エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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私はこれから成人する!

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 翌朝、お母さんが起きてくる前に家を出てトレアスサッハ家に向かう。
 スピスピと鼻を鳴らして気持ち良さそうに眠るピエタを起こすのは忍びないけど、そこは心を鬼にして起こしたよ。

 フェオはいつの間にかついて来ていた。ピエタの背に乗って朝食を摂る私の頭の上で、結界を張って寝ている。自由だなお前。

 朝食はこういう時の為にペントゥラートで描いてストックしておいたものだ。
 気分的に餅気分だったので、焼いた餅に砂糖醤油つけて海苔で巻いた磯辺巻きを具現化したものを、もっちゃもっちゃと食べている。

 絵に描いた餅が本物になって出てくる様を見て、私にとっての絵に描いた餅は、描いた餅はうまいだと、まだ十分に起動できていない寝ボケた頭で思う。餅うまー。

「おー朝日がキレイ」

 南無南無。御来光を見るとなぜか拝みだす日本人。
 私も例にもれず手を合わせて拝み倒す。

 神様仏様太陽様、メイニルお母様を苦しめるものから解放してください。外すの終わってもメイニルお母様の命が無事でありますように。それから、アネッサお祖母様も無事に帰って来ますように――――。

 神頼みならぬ御来光頼みだ。エルフは神を信仰してないけど自然信仰みたいなのはある。どんなものにも神様が宿っている的な発想もある。

 己よりも超然としたものを拝む心はどこにでもあるのだねえ~と、水筒に淹れてきた渋茶をすする。これは昨夜の内に自分で拵えたものだ。
 エルフ村、米もあれば酒も味噌も醤油もあるから、もちろん緑茶もあるのだよ。
 素晴らしいね。

 日本の食べ物を定着させてくれた先人たちに感謝して、主に始祖であるハイエルフ様に祈り、鬼神のことは頭の片隅に置いて、合掌。

 どんどん昇ってくる神々しい太陽の光を浴びながら、トレアスサッハ家に到着。
 おっはよーディムナ! なんて、大声で呼ぶことはさすがに憚れる早朝。こっそりこそこそ、しかし堂々と正門前に立ってみる。でかい門だなあ。

「おい、入らねーの?」

 頭の上でフェオくんがグッモーニン。

「おはーフェオ。警護の魔法が解けてるか魔眼で視てみてよ」
「警護の魔法? んあ~~……と、そういうの視えねえけどなんで?」
「ハイエルフ様が解いておいて下さるって言ってたのよ。そっか、やっぱないのか」

 お言葉通りですね。ありがたやありがたや。それじゃあ、お邪魔しまーす。
 緊張しつつ、でっかい門の端っこにある通用門のところを潜る。ここも鍵かかってないや。不用心だな。あ、いやいや、私の為にハイエルフ様が外してくれたのかもしれない。お世話かけます。
 あっさり前庭も通過。前庭はいつも魔導具メンテナンスで使わせてもらっている場所である。ここでピエタが離脱。

「どこいくのピエタ?」
「ピエ~イ」

 キッチンの方からいい匂いしているから、おそらく、そっちへ行きたいのねピエタ。
 コスタさんなら摘まみ食い常習犯のピエタに慣れているから大丈夫かな。
「あまりご迷惑かけないようにね」とピエタの背に声をかけ、先を急ぐ。
 玄関まで来て、ここでドアノッカーを叩いたらこっそり来ている意味ないなと思って、そっと扉を開ける。これまた鍵なし。
 私の為にハイエルフ様が(以下略)すみません。ご迷惑をおかけしております。

 勝手知ったるトレアスサッハ家。
 メイニルお母様のお部屋へ向かおうとしたところで、目の前に人が現れる。

「エリ…………」
「おひょお?!」

 変な声を上げて仰け反る私。
 目の前にはディムナ。白い髪だから暴虐の白い牡牛フィンヴェナフの姿なんだけど、本名はディムナだからディムナ。でもフィンて呼んだり。どっちやねーん。
 時々迷うよね。フィンの姿の時はフィンと呼ぶようにはしているけどさ。せっかく本名あるから、ディムナって呼びたい時もあるよ。
 というわけで今はディムナ。彼は転移魔術でここに来たのだろう。突然だからビビる。驚きで目を見開いちゃった。
 そして彼もまた、なぜか信じられないものを見るような目で、私を見詰めてきている。

「本当にエリだ。どうして……」

 おや。これは珍しいディムナが戸惑っている。私ワクテカが止まりません。だから勢いでついやってしまったかわい子ぶりっ子。

「えへへー。きちゃった」

 てへぺろ。チャーミングにやってみたつもりだけどディムナの反応が薄い。恥ずかしい。キツい。前世から数えて36歳のBBAがやるこったない。

「…………………………」

 無言で抱きしめられた。
 これはどういう反応なのだろう。オッケーそれともアウト? どっちでもいい、かな?
 ところでディムナさんや、けっこうな力で抱きしめてくるのは苦しいのですが。

