイド様の隣に並んで歩く。
お互い見つめ合っちゃって良い雰囲気なんだけどこれもしかしてフォーリンラブってやつですか。
私は何とも言えない微妙な気分で昼ご飯を食べに向かったのだった。
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