エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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旅立ちと結婚式準備

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 ディムナが旅立つ時が来た。
 勇者の神殿から、ちょいっと歩いた先にあるインスーロと森の境界、小川に架かる橋の上に来ている。二人きりである。
 誰にも見られない場所でお別れしたかったのと、大人になったので森の境界までなら一人で来てもオッケーになったから、ここが丁度良かったのだ。
 見てくれが派手だとか芸術的技巧が凝らしてあるとかの立派な橋ではないけれど、ただ渡る分には頑丈でしっかりしてる橋の真ん中で、黒髪を後ろで括った旅装姿のディムナとお別れだ。

 ディムナはもう王都で目ぼしい就職先を見つけてきたみたい。
 世界を一人旅するとは言っていたけど、きちんと定職に就いた上で趣味として一人旅をするということらしい。
 普通、一人旅って趣味でお気軽に行えるようなものじゃないと思う……。
 だがそこはディムナ。世界の地理を知ることで転移先が増えるからコツコツ続けそうだ。なるほど。
 就職先は、どんな職業か聞けば、職業派遣所のお仕事らしい。派遣所の所長さん付きで、所長さんの命令に従って色んなところへ助っ人に行くとかかんとか。
 助っ人の派遣先は様々で、野生の魔物を退治したり、ダンジョンの魔物を間引いたり、旅人を護衛したり……て、それって冒険者とか傭兵とか言わないかね?
 あくまで派遣業務で助っ人らしいけど、どう聞いても、ファンタジー的男子の憧れ二大職業である。

「体に気をつけてね」
「ああ」

 体が資本のお仕事だ。日々の体調管理に気をつけてほしい。

「変なもの食べちゃ駄目だよ」
「そりゃない」

 ダンジョンで迷子になれば変なものでも食べなきゃいけなくなるかもしれないでしょ。ダンジョンでサバイバルご飯か……実際この世界ではどうなのか興味あるなあ。

「変な人にもついていっちゃいけません」
「俺のこと何歳だと思ってんだ」

 だって私とうとう50歳になってしまって前世から数えたら……もうこれは考えたくないくらい年取っちゃったからさ。
 なんにせよディムナは精神年齢年下だもーん。お姉さんぶりたかっただけだから気にしないで。

「それから……浮気しないでね」
「当たり前だ」

 即答してくれたから、よしとしますか。

「俺からも……」
「なあに?」

 ドキドキしながら彼の言葉を待つ。
 浮気しないでと言われたら私だって即答する自信あるよ。

「月に一回は君のところへ帰るから」
「ぷえ? そうなの?」

 聞いてないよーい。旅に出たら普通は出っ放しではないのかね。転移魔術があるからそういうことはないのかね。ディムナさん、それは独立といえるのかね。

「そうじゃなくても我慢できなくなったら君の顔見に帰る」
「マージで?」

 ホームシックなんてさよならだね。ちゃんと仕事してちょうだいよ。プータローは嫌だよ。でも帰ってきたらいっぱい甘えちゃうんだからね。

「いっそ君を攫いたいくらいだけど」
「おおっと。そいつぁ待ってくだせえよ。私にゃ可愛い娘と息子がいるからさ」
「ああーと、うん。竜と不死鳥なんて王都じゃ飼えないな」

 そうなのだ。都会の狭小住宅じゃ、竜はもちろん聖獣なんて飼った日にゃ、その日の内に捕獲されて売られるだろう。絶対にムリ連れて行けない。
 あれから、火山島でのびのび遊んでいたピエタと、ビシバシ鬼神に躾けられていたフェオを迎えに行った。
 二匹とも普段は一緒にエルフ村に住んでいるけど、火山島が気に入ったみたいで、ちょくちょく出掛ける。むしろ鬼神がフェオを迎えにくる。

