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(挿話)18年の枷を解き放つ
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主人公不在で進みます。
-------------------------
リリエイラがディムナの腕の中で意識を失って数秒後、耳をつんざく「ピギャ――――ッッ!!」という悲鳴と共に不死鳥のフェオが進化した。
今まで灰色の醜い限りの鳥だったのに、キラキラ陽光のように煌めく金色の光がフェオの体中から溢れ、冠羽や尾羽が伸び、体格も一回り大きくなって神々しい鳥────火の鳥になったのだ。
「これは、どういうこと、だ……?」
ディムナは自身の腕の中で気絶したリリエイラを抱きかかえる。
心音が近くなって彼女の息遣いが確認できた。大丈夫、生きている。
「ディムナ君、リリエイラちゃんをおうちに運びましょう。アスタロさーん、私ちょっと出掛けてきますので不死鳥くんをよろしくです」
ハイエルフのハルクィオンは、孫であり曾孫でもあるディムナに【転移魔術】を使ってエルフ村へ飛ぶよう指示を出す。この時間なら、リリエイラの両親は在宅のはずだ。
その後、伴侶の鬼神へと呼びかけた。アスタロとは鬼神の本名である。この名前で鬼神を呼ぶのは後にも先にもハルクィオンしかいない。
「おう。任せろ」
と、鬼神は気軽に応え、床に倒れたまま神々しい燐光を放つ不死鳥の足を持って吊り下げた。
それ聖獣。もうちょっと丁寧に扱えと、何処かから苦情が入るかもしれないくらいぞんざいな扱い方だが、鬼神にしたらこれは優しい対応である。
首持って絞めないだけマシというやつだ。
「はい。任せました。メイニルちゃんは休んでてね。こっちに時間かかるかもしれませんので……続きは帰ったらにしましょう」
メイニルの心臓に埋め込まれた魔導具を外すのは後回しだ。
今はリリエイラを診なくてはと、ディムナが転移したのを見送ってからハルクィオンも転移した。転移先はエルフ村だ。
「血……?! どうして、なにが……?!」
「ハイエルフ様、何があったのです?!」
「怪我じゃないですから落ち着いて。ロベルトを呼んでください」
父親のカドベルも母親のサニータも、下半身血まみれの娘を見て気が動転したが、ハルクィオンの言葉で我に返る。
このエルフ村には病院が一軒だけある。カドベルは急いでそこまで医者のロベルトを呼びに行き、ディムナもそれに付き従った。
サニータは事情を聞いて生理用品の準備をした。
まさか娘にもう初潮が訪れるなんて……。
「貧血で倒れただけですけど、急激な成長で身体にかなり負担がかかってます」
そう言いながらベッドにリリエイラを寝かせ、回復魔法をかけるハルクィオン。
リリエイラの体は見るからに成長していて、手足が伸び体つきは女性そのものになっている。
こうなった原因は、神器に寿命を捧げたからだろう。具現化したものは魔水晶だ。
床に散らばってしまった魔水晶は数個じゃなかった。
一体どれだけの寿命を捧げたのかは予想するしかない。
エルフの女性は30歳前後で初潮を迎える。
リリエイラは20歳だったはずだ。そうすると捧げた寿命は十年以上。
一気に十年以上も寿命を削ってまで魔水晶を出したことに、現場の誰もが驚いていた。どうしてリリエイラはここまでのことをしたのか……。
いや、リリエイラの性格を考えたらここまでするとなぜ予想できなかったのか。
ハルクィオンは自分の発言でリリエイラを教唆してしまったことを悔いていた。
今日、現場に来いと唆したのは自分だ。だから贖罪にも似た気持ちを抱えて、全力で痛み止め効果のある回復魔法を発動し続ける。
「ハイエルフ様、代わりますよ」
医者のロベルトがハルクィオンに声を掛けた。ディムナの転移魔術で五分と待たず到着した優秀なエルフの医者である。
