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三柱の世界

名も知らぬ町のパン屋さんで

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『ハツネちゃんの好物ってなーに?』
「私、お魚好きです」

 芋娘だけど魚も好きだ。芋と魚と米があれば生きていけそう。えびふりゃあ食べたい…。

『お魚は港近くじゃないと手に入らないわねん…。じゃあ、そっちは後で買い物に行くとして、とりあえず腹ごしらえしましょ。一番近場の町に降りるわよん』

 と、私たちは街道沿いを飛行し最初に目に付いた町へと降り立った。
 空飛んでいる時からそうなんだが、オカマの天馬さん周りには目眩ましの魔法がかけられている。姿を見えなくするっていうよりは姿を認識できなくする魔法らしい。この魔法をかけられていることに私は言われるまで気づかなった。なんでも聖霊の使う魔法は、人間が使う声喩魔法と違って言葉を発しなくても使えるそうな。
 完全無詠唱とかチートじゃん聖霊って。

 降り立った町は、けっこう大きな町だ。名前は知らない。どこかの看板にでも町の名前が書いてあるだろうけど探す気はない。インフォメーションセンターらしきものも見当たらないし、名前知らなくてもなんとかなるもんさ。

 オカマ天馬さんは人間の姿に。つかなんで美形なんだ納得いかん。いや、天馬さん美しいから人間姿も美しいのか。ぐぬう納得した。
 私は異世界に来た時のままの服装で目立つからと、露天で売ってた裾の長いフード付き麻のローブを着せられた。はっきりいって、もさい。

『フードを被ってなさいね、その髪色は目立つわ』
「髪色ですか?」

 私はフードを被りながらキョロキョロと周りの人を見てみる。ああ確かに黒髪の人っていない。私の髪は黒髪で純日本国産艶やかストレートだ。

『黒髪は神子と、聖霊王国の王族にだけ現れる特徴よ』

 そういえば私のこと神子かと思ったと言ってたっけ。それから王族…だとう?

『遥か一千年程昔、この世界には魔族がいて世界を滅ぼそうとしてたわ。その時に魔族を退け世界に平和をもたらしてくれた勇者がいたの。勇者は異世界から召喚された黒髪の少年だったって話よ。そして勇者が興したのが聖霊王国。勇者は同じく異世界から招かれた神子と、数多の聖霊を味方につけて、魔族と戦ったらしいの』

 ふむふむ。だから王族の系譜は黒髪の特徴をもっているということね。
 …それにしても勇者、そして神子…この二人も異世界から来たという。
 そういう伝説が残ってるからこそ、オカマ天馬さんも私が他の世界から来たことを怪しまなかったんだ。道理であっさり受け入れられたと思ったよ。

 勇者はこの世界で亡くなったらしい。神子は今も健在だとか。化物かよ。
 ということはやはり私は元の世界へ帰れないということだろうか──…。

「……………」
『神子に会ってみる?何か聞けるかもしれないわん』

 無言で俯いてしまった私を慰めるかのように頭へと置かれた手。
 フードの布越しに伝わるその手の温もりが意外と心地よかったりして…。

「この洋服って目立ちますか?」

 私は気分を変えようと別の話題を捻り出す。

『まあ、見たことないデザインよね』

 今着ている私の服装は濃い紺色のサロペットに白いブラウス。
 ブラウスはノースリーブの袖が波状にヒラヒラしていて、確かにこちらの世界では見かけないデザインだ。
 そしてミュールにストッキングだけど、この世界にはポリエステルを編み込んだ化学繊維は無いと思われる。おそらく有り得ない素材の履物である。こりゃ全身歩く発禁ものだ。人目に晒した時点で当局に通報されるね。

『貴女の国はこの世界より文明も文化も発達してんだと思うわ。あの家を見て驚いたもの。この世界には無いものばかりよ。服は見るからに発色が違うわ。良い仕立てなんだなってすれ違っただけで分かっちゃう。そんな良質の服で歩いていたら、どこの貴族かと怪しまれるわよ』

 なるほど。服が良い素材なのは身分の高い人なわけね。あとヒラヒラも。中世の絵画なんかみると無駄にヒラヒラでエリマキトカゲだもんね。ということは、この世界のファッションは中世ヨーロッパ並ということだろうか。
 そしてこの国には貴族がいるのか。国名は長すぎて覚えるのは脳みそが拒否した。世界史の人物名覚えるの苦手だったと思い出す。

 さっさと切り替えて、食べ物屋さんを探そう。

 ──パーン パーン パーン パ パ パパ パーパパン♪

 パンのくせに正義の味方なあの御方のテーマソングを口ずさみながら、私は朝食をいただくべくパンの匂いを辿った。
 魚も好きだがパンも好きだ。できたら鯖サンドが食べたいけど内陸では魚が流通していないのだそうだ。悲しいね。

