ダンジョン鬼ヶ島には変なやつばっかくるぴえん

風巻ユウ

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灰天使と黒天使の時空超越ランデブー

【番外】堕天使の教育

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 早速、話しかけ……いや、無理だな。
 いきなり素性のわからんやつから「魔法教えてくれ」で「はい喜んで」と言うやつはいない。

 エルセスの事情だって話したくないし……と考え、ここはエルセスに任せるかという結論に至った。

 簡単な話だ。まだあどけなさの残る子供が、みすぼらしい格好で「魔法を教えて下さい」と来たとしよう。

 無視するやつは人じゃねえ。

 俺なら親を探すし、見当たらなかったら育てるし。今、正にその状況である俺が言うのだから間違いないねえ。
 エルセスの愛らしさにメロメロになっちまえ〈魔導塔〉の黒魔導士よ!

 というわけで、エルセスには「あそこにいる黒魔導士に思ったままを話しかけていいぞ」と放流した。

 するとエルセスは真昼間から酒を飲むだらしないおっさんたちの間をチョロチョロ通り抜け、「魔導士のおじちゃん」と、見事ターゲットに話しかけたわけだ。

「よく、わしが魔導士だと見破ったな」

 と黒魔導士は満更でもない顔で応対する。あれはエルセスを気に入った顔だ。初対面で気に入られるとは、エルセスの愛くるしさ最高尊い……!

 しかもすぐに魔導士とは打ち解け、魔法陣を目の前に出してもらい、初日から何種類もの魔法を教えてもらったようだ。
 おっさん転がしの天才か……?!

「面白い子じゃ、ほれ、飲むがいい」と、ジュースまで奢ってもらってニコニコご満悦なエルセスだったが、ふと、頭を傾げ……寝てしまった。

 黒魔導士はエルセスを支えつつ抱っこして、こちらへ声を飛ばしてくる。

「おい、そこの、この子の保護者のお前さん、見てるだけかね。わしがこのまま攫ったら、どうする気じゃ」

 気づかれていたのか。

 適度な距離で見守っていたつもりだったが心配のあまり前のめりだったかもな。

 前のめりついでに黒魔導士に近づき、金が詰まった袋を差し出す。中身の金はゴッド・ゴブレットから出たやつだ。

「その子に魔法を教えてくれてありがとう。些少なれど、授業料だ。できることなら、今後も魔法を教えていただきたい」

「ふぅーむ。お前さんも、この子も、かなりの変わり者じゃのう。保護者だとは思うたが、本当の親じゃあるまい」

 さすが〈魔導塔〉のエリート魔導士だ。俺とエルセスのステータスは偽装してあるが、偽装してあることで訳ありと察してくれたようだな。

「ああ、俺は親じゃない。同族とでも言っておこうか。貴方はこの子の師匠となる御方だ。あまり嘘は吐きたくない。だが偽装に関しては勘弁してくれ。正体が露見してしまうと生き辛くなってしまう」

「ふむふむ、これで、ひと月分といったところじゃ。また延長したくば倍の値段で引き受けてやるぞい」

「ありがたい。この子はエルセスだ。俺はタモンとでも呼んでくれ」

 寝てしまったエルセスを引き取り、廃教会へと帰った。ここも、五年も住む内に家具が増え、壁や屋根も修繕し、すっかり廃屋などとは呼べないものになったが、見かけはボロい教会に見せてある。
 余計な目は引きたくないのでな。
 誰も近寄らぬよう人避けの結界も結んである。来るのは動物だけだ。

 翌日も黒魔導士のところにエルセスを連れて行き、教えを乞う。何日か繰り返し、明日は休みじゃと言われれば休み、黒魔導士の都合の良い日だけエルセスを送り迎えしてと過ごしていた。

 一年ほど経っただろうか。

「わしのことを告げ口した同僚がおってのう。居場所がバレてもうたわ。
 魔導塔知識の流出じゃと。阿呆らしいわい。塔に引き篭って不毛な足の引っ張り合いをしとるやつらに言われとうないわい。知識は正しく後世に受け継がんとのう。
 わしの名はバッケンノック・マンダリル・リエット。リエットは家名じゃからして、マンダリル卿と呼ぶがよい。この王国の貴族じゃ。調べればすぐ知れよう。何かあれば遠慮のう門戸を叩くがよいぞ」