「うあ、あ、あの、の」
「……ごめん。感動して」

 好感触?! 嬉しさ余ってのハグでしたか。
 私は恥ずかしいですけどね! ほんとこの年齢でやるこったない。

「来てくれないと思ってたから……」
「え……あー昨日、来るって言えば良かったね」
「帰る時、君は泣きそうな顔してた」
「うん……」

 それは認める。不安がいっぱいでどうしようもなかったのです。今もまだ胸が締め付けられるような不安が渦巻いている。私はそれを正直に吐露した。

「魔水晶が足りないのはしょうがない。確かにこの状態でやるのは不安が残るけど、母様はあれでも一流魔導士だ」

 なんと。メイニルお母様はゴロムト大公国じゃ天才と呼ばれる一流の魔導士だったそうで。

「魔力も高い。足りない分を自力で補えるくらいにはあると思う。それに、もし、万が一、魔力が尽きて危篤状態になっても……蘇生できるジジイもいるし」

 蘇生って鬼神が使う【神の御業】のことだね。ぶっちゃけ、死んでも蘇生しちゃえるチートな力ではあるけど、出来たらそれは使って欲しくない。
 何事も安心安全が第一ですよ。いのちだいじに。

 メイニルお母様のところへディムナが案内してくれる。お部屋まで手を繋いで歩いた。頭上の不死鳥フェオが「けっ。リア充が」とかぶつくさ文句を垂れる。ディムナにデコピンされて黙った。撃沈されたともいう。

「まあ、リリエイラさん……!」

 お部屋に入った私に驚きの声がかかる。寝間着姿のメイニルお母様が、床に座り込んだままこちらを見上げていた。
 メイニルお母様は大きな敷布の上でクール先生に支えられながら座っている。やはり前に会った時よりもやつれて頬がこけている。
 ふらふら体が揺れて危なっかしくて、クール先生に支えてもらわないと今にも倒れ込みそうだ。
 その横でイーガンさんが魔水晶をまとめて何かの器の中に入れていた。敷布も器も何かの魔導具なのかもしれない。私にはどういったものか分からないけれど。
 不死鳥の卵殻は、鬼神が指先に乗せてクルクル回して遊んでいる。おいこら丁寧に扱えおバカ鬼神。
 ハイエルフ様は上機嫌に微笑んでいた。

「ふふっ。本当に来てたでしょうリリエイラちゃん」

 私の言った通りとブイサインだ。お茶目だなあ。
 えーと、さすがにここで「きちゃったてへぺろ」はもう通じないと思うので、挨拶をしつつ曖昧な笑顔でも浮かべておこう。

「へえ。それが不死鳥の子?」

 クール先生がメイニルお母様を支えながらもフェオに視線をやる。
 フェオはさっきのデコピンでひっくり返っていたけど、自分が話題にされたと思った途端、起き上がって姿勢を正した。鳥なのに背筋ピーンとはこれいかに。
 しかも「おはようございます」と丁寧に挨拶したものだから、メイニルお母様が大絶賛だ。

「えらいわ。礼儀正しい鳥ちゃんなのね」
「いやいや、人として当然のことですから」
「あんた鳥じゃん」

 私がつっこむけどフェオは更に調子に乗り出した。

「美人で可憐なお姉さん、お名前教えてください。俺、フェオって言います。センスのないダサい名前だけど可愛いエルフお姉さんが考えてくれたのでしょうがなく名乗ってます」

 余計な口きくなコンチクショウ。

「フェオちゃんね。私はメイニルよ。こんな格好でごめんなさいね。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくなんだぜえ~♪」

 上機嫌に歌うように囀るフェオ。私の頭の上でステップまで踏んでいる。痛い痛い頭ハゲる。
 なんなのこの鳥。鳥のくせにメイニルお母様に懸想すんな。人妻だぞその人は。

「こんなに綺麗で可憐なお姉さんを救うためならば! 俺の寿命、ドンと使ってくれい!」

 とまで言い出した。いやもうほんと調子いいな君。でも好都合。この勢いのまま魔水晶を出してしまおう。
 私は背中に背負った鞄から三代目タブレットちゃんを取り出す。付属のペンをクルッと手で回してアプリのアイコンをタップ。ペントゥラートを起動させる。

「リリィ、もしかして神器を使うのか?」

 何かを察したディムナ。私はそれに答えず、素早く魔水晶のファイルを開いて予定通りの個数を入力。"良き魂"にチェックを入れれば私が削る寿命は30年。フェオも30年。これで6個の魔水晶が作れる計算だ。

「喜べディムナ。私はこれから成人する!」

 俺は海賊王になる! の勢いで実行ボタンを押しました。もう後には引けないよ。

「駄目だ! 君がそんなことしなくても……!」

 ディムナがすごく怒っている。でも、もう遅い。魔水晶は形成され、今、私の手の中に6個収まっている。成功した。良かった。これでメイニルお母様の負担が減る。
 私も憂いなく魔導具<血の絆サン・リギーオ>を外すところを見学できる……と思ったのも束の間、猛烈に体中が痛み出した。