「はっはっはー。今日も遊ぼうぜ不死鳥の坊主」
「ぴぎゃーんん鬼いい鬼いいいいっっ!!」

 仲良しだねえ。

「どこがーああ?! あいつ鬼だじぇ?!」

 楽しそうで何より。そんなフェオの成長の為にも火山島の環境は良いのかなと思って放っている。

「子育て放棄すんな! 俺の身にもなれよ容赦ねえんだよ鬼マジ怖えんだよ鬼!」

 成長して不死鳥っぽい見た目になったフェオだけど、中身はまだまだお子様だから鬼神に鍛えてもらうといいんだよ。
 ピエタはインスーロについている竜だし、私の傍に居た方が成長するみたいだけど、フェオのことが気になるのか一緒にくっついて行くことが多い。
 ピエタはすっかり恋する乙女のようだ。未だにオスなのかメスなのか判別していないけども。
 どうも幼体だからそういう特徴らしい特徴がないっぽいのよね。成体になったらわかるのかな? というところで調べは止まっている。
 誰か竜にお詳しい人いませんかーと呼びかけたくなるくらい、竜については謎だ。
 簾ハゲオッサンが言うには、竜は"世界の要"らしいし、きちんとピエタのことを知りたいけど謎が謎を呼んで謎しかない現状である。
 こりゃあ竜に詳しそうな竜神とかいうのに会って聞くしか手立てはないのかなあ。
 竜神様ってどこにいるんだろうね。鬼神曰く、竜神は迷子らしいけど。

「それじゃあエリ、元気で」
「うん。ディムナも。お仕事頑張って」

 私たちは抱き合って熱い抱擁を交わす。離れるのが名残惜しいくらい目いっぱいお互いの鼓動を聞き合って、それから、旅立ちを見送った。
 といっても、一瞬でディムナの姿が消えるのを見送っただけだけどね。それでも、涙は出ちゃうね。
 バイバイの手を振りながら、ポロポロ零れ落ちてくる涙が止まらなくて、橋の上でしばらく泣いていた。
 お別れはしょうがない。別れは旅立ち。私だって自分探し、これからだ。そう自身を説得してみるけど涙が出るのもしゃーない。

 一頻り橋の上で泣いてから、とぼとぼ家へ帰った。
「ピエキュ~」と寄り添ってくれるピエタをなでなでする。
 今日はフェオのところへ行かず私についてきてくれた。
 竜はとても愛情深い生き物なのだと知る。普段もまるで友達のように、いや、ピエタはもう家族のようにかけがえのない存在になっている。

「ありがとうピエタ」

 クリーム色したふわふわ鬣に顔を埋めつつ感謝する。
 このまま眠れそうなくらい心地良かった。

 *

 シャドランの結婚式の準備は着々と進んでいる。
 なんせエルフ村。千年を生きるご長寿のエルフたちにとったら結婚出産あたりはそうそう頻繁に起こるイベントではない。のんびり晩婚で子供はもう百年くらいラブラブしてからでいいよねがデフォなのである。
 前回行われた結婚式は私のパパママが結婚した120年以上前の話。
 久しぶり過ぎて何を準備すればいいか忘れちゃったわ~なんて言いながらも、結婚の報道を聞いたシャドラン側親族の女性たちは、テキパキと花嫁衣裳を始めベールやコサージュなんかも手作りし始めた。

「んまあ~あの悪戯坊やが結婚ねえ」と雑貨屋のハルナおばさんも、「ブーケと会場の飾りはお任せくださいな」と花屋のクリュセさんも、「披露宴の献立はこの本を参考にいかがですか」と司書のリブロさんまで全面協力で、結婚式準備に関わってないエルフはいないんじゃないかというくらい、村中が浮足立っている。

 かく言う私も結婚式準備を眺めながらハルナおばさんに「悪戯ってどういうのやってたんですか?」と探りを入れつつ村長さんちにやってきた。
 スカートめくりは悪戯じゃなくて犯罪指定すべきだと思うの。私がシャドランの素行レポートを作成していることは誰にも内緒である。
 本日もこっそり、村長さんちに泊まっているシャドランの彼女さんに会いに来た。
 花嫁衣裳合わせの為にエルフ村に数日だけ滞在するというので、うきうきわくわく彼女さんと初顔合わせだよ。

「初めまして。リリエイラ・ブロドウェンと申します」
「あわわっ、は、はい……私、モルロワと申します。リリエイラちゃんのことは彼からいっぱいお話聞いてて……その……」

 もじもじもじもじしながら話す姿がなんとも可愛い萌え魔術師さんだな!第一印象こんなかんじ。
 いやだってさ、黒ローブ着て全身黒づくめだから魔術師って丸わかりだし、ローブの上からでも分かる胸の大きさにも目を奪われるけど、そんな乳がぷるんぷるん揺れるほどもじもじもじもじもじしてるんだぜ。これを萌えと言わずなんと表現するんだね。半エルフって乳でかいんだね。羨ましい!
 そしてお耳がちょっぴり尖ってる。エルフほど長耳ではなく、ほぼ人間といっていい。