この世界で癒しの魔術を使えるものは大抵が神官になってしまうのだが、中には開業医として多くの人を助ける献身的な者もいる。ロベルトは後者のタイプだ。
「ロベルトくん。これは私の償いですから」
ハルクィオンは首を振った。痛みでリリエイラが目覚めぬよう、容態が落ち着くまで魔法をかけ続ける。そう宣言しながらもロベルトに患者を診る位置だけ譲った。
いくらハイエルフといえど長時間連続で魔法を使用することは骨が折れるはずだ。それでもハルクィオンは昼頃までリリエイラを癒し続けた。
そんなことがあったので、メイニルの心臓に埋め込まれた魔導具を取り外すのは午後に行われた。
メイニルはフラナンの泉の聖水を飲むことで、なんとか延命している。
元より強い魔力の持ち主だった為に、心臓を握られた状態でもここまで生き永らえてこれたが、あの悲劇の日からもう18年が経つ。限界はとっくに超えていると言っていい。
「リリエイラ嬢が残していった魔水晶は6個ありました。全部で31個。充分に足ります」
イーガンが、集めた魔水晶を銀食器のような器に盛って、それをメイニルの前に置いた。この器は魔導具で魔水晶を扱いやすくしてくれる補助用品である。
世に聖杯というものがあるが、それは幻の神器であり存在さえ確認されていないもの。伝承だけはある。
その伝承に基づき人類が試行錯誤したもの。それがこの魔導具だといえよう。
器の中の物体を存在として数段引き上げ効率化または最適化して使用者の安全を図ってくれる。
理に乗っ取り、合理的に機能し、余分な曇りも一切排除してしまうという利用科学の最高峰がこの、"銀の調和"なのだ。
どうしてそんな人類英知の結晶ともいえる魔導具がここにあるのかというと、鬼神のコネだ。それ以上は秘密である。
メイニルは護法の文様が描かれた大きな敷布に膝をついている。その横で夫のクールが支えるが、彼女の体は今にも崩れ落ちそうなくらい揺らいでいる。
この敷布も魔導具である。神国フソクベツに伝承される神々の文様が刺繍されており、それ自体が強力な魔力を発し使用者を悪鬼から守ってくれるのだという。
これもまた鬼神のコネでごにょごにょしてきた借り物だ。
「まさか魔水晶を具現化しやがるとはなあ。くっくっく」
変わった娘だとは思っていた。ここまでやってしまう行動力がすごい。
鬼神は不適に笑い、不死鳥の卵殻を魔水晶が盛られた器の横にある台座の上に置いた。
「いいか。転移の座標軸はここだ」
と、不死鳥の卵殻の真ん中を指差す。
卵殻は綺麗な卵の形のままそこに鎮座している。不死鳥のフェオが孵る際に卵は割れたはずなのだが、その後に鬼神の力でもって復元したのだ。
「転移の際、血の絆が少しでもズレて殻ん中に納まらなかったら、爆発する。対の方もだ。そしたらやつらにバレちまうし、アネッサもきっと殺される。そうならない為にも失敗は許されねえ」
いつになく真剣な鬼神がメイニルに説明をする。ただでさえこれまでの闘病生活で顔色の悪かったメイニルは、唇を噛みしめ今にも卒倒しそうなほど青ざめていた。
これからすることを、何度も何度も考えた。できるはずだ。転移の魔術を使うことは初めてのことだが、理論上は上手くいく。
後は実戦で必ず成功させないと……というプレッシャーが、メイニルを追い込んでいた。
「だけどまあ、そこまで気負わんでも照準合わせはクールと一緒にやりゃあいい。理力で魔術に同調するんだ。できるな」
と、これは自身の息子であるクールへと確認をとる。優秀な息子だ。特に理力に関しては飲み込みが早く、子供たちの中でも一番いい使い手になった。
クールは了承の意味でこくりと頷き、妻であるメイニルを抱き寄せた。
「心配しないで、リラックスしてやろう」
「クール…………」
メイニルは瞳を潤ませ夫をみつめる。
心なしか頬に色が差し生気が戻ったようだ。
「おーおー、ラブパワーでなんとかしてくれや。あとな、最悪失敗したら俺がなんとかしてやっから」
どーんとやれと言い置いて、鬼神も伴侶のハイエルフの傍へと寄った。
