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鬼ヶ島かもしれない火山島
しおりを挟むインスーロより北西に約600km。火山島へは白緑竜の背に乗って何時間かかることやら……。今のピエタは自家用車並のスピードなんである。
最高速度で飛び続けても六時間はかかる計算だ。
そんなに長く乗ってたらケツ痛いわ。途中で休む場所も無いと思うし。
ここは燃料を投下したらいいかと思って、途中で貴重なおやつ、コスタさん手作りのガトーショコラをあげたらピエタは俄然やる気になった。
なんと30分後にはインスーロと火山島のちょうど真ん中くらいの位置に来ちゃったよ。すごいやピエタ! 自家用車から進化して新幹線並だね! スイーツパワー!
「ひゃっほーう!」
「エリ、立つと危ない」
手放しで立って喜ぶ私の腰をディムナが掴んで引き寄せる。おっといけない。
調子に乗りました。一瞬だけど、かの有名な沈没船映画名場面のようになってた。
私はディムナの腕の中にきゅっと収まる。密着具合が半端ない。
高度800メートルほどで完全密着。たまらんね。
「もしかして……あれが火山島か?」
ディムナが指差す向こう、噴煙上がる高い山々がうっすらと目に入った。
「まだ半分くらいしか来てないのに見えるなんて……」
驚きである。
これが空気汚染されてない魔法世界<ウィーヴェン>の底力か……!
「あれだけ見えてれば転移できる」
「ピエタも一緒にいける?」
「もちろんだ。掴まってて」
「ピエ~」
私はディムナの腕に掴まり、ディムナもピエタの鬣を掴んで、そのまま転移した。
いつ味わっても一瞬の出来事で凄すぎて何も言えなくなるよね【転移魔術】って。
気づいたら熱い温泉が湧き出てる所の上空にいて、熱い蒸気が私たちに迫ってきた。
「ひょああああぁぁーっっ」
「しまった。もう一度飛ぶ」
間欠泉のお湯がかかりそうになったとこで、もう一度転移。
今度は黒い大地の火口付近に飛んだ。ふはー。ここならお湯噴出の危険は無いね。
安全なところにきたーと私は心から安堵していたけど、フィンは――【転移魔術】を行使したから白い髪の姿に戻っているのだ──違うみたい。
怪訝な表情で周囲を見回している。
「なんかうまくいかない。座標が狂うっていうか……」
「あ、力場がおかしいからじゃない? 地脈が動いてたりするし」
「それは魔力に関係があることなのか?」
「ん~推測でごめんね。この世界の魔力って、あの空洞から染み出てるんでしょ」
世界の中心を抉りとったような大穴の最大深部は、おそらく地殻どころかマントルまで達していると思う。そんな深いところから湧き出てくる魔力。
元は地殻に覆われていたから染み出てこなかったと考えられるのだが、この火山島の場合も似たような状況なんじゃないだろうか。
噴火こそしてないものの噴煙がまだ上がっている山もあり、休火山に見えるけれど地殻深部ではマグマがうねっている。地脈が動いているのだ。
どこかの亀裂から魔力が染み出していても不思議はない……かもしれない。
調べてみないと確信はもてないけど。
「その魔力に当てられているというのか?」
「そう。過ぎたる魔力は力場を崩すというものよ。フィンの魔力がおかしくなってるんじゃなくて、ここの地場が魔力に当てられてるんだと思う」
「なるほど。君の見解は興味深い」
愉快げに目を細めてフィンは周囲を観察している。
私もピエタから降りて、黒い大地を踏みしめた。岩、石、砂利、そのどれもが黒い。
「火山湖はあれじゃないかなあ」
アプリ【世界まるっみえ】で地理子さんが案内してくれた画面によると、火山島の北部に位置する火山湖。
地図男くんによれば私たちが今いる場所は、その火山湖近くのクレーターである。
クレーターのデータ『標高462m 深さ140m 直径1000m』ってポップアップ画面が出た。細やかだ。ありがとう地図男くん。
「歩こうよ」
