エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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リリエイラ20歳

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 ディムナの目が覚めた翌日、ようやくトレアスサッハのお屋敷へ帰ることができた。

 帰りもピエタの背に乗って途中までドライブ。
 昼ごはん、行きに料理人のコスタさんが作ってくれたバゲットサンドを食べた。バゲットサンドはディムナが亜空間に収納しておいてくれたので作りたて新鮮そのもの。
 サーモンの切り身はお口の中でとろけ、レタスもシャキシャキで美味しかった。
 付け合わせのオニオンフライも衣サクサク玉ねぎ甘くて最高だ。やっぱコスタさん神! 料理の神様だねえ。

 インスーロが見えた時点で、また転移魔術で飛ぶ。
 別に火山島から転移してもよかったのだが、バゲットサンドを食べたかったのと、あとディムナともうちょっとくっついて、一緒にいたかったから。
 帰ったら、こんなに接近して二人でくっつける機会は滅多にないだろうと思ったら離れられなかったの。
 今の内に思う存分ディムナとくっついて、お空のドライブを楽しむ。

「ディムナ~リリエイラさーん、お帰りなさ~い」

 トレアスサッハ家のお庭で、ディムナのお母様であるメイニルさんが出迎えてくれた。松葉杖をつきながら一生懸命に私たちへ手を振ってくれる。
 転ぶと危ないですよーと叫びかけたが、隣にいるクールさんがきちんと支えているようで一安心。あの夫婦はいつ見ても仲睦まじくていいねえ。

「ただいまです。遅くなりまして申し訳ございません」
「その様子だと目的はきちんと果たせたみたいだね」
「はい。バッチリ珪藻土を採取して試作品も出来ました」

 クールさんにガッツポーズしてアピールだ。
 実際、鬼神のおかげで珪藻土めっさとれたし。滞在中はハイエルフ様の美味しいご飯いっぱい食べれて大満足だったし。
 当初の目的以上に沢山の楽しいを見つけて温泉で癒されて……幸せか私!

「あらあ? リリエイラさん、とっても愛らしい服を着てるわねえ」
「それ前に見たことあるな……」

 そういえば服借りたままだ。そのまま着てきてしまったともいう。
 クールさんが見たことあるのも当たり前だろう。多分これ、この服はクールさんの姉アネッサさんのお下がりである。

 かくかくしかじか、私は火山島でのことをお話する。
 鬼神から手紙は貰ってるだろうから、それからの出来事をお話するのだ。
 場所は移してトレアスサッハ家のサロンである。お高級なお茶をいただきながら、おしゃべり。
 あ、砂糖壺に黄色のドライエッグ発見。これはミニ版だね。
 メイニルさんには大きさ取り揃えてお渡ししたから、後でどれが使いやすいか感想を聞こうと思ってたのだ。

「こてんぱんにされたってねえディムナ」
「……………………」

 おおっと。クールさんが実の息子をいびりだした。
 ニヨニヨ笑顔のクールさんに対し、ディムナは不機嫌に紅茶を飲みながら黙秘を貫く。
 言えないよねえ。一発当てるどころか軽くあしらわれた上にボロクソにされて三日寝込んだなんて。実の親になんか言えないねえ。

 私たち女の子組は仲良くお料理やお洋服の話に花を咲かせてます。

「私もお外でバーベキューというの、してみたいわ」
「コスタさんに頼んで、お庭でやりましょうよ」
「でも、その珪藻土焜炉というのが必要じゃなくて?」
「原材はディムナに保管してもらってますから、なんとか作ってみます。完成したらBBQしましょう!」
「んまぁ~楽しみだわあ」

 それから火山島に湧く温泉の効能も話した。
 温泉治療はメイニルさんの療養になるだろうし、ディムナに往復で転移してもらえば通えると思うのだ。
 この話にはクールさんものってきた。

「いいねえ。義父上が帰っていらしたら出掛けてみようか」
「嬉しいわ~温泉は初めてよ。自然に湧く温かいお湯なんてあるのねえ」

 はしゃぐメイニルお母様は本当に少女みたいで可憐だ。私より少女っぽいかもしれん。
 それからトレアスサッハ家ご当主のイーガンさんは現在、お出掛け中らしい。
 なんでも魔国へ出張してるとか。あれかな、死鳥の卵殻でも探しに行っているのかな。

 不死鳥といえば火の鳥。なんとなくデザイン考えて色まで塗ってしまった火の鳥は、アプリ【ペントゥラート】専用フォルダに保存してある。
 これ、具現化したらどうなんだろ。具現化さあ、できると思う。
 ただ、その代償がすごいんだ。寿命一千年いただきまーす♪って出た。