 最後の最後で名乗ったか。食えない黒魔導士だったよ、まったく。

「縁があれば会えるじゃろ」

 そう言って笑顔でエルセスの頭を撫でるマンダリル卿は、普段は貴族というより場末で呑んだくれたおっさんなのだが、確かにエルセスの師匠だった。
「魔導塔に行きたい」とエルセスが騒ぐくらいには。

「行くだけなら直ぐだが」
「師匠と同じになりたいです」

「それなら、もっと知識をつけて魔導塔の試験を受けないとな」
「知識をつける。もっと本を読む。魔法も、もっとたくさん覚えます」

「そうだな。でも、魔導塔はエリート集団だ。身分あるやつしか入れないだろう。一般庶民だと……スカウトか? 有名になって雇ってもらうか、あとはマンダリル卿の縁を辿るくらいしか」

「冒険者になります!」

 力強く宣言するエルセス。
 いつになく決然とした表情をして、本当に冒険者になるべくモダンガ王国に向かおうとした。

「ちょっと待て?!」

 さーっと走って行ってしまったエルセスを追いかけ、というかあいつ、興奮のあまり灰翼が出ている。

 天使だと容易くバレてしまう象徴である翼は、俺が毎日、光素エーテルを操作して消しているが、エルセスの感情が昂ったり、何気ない拍子で翼が形成されてしまうことがある。
 今は興奮状態でだな。

 距離があるが……光素エーテルよ、エルセスを守れ。

 よし、灰翼は周囲の魔素に散らされ、エーテルに混じって溶けた。

 光素の塊である天使の翼。
 魔素の手伝いがあれば簡単に溶かすことができる。下界だとこういうことが便利だな。天界だとエーテルの中で暮らしているから、翼は出っ放しなのだ。

 と、翼に気を取られている間に、エルセスが何かにぶつかって絡まれた。

「おい坊主、どうしてくれんだ。てめえがぶつかったせいで俺っちの相棒が痛がってるじゃねえか」
「痛えよお、痛えよお、腕の骨折れたよお、これ、骨折だよ。痛えよお」

 なんだ、当たり屋か。

「本当に折れてしまえ」

 痛がるふりをしていた野郎の腕を捻り上げて折ってしまう。

「ついでに肩も脱臼しとこうな。なあに、遠慮はいらない。一度壊れて再生した骨は前より強靭になるのだ。折ってもらったことに感謝しろ」

「ぎええええええええッッ」

 当たり屋は放っておいて、エルセスに向く。
 いきなり走って行ったってこういう輩に絡まれるだけだ。抱っこして帰ろうとしたら、横から「こんにゃろう!」って殴りかかってきたのがいたので右腕を上げた。
 勝手に顔面崩壊する。やわだな人間は。

 こうして地面とキスする変態が二匹できあがったが、放置。それよりエルセスだ。

「ありがとうございます! 強いですね」

 なぜか他人行儀な喋りになったぞエルセス……?! ショックだ……なぜか知らんが、心に滅茶苦茶ダメージを負ったぞ俺……。
 これは……ん、んん? 認識齟齬の魔法が解けている、だと……?

 そう言えば、黒魔導士と別れてからいつになくしっかりと前を向いて喋っていたな。もしかしてアレか、独り立ちの兆しというやつか。

 俺のことを隠蔽の魔法陣で曖昧にさせるためにと、『エルセスが一人で生きていけるようになったら別れ、その時に俺の記憶は完全に忘却させよう』としたのが、今、作用したのか。

 ううーん、ならば、ここは初対面の態度でいなければならないな。
 他人行儀か……ショックだが、やるしかない……。

「俺はタモンだ。お前、危ないだろうが。親はどこだ。一人なのか?」

「ほえ? 自分? 自分は……一人ですね。親……一緒にいた人がいます。でも、やりたいことを見つけたのです。モダンガ王国に行くのです」

 十歳児にしては賢いエルセスだが、記憶に認識のズレがあるから整合性のない喋り方になっている。

 可哀想に……。

 俺の都合で捻じ曲げられた記憶は常に曖昧で己自身を見つけるのも難しいだろう。
 そんな中でも、エルセスは自分で考え、やりたいことを見つけたのだ。

 モダンガ王国に行く。冒険者になる。有名になって、知識をつけて、師匠に会いに〈魔導塔〉へ行く。

 俺は、この子の夢を応援しようと思う。傍で見守れるなら、まだ、傍に居よう。この子が俺を拒絶するまで、近くで支えてあげたい。
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