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良き魂は半額になるクーポン

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 エルフ村の家に帰ったら、お父さんとお母さんが心配そうに待っていた。
 三日も鬼神とハイエルフ様の家にいたからねえ。
 一応、ハイエルフ様が知らせてくれてはいた。それでも両親は私を心配して待っていてくれて、玄関をくぐった瞬間、マイママから厚い抱擁。

「リリィー……!」

 むぎゅ~~と、お母さんの柔らかいお胸に抱かれる。チッパイだけど柔らかい。そこはママンの香りだ。

「ただいま、お母さん……お父さん…………」

 お母さんの抱擁の後にやっと帰りましたの挨拶。
 廊下の向こうから来るお父さんにも告げる。

「おかえり……その様子だと、成功したようだな」

 お父さんが私の頭の上で寝てる不死鳥のフェオを見て言う。
 ピエタから離れられ、やっと安全を確保できたのが私の頭の上だったフェオは、安心したのかそのまま眠ってしまったのだ。
 眠ってしまうと体を丸めちゃうから、ますます灰色毛玉になって鳥には到底見えない。これはこれで愛嬌ある姿だとは思うけど。
 頭の上でよく落ちないなと思ったら、こいつ生意気にも結界を張って、その中で寝ている。産まれて直ぐにそこまでできるって……ナチュラルチートなんじゃないかな。聖獣スゲー。

「お父さん、よくこれが不死鳥だって分かったね」
「可愛いリリィの上で熟睡できるんだ。聖獣じゃなかったら羽根を毟ってやるところだよ」

 お父さんが口元はにこやかに、それでいて笑っていない瞳で言う。うちのパパ、時々こうなんです。
 今回、私の力を貸して欲しいと領主様であるイーガン・トレアスサッハ伯爵自らが我が家に来たこともあり、我が両親には神器で不死鳥を出すことを話してあるのだ。
 いきなり娘が稀有な神器なんぞ所持していると知らされた割に両親は落ち着いていたから、まあ、前々から気づいていたのか知っていたのか……。
 神器には【隠蔽魔術】をかけてあるはずだけどねえ。きっと私の態度が不審だったのだろう。七歳までのリリエイラちゃんとは全然違うからさ。
 さすがに私が転生者だってことは話してない。聞かれなかったし、余計な混乱はいらないと思ったから。でもいつか、このことも話さなくてはいけなくなるのだろうか……。

「ふふふ。カドベル、手加減してあげてください。この不死鳥くん、まだ子供ですから」
「ハイエルフ様……。我が家ではリリィのおかげで、また珍しい生き物が増えましたよ」

 わーい。パパの嫌味のような事実が胸に突き刺さるよ。
 フェオといいピエタといい世にも珍しい獣だよね。人はそれを珍獣と呼ぶ。

「本当にね。このままこの調子でまた何匹か増やしそうですよね」

 ハイエルフ様、勘弁してください。お父さんの眉間に皺が寄ってます。
 うちのお父さん、貴公子然とした流麗な美形で文学派に見えますけど、実は昔けっこうやんちゃだったと最近知ったのです。情報元はクール先生から。
 平和なインスーロでやんちゃしていたわけじゃなく、私が生まれる前は他の国で冒険者をしていたとかかんとか。
 結婚して落ち着いての、今のお父さんなのだ。怒らせちゃ駄目。寝た子を起こすな。

「あの、お父さん、また明日も出掛けていいかな?」

 話題転換にと、明日はトレアスサッハ家に行きたいと、お父さんに許可を求める。
 頑張るメイニルお母様の傍にいてあげたいと思うのだ。だから、そこのところ、気持ち込めて訴えてみたのだけれど……。

「ならば余計に邪魔をしてはいけない」

 と、即否決である。駄目だと止められるのは想定の範囲内なんだぜ。よってここは、娘の特権をフルに活用させてもらおうか。

「邪魔なんてしないから。お父さ~ん」と、ちょっと甘え声で攻めてみた。

 くらえ、愛娘からの潤んだ瞳で上目遣い!

「う……」と、お父さんはちょっと怯んだ気がするよ。よっしゃ、お父さん攻略! と思ったのも束の間、次の強敵お母さんには通じなかった。

「リリィ、皆さんがきちんと準備を整えて臨むことよ。失敗することは無いわ。不安な気持ちはしょうがないけれど、分を弁えないと」

 理路整然と窘められてしまえば言い返すことなどできない。私は本物のリリエイラちゃんじゃないという引け目が反論の邪魔をするのだ。
 メイニルお母様が心配で、この件に不安要素を感じるのなら、ここは絶対に引いてはいけない事なのに……。