「モルロワさん、お話いっぱい聞かせてー」

 ラリエットの御礼に苺たっぷりホールケーキ持参しました。これ食べながら馴れ初め話を聞かせておくれ。

「ふわあ……美味しい! リリエイラちゃんはお菓子作りが上手だって聞いてたけど……はうう美味しい……幸せ……」
「美味しそうに食べていただけて光栄です。あ、私のことはリリィでいいよ」

 夢中で生クリーム頬張るモルロワさんに愛称で呼んで欲しいと伝えたら、「ええっ、でも、そんな」と、またもじもじもじもじし出しちゃった。もじもじ仕草が激かわいい生き物ですなこれ。どこで見つけてきたんだシャドランめ。
 見つけてきた場所を聞き出した。花神連合王国の王宮だそうで。モルロワさんの現職場ですね。
 平の魔術師として宮殿仕えすることになったモルロワさんは、やはり孤児施設出身で、魔法の才があったのでスポンサーになってくれた貴族がいたらしく、その貴族のおかげで魔術大学も卒業できて王宮付き魔術師の席も推薦してもらえたそうな。

 モルロワさんは超努力型の人だったのである。半エルフだけど。
 そう、半エルフということは就職においても不利になる。
 産まれただけでやっかまれる存在だというのもあるから、王宮では先輩にいびられ後輩には蔑まれ、それはもう苛烈ないじめを受けたそうな。
 エリート官僚イメージのあった王宮付き魔術師だけど、そこまで人道が腐った組織だとは知らなんだ。いじめかっこわるい。

 そんな時に出逢ったのがシャドランである。二十年以上前のシャドラン。その時は魔導具開発局の局長だったらしい。え、知らなんだ。
 何かやんごとなき理由があってエルフ村に帰って来たのは聞いていたけど、詳しいことは知らない。

「シャドランも一応エリートだったんだねえ」
「一応ってなんだ。……まあ、長い間生きてりゃ色々あるもんさ」
「はい……色々ありまして、局長のおかげでなんとか居場所ができました」

 へー。シャドランたら有能じゃん。
 それまで魔導具開発局は王宮付き魔術師と関わることもなかったのに、魔導具の開発には魔術師の協力が不可欠だって説いて、たとえ王宮付きだろうとなんだろうと、魔術師と連携して事を進めるようにしたそうな。
 おかげでモルロワさんにもポストが出来て才能も認められ、頑張れば半エルフでもこんなことできるんだっていう自信にも繋がったって。

 ……あ(察し)そりゃあ惚れるわな。
 元より半エルフで出自にも自信がなかったモルロワさん。エルフへの憧れもあっただろうし、率先して自分を引っ張ってくれる上司なんて惚れる以外に何したらいいんだろうって私でさえ思う。

「でも私、引っ込み思案で……」

 そうですね。今でも、もじもじしちゃっているから二十年以上前なんて、きっと相当ですよね。

「なんとか気づいてもらおうとしたんだけど……」

 お弁当作ったり、繕い物してあげたりと接触を図ったそうだ。
 でも全イベントを華麗にスルー。さすがドン鈍男。ブレないね。
 そんな鈍感男をどうやって振り向かせたかというと……。

「魔導騎士団の団長と不倫してるって噂が流れたんだよ」

 シャドランが不快そうに顔を顰めて言う。妬いてますなこれ。
 大伯父さんの珍しい姿に私はニヨってしまうが、モルロワさんは恐縮そうに肩を縮めていた。不倫の噂はきっとやっかみとかだね。モルロワさんは引っ込み思案だけどデキる女性だもの。誹謗中傷の目はそこかしこにあったらしい。特に同世代の女性からは再度いびられたとか。んで、いびられて泣いていた時に「不倫なら僕としろ(意訳)」って言ったのがシャドラン。

「そんなこと言ったっけ?」

 本人覚えてないけど。言ったらしいですわ。モルロワさんの意訳だからもしかしら真実はもうちょい違うニュアンスかもだけど。
 それにしたってどこの少女漫画のモテ男の気障な台詞か……漫画か……いいね。
 インスピレーションが湧いて、その場でめちゃくちゃネーム切った。