 千年も取られたら私、直ぐ死ぬんですけど。今直ぐ死ねるんですけど。

 エルフの寿命って大体千年くらいだからな。長生きさんで千五百年くらいまで生きた記録はある。
 ハイエルフ様ともなると、もう一万年生きているけど、それは特殊な事例であって普通じゃない。
 私の寿命はせいぜい千年程だろう。これまで極力寿命を削らないようにしてきたからまだまだ残っているとはいえ、一気に千年も削られたら絶対死ぬ。
 よって不死鳥具現化作戦は無理。やっちゃいけない。やっちまったらディムナ怒らせるどころの話じゃ済まない。彼をおいて先に死ぬなんて、まっぴらごめんだ。
 そんな事情もあって不死鳥のことに関して私は口を噤んでいる。ディムナにも話してない。
 温泉饅頭キャラにとデザインしたコーチン丸も同時に封印である。せっかく可愛く描けたけどねえ。日の目を見ることはないだろう。

 そう思っていたのだけど――――。

 *

 火山島から戻ってからの日々。

 ディムナとは変わらず半年に一回の逢瀬を続けているし、時々、こっそりピエタに乗って会いにも行ってる。
 トレアスサッハ家にお泊りは誕生日の時だけいいよとお父さんから許可もらえた。
 年に二度お互いの誕生日の日だけ、一緒のお布団で寝てます。
 そしていっぱい触られます。どうしてお胸ばかりいじるのか……謎だ。

 珪藻土製品は小さな乾燥剤から始めて、形や色のバリエーションを増やしつつ、交易商人さんに売っている。
 最初は半信半疑だった人間の商人ジュンタックさんも、「調理人や主婦に人気だよ」と定期的に買ってくれるようになったのだ。軽くて嵩張らないのも好評なようだ。
 収入が増えて私ほくほくである。これでディムナの誕生日にもうちょっとマシなものをプレゼントできるってもんだ。
 しかし相変わらず手作りお菓子なんだけどね。ディムナは「手作りが嬉しい」と言ってくれるから、ついつい得意分野の手作りで申し訳ない。
 まあ、何か買うにもここは田舎中の田舎インスーロのエルフ村。高価なものすらありません。
 だから手作りお菓子も年々凝っていくし巨大化している気がする。来年は一メートル越えのクロカンブッシュにしようと今から計画している始末だ。

 平和なエルフ村で、毎日大好きな人のことを考えて過ごせるのは幸せなことだ。
 ゆったりと流れていく時間は長すぎもせず短すぎもせず、私はエルフ年齢20歳を迎えた。前世から数えると36歳である。もうこっちの年齢は数えたくねえな……。

 恒例の魔導具メンテナンスの日がやってきた。
 本日は手作りお菓子の他に花束も持ってトレアスサッハ家を訪れている。

「まあ綺麗なお花……ありがとうね、リリエイラさん」

 ベッドから身を起こしながらも快く迎えて下さるディムナのお母様メイニルさん。
 その容姿は五年前と変わらず可憐なのだが、あの頃よりも痩せて、やつれてしまった。

「その後、お加減いかがでしょうか」
「ふふ……大分良いのよ。こうして起きれるようになったし」

 微笑んで言うメイニルさんだが、起き上がるのを助け起こしているクールさんの表情は曇っている。病状はそんなに芳しくないのだろう。
 昨年にかかった病気が治らなくて未だ床へ伏しているのが現状である。
 それまでは病弱といっても常に病がちというわけではなくて、病気になっても回復はしていたのだ。ある意味それは体力があったということだろう。
 でも昨年、急に治りが悪くなった。ちょっとした風邪も治らなくなり、病が長引けば他の病だって拾ってしまう。ずるずると病魔に取り付かれ、どんどんと体力も減退しているのが見て取れる。
 お見舞いにと、ここのところ、ひと月に一回はこちらに身を寄せているので、その衰弱ぶりは来る度に実感してしまうのだ。

 そう長くはもたないだろう。誰もがそう思い、医者も匙を投げている状態が、あまりにも辛い。
 すべての原因は心臓に埋め込まれた魔導具だ。これさえ取れて、後は滋養のあるものを食べて休んでいれば、自然と回復するはず。だけどそれが一番難しい。

 メイドのミラさんが花瓶に花を活けてくれた。
 エルフ村では綺麗なお花を咲かせるのが得意なエルフ、クリュセさんが花屋を営んでいる。
 太陽のように明るいお花ばかりを束にしてラッピングしてもらった。あいにく花言葉には疎いので、お花選びは花屋のクリュセさんにお任せであるが。

「男爵? それって爵位を賜ったということ?」
「うん。あんまり要らないけど」

 トレアスサッハ家のお庭のベンチに腰かけて、ディムナと話す。

「ほえー。本当に貴族様で、男爵様になっちゃったんだねえディムナは……」

 想像つかないや。貴族なんて身分、前世日本には存在しなかったからねえ。
 元華族とかいう人には会ったことあったけど、身分を笠に着るような人じゃなかったし、こちらの世界の貴族がどれくらい社会に影響をもつとかも、さっぱり分かんないや。