「リリエイラちゃん、ありがとう。大丈夫ですよ。私も万全のサポートをしますからね」

 ハイエルフ様にも窘められた。私はへこんだ。
 でも直ぐに、ハイエルフ様は私をハグして耳元で静かに言う。

「よーく聞いてください。あなたを利用するだけ利用して肝心なところを不参加にさせるなんてこと、私はしたくないんです」

 その声は私の長い耳を揺らすだけで、後ろにいる両親には聞こえてはいない声量だ。

「私たちはこれからトレアスサッハ家に泊まる予定です。それから、お屋敷の警護魔法も、うっかり外しちゃう予定です」

 うっかりねと今一度言い置いて、それから、にっこり笑うハイエルフ様。前から思ってましたが、ハイエルフ様ってけっこうお茶目ですよね。
 美人でお料理上手なだけじゃない。遊び心のある始祖様で嬉しい。
 鬼神とハイエルフ様がこのインスーロを開拓してエルフ村が生まれた。大陸のエルフ族が滅んでも、この島にはハイエルフ様がいらしたからエルフ族は滅びずに済んだ。
 二人の子供は数十人に及び、その子、孫にひ孫と現在まで続いている。だからこのエルフ村のエルフたちは、ほとんどが鬼神とハイエルフ様がご先祖様なのだ。
 ご先祖様が今なお生き続け共にあることが、私たち島エルフにとってどれだけ誇らしいことか……。
 この島でハイエルフ様に逆らえるエルフなんて、いませんよ。

「言ってる意味、わかりますよね」と問われれば、「はい。わかります」と、こくこく頷いて、私はハイエルフ教にどっぷり入信するのだった。

 その夜は、明日のことで頭いっぱい。なかなか寝付けず、三代目タブレットちゃんこと神器をポチポチいじって竜のことを調べたり、絵を描いて現実逃避してみたり。
 魔水晶っておいくらくらいするんだろうと、アプリ【世界図書館】で『世界の鉱石とその分布』という本を読んでみたら、天然物魔水晶のお値段は時価と書いてあった。
 時価とな。聞き慣れない上に想像も尽かないその単語の意味を考えて…………そっと本を閉じた。べらぼーに高いということですね。うん。私にゃ買えない。
 盗掘に……いやいやそれもまた困難だ。犯罪者になる気か私は。長いエルフ生、犯罪者として生きるなんて哀しいよ。

 こうなるともう、魔水晶を神器で出すことしか考えられなくなる。
 さっきまで描いていた絵は魔水晶だ。昼間に本物を見せてもらったから、記憶通りに描いたつもりだ。

「一つ作るのに通常だと50年。ディムナや鬼神、ハイエルフ様でも一年に一つしか作れない……」

 私の神器ではどうだろう。具現化する前の段階に出てくる個数を入力する画面で、それにかかる寿命が分かる。

「魔水晶一個にかかる寿命、10年」

 重い。重い数字ですよこれは。足りない魔水晶の数は5個だから、5個作るとしたら50年か。さすがにそこまではなあ……。
 寿命千年はある長寿エルフだけど、私は今20歳。前世だと成人の年である。
 エルフの成人年齢は50歳。このまま50年の寿命を捧げれば70歳となって一気に成人エルフの仲間入りである。
 それはちょっと……。
 育ててくれた両親に申し訳が無いですよ。

 エルフは基本50歳になったら独り立ちをする。
 村を出るエルフもいるが大半のエルフは村に残り何かの職に就く。職に就けばもう家も独立して別の家に住むことになるのだ。
 つまり両親とは50年しか一緒の家に住めない。二世帯住宅は基本ない。
 事情があって外から戻って来たりしたら、シャドランみたいに親と住む場合もあるけど、基本は一世代の核家族ごとに家がある。

 だから、たった50年されど50年。

 成人を迎える年はエルフにとって、とても大事な節目なのだ。
 節目を迎える本人にとっても、両親にとっても、お祝いをしてお別れもする。そんな大事な節目を、さくっと神器に捧げてスキップしちゃ駄目だろう。

 そう思うと、捧げれる寿命は30年が限界かな。すぐに成人祝いして独立になっちゃうけど、お祝いはきちんとできるものね。
 それでもまあ両親には不義理であるけども……。

 しかし30年だと3個しか魔水晶が作れないこの事実。
 どうせ作るなら一気に5個以上拵えたいものである。
 なんとかして、かかる寿命を減らせぬものかと試行錯誤してみる。魔水晶の画像の解像度を劣化させたり、大きさを縮小したりということだ。どれもうまくいかなかった。

 ダメ元でアプリ【ペントゥラート】のヘルプを開く。
 検索窓に『かかる寿命を減らすには』と入れてみた。
 単語じゃないし、どうせ検索結果に一件も引っ掛かることはないだろうと思った。が、これが驚いたことに……あったんだな。

ええーと……

『かかる寿命を減らすには ⇒ 寿命を捧げる本人の魔力強化や成長により減らすことができます。また、"良き魂"と契約している場合、かかる寿命が半分になる半額サービスが受けられます』

……とな?