「ハル、あっちはロベルトに任せてきたんだろ。気にするこたあねえよ」
「ええ…………」
リリエイラの件でハルクィオンが少し落ち込んでいることを鬼神は知っていた。リリエイラのことが気になるのだろう。ハルクィオンは大丈夫ですと伏し目がちだったが力強く頷いた。
ディムナも、窓の外を観察というよりボーと眺めているかのようで、実はずっとエルフ村の方向を見つめている。リリエイラのことが気がかりでしょうがない様子だ。
「それでは始めようか」とのイーガンの声に気づいて、やっと部屋の中へと視線を戻す始末だった。
メイニルは意識を集中した。
31個の魔水晶を自身の力として取り込んで使わなければならない。
その作業すら体に負担をかける。だが、ここまで来たからには手を抜けない。
器に入ったままの魔水晶一個一個を確かめるように撫で、魔力を吸収していく。
「っ、ぅぅ……」
「メイニル……」
体が熱い。少しづつ取り込んでいるはずなのに、メイニルは体中を巡っていく魔力から燃えるような熱さを感じていた。
汗が出る。病気で弱った体は新陳代謝が下がり、めっきり汗をかかなくなったと思っていたけれど、噴き出てくる汗は本物だ。
米神から顎へ汗が伝い、集中力を削ぐ。
「俺が支えるよ。ゆっくりでいいから、魔力を溜めていこう」
メイニルの両肩を掴んでたクールの手が彼女の腕を支えるように回り、夫の腕の中にすっぽりと収まるような姿勢になってメイニルは安堵した。
一緒に……と、意識を集中して、再び魔水晶から魔力を取り出し己の魔力へと変換していく。その作業を、夫のクールは理力で支えてくれる。
二人は息を合わせて31個の魔水晶と戦い、その魔力を心臓部へと留めた。
そうしてやっと【転移魔術】を使う。
一般に知られている転移の呪文を、一言一句違わず唱えていく。
集中して、転移先の座標軸を意識して、不死鳥の卵殻を見定めて、慎重にその術を発動させなければならない。
ここで魔力を暴走させたら一貫の終わりだ。照準合わせはクールにサポートしてもらいながら、メイニルは己の心臓を支配する憎き枷を解き放った。
「――――ッ! あアア……ッ」
剥がれた衝撃で胸に痛みが走る。メイニルは反射的に胸を抑えた。
痛みに気をとられたが手応えはあった。
心臓を掴んでいたものを無事に転移させれた。その実感はある。
「メイニル……っ」
苦しむ妻を後ろから抱きつつ、クールもターゲットを無事に転移し終えたことを実感していた。
「成功したみてえだな」
鬼神の言葉に、見守っていた誰もがホッと息を吐いた瞬間だった。
台座に置かれた不死鳥の卵殻が光る。灰色の卵が何度か明滅して、逆光でその中のシルエットを映し出す。
卵殻の中にあるのは紛れもなく"血の絆"だ――――――――。
やがて明滅は終わり、卵殻も元の小汚い灰色に戻る。
完全に呪いの魔導具を抑え込んだようだ。
見た目は使い古したボールのような卵殻なのに、メイニルを18年もの間苦しませてきた元凶を本当に封印してしまった。
「よくやりましたメイニルちゃん」
ハルクィオンは喜んだ。成功したとしても、メイニルは倒れるか酷ければ危篤状態に陥るかもしれないと身構えていたのだ。
それが見たところメイニルは無事である。普通に意識も保っているようだ。
メイニルは荒い息を吐いていた。両手両腕を見て、体中を巡る自身の魔力を、そして心音も感じて、己が五体満足であることを知り興奮の色を隠せないでいる。
「私、私……、平気、みたい……」
「メイニル、痛むところはないのかい」
「え……あ……どこも痛くないわ……」
「良かった……!」
夫婦は抱き合って、感動を噛みしめた。
これほどの大成功を収めることができたのは、ひとえにリリエイラが寿命を削って具現化させた魔水晶のおかげだ。
足りないままだったら、ここまでうまくいくことはなかっただろう。
早くこのことをリリエイラに知らせたいとディムナは思ったが、口には出せなかった。まだ、やることが残っている。
