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三柱の世界
神様からのプレゼント
しおりを挟むおはようグッモーニン。私の名前は稲森初音。
大学を卒業したばかりの22歳。今年の四月から新社会人になるよ。
だけど昨日、新築マンションに入居の初日、玄関開けたら三分で異世界の家に飛ばされたよ。三分で出来るのはカップラーメンだけでいいよ。
『ハツネちゃんっていうのねん。よろチクビー』
朝からシモネタギャクを飛ばすオカマさんの声。朝から濃ゆいわー。
夢じゃなければ、このオカマさんとは昨日出会ったというか声をかけてもらったというか、まあ、普通に会話する仲になった。
「よろチクビー」
そしてこういう手合いのお方は、のってあげると大層喜ぶ。
『うふふー。ハツネちゃん、寝起きで顔面スゲーわよん。早く洗面なさいナ』
そして世話を焼かれる。
私は大あくびをしながら背筋を伸ばしてから、のろのろとソファベッドから降りた。昨夜はもう現実を直視したくないと叫ぶ本能のままに寝入ってしまった。
朝起きたら毛布に包まっていたので、これはオカマさんが掛けてくれたのかなあ。
「ふぁ~い。ありがとうオカマさん」
一応の御礼を言いつつ洗面をした。
よくみたら蛇口が真鍮だ。とってもアンティック。蛇口は二つで、其々にお水とお湯が出る。タオルかけも草や白鳥がモチーフのディテールまで凝っていてお洒落。
そして何故か若草色のタオルが用意してある。
これもオカマさんが用意してくれたんだろうか。お世話になりっぱなしだ。
そう、この家には家具や生活用品がある程度揃っていた。
家具はリビングに応接間のセット一通りと暖房器具、個人部屋には箪笥や寝具、台所には食器棚など。照明器具も私好みのアンティックなものから現代風のものまで、それぞれの部屋に必要なだけある。生活用品は洗面所の棚に洗面道具、タオル、リネン類。トイレの棚にはチリ紙と何故かブル○レット。この世界に詰替用が売ってるとは思えないんだけど。
それからどの部屋の窓も真っ白な薄手のカーテンだけがついていた。
そのどれもがメイドインジャパンの拘りだ。
中でもシステムバスが一番ありがたい。
やはり私は日本人、風呂がないと生きていけぬ。
あとウォシュレット。トイレも水洗式で大変ありがたい。
下水がどうなってるかとかはもう気にしないことにした。
洗面を終えてから飲み物を探した。
飲みかけのミネラルウォーターをリビングのテーブルにみつけ飲み干す。
ぷはーと、ひと心地ついたところで気づいた。朝ごはんどうしよう。
コンビニで買ってきたものはもうない。
荷物の中にある食べれるものといえば、調味料ぐらいしかない。
この家の中もそれなりに探索した。なんと冷蔵庫がないよこの家。
これだけ文明の機器が揃っていながら冷蔵庫がないとはなにごとだ。
キッチンの奥に扉があったので、開けたら倉庫っぽかった。でも物はない。
保存食くらい置いてあればいいのに…。
なんもないと自覚したらグ~~~と腹が鳴るから困ったもんだ。
こんなことならコンビニでもっと食料買い込んでおくんだったよ。
でもまさか玄関開けたら三分で異世界に飛ばされるとは買い物中も考えまい。
明日は休日だと思うと、休日の朝は喫茶店でモーニングでもしよまいと考えるのが名古屋人の常識だよね。私悪くない。
ああ困った。お腹減ってると悲しい気分になる。
昔、母の手違いと家政婦さんのうっかりが重なって、数日ほど給食以外口にしなかった時があった。運悪く兄も修学旅行で当時小学一年生だった私は、家にいながらにして飢えるという危機を味わった。
人間、不思議なもので毎日のローテーションである学校にはきちんと行くんだ。
そして「買い食いしちゃいけない」「お小遣いは計画的に使え」と教えられていたことから逸脱しちゃいけないと、危機の中にあるはずなのに自ら食料を求めに行くことをしなかった。
小学一年生にもなって買い物もできないのかと思われるかもしれないが、当時、近所で幼い子供たちが連続して殺傷されるという痛ましい事件があったばかりで、ひとりで外に遊びに行くなと先生からも厳しく指導されていたのだ。
そんな諸々の事情が重なっての危機だった。
私がもっと賢かったなら、家の固定電話で誰かに助けを求めたかもしれない。
だがそれすらも「ひとりで家に居るときは電話に出ないこと」という決まりを守って、電話に触っちゃいけないと思い込んでいたのだった。
思い出せば思い出すほど、当時の私をもっと柔軟性を持てアホと詰りたい。
そしてその時に味わった孤独と飢餓感が合わさって、今の状況が酷く悲しいことに気がついた。
「うう…、お腹すいた……」
『そうね。私もお腹すいたわん。いい加減なにか補給しないと本体が消えちゃう』
ん?オカマさんて本体あるの?
