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ボコられたくなきゃ殻を破れ
しおりを挟む不死鳥くんがこの世界<ウィーヴェン>に転生してきてから三日ほど経った。未だ卵から孵る気配はない。
火山島の火口に溜まるマグマ温泉で、まだまだビバノノ♪ したいようだ。
私はというと、火山島の鬼神とハイエルフ様の家に泊まりながら毎日、不死鳥くんの元へ通い続けている。
「おーい、コーチン丸ぅ~~」
「ピーエ、ピーエエェェ」
ピエタと一緒に、氷の神殿の中から不死鳥くんを呼ぶ。
(………………………………)
しばし待ったが返事がない。ただの屍のようだっていうか無視されている気がする。何故だろう。こんなにも素敵な名前で呼んでいるのに……。
そうそう、そうなのだ。いつまでも君とか不死鳥くんと呼ぶのもなんなので、名前を付けたらどうかとハイエルフ様から提案されたのだ。
だから呼んでいる。コーチン丸と。愛らしくも男らしい名前でしょ。
「……その名前はどうかと思うよ」
「え。ディムナまで反対なの?」
名付けを提案したハイエルフ様や、なぜか鬼神やイーガンさんにも、そしてディムナからもたった今駄目だしされて、この名前は全会一致で不評だと知る。
こんなにもイイ感じの名前なのに……。でも、ピエタの時みたいに最初は不評だけど馴染んだらそうでもなくなったパターンにもならなさそうだとも気づきました。
わかりました。変えます。私は切り替えの早い女。
じゃあ、他の名前を考えないと。
そこはかとなくカッコイイのがいいかな。相手は厨二だし。色々と拗らせてそうだし。
二つ名みたいなやつなら気に入ってくれるやも。
とりあえず、やつの御機嫌をとり、無事に卵から孵ってもらわねば目的が果たせない。
こうしている間にもメイニルお母様の容態は刻一刻と悪くなっていくのだ。早いところ不死鳥の卵殻をゲットせねば……。
その為には卵の中の不死鳥とコミュニケーションをとり、どうしたら卵から孵れるのか優しく問いかけ、一緒に孵るための手助けをしないといけないのだ。
と、例の不死鳥飼育読本『不死鳥と俺』にも書いてあった。
よし。早速、実行だ。私はなんかカッコイイポーズをとりながら、ひたすら厨二臭く呪文のようなものを唱え始めた。
「先人の知恵よ今こそ甦らん。我に尊き魂の叫びを聞こえさせ給え。煌めく灰色の輝きよ熱き灼熱の炎の中で我の呼び声に応え今こそ産声を上げん……決めた。
君の名は――――フェオ! 孤独の灰色もとい、ぼっちのフェオで!」
ビシイイィィィ! と、火口で泳ぐ小汚いボールみたいな卵を指差して名付ける。
どうだね。この長大で遠大でそれでいて不遜な意味のない祝詞のような呪文の末に決まった名前は。
厨二心をくすぐるだろ。わけわかんないのになんかカッコイイだろ。さあ反応しろ。むしろ出てこい。その殻は今こそ破る時だ。
てか、今出て来ないと私が恥ずかしいだろ。はよ! はよ! はよせい!
(お、お、お、お、おお、おお、おおお、おおおおおおおお)
お? きたか?
(誰がぼっちだ俺をなんだと思ってんだこのペチャパイ幼エルフううぅぅ!!!!)
がーん。いきなりの暴言。そして心底のお怒り……?