 "良き魂"ってどこかで聞いた単語だよ。なんだっけ。確かフェオの……と、キョロキョロ見回して不死鳥のフェオを探す。
 確か、さっきピエタに捕まってペロペロされていたはずだ。それはもうソフトクリームを舐めるかのように。

「ふっふっふ。いつまでも、おしゃぶりにされるだけの俺だと思うなよ」

 なんとフェオくんたら結界張って、その中に閉じ篭っている。結界は竜の爪すら弾いている。
 やるなあフェオ。彼はどうやら、自力で無敵快適に安眠できる場所を確保したようだ。
 今度はあの結界内に引き篭もるつもりだね。どこまでもヒキコな厨二である。

「ねえ、フェオ、"良き魂"ってのに聞き覚えない?」
「あん? それってばあれだよ。簾ハゲが何か言ってたな。俺の魂がなんかそんなん」

 それとかあれじゃ分からんわ。語録の少ないアホの子だと思っちゃうよ。

「アホじゃないぞ! これでも俺、名門中学に通ってたんだからなっ」

 ちっこい鳥胸を張って威張っても、今は鳥だからね。
 あと、私の心の中まで読まないでちょうだい。

「しょうがないだろー……ああ、だからさ、その"良き魂"で繋がってるらしいんだよ。俺とエルフのお姉さんは。テレパシーみたいなのできるのも、そう」

 なるほど。あの鳥と私は良き魂とやらを通して会話してんだ。なるほどとか言っちゃったけど理屈はさっぱりである。便利だからよしと思っとこう。
 そしてこの良き魂とやらを使えば『寿命半額サービス』が受けれるらしい。これは使わないと損である。お買い物する時に、プラスでポイントをつけるか割引できるクーポンを使うかを選べるとしたら、断然お得と思われるクーポンを選ぶ私である。
 もう一度、魔水晶を具現化するまでに至る画面を開いてみた。

「あった。寿命の割り振りに、"良き魂"が追加されてるよ」
「はああ?! なあ、それって、おい、まてまて、俺の寿命を使う気じゃねえだろうな」
「そのまさかですがなにか」
「勝手に使うなよ!」
「まだ使ってないから」
「いーや、使う気だったね」
「使う気だけど、ちゃんとフェオの許可だって取るつもりだってば」

 そう言って私は、本棚の空いているところに身を潜めるフェオに、そっと触れる。フェオの結界は私を拒まなかった。

「フェオ、私の大事な人のお母さんを救うためなの。私の寿命30年を使うつもり。でも30年じゃ魔水晶3個しか作れない」

 私はフェオの小さいけれど円らな鳥目を見詰めながら説明する。
 どうしてこうなったのか。フェオを呼び出した経緯や呪いの魔導具<血の絆サン・リギーオ>のことも、メイニルお母様の容態や、私にとってどれだけトレアスサッハ家の人たちが大切かということまで、語った。

「魔水晶は最低でも5個。できたらもうちょっと追加して作りたい。フェオが協力してくれたら、私の寿命30年で6個作れることになる」

 それだけ説明している間に、私は知らず知らずのうちにフェオを胸に抱きしめていた。ちっちゃな鳥の体温が心地いい。

「無理強いはしないよ。寿命に関することだものね。生まれ変わったばかりのフェオに言うのも酷な話だと思うし」

 いくら不死鳥だからって寿命バンバン削れなんて言いたくない。
 それに本当に不死なのかどうか……現に、残された不死鳥の卵は未だに甦っていないとイーガンさんが言っていた。
 フェオはこの世界にたった一匹の不死鳥なのだ。ぼっち可哀相。

「ロンリー・フェオくんにはこれをあげよう」

 ペントゥラートで描いて具現化したのはフェオの寝床である。実はこれもお絵描きしてました。
 大きな止まり木の上に小さな家。止まり木も上だけじゃなくて横にも歩けるよう大型のものだ。それを部屋の角隅に設置した。
 全体的に見るとキャットタワーにも似ている。鳥小屋というか鳥の巣というか、とりあえずフェオが安心して暮らす場所である。

「ふおおおおおお」

 最初は止まり木を嘴でツンツンするくらいだったのに、だんだんと羽をバサバサしたり横に跳んだりでアグレッシブになるフェオ。気に入ったみたいだね。
 ふわふわの大鋸屑おがくずとタオルを寝床に敷いてあげたら、そっちもツンツンして居心地よくリフォームし出す。すっかり鳥だねえ。

「おやすみ」と、巣作りに夢中なフェオに声かけてから、私もベッドに潜った。
 既にベッドの上には体長30センチくらいになったピエタが寝そべっている。一緒に寝るのが日課だ。
 可愛いピエタにもおやすみ。

 明日は朝日が昇る前に起きないと……。
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