私の視線は気配のした右の方を見詰める。
なんとなく、あの辺にいる気がするんだよねオカマさん。
「どういうこと?」
『どうもこうも、そのままよ。私の本体を探してくれなあい?お礼はするわよん』
「お礼なら、美味しいご飯がいいです」
『任せといてー。私、こう見えてお料理研究家なのよ』
姿が見えないのにどこをどう見ればいいのか分からないが、お料理研究家とは聞き捨てならん。
趣味ではなくプロということやないけ。是が非でも食料をゲットせねば!
「善は急げですね。本体とやら、どの辺にあるか分かりますか?」
『だいたいなら分かるわ~でも、魔力が弱まってるから見つけずらくてん…ハツネちゃんなら追えると思うのよね』
オカマさんには家の鍵をかける魔法を教わった。
この世界に来て初めての魔法を教えてくれたのはオカマさんだ。
これはいわばオカマさんは魔法の師匠ということではないだろうか。
師匠が言うからには、私には追うことができるのだろう。なぜかオカマさんに寄せる絶大な信頼。
追う…追うといえば警察犬…犬か……。
「オカマさんの魔力を覚えます。"クンクン"」
思った通りに魔法は発動した。ちょろいぜ。
呪文もなくキーワードの擬音だけで的確に嗅覚を犬並みにする魔法が発動した。
オカマさんの方を向いて匂いを嗅ぎとる。魔力の匂いがする。魔力に匂いがあることすら知らなかったのに、これが魔力の匂いだと何故か分かる。
それもちゃんとオカマさんの魔力の匂いとして認識できる。
私は肩掛けバックだけを持って、家を出ることにした。バックの中には財布とハンカチにチリ紙に化粧ポーチくらいしか入ってないが。
玄関を開けると、やはりそこには昨日もみた景色。緑あふれる森の木々である。
空は青い。スカイブルーというより蒼天というかんじ。
雲の形をみれば入道雲のようだけど、でも日本の夏のような茹だるような暑さはない。むしろ爽やかな風が吹いて春の陽気に感じる。
私が先に出て、それからオカマさんが玄関を出るのが匂いで分かった。
玄関から二人共が出たことを確認してから施錠する。
「"ガチャン"」
その瞬間に起こったことは、かなり度肝を抜かれた。
まず、家が忽然と消えたのだ。
次いで左手首が熱くなって、手首周りがプリズムに光りだす。
「おひえええええ」
変な声を上げている間に光は弱まり、気づけば私の左手首にはプラチナのブレスレットが巻き付いていた。
ブレスレットにはチャームが二つ付いている。一つはシャムロックの形をしている。これは見たことある。父から貰った私のキーホルダーに付いているやつだ。
もう一つのチャームは家の形をしていて、これは勘違いじゃなければ今目の前にあったはずの家と同じ形である。
「な、んぞ、これ……」
『あら便利ねー』
「もしかしてここに家が収納されてるとかですか…?」
『もしかしなくても、きっとそうよん』
まぢか。一軒家を常に携帯できるってかなり便利やんか。
あんな大きな家がこんな小さくなって…この家、私の?でいいんだよね。
「魔法ってすごい…!どこの誰がくれたのか知らないけどありがとう!」
『ん~~でもソレ、常識じゃないわよ。かなり高等な魔法技術と超絶的な力が作用してると思うわ』
「え……」
『今のこの世界に、こんな凄いものつくれる人物なんて、いないわよ』
「え、でも、現にここにあるし…」
どういうこった。
この家はなに?プレゼントにしたって重すぎる。いろんな意味で。
誰のか分からず、もし私のだった場合、固定資産税とかどこに払えばいいんだ。
その内に税務署の方から督促状とかくるんじゃなかろうか…。
『ねえ、ハツネちゃん。そんな凄い物をくれる人に心当たりはないのん?』
「心当たり…………神様とか?」
『それも有りね』
有りなんだ?!
『"この世界の春は-双陽の女神-からのプレゼント。この世界の冬は-双陽の男神-からのプレゼント"っていう文で始まる創世記があるわ。"太陽の書"っていうの。この世界で経験する楽しいことも辛いことも、全部、この二人の神様からの贈り物っていう考え方ね』
神様、二人もいるのか…。
まあ、日本に比べたら少ない方か。なんせ八百万いるからねジャパン。
創世記"太陽の書"は神話みたいなものだろう。太陽が二つあることも関係してるのかなあ。
だがそんなことより食い物だ。
私はオカマさんの魔力の匂いを辿りながらも、その辺の草むらや木の根元などに食べれるものなど生えてないか探索しながら歩いた。
残念ながらキノコのひとつも生えてない。なんでだー。
家のあった場所から三分ほど歩いたところで川にぶつかった。
魚、魚はおらぬか!つい、食欲を優先してしまう。
いやね、川の流れで匂いは途切れているんだよ。
だったらね、周辺で食べれそうなもの探すでしょ。
私はきょろきょろ見回しつつ川の中を覗く。
予想では川魚の一匹や二匹、泳いでいるものと思った。
だけど予想は想定外へ。常識は非常識に。
私は淀みを見つけ、そこにある岩に引っかかるようにして流れ着いたであろう、大きな桃を拾った。
桃かーい。
まるで御伽噺だね。
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