エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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鬼神屋お主も悪よのう

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 鬼神の放った技は圧倒的だった。
 まず湖面が、ガバンッと割れたと思ったら消えて、消えたところに水が入り込む……前に、結界みたいなので防いだ。
 あんな大技、今すぐ真似ろと言われてもできる気なんてしない。それこそ神の御業じゃないのかと思ったけど、これはただの理法魔術らしい。
 いやいや? それでも十分に凄いよ?

「分かったか?」
「うんにゃ。なにがどうなってああなったか……サッパリ分からないっす」

 空から降りてきた鬼神が聞いてくるが、本当に理解が追いついてません。

 今、火山湖の真ん中には光が立っている。
 円柱に立つその光は直径2m程で、湖中から湖面ちょっと上まで真っ直ぐに伸びている。
 その光柱、湖の中を貫通し地中200~300m先まで届いていると鬼神は説明する。

「あの光は結界なんだよね。水が縦穴に入らないように。結界は魔術として、最初に地面を掘り下げたのは……あれが理法魔術なの?」
「そうだ。掘り下げる箇所の理に干渉してから円柱型に湖中の土と水を拓いた」

 うおっふ。さらりと言ったけど、それがどれだけの理力と魔力を要するのか想像すらつかない。大体、理力で干渉するには体の一部を干渉する場所に接触させないといけないはずだ。鬼神はずっと空中にいた。接触どころか離れたところから理を操っていたということになる。まさに離れ技。

「拓いたって……その土と水はどこへ消えたの?」
「亜空間にある。珪藻土も入ってんじゃねえかな」

 もうそれで採取できてんじゃん。驚きで声も出せないわ……。

「ただ爆破するだけじゃ環境破壊になっちまう。だったら理力で干渉して必要な分だけ拓いた方がいい。インスーロを開拓してた時によく使った技だ。懐かしいな」
「必要な分だけ拓く……」

 鬼神は事も無げに言うが、普通の人間からしたらとても難しいことだ。
 人間の欲は果てしない。必要以上に木を切り大地を掘り起こし岩さえ粉砕する。
 環境を守るより環境を破壊することの方が楽で、お金も手に入るから人は資源を欲するのだろう。
 私も、珪藻土の商品を売ってお金が欲しくてこんなことをしている。
 改めて己が欲深な人間であると思い知らされた。今はエルフだけど。

「お前は【世界の真理】を、いつか知るだろうな」
「なんの話……?」
「【世界の理】より上の存在がいるってこった」

 あの簾ハゲなオッサンの上司ってことか。会いたくないわ。

「神を名乗る者の傍にいりゃ、嫌でも会うことになんぞ」
「それって、ディムナの近くにいたら、いつか会っちゃうってこと?」
「覚悟はしとけよ。悪戯好きな運命ペトレイマ・ソルトは再びやってくる」

 んえ? なんのこっちゃい。と、口を開きかけたところで鬼神に捕獲された。

「うわっ?!」
「掴まってな。このまま地層見学すっぞ」

 抱えられて鬼神と共に光柱の中へと飛び込んだ。

「ピ、ピエ?!」
「ごめんピエタは待っててええ……!」

 縦穴の大きさは直径二メートル程だ。ピエタには狭かろう。後で考えたら小さくなってもらえば良かったのだけど、この時は焦っていた。置いてきぼりにしてごめんよピエタ。
 地上で待っててと声を張り上げつつ、鬼神の腕の中で周りを見た。結界の光の向こう、きちんと地層が見える。

 湖の地中、上から下まで全部見たけれど、珪藻土が埋まってる地層は十メートルに満たなかった。
 どうやって測ったかというと、鬼神が長い巻尺を亜空間に収納して持ってたので、使わせてもらったのだ。

「どうしてこんな50mも測れるでかい巻尺を持ってんの?」
「旅の必需品だぞ」
「ふーん」

 測るより縛り用途が高そうな巻尺である。
 ちなみにこの巻尺、竹製である。竹縄というそうな。

 珪藻土がどれくらいあるか、埋蔵量を試算してみる。
 マイタブレットにある電卓で計算してみた。
 直径二メートルの円柱形で長さ十メートル。単純計算で約64トン。
 火山湖の大きさは10平方kmくらいだから全体に埋まってたとしたら…………。
 約16億トンにものぼる。これはまだ一箇所の試算だから、他の箇所も調べないと正確な数字は出ないだろう。おそらくきちんと計算すれば16億トンもない。それでもすごい量だ。