「――――ッ、ヒイ――――?!」

 ビキッ ビキキッ と骨が軋む音がする。その音が物凄くて辺りに響き渡るくらいだ。
 そして激しい痛みが私を貫く。

「痛いイタイいだいいだいいいいいいいい」

 手中にあった魔水晶がバラバラと床へと散らばった。
 脇に挟んでたタブレットちゃんまでも、床に落としてしまう。

「どうした!!?」

 ディムナの焦った声を聞く。

「リリエイラちゃん!?」

 ハイエルフ様の驚きに満ちた声と、誰も彼もが私へと注目する気配は察知したけど、直ぐにまた激痛が襲ってきて、もう何も反応が返せない。
 この痛みはなんだ。体中の節々が痛む。関節痛? そんなものじゃない。もっとゴキゴキッと骨が軋んで、伸びていく感覚。更に熱を持って全身を苛むのだ。
 私は両腕を抱え、その痛みに耐えようとする。あまりの痛さに涙が出てきた。多分これは成長痛だ。ただし通常の十倍ぐらい痛いやつ。
 30年も一気に老け込むのだから、そりゃあなにがしかの変化はあると思っていたけど、成長痛でアホみたいに苦しむとは思わなんだ。
 子供の体から大人の体へ、一気に成長するのを短時間で体験してるわけだ。
 やってしまったものは仕方ない。この痛みも受け入れなくては……。

 そして私と同様に、フェオもなんだかおかしなことになったみたい。

「ギャアアアア゛ッッイイイイデエエエええェェェ」

 のたうち回る鳥が一匹。
 私の頭の上から転がり落ちて、床の上でジッタンバッタン暴れまくる。
 あまりに激しく暴れまわるものだから、灰色の羽根が抜け、抜けた羽根はふわふわ舞い散ってしまう。
 すごい量の羽根が抜けているねフェオ。あれ、大丈夫かな? 剥げないかな? などと他人もとい他鳥を心配している余裕は、私にはなかった。
 今度は腹部にものすっっごい激痛が走る。

「うぎぎぎぐががが腹痛い痛い痛い痛いなにこれナニコレなにこれえぇぇッッ」

 腹を押さえて前屈みになる。そして必然的に内股になった。もよおしたわけじゃないよ。違う違う。これはあれだ覚えがある。前世でも体験したことがある。生理痛だ。
 そ、そそそそういやエルフは30歳前後で女の子になるってママンが言ってましたね。そのこと、すぽーんと忘れていた。寿命30年捧げて50歳になった今、私は大人なんだからそりゃあくるよね生理現象。
 しかしこれ通常の三倍の威力はあるな。内側から押され、響くように痛むこの鈍痛。ひさしぶりー。まだお会いしたくなかったよー。

「あぎゃあぁぁんんエルフなんか嫌いだあアアッ」

 と、フェオが何やら失礼なことを叫ぶ。何よその叫び。私の所為だとでも言うのかね。そうですね。君の寿命を奪ったの私でしたね。ごめんフェオ。一緒に苦しもうぜ。

「ぐッフフフフ大人の階段のーぼーるーううううギギギギこなくそぉぉいい」

 耐えろ。耐えるんだ。これもすべて大人になるため。きっと陣痛はこれよりも辛いはず。まだ経験ないけど、そう思っておこう。

「血が――――ッ?!」

 ディムナが驚きの声を上げ、私も気付く。内股になったお股にぎゅっと食い込んだワンピースの生地。そこに、めっちゃ血がついて染みてきている。

 白のワンピースなんか着てくるんじゃなかったぜ……。
 経血が目立ちまくるじゃないでつか……。

 前世だったら、月経中は薄い色の服は着ないよう気にしていた。今はお子様エルフだから気にせず好きな服を着てたよ。
 特に好きな色は白色です。だってフィンの髪色だもーん。うあーーんんんんお母さんごめーん洗濯を大変にしてええええ……。

「ふぎっ、ムリ、痛い、もう……っ、ディムナ、ディムナぁ」

 私へと手を伸ばしてくれたディムナに縋り付く。これは、もう、色んな痛みのオンパレードで、しかも休みなく襲ってくるもんだから息継ぎが分からんよ。
 私は息も絶え絶えにディムナの胸の中へ飛び込んだところで、ゴキッッッ……と、どこかの骨か関節かが急成長した音が響いた。
 次いで股からブシャッって勢いよく経血。血、血、血が、血が……血を大量に噴出したことにより頭がくらくらしてきたぞい。
 ディムナに掴まる力すら抜けていく。あかん。目の前が霞み出した。脳内も白んでいく。そんな頭でふと思った。
 成長しているってことは、このままだと服どうなるだろう。背中の紐がはち切れるんじゃないかな。そうすると服もピッチピチになって……。

「だめ……私、ノーブラ…………」

 実にくだらない心配をしながら、私の意識は真っ白く塗りつぶされ、最終的にブラックアウトした。要するに気絶しました。
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