エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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スイーツスイッチ

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 鬼神が言うには、イーガンさんが義理の息子だと。
 イーガンさんの妻アネッサさんが鬼神とハイエルフ様の娘だというのだ。

 あれ? クールさんが末の息子だと言ってませんでしたか?
 てことは、クールさんもアネッサさんも鬼神とハイエルフ様の子供だということになる。

「んじゃあ、お噂の、大公に囚われたお姫様はアネッサさん……」

 そんでもってアネッサさんはディムナのお祖母様だから、鬼神とハイエルフ様の子供は姉弟揃ってトレアスサッハ家、いや、カザストラ家の人と結婚したということになる。私はその事実に行きあたって口をあんぐり空けた。
 あああ口の中にお湯入っちゃうよおお。

「そーそー、うちのお姫様を攫ったのは大公豚野郎だ」

 豚……。エルフ好きな上に豚。それはいただけない。
 鬼神は持ってきた桶をお湯に浮かべ、手酌で一杯やりだした。
 桶の中には酒が入ってんのね。いつも思うけど、温泉の中で酒呑む世のおっさんは早死したいのだろうか。絶対、体に悪いと思うの。

「えーと、そんなら鬼神が豚を屠ればいいじゃん」
「聞いてんだろ。呪いの魔導具の話は」
「聞いてるけど瞬コロすればいいかと思って」
「メイニルちゃんの心臓を握られてるのに?」とハイエルフ様。
「そっちはそっちで解決できま……せんねえ」

 難しい問題だ。大公一匹葬り去ればいい話じゃないのだ。
 呪いの魔導具をなんとかしないとメイニルお母様の命が危ない。

「心臓に埋め込まれてる魔導具を取り外すことは考えた。まあ、無理なんだがな」
「……ハイエルフ様にも?」

 鬼神が無理と言ったら誰にだって無理だとは思うが、ハイエルフ様ならなんとかなるんじゃないかと、つい水を向けてしまう。
 ハイエルフ様は悲しそうな顔で首を横に振った。

「無理です。あの呪いの魔導具<血の絆サン・リギーオ>は、メイニルちゃん以外の魔力や理力を感知すると自爆しますから。魔導具が埋め込まれる際にメイニルちゃんの力で起動させてるんです。だから魔導具の動源である"魔導蓄積回路"が他人の力を受け付けない。過剰な力を感知すればオーバーヒートを起こす仕組みです」

 えげつない……。思った以上に厄介な魔導具で私は唖然とする。

 例えばレーザー除去手術みたいにレーザー魔術でメスを入れることも、鬼神が珪藻土掘りで見せてくれた離れたところから理力干渉して空間転移させることもできないということだ。理力に触れた時点で自爆するから。空間転移させる前に爆発してしまう。

 それから、他の力が触れれば即アウトということは、医術に基づいた切開手術でも無理である。この世界、生きとし生けるものは勿論、鉱物など無機質なものにも魔力は宿っているから、メスにも反応する。それ以前に切開した時点でボカンだろう。メイニルお母様の肉体に包まれている限り爆発しないだけで、外の空気に触れた途端、自爆すれば元も子もない。

 今の状態のままが一番安全とは皮肉である。それでもメイニルお母様の体には負担をかけている。心臓をずっと握られている状態なんだ。血流は滞るし足腰が弱くなってしまうのは必然。病気がちなのも体力が落ちているからである。

 八方塞がり。そんな言葉が私の頭の中を過ぎる。

「全てを丸く収めるには、対の魔導具を探し出して大公から奪い、こちら側で安全に管理するしかないのです。その、安全に管理する手段は今まで分からなかったけど、リリエイラちゃんが見つけ出してくれた」

 ハイエルフ様が言うには、私と鬼神が出掛けている間にイーガンさんとこへひとっ飛びしてきたと。そこで私が『不死鳥の卵殻』に関する書物を見つけたことを教えてもらったそうな。
 鬼神もお手紙届けた時にイーガンさんから不死鳥の卵殻のことを聞いたらしい。

「お前の神器は優秀だな。不死鳥の卵殻も、描けば出てくるんじゃねえかって思っちまう」
「いやさすがにそれは無いわ。私のタブレットちゃんは便利だけどリスクが高すぎるもん。もし不死鳥を描いてみて具現化するとしたら、残りの寿命半分位とられそう」
「へえ。その口ぶりだと具現化できそうなんだな」
「いやいや出来ないって言ってるじゃん。……多分」

 あれ? なんか出来そうな気がしてきたけど気のせいだよね。
 温泉入ってあったまっているはずなのに、なぜか冷や汗が流れてきたぞ私。まさか神器で不死鳥を出せちゃう……?
 いやいやまさか、そんな、そんなことあるはずない……よね?