血の絆を封じた今、もう一つの枷、アネッサお祖母様を縛る鎖も解きに行かなくてはいけないから────。
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リリエイラがディムナの腕の中で意識を失って数秒後、耳をつんざく「ピギャ――――ッッ!!」という悲鳴と共に不死鳥のフェオが進化した。
今まで灰色の醜い限りの鳥だったのに、キラキラ陽光のように煌めく金色の光がフェオの体中から溢れ、冠羽や尾羽が伸び、体格も一回り大きくなって神々しい鳥────火の鳥になったのだ。
「これは、どういうこと、だ……?」
ディムナは自身の腕の中で気絶したリリエイラを抱きかかえる。
心音が近くなって彼女の息遣いが確認できた。大丈夫、生きている。
「ディムナ君、リリエイラちゃんをおうちに運びましょう。アスタロさーん、私ちょっと出掛けてきますので不死鳥くんをよろしくです」
ハイエルフのハルクィオンは、孫であり曾孫でもあるディムナに【転移魔術】を使ってエルフ村へ飛ぶよう指示を出す。この時間なら、リリエイラの両親は在宅のはずだ。
その後、伴侶の鬼神へと呼びかけた。アスタロとは鬼神の本名である。この名前で鬼神を呼ぶのは後にも先にもハルクィオンしかいない。
「おう。任せろ」
と、鬼神は気軽に応え、床に倒れたまま神々しい燐光を放つ不死鳥の足を持って吊り下げた。
それ聖獣。もうちょっと丁寧に扱えと、何処かから苦情が入るかもしれないくらいぞんざいな扱い方だが、鬼神にしたらこれは優しい対応である。
首持って絞めないだけマシというやつだ。
「はい。任せました。メイニルちゃんは休んでてね。こっちに時間かかるかもしれませんので……続きは帰ったらにしましょう」
メイニルの心臓に埋め込まれた魔導具を外すのは後回しだ。
今はリリエイラを診なくてはと、ディムナが転移したのを見送ってからハルクィオンも転移した。転移先はエルフ村だ。
「血……?! どうして、なにが……?!」
「ハイエルフ様、何があったのです?!」
「怪我じゃないですから落ち着いて。ロベルトを呼んでください」
父親のカドベルも母親のサニータも、下半身血まみれの娘を見て気が動転したが、ハルクィオンの言葉で我に返る。
このエルフ村には病院が一軒だけある。カドベルは急いでそこまで医者のロベルトを呼びに行き、ディムナもそれに付き従った。
サニータは事情を聞いて生理用品の準備をした。
まさか娘にもう初潮が訪れるなんて……。
「貧血で倒れただけですけど、急激な成長で身体にかなり負担がかかってます」
そう言いながらベッドにリリエイラを寝かせ、回復魔法をかけるハルクィオン。
リリエイラの体は見るからに成長していて、手足が伸び体つきは女性そのものになっている。
こうなった原因は、神器に寿命を捧げたからだろう。具現化したものは魔水晶だ。
床に散らばってしまった魔水晶は数個じゃなかった。
一体どれだけの寿命を捧げたのかは予想するしかない。
エルフの女性は30歳前後で初潮を迎える。
リリエイラは20歳だったはずだ。そうすると捧げた寿命は十年以上。
一気に十年以上も寿命を削ってまで魔水晶を出したことに、現場の誰もが驚いていた。どうしてリリエイラはここまでのことをしたのか……。
いや、リリエイラの性格を考えたらここまでするとなぜ予想できなかったのか。
ハルクィオンは自分の発言でリリエイラを教唆してしまったことを悔いていた。
今日、現場に来いと唆したのは自分だ。だから贖罪にも似た気持ちを抱えて、全力で痛み止め効果のある回復魔法を発動し続ける。
「ハイエルフ様、代わりますよ」
医者のロベルトがハルクィオンに声を掛けた。ディムナの転移魔術で五分と待たず到着した優秀なエルフの医者である。
この世界で癒しの魔術を使えるものは大抵が神官になってしまうのだが、中には開業医として多くの人を助ける献身的な者もいる。ロベルトは後者のタイプだ。
「ロベルトくん。これは私の償いですから」