 次は火山湖における珪藻土層の分布を調べるため、地上に戻って鬼神に他の箇所も同じように掘って欲しいとお願いしてみた。

「人使い荒いぞ」
「あんた人じゃなくて鬼でしょうが」
「ちげーねえ」
「ピエピ-エ」

 擦り寄ってくるピエタ可愛い。寂しかったね、よしよし。

「で、どこ掘るんだ」
「一キロづつに全体で百箇所お頼み申します」
「百箇所も流石に無理だ」
「この湖10平方kmはあるんだよ。1kmに一つとして十箇所。十かける十は百だから百箇所。がんがれ」
「無理だっつの。俺の力だって無尽蔵じゃねえんだぞ」
「鬼神なのに?」
「鬼神をなんだと思ってんだ」

 攻撃力の高いドラ●もんだと思ってる。亜空間から便利な道具を出すし。

「むう。わかったよ。二キロ毎にマケてあげるから25箇所お願いします」
「頼むんならもうちと可愛くおねだりしてみろよ」
「でたセクハラ発言。これだからおっさんは……チューすればいいですか」
「それは間に合ってる」

 だよな。ハイエルフ様とあんだけラブラブならいらんわな。

「私の可愛いはディムナ限定だから。ここは物で取引といこうじゃないか」
「おお。やぶさかじゃねえな。その神器で出してくれ」
「ん? お決まりの品がありますな鬼神屋お主も悪よのう」
「お前ほどじゃねえやな。と、分かってんなら描いてもらおう」
「あとでな!」

 力強い笑顔で宣言したらデコピン食らった。

「あうちッ」
「絶対に描いてもらうからな。脳天の痛みと共に覚えとけ」

 くうう言われた通り脳みそがズキズキするわい。陥没してたらどうすんだ。まだ嫁入り前なのに……。
 涙目で鬼神にボーリング箇所を指示した。
 先程の調査で分かったのは、珪藻土層は表層浅く十メートルくらい。だからこれから掘ってもらう縦穴は深さ十メートル前後でお願いした。

「幅を広げてやる。それなら掘る箇所も少なくなるだろ」

 穴の直径を五メートルに拡大。先程、中心に掘った穴から二キロ離れて四方向に四ヶ所、掘ってもらった。
 それぞれに見て回り、地層の長さを測って試算を重ねていく。もう四ヶ所お願いしますとまた増やして、調べて、また四ヶ所増やして調べてを繰り返してたら、合計で20箇所になっていた。

「人使いが……いや鬼神使いが荒い。こうなったら寿命ゴリゴリ削って取引成立させてやる」
「ヒドーイ。乙女の寿命なんだと思ってんの。ディムナに怒られちゃうよ」
「俺の知ったこっちゃねえわ」

 キイー! やっぱこの鬼神ひとでなし! 人じゃなくて鬼だけど。
 ぶつくさ文句を言いながらも鬼神は後二ヶ所掘ってくれて、この日の調査は終了した。後は、マイタブレットのメモ帳に書いたデータをまとめて、分布を調べてから埋蔵量の試算を出すだけだ。

 その日は鬼神宅に帰り、お夕飯をいただく。メニューはお豆腐ハンバーグ。
 ハンバーグの上に鬼マークの旗が飾ってあった。チキンピラフにポテトサラダにスパゲティ、ゼリーとおもちゃが付いて……これ、お子様ランチじゃね?
 付いてたおもちゃ、ぴょんぴょんカエルちゃんをぴょんぴょんさせながら、私はクリームソーダを飲んだ。浮かんでるバニラアイスうま。

「おいひい~!」
「子供たちにせがまれてよく作ったもんです」

 懐かしそうに目を細めて私が食べる姿を見つめるハイエルフ様を前にしたら、大人しく食べるのが吉だと思うのです。もぐもぐ。
 食後、軽く寛いでいたら「温泉あるぜ」と鬼神に言われ飛びついた私。

「温泉入る!」
「おうよ。皆で行こう」
「あれ? もしかして混浴」
「別にいいだろ」

 まあ、私、見た目は幼女エルフですから。
 お父さんとお母さんに連れられて家族風呂に入るんだと思えばオッケーだと思う。

「そんでもって風呂上がりの服はお前出せ。例の取引だ」

 おおっと。ここで使ってくるかそのカード。どういう服がいいのか聞いたらベビードールだって。まあ破廉恥。ハイエルフ様に着せたいんですね。わかります。
 私も想像しながらノリノリで描いたわけだ。ハイエルフ様は色白だからここはシックに黒で統一してもいいし、可愛い感出したかったらフレアにピンク色を混ぜてもいい。
 デザインもセクシーに、あのスレンダーボディを引き立たせる為にも絶対領域はキープしておきたいところ。
 レースをふんだんに盛り込んで、ガーターベルトもつけてあげよう。おパンティーはお尻の丸みを出して食い込むような……Tバックだな。