(くっそー。俺が素敵なボディを手に入れたらお前のチッパイなんか揉みしだいてくれるわ)
ぬあんだとお?! 反応したと思ったらセクハラ発言かよ。
こいつ厨二のくせに生意気である。
(厨二厨二うるせえええ! もういいこっちこい! 今すぐ乳さらせーっ)
はあ? アホかこいつと思った次の瞬間、火口から光の柱が立って私はそこに吸い込まれた。
「――――ほへ?」
「エリ――――!」
吸い込まれてく私の腕をディムナが掴んでくれた。引き戻してくれるかと思いきや、そのまま一緒に謎の光の中へ吸い込まれてしまった。
えええええどうなってんだこれどうなってんだこれ……。
光の中は本当に光の中で眩しくて何も認識できなかったけど、しばらく経ったら徐々に周囲の様子が見えてきた。
そこは部屋のようである。八畳くらいの畳部屋で、机や椅子や本棚やベッドが揃った誰かの勉強部屋のようなところである。
家具の色合いは灰色が多い気がする。中途半端な暗い色ばかり選ぶ部屋の主だなと思っていたら、目の前の気配に気づいた。誰かいる。
「ここ、どこ?」
とりあえず、その人に尋ねてみた私。突然、目の前に人が現れたような気分なのに、何故か酷く落ち着いていた。
もしかしたら私は、ここがどこで目の前の人物も誰なのか、見当がついているのかもしれない。
「ここは俺の部屋。あんた、エルフのお姉さんだろ」
「あ、やっぱコーチン丸の部屋か」
「その名前はヤメロ」
「じゃあ、フェオでいいの? なんなら前世の名前で呼んでもいいんだよ」
「フェオでいい。前世の名前なんてもっといらねえ」
そう言う割には、ここって前世に住んでいた部屋のように思えるけど、違うかな?
中学の学生服を着てサラサラ黒髪な彼を見やる。けっこうイケメンくんじゃん。
「こんな部屋に引き籠ってるなんて、前世にまだ未練がありますと言ってるようなものだよ」
「俺の何が分かるってんだ」
「分かんないけど、この部屋に私を招き入れたってことは、何か伝えたいことがあるんでしょ」
「……エルフってみんなこうなのか?」
「いんや。私は絵里。エルフに生まれ変わったけど、前世は日本で人間やってた」
と、自己紹介で適当に場を繋ぐ。
どうやら彼――フェオは何か言いたいことがあるみたいだけど、自分でもよく分かってないみたい。
ここは前世の自分の部屋だろうけど、本物であるはずがない。だって彼はもう転生した身なのだから。よってここは卵の中なんじゃないかと推察する。
不死鳥の卵の中に入るなんてなかなか貴重な体験だ。例の本にも、不死鳥と心通い合わせると部屋を覗かせてくれると書いてあった。
読んだ時は比喩表現だと思ったが、実際こうやって本当に部屋を見せてくれているとなると、なんだか嬉しい。それだけ心を開いてくれたということだもの。
「ふーん。エルフのお姉さんも簾ハゲに騙されたんだ」
「そうなのよ。簾ハゲオッサンには恨みしかないね。お互い大変だ」
「俺、この部屋にずっと引き籠ってた。前世で死んだ時もこの部屋にいた」
「私も職場という名の自分の部屋で死んだよ」
自分の机の引き出しに頭ぶつけて事故死だ。報われねえ。
「俺も似たようなもん……だから、生まれ変わってもずっと卵ん中いたい……」
「えーそこは飛び出そうよ。折角の異世界なんだからさ」
「なんで? 楽しいことなんか無さそうだよ。期待してた恋愛も一気に駄目になるしさ」
「おお。そこは勘弁だ。私には恋人がいるし、ピエタのことは妥協するしかないんじゃないかな」
「ケモノ相手になに妥協しろってんだよ……」
可愛い女の子がいいと蹲り、ますます落ち込んだフェオ。
ちょ、ちょ、あんたもしかしてすごい根暗なの?
引き籠りで根暗って……それで恋愛に未練……。
お前の青春真暗じゃん。可哀相なんだけど。
「俺のこと可哀相って思うならお姉さんが相手してよ」
「え、わ――――っ!」
フェオが近づいてきたと思ったら、その場に一気に押し倒された。いくら男の子とはいえ厨坊相手に押し負けるなんて有り得ない……て、今の私はか弱きエルフ少女だった。じゃあ仕方ない、のかも。だからと言って押し倒されっ放しは嫌だ。
「ちょっ、どいて。どいてよ」
「やだ。ああ、いい匂いだ」
んぎゃああ耳の辺りに吐息がかかる。その辺の匂いを嗅がれてるよーっ。
「嫌っ! 嫌だバカ! 私には恋人がいるって言ってんでしょ」
「恋人……ああ、あいつか。途中で放り投げてやったから、もう死んでるって」
「――――え!?」
光に吸い込まれる時は手を繋いでた気がするのに、一緒にここへ来てないのはそういうことか。だからって死んだはないだろう。
「ディムナをどこやったの?」
「知らん。どっか亜空間に流されたよ」
「そんな……っ」
水洗に流すみたいな表現されても困る。流した本人がどこへやったか分からないなんて……。
「ディムナ……ディムナどこ……」
「そんなにあいつが大事かよ」
大事ですがなにか?