ハルクィオンは首を振った。痛みでリリエイラが目覚めぬよう、容態が落ち着くまで魔法をかけ続ける。そう宣言しながらもロベルトに患者を診る位置だけ譲った。
いくらハイエルフといえど長時間連続で魔法を使用することは骨が折れるはずだ。それでもハルクィオンは昼頃までリリエイラを癒し続けた。
そんなことがあったので、メイニルの心臓に埋め込まれた魔導具を取り外すのは午後に行われた。
メイニルはフラナンの泉の聖水を飲むことで、なんとか延命している。
元より強い魔力の持ち主だった為に、心臓を握られた状態でもここまで生き永らえてこれたが、あの悲劇の日からもう18年が経つ。限界はとっくに超えていると言っていい。
「リリエイラ嬢が残していった魔水晶は6個ありました。全部で31個。充分に足ります」
イーガンが、集めた魔水晶を銀食器のような器に盛って、それをメイニルの前に置いた。この器は魔導具で魔水晶を扱いやすくしてくれる補助用品である。
世に聖杯というものがあるが、それは幻の神器であり存在さえ確認されていないもの。伝承だけはある。
その伝承に基づき人類が試行錯誤したもの。それがこの魔導具だといえよう。
器の中の物体を存在として数段引き上げ効率化または最適化して使用者の安全を図ってくれる。
理に乗っ取り、合理的に機能し、余分な曇りも一切排除してしまうという利用科学の最高峰がこの、"銀の調和"なのだ。
どうしてそんな人類英知の結晶ともいえる魔導具がここにあるのかというと、鬼神のコネだ。それ以上は秘密である。
メイニルは護法の文様が描かれた大きな敷布に膝をついている。その横で夫のクールが支えるが、彼女の体は今にも崩れ落ちそうなくらい揺らいでいる。
この敷布も魔導具である。神国フソクベツに伝承される神々の文様が刺繍されており、それ自体が強力な魔力を発し使用者を悪鬼から守ってくれるのだという。
これもまた鬼神のコネでごにょごにょしてきた借り物だ。
「まさか魔水晶を具現化しやがるとはなあ。くっくっく」
変わった娘だとは思っていた。ここまでやってしまう行動力がすごい。
鬼神は不適に笑い、不死鳥の卵殻を魔水晶が盛られた器の横にある台座の上に置いた。
「いいか。転移の座標軸はここだ」
と、不死鳥の卵殻の真ん中を指差す。
卵殻は綺麗な卵の形のままそこに鎮座している。不死鳥のフェオが孵る際に卵は割れたはずなのだが、その後に鬼神の力でもって復元したのだ。
「転移の際、血の絆が少しでもズレて殻ん中に納まらなかったら、爆発する。対の方もだ。そしたらやつらにバレちまうし、アネッサもきっと殺される。そうならない為にも失敗は許されねえ」
いつになく真剣な鬼神がメイニルに説明をする。ただでさえこれまでの闘病生活で顔色の悪かったメイニルは、唇を噛みしめ今にも卒倒しそうなほど青ざめていた。
これからすることを、何度も何度も考えた。できるはずだ。転移の魔術を使うことは初めてのことだが、理論上は上手くいく。
後は実戦で必ず成功させないと……というプレッシャーが、メイニルを追い込んでいた。
「だけどまあ、そこまで気負わんでも照準合わせはクールと一緒にやりゃあいい。理力で魔術に同調するんだ。できるな」
と、これは自身の息子であるクールへと確認をとる。優秀な息子だ。特に理力に関しては飲み込みが早く、子供たちの中でも一番いい使い手になった。
クールは了承の意味でこくりと頷き、妻であるメイニルを抱き寄せた。
「心配しないで、リラックスしてやろう」
「クール…………」
メイニルは瞳を潤ませ夫をみつめる。
心なしか頬に色が差し生気が戻ったようだ。
「おーおー、ラブパワーでなんとかしてくれや。あとな、最悪失敗したら俺がなんとかしてやっから」
どーんとやれと言い置いて、鬼神も伴侶のハイエルフの傍へと寄った。
「ハル、あっちはロベルトに任せてきたんだろ。気にするこたあねえよ」
「ええ…………」
リリエイラの件でハルクィオンが少し落ち込んでいることを鬼神は知っていた。リリエイラのことが気になるのだろう。ハルクィオンは大丈夫ですと伏し目がちだったが力強く頷いた。