 よし、大体でけた。

「こんな感じでどうだね?」
「おおおお素晴らしい……!」
「この絵じゃわかりにくいかもだけど、透けてます」
「いいぞもっとやれ」
「オマケで猫耳もつけてあげるね」
「お前、神だな」
「あんたが鬼神でしょ」

 サイズ調整しやすいよう肩紐にアジャスターもつけて、細部のレースデザインも描き込んでいく。同じ柄を何個も描いていくの大変だから、ここはコピー&ペーストを使わせてもらう。コピペでレース紐の素材をつくり、それを歪曲機能でボディラインに合わせて貼り付けた。うむ、パーペキ。

「一着、三十秒~三十分の寿命か……なんでこんなに差があるんだろ」
「素材じゃねえのか。ほら、選択が出てきたぜ」

 鬼神の言う通り、かかる寿命差は布地の選択だった。
 この世界に存在する布地なら寿命は少なくて済むが、高級な生地や化学繊維などは寿命が嵩む。

「どの生地がいいの鬼神は」
「そりゃあ発色がいいやつ。あと透けるやつ」

 ブレないねあんた。意図を汲んでここはナイロンやポリエステルなどの化学繊維だね。透け感重視ならポリエステルか。プレビューで確認しながら決めた。大奮発だよ。

「おらよ」
「サンキュー!」

 具現化したベビードールを鬼神にあげた。優しい私は猫耳と猫尻尾も合わせてあげた。もちろん黒猫仕様だ。感謝しまくれ鬼神よ。

「どうせなら、お前のも作れよ」
「は? 私ですか」
「ハルとお揃いでいいだろ」
「こんなセクシーなの着れませんがな」
「あ、お子様にゃキツイか」

 ニヨニヨ言われたので腹が立ちました。
 ハイエルフ様用に描いたベビードールにリボンを増やしパンティーの露出を減らして色違いを描いた。清楚に白色だよ。

「鬼神、ここ、ここ押して」
「お?」

 勝手に鬼神の手を取って、具現化する時の最後のボタンを押させた。
 鬼神の寿命30分、毎度あり。

「まじで今俺の寿命吸い取られた」
「これならあと十着くらい描いてあげてもいいよ。ただしお代は鬼神持ちね」
「やるなあ、お前……」

 むふふーんと鼻息荒くせせら笑い。この方法なら私の寿命縮まないしディムナにも怒られないもんね。なんでもっと早く思いつかなかったんだろ。

「あと十着か……ナース、スッチー、セーラー服……白無垢も捨て難いな」

 真剣に考え始めた鬼神きめえ。温泉でゆっくり妄想を膨らますがよいわ。
 私はハイエルフ様と先に温泉へ向かった。家の直ぐ裏に露天風呂があるとか、なんという贅沢。
 脱衣所で髪結ってから服を脱いで、温泉場では掛け湯をしてから頭にタオル乗せて、お湯に身を浸す。

「はふ~ん、いいお湯です」
「気に入った?」
「ふぁい~~毎日入りたいくらいですが、ここまで通うのも大変ですねえ」
「ディムナ君に連れてきてもらえばいいじゃないですか」
「あ~~でも、一緒に住んでるわけじゃないんでえぇ~~~~」

 ふにゃふにゃ夢見心地で答えていたら長いエルフ耳にお湯が入った。人間の耳と違ってお湯が入りやすいんだね。長耳になったこと失念していた。
 頭トントンしてお湯を出す。こんなことするの体育のプール授業以来だなあ。

「ふふ、一緒に住むのはイーガン君が許してくれないですか」
「どうでしょう。頼めば案外オッケーくれそうなんですよね」
「へえ。あの堅物もリリエイラちゃんには甘いということでしょうか」
「私、イーガンさんは情が深い方だと思うんですよ」

 あと執念深いよね。奥様が攫われて未だ取り返す満々みたいだし。それは奥様への愛情が深いからこそだと思うから。
 イーガンさんは一見冷徹に見えるけれど、私の話を精査するあの様子を見るに、本来の感情は豊かで義理人情には厚い人だと思うのだ。
 だからこそ、トレアスサッハ家面々は奥様を取り戻すことを諦めていない。私も、事情を聞いたからには協力したいと思うわけだ。

「へえ。興味深い話してんなあ」

 鬼神がやってきた。無駄にでかいから鬼神が歩けばお湯が波立って私の方まで押し寄せる。
 ひゃう。また耳にお湯入る入る入っちゃうううう。

「うちの義理の息子の良いところが分かるなんて、やっぱお前はひと味もふた味も違うエルフだぜえ」

 ん? 義理の息子だとお? イーガンさんが?
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