「ここにしよー!」

 匂いにつられて入ったのは、パン屋とカフェが並ぶアットホームなお店だ。
 小さな店舗中に、所狭しと並ぶ焼きたてのパンパンパン~~~。
 すんごく良い匂いで鼻で息するだけで涎が出る。このパン屋には、日本では定番の惣菜パン菓子パンがまったく無い。逆に日本では少なめの量しか置いていないパン、バタールやブールが多い。
 一つの種類でも焼き色が何色もあって選べるのが良いかんじ。例えばこのバゲット。真ん中に置いてあるのが基準の色で、左にいくほど白く柔らかめになっていき、右にいくほど固く焦げ茶色になっていくのだ。私の好みは固いやつ。スープに浸して食べたい。
 それからチーズトーストとサラダにポークビーンズが付いてのワンプレートを頼んだ。セットで牛乳もつけちゃおう。

「いただきまーす!」

 うきうき両手を合わせた。
 ここは異世界。知り合いも家族も見ていない。
 それでも長年の習慣であるいただきますをしてしまう。

「んむ。サラダに入ってる野菜…ん、シャキシャキしてておいしい。チコリーみたいだけど、うーん、ちょっと違うかな」
『それエンダイブっていうのよ。ハツネちゃんちには無いのん?』
「ああ、エンダイブ。キクチシャですね。あります。食べたことあります」

「ドレッシングおいしいです。酸味が効いててうまー」
『ええ、ユズの酸味が素材を引き立ていて、ナッツとも相性良くて美味しいわ』

「スープもおいしい。カブラ?かな。味付けも独特…ドレッシングのと同じ調味料ですよね」
『ルタバガのスープね。美味しいわ~ん。調味料はたぶん椎茸とか数種類の茸を煮出したものを使ってるんじゃないかしら』

 ほうほう。流石お料理研究家。
 オカマ天馬さんは料理にとても詳しいし分析も細やかだ。
 聞いてて分かったことだが、この世界の食べ物は元の世界と殆ど同じような姿形をしている。
 ただ、名称は違うはずだ。違うのに私の耳に入ってくる言語は、私が知っている単語だ。おそらく自動翻訳。素晴らしいチートぶり。便利な翻訳チートは大変ありがたい。元の世界じゃ違う言語覚えるのにどれだけ苦労したことか…。

 私はバタールにポークビーンズを乗せたものを頬張りつつ、オカマ天馬さんの名前を考えた。名付けに壊滅的センスを誇るこの私に名付けて欲しいなんて自殺願望もいいとこだぜえ。
 でも、頼まれたからには頭捻って記憶の奥底を浚ってみようと思う。
 さあ出てこい!なけなしのハイセンス!

『うふふ~ん。ハツネちゃんたら私のことじっと見て~え』
「はい。より観察すれば思いつくかなと」
『…ん?何を思いつくというのん?』
「名前です名前。全力で考えてんですけど…もうちょっとお待ち頂けますか」
『あらん。名前のことねん。…もっと真剣に見つめてくれていいのよん?』

 そう言って、ずずずいっと身を乗り出してくるオカマ天馬さんの顔アップ。
 ぶぽおおおーーー洒落にならん美形が目の前にいいいい。
 ここでドキィィン…!とかしたらあかん。それ少女漫画や。
 でも心臓は煩いな。血圧上がったのは確かだ。
 いやだって美形だぜ?イケメンだぜ?蕩けるような笑顔浮かべてんだぜ?
 涼やかな瞳で睫毛長いのなんでだろうね。アイブローも完璧じゃん。
 薄くも蠱惑的な唇もなんだろうね。グロスでも塗ってんのかなあ。

『ねえ、この後は服買いに行きましょうよ』
「え。別にこのローブでいいです。日本で来てた服もあるし」
『駄目よ。ローブなんてダッサイもの。それに、折角こっちの世界に来たんだから、こっちのファッションも堪能しなさいよね』

 郷に入らば郷に従えだね。分かります。
 そしてローブはダサイのか。そりゃあ麻の布さんに失礼ってもんだ。
 これはこれで荒くてごわごわな肌触りが透け感も伴って味わい深い着心地だよ。
 でもまあ色はイマイチかも。そこがもさい原因。枯れた色なのがいけない。
 オカマ天馬さんの髪のように美しいピンクグラデーションプリズムで、なんかの必殺技みたいな色だったりしたらダサさはなくなるかな。

「本当に綺麗な桃色なんですよね。髪も、瞳も…」

 日本でこんな色彩の人がいるとしたらばコスプレイヤーくらいだろう。
 カラコンでもないのに天然でこの瞳の色はズルい。
 まるで南国の鮮やかな花のよう…。

「"アザレア"さんで、どうでしょう?」
『名前のことかしら』
「そうです。私の国ではツツジとも言いますが、それだと慎ましやかになってしまうので…」
『あら。私、お淑やかでしょうが』
「どちらかというと奔放だと思いますよ」
『言うわね貴女。でもいいわん…アザレアね。素敵じゃない』

 ニンマリ笑って私の頬をつつく。
 なんでじゃ。なんでつんつんするんじゃ。

「あの…いいですか?」
『勿論、いいわよん』

 今度は頬を引っ張られた。
 なんでじゃ。やっぱ気に入らなかったんかい。

『親愛の表現よ~』

 うふふ~と、またまたニンマリするアザレアさんに、私は戸惑うばかりだ。
 なにがしたいんだねこのオカマさんは。
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