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おはようどら焼き温泉
しおりを挟むディムナが目覚めない。
鬼神にコテンパンにのされてから、もう三日経つのに目覚める気配がない。これどういうことだろう。
「鬼神がやり過ぎたせいだ……」
恨めしげに、リビングで魔樹映像視聴中の、あそこのおっさんを見つめる。
「そんなに見つめてもなんもでねーぞ」
そんなこと言って、どら焼き出して食べているお前はなんなんだ。
つか、このどら焼き栗入りじゃないか。美味しいじゃないか。もぐもぐ……。
「焙じ茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ハイエルフ様の淹れるお茶は私が淹れるよりおいしい。条件反射で湯呑を持って香ばしいお茶をすする。ふわあ~あったまるわあ。怒っていたこと忘れるわあ。
いや、忘れちゃ駄目だろう。そうは思うけどこの焙じ茶が絶妙に私の精神を癒してくれていい感じである。
しばし、おやつタイム。後、ハイエルフ様に髪を結ってもらって「こっちのリボンどうですか」「温かみのある色が好きです」とかやり取りしていた時、「ピエ~」と、どこからかピエタの鳴き声が聞こえた。
「あれ? ピエタどこだ」
「また置いてきたんじゃねえのか」
きょろきょろ見回してもピエタはいない。置いてきたとか可哀相なこと言うないじめっこ鬼神。だが私には前科があるので何も反論できない。
「ピエタ、どこー?」と立ち上がりリビングを出てみる。
あっちかなと廊下の奥へ。
なんとなくだけどディムナの寝ている部屋かもしれないとドアを開けたら、いたよ。小型化したピエタが部屋の中をくるくる飛んでいる。
「ピエピエ~~」
「どうしたのピエタ……」
なんだか楽し気なピエタを眺め、それから眠るディムナを見やる。
あ、ディムナが目を覚ましそう。
「――――っ、ん……」
「ディムナ?」
声をかけてみる。瞼がぴくぴく動いてるのが分かる。おお、これはお目覚めの予感。三日ぶり。三日ぶりだよディムナ……!
「あ……、リ……エリ……?」
「うん、ディムナ……おはよう」
よかった。普通に目を開けてくれて。
「…………ここは……───痛ッ?!」
「わ、ちょ、ダメだよ動いちゃ」
起き上がろうとしたディムナだったけど痛みでまたベッドへ戻った。
痛いだろうねえ。鬼神曰く、神経をほにゃららしちゃったらしいからねえ。
とにかく、安静第一だ。まだ寝ててねと声をかけながらディムナの手を握る。
痛みに耐えるようにしてベッドシーツに食い込むその手も、青白くなっちゃって心配になる。
「グッ……これ、は…………あの野郎……」
「あ。覚えてるんだね元凶」
「この家……まさか……」
「まさかの鬼神家だよ。諦めてねディムナ」
自分をボロクソに痛めつけた相手の家だけど暴れないでおくれよ。
「くっそ……うッ、ぐぐ……」
めっちゃ悔しそうだ。体も動かないだろうし無茶もしないでほしい。
握っていた手を今度は摩って、なんとか宥める。
お願いだから、今は逆らわないで大人しくしとこう、ね。
「三日も寝てたんだよ。何か食べれそう?」
「エリ……」
「ん? いや、私は食べ物じゃないよ」
それともなんだい食べる気か私を。じっと見詰められると変な気持ちになるからやーめーてー。私は幼女。幼女エルフですよ。
ディムナに腕を引かれる。ぎゅっとハグ? それくらいならいいけど。
「三日ぶり……」
堪能しているようで何よりです。
ちょっと手の動きが怪しいけどこれくらいなら恋人同士だし問題無いだろう。
「その様子なら大丈夫そうですねディムナくん」
「ふぁ、ハイエルフ様……!」
私は慌ててディムナから離れ……ない。
抱きしめてくる力を緩めてくれない。どして?