 有り得ないと否定はしてみたものの、可能性としては捨てきれず、私は風呂上がりの牛乳をごきゅごきゅ飲みながらも、その考えに囚われていた。
 描いたものを具現化させるのが私の神器の真骨頂。生き物を描いて出すということを今までやったことがなかったからか、不死鳥を描こうとすら思っていなかった。
 でも、ちょっと描いてみるだけ描いてみようかな……。

 珪藻土分布地図を作成しながら、息抜きに不死鳥のデザインも考えてみる。
 可愛い顔がいいな。某巨匠の火の鳥みたいに。円な瞳は黒目がちに、尾羽は長く、冠羽はヒュッと麦の穂のように。色合いは紅に黄金を混ぜ込むイメージでキラキラと。
 不死鳥の涙は癒しの涙とか某魔法少年の話であったけど、鳥類が涙を流すことは難しい。涙じゃなくて癒しの炎を推奨したい。この魔法が備わるかは賭けだけど……て、私もう半分以上具現化する気でいるな。

 そんなことを考えながら絵を描くのに没頭していたら、深夜を回っていた。分布図より不死鳥を描く方に気合が入ってたよ。そろそろ寝ないと。
 もしここが私の家だったらお父さんに早よ寝ろと怒られているところだ。
 椅子に座って膝立てて、その膝にタブレットちゃんを立てかけつつ描いていたから、腰とお尻がバッキバキですわ。
 伸び~~と両腕を上げて少しだけストレッチ。

 神器は背負い鞄に仕舞って、灯していたランプを消して、いざ、お休み。
 目の前のベッドにはディムナが寝ている。彼の姿は今、白髪でフィンなんだけど、なんとなく本名のディムナと呼んでしまう。

 寝ている横でお部屋の明かりを点けたら眩しいかなと思って手元ランプだけで絵を描いていたからか、目がしぱしぱしている。
 最近、目が見えにくいんだよね。これ、近眼ぽいんだよね。エルフも近眼になるんだねえ。お母さんに相談した方がいいかなあとは思うけど、まだ言えてない。

 お布団を捲ってディムナのお隣に入る。
 客室を用意するとハイエルフ様には言われたんだけど、ここがいいと、ディムナの看病をしたい眠くなったら一緒に寝ると主張を貫いた結果、こうしてディムナの隣でくっついて寝れるのだ。くふふ。役得である。
 相手に意識が無いと、なんだか悪いことをしている気もするけど、ディムナの寝顔を間近で見れる上に抱きつき放題は、お得と言わず何と言おう。

「ディムナ……」

 私の声に反応は無い。でも、息してる。胸、上下に動いてるし、鼻や口から息が漏れてるのも手を翳して確認済みだ。
 ついでとばかりに唇を寄せてしまったが……。こ、これは、襲う内に入らないよね。おやすみなさいのキスだもんね。ふふふ。

「大好きだよ。大好き。だーいすき」

 本人の意識が無いからこそできる告白である。これが素面だったら……言えないね。照れが先に来て言葉が引っ込んじゃうだろう。
 思いの丈を思う存分吐いてから、私はやっと眠りに就いた。大好きなディムナにくっついて――――。

 翌朝。
 ディムナは起きなかった。また寝息を確認して安堵する。
 体もあったかいから大丈夫と思っても心から安心してない自分がいる。

 フィンの姿だけど……ディムナの白い髪を撫で梳きながら「おはよう」と朝の挨拶をした。そして白髪へキスを落とす。うん。こういう時しか出来ないだろうからね。これも役得である。
 綺麗な髪だなあ。陽光に煌めいて、どんな色でも吸収しそう。このまま色んな色を吸って、虹色になってしまうんじゃないかと夢想する。
 寝顔もスリーピングビューティーだよディムナ。男の人相手にここまで胸が締め付けられるように苦しくなって動悸息切れが激しくなるなんて……私、変態くさいわ。