「すごい……リリィちゃんの手が高速で動いてる……!」
「どこでスイッチ入ったかわからん。てかお前ナニ描いてんだよ……!」

 ナニってそりゃ御二人の馴れ初め漫画ですが何か?
 気が散るので話しかけないでください。話しかけないで欲しいと思いながらも、モルロワさんから初キスやドキドキしたこと、キュン萌え台詞などを根掘り葉掘り聞き出して全部ネタにした。いや~いい仕事してる自分。
 シャドランは終始「え。そんなこと僕言ったっけ?」と、とぼけていた。でも、頻繁にお茶飲んでいたから身に覚えはありそうだよね。

 出来上がったネームから描き起こした漫画の下書きを印刷する。
『ファイル→印刷』で原稿一枚一枚をコピれる上に、なんと製本まで出来ちゃう優れた機能があるのだ。すごいぞ三代目タブレットちゃん。生前にもこの機能ついてたらイベントで重宝したろうに……。
 イベントとは夏冬のあれのことである。知らない人は身近なアニヲタにでも聞いてみよう。
 複写一枚のコストは寿命0.1秒、0.2秒、0.5秒、1秒、5秒とある。五段階もあるのは白黒とカラーが選べて印刷紙の質を指定できるからだ。
 内訳は劣化紙白黒(0.1秒)、劣化紙カラー(0.2秒)、普通紙白黒(0.5秒)、普通紙カラー(1秒)、特上紙カラー(5秒)である。
 下書き段階だし一番下の劣化紙白黒で印刷した。

「ふわあわわわしゅごいこれ、しゅごいこりぇええええ」

 お見せした漫画の下書きを読んで、モルロワさん感動に打ち震えるの巻。語彙力が、下がっておりますわよ。
 漫画の読み方は適当に教えた。右から順に読むんだぜ。

「…………………………」

 シャドランは無言だった。むしろ変な顔で固まった。感動を通り越した挙句の顔面崩壊だね。そんなに喜んでもらえて嬉しい。ペン入れとトーン貼りも頑張るわ。
 アプリ【ペントゥラート】には漫画制作機能もついている。懐かしきトーン機能も勿論ある。前世じゃ修羅場になると常に睨めっこしていたトーン様。
 のほほんエルフに生まれ変わってから今までトーン貼りしてこなかったけど、久々に枠線引いてペン入れしてトーンを貼る。
 そんな作業を黙々と夜まで続けた私だった。

 さて寝る時間。今日はモルロワさんと一緒に寝たいと主張した私。
 本音は、もっとネタを出してもらい漫画を最後まで完成させたいという思惑のため。
 私が泊まることをシャドランは渋ったけど、お父さんから外泊許可もらったし、曽お祖父様からも「仲良しだのう」って微笑ましく見られたので、気にせずモルロワさんと同じ部屋で布団並べて寝た。お泊りヤフーン。

 そこで聞いたお話は、シャドランがどうしてエルフ村に帰っちゃったのかってことと、それからプロポーズしてもらうまでのこと。
 ほとんど惚気話だったけどね。どんだけシャドランのこと好きかは伝わりました。本当におめでとうございます。お揃いのピアスが耳に光って、いいですね。

「ところで。不倫の噂流したのはモルロワさんだよね」
「……ば、バレてましたか」

 バレないでか。
 シャドランに本気出させるためとはいえ、なかなか危険なことをいたしますな。
 こうなってくると、ラリエットをシャドランに預けて私に渡させたのも確信犯だろう。私が口出して結果的に結婚まで漕ぎつけたわけだし。
 矢張りモルロワさんは頭の回る知恵もの半エルフだね。

「利用するようなことしてごめんなさい」
「いいんだよ。恋する乙女はしたたかで」

 と、言いながら手をワキワキさせる私。

「御礼にね、ちょいとそのけしからんおっぷぁいをパフパフさせてくれたらいいんじゃよ」
「け、けしからん……? て、あの、リリィちゃん手つきが怪しい……」
「大丈夫。痛くしないから」
「はうう……?!」

 むぎゅっっとな。わーい。こいつぁマシュマロかーい。
 思った以上の柔らかさと弾力性にびっくりだ。脂肪の塊なだけある。最初はなでなで。その内にもみもみむぎゅむぎゅ。モルロワさんの抵抗もないし途中で谷間に顔面を埋めてみた。

「あう?!」

 こいつは……すごいな。ごくり…………。

 くふふ……。うふふふふふ…………。

 めくるめく官能体験をさせていただきました。おっぷぁいってすごい。神秘的。
 ありがとうございます。思わず合掌。
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