ディムナも、窓の外を観察というよりボーと眺めているかのようで、実はずっとエルフ村の方向を見つめている。リリエイラのことが気がかりでしょうがない様子だ。
「それでは始めようか」とのイーガンの声に気づいて、やっと部屋の中へと視線を戻す始末だった。
メイニルは意識を集中した。
31個の魔水晶を自身の力として取り込んで使わなければならない。
その作業すら体に負担をかける。だが、ここまで来たからには手を抜けない。
器に入ったままの魔水晶一個一個を確かめるように撫で、魔力を吸収していく。
「っ、ぅぅ……」
「メイニル……」
体が熱い。少しづつ取り込んでいるはずなのに、メイニルは体中を巡っていく魔力から燃えるような熱さを感じていた。
汗が出る。病気で弱った体は新陳代謝が下がり、めっきり汗をかかなくなったと思っていたけれど、噴き出てくる汗は本物だ。
米神から顎へ汗が伝い、集中力を削ぐ。
「俺が支えるよ。ゆっくりでいいから、魔力を溜めていこう」
メイニルの両肩を掴んでたクールの手が彼女の腕を支えるように回り、夫の腕の中にすっぽりと収まるような姿勢になってメイニルは安堵した。
一緒に……と、意識を集中して、再び魔水晶から魔力を取り出し己の魔力へと変換していく。その作業を、夫のクールは理力で支えてくれる。
二人は息を合わせて31個の魔水晶と戦い、その魔力を心臓部へと留めた。
そうしてやっと【転移魔術】を使う。
一般に知られている転移の呪文を、一言一句違わず唱えていく。
集中して、転移先の座標軸を意識して、不死鳥の卵殻を見定めて、慎重にその術を発動させなければならない。
ここで魔力を暴走させたら一貫の終わりだ。照準合わせはクールにサポートしてもらいながら、メイニルは己の心臓を支配する憎き枷を解き放った。
「――――ッ! あアア……ッ」
剥がれた衝撃で胸に痛みが走る。メイニルは反射的に胸を抑えた。
痛みに気をとられたが手応えはあった。
心臓を掴んでいたものを無事に転移させれた。その実感はある。
「メイニル……っ」
苦しむ妻を後ろから抱きつつ、クールもターゲットを無事に転移し終えたことを実感していた。
「成功したみてえだな」
鬼神の言葉に、見守っていた誰もがホッと息を吐いた瞬間だった。
台座に置かれた不死鳥の卵殻が光る。灰色の卵が何度か明滅して、逆光でその中のシルエットを映し出す。
卵殻の中にあるのは紛れもなく"血の絆"だ――――――――。
やがて明滅は終わり、卵殻も元の小汚い灰色に戻る。
完全に呪いの魔導具を抑え込んだようだ。
見た目は使い古したボールのような卵殻なのに、メイニルを18年もの間苦しませてきた元凶を本当に封印してしまった。
「よくやりましたメイニルちゃん」
ハルクィオンは喜んだ。成功したとしても、メイニルは倒れるか酷ければ危篤状態に陥るかもしれないと身構えていたのだ。
それが見たところメイニルは無事である。普通に意識も保っているようだ。
メイニルは荒い息を吐いていた。両手両腕を見て、体中を巡る自身の魔力を、そして心音も感じて、己が五体満足であることを知り興奮の色を隠せないでいる。
「私、私……、平気、みたい……」
「メイニル、痛むところはないのかい」
「え……あ……どこも痛くないわ……」
「良かった……!」
夫婦は抱き合って、感動を噛みしめた。
これほどの大成功を収めることができたのは、ひとえにリリエイラが寿命を削って具現化させた魔水晶のおかげだ。
足りないままだったら、ここまでうまくいくことはなかっただろう。
早くこのことをリリエイラに知らせたいとディムナは思ったが、口には出せなかった。まだ、やることが残っている。
血の絆を封じた今、もう一つの枷、アネッサお祖母様を縛る鎖も解きに行かなくてはいけないから────。
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