「要らないとか言っていいものなの? 一応、厳正な審査? みたいなものに通ったとかじゃないの?」

 いまいち貴族というものを把握してない私はディムナに畳みかけるように疑問を投げかけた。ディムナは整ったハリウッド顔をこちらに向けて説明してくれる。
 ああ、その顔見てるだけで眼福です。髪色は黒でフィンの姿じゃないけど、原型は超絶美形だからたとえ瞳色や髪色が違ってもディムナはディムナで美男子は美男子である。五年経っても変わらぬ大人の色香にメロメロになっちゃうよ。
 むしろパワーアップしたんじゃね? 20代男性の男くさい色気たまんねー。とか、思ってませんよ。
 私は相変わらず幼エルフのままで女性らしい体つきでもなんでもないから、その色気わけてくれー。とも、思ってませんよ。
 嘘です。思ってます。大好きです。傍に居るだけで幸せです。

「お祖父様が伯爵になったから空いた男爵位を貰っただけ。功績はお祖父様のものだ。俺は便乗してるからオマケで貰えた」

 オマケって。そんな気軽なものなのか爵位って。そういや昔、地球の某国でも爵位をお気軽に売り出していたことあったな……。

 功績というのは珪藻土発掘のことである。今、発掘権はトレアスサッハ家にある。
 あれから試作品を持ってイーガンさんに相談したところ、火山島の所有はどうなっているのか調べてくれて、これが所有者不明だった為に火山島をトレアスサッハ領にしてもらうよう王様に進言。そのまま許可を得て発掘事業に乗り出したのだ。

 発掘それ自体はディムナが担当している。事業に便乗しているだけとディムナは謙遜するが、発掘できなきゃ何も始まらないから重要な役だと思う。
 発掘の仕方は鬼神がやってくれたのと同じ方法だ。
 私が撮った動画、理法魔術を使った採掘動画を観て学んで再現してしまったディムナ。普通の人は観るだけじゃ真似できないんだぜ。
 でもそこはさすが神を名乗る者。何度かの習練でものにしてしまった。

 採掘した珪藻土はインスーロに建てた高炉へと、ディムナが転移で運んでいる。
 高炉がある工場にて、珪藻土を製品化するまで働いてくれるのはインスーロの人々だ。新しい職が出来て雇用数が増え、地元産業が潤ったとイーガンさんからも感謝された。

「エリこそ爵位を貰うべきだと思う。珪藻土を発見したこともそうだし、本来なら発掘権は君にあるべきだ」
「あ~そういうの、いいよ。私はただお小遣い欲しかっただけだから。ここまで事業展開したのはやっぱディムナたちの手腕だよ」

 事業としての大量売り出し先は主に建設業である。
 多孔質性を売りにしている珪藻土は、調湿や脱臭に優れ防カビ効果もあるので漆喰のように壁材として重宝されるのだ。

「エリには敵わない。いつでも新鮮で、俺に希望をくれる」

 じっと真剣に見詰められちゃうと照れるぜ。
 はにかむ私の腰にディムナの腕が絡んできた。
 お、おおお? あっという間に引き寄せられ、ディムナとくっつき、ディムナの顔が間近に迫る。

 キスをした。

 こういう空気、今ではすっかり読めるようになったよ。
 自分の胸が疼いてるなって思うと、大抵、ディムナも迫ってきてくれるから、私から誘うようなことはしたことないけど、でも、ディムナとこういうことしてるともっと、もっとこの先もしたいって思うようになってきたから最近の私の思考回路はヤバイ。

「ディムナぁ……」
「そんな声出されると触ってしまう」

 はい。有言実行だね。ぎゅうっとハグってた腕は太腿やお尻の方まで伸びて遠慮なく手の平でなでなでしてますよ。

「会う度に成長してる」
「そうかなあ? 全然お子様だけど」

 まだまだ胸だってぺったんこだぜ! 胸張って言うことでもないけど。
 身長もぜーんぜん伸びてなーい。数センチは伸びただろうけど130センチ代です。

「後10年、待つから。他の誰のものにもならないでくれ」

 ふおおおおおおちょ、それ、「〇〇ちゃんをお嫁にしてあげるね」っていうアレ的展開……!? 将来の約束?!
 一気に体の奥が熱くなって心臓が張り裂けそうなんだけどこれ、どうしよう。
 ディムナ、ディムナ、ディムナが好きすぎて辛いっす。

「ディムナこそ、他の女の人に色目使っちゃ駄目だよ」

 その色気ふり撒いたらあかんぜよ。男爵様にもなっちゃったし、社交界の淑女たちは絶対に放っておかないと思うんだ。

「そんなことしない。夜会なんてつまらないし。ダンスも、君と踊れたらいいと、いつも思う」
「ダンス……うう、苦手だけど練習しとくね」

 いつかディムナと踊るために……!
 社交会デビューはしないと思うけど、人生なにがあるか分からないからねえ。
 しかしダンスって誰に習えばいいんだ?
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