圧し掛かってくるフェオをキッと睨みつける。
「どいて。ディムナを探しに行かなきゃ」
「無茶だ。いたとしても空間の狭間だぞ」
「そんなとこに放り投げたお前が言うな」
「もう死んでるって」
「ふざけんな! アンタ如きに殺されるディムナじゃないよ!」
怒りが湧く。ディムナは強いんだから、死ぬはずない。
フェオは知らないから。ディムナは【神の御業】が使える『神を名乗る者』だってこと。
だから、そんなこと言えるんだ。気軽に死んだとか言えるんだ。絶対ない。そんなこと。ディムナは……ディムナは――――――――。
「あきらめろ」
「嫌だ! いや、嫌っっ!」
胸、触られてる。フェオの手が胸タッチとか服の上からだけどギャー痴漢! そこはディムナしか触っちゃ駄目なとこ!
感情が昂って涙が出た。悲しいわけじゃない。悔しいんだ。
何も出来ない自分。こんなところで押し倒されてる自分。ディムナを探しにも行けない自分。非力で、両手足じたばたさせているのに、厨二にすら腕力で勝てない自分が情けない。
涙がポロポロ零れた。目の前がぼやけて涙の膜が張る。
歯を噛みしめた。悔しくて悔しくてたまらない。
「ディムナぁぁぁぁ!!!!」
泣き叫んだ。こんなにどうしようもならない感情を払拭するかのようにディムナを呼んだ。
会いたいよディムナ。死んでなんかいないよねディムナ。
ディムナ――――――――!!
その時、私を組み敷いていたフェオがぶっ飛んだ。
「グ……ッ!!?」
痛そうな声上げて横に飛んでった。多分、私から見て右横からの蹴りで飛ばされたんだと思うけど、それにしちゃ豪快だ。
蹴った人物を見上げ、私は安堵する。
「エリに触るな」
そこに居たのは真っ白な長い髪した『暴虐の白い牡牛』。
「フィン……!」
やっぱ無事だった。フィンの姿ってことは【転移魔術】でここへ来たんだね。
フィンは、普段は黒髪でディムナの姿だけど、【神の御業】を行使すると変装の魔法が解けて本来の姿になっちゃうのだ。
「ッ、あいつ、なのか? なんっで、生きて……あんな空間で生きていられるわけ…………」
蹴り飛ばされたフェオが腹抱えて呻いてるけど、よく喋れるなー。
完全に横っ腹へ強烈な蹴りが入ってたよね。そしてぶっ飛んだよね。ざまぁ。
「ああ死にかけた。死にかけたけどなんとかなった。だからお前も半殺しだ」
恐ろしいことサラッと言うあなたが素敵。
「ひぎゃぁぁッッ!!!!!!」
瞬間的にボコられる厨二病患者。アホだな。逃げればいいのに。逃げようとはしてるのかな。でもそれ以上にフィンが強いから無理ぽい。ざまぁ(二回目)
「こいつアホみたいに強えええチートじゃね?! 助けてエルフお姉さん!」
「エリに話かけるな。ムカつく。同じ空気吸ってんのも腹が立つ。おいお前、息止めろ」
「無茶苦茶じゃね?! それ俺に生きるなって言ってる……!」
まあ、その通りだね。
いきなり亜空間にディムナをポイしたフェオが言えた義理ではない。
「それ以上殴られたくなかったら殻から出てきなよ」とアドバイス。
聞こえているかは知らない。なんせ盛大にボコられてるから。あ、男の急所はやめてあげて。もしピエタが恋人になったら不能だと可哀相でしょ。
「わかったわかったわかった出るから、ッ、出る、から……お前ら出てけ――――!!!!」
突如迸る光の奔流。ここに来た時とは違う、光線が私たちを押し出す。
出てけってことですね。私は眩しくて腕を頭にくっつけて防御したんだけど、フィンが振り返って私を抱き締めてくれた。
今度こそ一緒に行こう。一緒にここ出ようね。
私も抱き締め返して、どさくさ紛れに唇を重ねた。
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