「お世話になりました。仕事もあるし、帰ります」
とディムナ。ハイエルフ様には丁寧な態度なんだね。
「まあまあ、もうちょっと療養してかないと。ご飯くらい食べていきなさいな」
そうだよディムナ。今起きたばっかじゃん。
お仕事滞っちゃったのはもうしょうがないとして、長期休みもらったと思って、もう少しゆっくりすべきだよ。
と、私も意見を述べてみる。
「リリィの用事は終わったんだろ」
「よく分かったね」
「三日もあれば。リリィならできるだろ」
何やら信用されてますが、ほとんど鬼神に手伝ってもらったので何も言えない。
だってここで鬼神の名前出したら確実に不機嫌になるからディムナ。思った以上に鬼神をライバル視してるよね。
あれを倒すにはまだまだ修行が必要だよ。今のままじゃ不可能だ。
「あのね。もうちょっとここでやりたいことあるの。あ、そだ、温泉あるんだよ。ディムナとまだ入ってない。一緒に入ろうね」
「温泉?」
興味持ったっぽいディムナ。地下水脈が地熱であっためられて、土中から色々な成分が溶け込んだお湯を怪我や病気の療養に使うんだよと大雑把な説明をした。
「へえ。リリィはその温泉にもう入ったと。やつも一緒に」
おお、しまった。鬼神とハイエルフ様と仲良く毎日温泉入ってるのバレた。
それ以前に自分からベラベラしゃべった私、アホ。
「う、う、うん。だからディムナも入ろ。一緒に。ふたりで」
ふたりでを強調。そうしたらディムナの態度も軟化したわけで。早速、一緒に温泉へ行ったわけです。お食事は後でいいらしい。
怪我は……大丈夫そうだね。ちょっとぎこちないけど普通に歩いている。
温泉は怪我の効能もあるだろうから、あったまって疲労回復健康第一だよ。
竹の衝立の向こうで服を脱ぐ。籐駕籠に衣服を揃えておく。出た時に分かりやすいようにね。髪を結い上げタオル持って、いざ温泉だー。
「脱衣所は男女別じゃないのか」
「別にいいんじゃない? ここは誰もいない火山島だし」
それに個人宅の温泉でそこまでしなくても、入るのは家族だけでしょ。
脱衣所はここだけで十分だと思っていた私は堂々といつも通り服脱いで温泉入る準備をしてしまっていた。
先はいるね。ディムナも早く脱いでおいでねと桶持って掛け湯をする。脱衣所と洗い場、それから湯舟まで壁はないので声も通るのだ。
でも「意識されてないのか……」と、こっそり溜息つくディムナの声は聞こえなかった。都合がよいエルフ耳なのだ。
「気持ちいいでしょう?」
「ああ……」
石造りの露天風呂で、私はディムナと二人っきりである。
お湯の色はやや濁り湯で白濁としているが、一歩向こうには真っ裸の彼がいると思うと……おお、なんだ、このドキドキうずうずとした感情は……。
湯けむりの向こう、ディムナの整った容姿と肩と胸の半分くらいまでは丸見えだ。肌、白いな。どうなってんだあの透けるような白さ。
男の人なのに色っぽいじゃないかドキドキするじゃないか……。
「ねえ、エリ」
「ふ、ふぁい?」
ぐっと寄ってきたディムナに思わず変な声を上げてしまう。
近い。顔近い。そっちに気を取られてる間に腰を引かれ彼の腕の中へ絡めとられてた。おかげで顔どころか体がお互いくっついた。
くっついた。くっついちゃったよ。これ、ちょっといけない体勢なんじゃないでしょうか。服着てれば別だけど、今は裸だからね。
裸と裸の間にお湯があるとはいえほぼこれ皮膚間接触である。素肌が触れ合っております。ちょっと擦れただけでなんだこの甘い感情……!
ひゃだ! なんとかして!
「温泉っていいもんだ。今まで知らなかった」
「あい。そーですね」
「エリって柔らかい。こっちも今まで知らなかった」
「うあ、あい。そ、そーですか……」
お尻、お尻、お尻撫で撫でその手、手、手が……っ。
「あの、ディムナ、こういうのは……」
大人になったらしましょうと言いたい。
「触られるの嫌か?」
「そういうわけでわ……」
節度を守っていただければそれはそれで……。
「じゃあ触ってたい。安心して、この先はしないよ」
と、そこ、割れ目、尻渓谷の先は指入れないでください。お願いします。まじ節度守って……!
一応、女の子の大事なとこは死守したけど他のところはいっぱい触られた。
壁胸とか触って何が楽しいのだろ。
真っ赤な顔で、まるで茹蛸のようになって温泉から出る。
首も尖り耳も先まで真っ赤っかである。ただでさえ、温泉の効能で手足の先まで血行が良くなっているのに、更に血圧上げてくれたディムナは、あっちでしれっと服に着替えてます。
あんにゃろう……私をここまで慌てふためかせといてなんでそんな普通なんだ。
もっと意識しろ。オロオロしろ。そんな怨念じみたこと考えながら脱衣駕籠を出して、そこに私の服が無いことに気づく。
あれれ? 確かにここへ畳んでおいたはずだ。
いくら今、茹蛸状態でもそれくらい覚えている。服が消えたとしか思えない。
そして消えた証拠に一枚の手紙が置かれていた。声に出して読んでみる。
「なに? 鬼神より……"服は洗濯した。代わりの服を置いておくからこれ着て孫を喜ばせてやれ" ……はあ?」
紙の下にある服。それは服っていうより下着じゃないすか。
どっかで見たことあるなと記憶を探る。
あ、これ、ベビードールだ。ハイエルフ様に着せたいとかで出したベビードールの白色バージョン。ちょっとリボンとフリルを多めにしたくらいで、けっこうセクシーな代物じゃないすか。
「ジジイがまたなんかした?」
「おひい!」
突然のディムナの声に驚き、手にしてたベビードールを急いで隠す。
急いだから胸に抱えるくらいしかできなかったけど、全体を見られてはいないはず。これが何なのかは認識できなかったはず。
「それ着るのか」
「見てないよね?! なんでわかるの」
不思議! 見えたとしても一瞬だろうに、なんでそんな嬉しそうな顔で「着てみてくれ」と催促するのか。
うあーん。ディムナがオヤジ化しちゃったよーう。
「くうう。こんな短いデザインにするんじゃなかった……」
着替えの服がこれしかないから仕方無い。
膝丈上でスケスケなベビードールを着てディムナに披露する。
「すごくいい…………」
感嘆の声を洩らしてるディムナの頬は紅潮し、とてつもなく感動しているようである。
未だかつてこんな熱視線で見つめられたことはなかったよ。どうにも居た堪れなくなってきたので上からバスタオル巻いて隠してしまう。
そしてダッシュで駆け出した。目指すはこんな新婚さんが着るようなものをここに仕込んだ犯人の元である。一発かまさにゃ気が済まない。
「鬼神みっけた!」
「んお?」
ターゲットは寝そべって魔樹の映像を観覧中。
本日の運勢占いとか観てる場合じゃないぜスケベ鬼め。
「服返せセクハラ鬼ぃぃ!!!!」
うけてみろ! スーパー回転バックキックじゃ!