 身支度を整えてからダイニングの方へ顔を出すと、鬼神が牛乳とおかきを食しながら新聞を読んでいた。お前は日曜日のお父さんまっしぐらだな。
 じーと見たら気づかれた。ニヤッと意地悪な笑みを向けられる。背筋がゾッとした。朝から見るものじゃない。なんか食われそうだもの。

「おはようございますリリエイラちゃん。昨夜は眠れました?」

 ああ麗しのハイエルフ様の優しい笑顔。朝から癒されます。夫婦で真逆の笑顔とはこれ如何に。美女と野獣、天国と地獄ってことか。

「はい。ちょっと夜更かししちゃったけど平気です」

 おはようございますとハイエルフ様に返してからキッチンで朝食準備のお手伝いをした。
 朝食のメニューは蕎麦粉のガレットですか。ハム卵チーズは三種の神器だよね。
 私の寿命吸い取り妖怪な神器よりよっぽど神々しい。
 アスパラとプチトマトも入って彩も美しいガレットを、お皿に移してからテーブルへと運ぶ。グリーンサラダが入ったサラダボウルとオニオンスープも運んでいただきますである。ふは~うっまぁ~い。
 蕎麦粉の皮がパリパリ香ばしくて素晴らしい。はふはふとがっつく私に「これ飲むか」と鬼神がくれたのはバナナシェイクだった。真ん中にミントの葉っぱが乗っておしゃれじゃないか。

「く……また貴様の手作りであるか」
「なんでそんな追い詰められた敵っぽい反応なんだ。いるのかいらねえのか」
「いるわい! ありがとよ!」

 じゅごーって飲んだら、くっそ美味いですわ。
 蜂蜜にクラッシュアーモンドとバニラアイス入りか……細かいとこまで気が利いてて鬼神がくれなきゃどこの一流シェフの仕事かと思う一品である。

「鬼神はなんでそんなスイーツ作りに凝ってんの」
「あ? お前、こういうの好きだろうが」
「そらスイーツは至高ですけどねえ」

 て、あれ? もしや私の為だけに作ってくれたとか言うんじゃなかろか。
 いやそれはないだろ。現にハイエルフ様の分までキッチリ用意して手渡しておる。しかもハイエルフ様へ渡したシェイクにはお花まで飾ってある。
 愛情もりもりである。

「毎度、魔導具メンテナンスの日は手作りお菓子を持参してんだろ。孫の誕生日にも、村でも作ってるって手紙に書いてあったぜ」

 あ、鬼神は前の拠点へ戻ってお手紙受け取ったんだね。
 うちのお父さんマメだから色んな報告を盛り込んだみたい。
 そしてディムナにお菓子作ってる件、バレてたし。

「珍しいお菓子を作るって書いてありましたね。……ねえ、それってもしかして日本の洋菓子ですか?」

 ハイエルフ様に期待の目で見られたら言い逃れは出来ないね。
 今までに作った洋菓子、カヌレやシフォンケーキなどを作ったと言えば、ハイエルフ様の瞳の輝きが増しに増したよ。
 そんなに日本の洋菓子が恋しいなら今日はスイーツ作りしましょうかと提案しちゃったら輝きが爆発したね。

「善は急げ! 最高の食材を揃えますね! 甘いものは正義ー!」

 なんか厨二くさいこと叫んだと思ったら空間転移してどっか行っちゃった。
 あんなテンション高いハイエルフ様みたことない。

「あーあ。ハルのスイーツスイッチを押しちまったみてえだな」
「そんなスイッチあったんですか」
「最早病気みたいなもんだ。だから、ちょくちょく甘いもの与えて抑えてたのに……」

 私の話を耳にして上限振り切ったんですね。知らずにすみませんでした。

 残された食器を片付けて、どんなお菓子を作ろうか考える。
 所は温泉、今描いているものは火の鳥ちゃん。温泉といえば温泉饅頭。
 火の鳥温泉饅頭とか……かわいいかも。火の鳥を可愛くデザインしてみよう。
 デフォルメして少し丸く、線を太くしてよりポップに……なんか太ったチャボになった。コーチン丸って感じ。これ具現化したらお笑いにしかならないね。
 これはこれで味があって可愛いけど。
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