「おお。着たか。なかなか…………まあ、お子ちゃまだしな」
あっさり足首掴まれた。足蹴体勢のまま固められたのでバスタオルの下が丸見えになったのだろう。中身はもちベビードール付属のおパンティーである。
「ぎああああ放せバカああああ見るなスケベうああああんんんん」
泣いて騒いでも鬼神は足首を放してくれなくて、そのまま体勢崩した私は後ろにこけそうになったけど、そこをディムナが支えてくれた。
「リリィ落ち着け」
「ふえ、ディムナ」
「ジジイ、リリィを虐めるな」
「不可抗力だっつのに。その服いいだろ? 俺の寿命で出してやったんだぜ。感謝して愛でるがいい」
不遜に言い放つ鬼神であるが、そのニヨニヨ笑いはエロ親爺にしか見えない。
足首は放してくれたので、そのままディムナの胸に顔をつけてしまう。もう裸じゃないので安心してくっつけるよ。
「ジジイの寿命で?」
「そうなの。私の神器は寿命さえ捧げれば誰でも使えるみたい。他にも色んな衣装を出したよ。ハイエルフ様に着せて遊んでんじゃないかなあ。あのエロ鬼」
「寿命削ってまで……変態だな」
こうしてますます孫からの評価を下げていく鬼神であった。
しかしこの格好は寒い。「へくちっ」とクシャミが出たのでハイエルフ様に頼んで服を貸してもらった。
「じゃあこれで。子供たちの服とっておいて本当に良かったです」
貸してもらったのはジャンバースカート。
ハート型のアップリケもついて大変ラブリー。
実はここにいる間の着替えは、ハイエルフ様の子供たちが着ていた服を貸してもらっていた。アネッサさんやクールさんのお下がりである。
「それはそれで可愛い」
いつもとは違うタイプの服装だからか、ディムナのロマンチックが止まらないみたいだ。
普段はロングスカートばかりだものね。今着てるのは膝丈だから足が出てしまって寒いけど、ディムナが褒めてくれるので根性で生足だよ。
せめて靴下はロングなのを貸してもらった。レースのついた靴下もラブリー。
お風呂の後は食事だね。恒例となりつつある珪藻土焜炉でのBBQを楽しんだ。
昨日もこれやったんだ。牛串と焼うどん旨かった。
今日は鮭のちゃんちゃん焼きだ。キャベツたっぷりが美味しいよね。網の方では大きな椎茸やマッシュルームを焼いている。きのこ尽くしである。じゅるり。
「ぷはー。この一杯の為に生きてる」
「おやじくせえエルフだな」
「エロ鬼神に言われたくないもーん」
本日も魔神印の黒ビールをいただく。見た目幼女エルフな私だが中身はアラサーなのでハイエルフ様にも大目に見てもらってます。
ディムナも隣で黒ビール飲んでる。美味しいよね黒ビール。今までの酒嫌いなんだったんだろってくらいの勢いでビールを飲み干す私。
「茸類には塩もいいけど、このタレもいいね。これって手作りですか?」
「ええ。良かったらタレのレシピ教えますよ」
「うわーい。ハイエルフ様大好き~!」
「ふふっ。またお菓子作ってくださいね」
「もちろんですっ!」
ハイエルフ様にくっついて甘える。
「ピエタにも茸をお裾分け。おいしい?」
「ピッピエ、ピエ」
甘いものばかり食べてるピエタだが、たまにはこういうのも食べないとね。
私が食べているものなら何でも美味しそうに食べてくれるから、別に食べれないこともないみたい。
こうして火山島で過ごす最後の一夜が更けていった。
ディムナも目覚めたことだし、明日はトレアスサッハのお家に帰ろうね。
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