そう言って私はフィンと手を繋いでクレーターを降りた。斜面は緩やかで、けっこう簡単に下れる。
ここなら誰もいないから堂々と手を繋げちゃうぞ。お屋敷で手を繋いで散歩した時は恥ずかしかったからねえ。
やっぱり誰かに見られるかもという思いが羞恥を生むね。
街中デートより無人島デート。私にはこっちの方が、気が楽である。
火山湖まで数分。途中、荒涼とした風景が広がっている。
これがもう少し暖かい時期だったら緑があったろうに。今の季節はナナカマドの月中旬である。日本の暦だと一月下旬くらい。
この火山島には氷河もあるみたいだけど、思ったより寒くはないし雪もまだ降っていない。
でも風は冷たい。それなりに防寒具を装備してきたが肌が出てる顔面が寒い寒い。
唯一あったかいのはフィンと繋いだ手だ。手袋越しに伝わる体温が、手先だけじゃなくて心までぽかぽかさせるね。
「おっきい湖……あ、あれ鴨じゃないかな。冬なのにここで越冬してんだ。すごいなー」
この火山湖には熱い地熱蒸気が吹き出してる箇所があり、近くの川の水も流れ込み、水が流動してるのもあって、冬だけど湖は凍らない。
よって渡り鳥じゃない水鳥とかは、ここの溶岩の穴で営巣するそうだ。
と、これら地理子さんの案内である。大和撫子な地理子さんが謙虚控えめに教えてくれた。
「食料に困らなくていい」
とはフィンの言。それ言ったら身も蓋もない。
そういえば川には鮭がいっぱいいたなあ。冬ごもりが出来そうな環境ではあるね。湖の周囲を散歩しながら思った。
「湖底に珪藻土が埋まってるんだっけ」
「うん。どうやって掘ろうか」
スコップでいいかな。しかし確かに発掘にはもってこいなスコップ三等兵ではありますが、ここの湖底掘るには力不足だろう。潮干狩りならいざ知らず。
よってここはシャベル上等兵にお越し願おう。じゃじゃーん。
油圧式自動掘削機シャベル~~。愛称ユンボである。と、これを秘密道具のように出そうとしてみたが、フィンに止められた。
「それ寿命使うやつだろ」
「よくお分かりで。やっぱ駄目?」
上目遣いでうるうるとかしても、駄目?
「俺の前で使えるもんなら使ってみろ」
めっちゃキビシイ。だがときめいた。その台詞は私の心臓を鷲掴みだ。
動悸息切れその他辛い恋の痛みが激しい。視線を逸らして耐える。
「君が寿命を削る必要はない。俺がいるんだから……頼れ」
トドメを刺された。折角耐えていた血流が活発化して鼻血出そう。
この台詞もマイベストとしてボイレコ保存したいです。今度こっそりボイレコだけでも具現化させてもらえんか?
夜中にこっそり聴いて悶えたい。
「ごめ……なさい…………」
「ああ。ここを掘り返せばいいんだろ?」
「うん……そう。どれくらい掘ればいいか検討がつかないからとりあえず……」
下向きつつ鼻押さえて答えているから、くぐもった声な私。
それでも一応謝ったこともあって今やろうとしていることへと思考が向く。
前を向かなくては。ハァハァしてる場合じゃねえっ。
「もりもりっと200~300mほど掘り下げたら地層が見えると思う」
「…………それやると地形が変わるが」
あ、そうだよね。パワーシャベルで掘削することしか考えていなかったから、それ以上のパワーで掘り返すとなれば、この火山湖を消してしまうかもしれない。
それは駄目だ。この湖を糧に生きている鳥や魚や動物たちがいるもの。
彼らの生活を脅かすことはできない。
「生態系を変えずに土質を調べる方法ってない?」
前世知識だとボーリング調査とかいうので地盤が固いかとか調べるはずだ。その際に土質のサンプルも採る。
私はボーリング標準貫入試験の様子をアプリ【ペントゥラート】で描いて見せた。
あやふやだけどこんなかんじ。櫓組んで、滑車を重いハンマーの自由落下で回し、その力で土の中へ突撃兵を送り込むのだ。
突撃兵に地中サンプル容器みたいなのをつけて回収すれば地層を観察できるけど、はっきり言ってサンプルを取るのにどういう道具を使っているのか知らない。
こりゃあ、たとえ具現化しようとしても知識不足で具現化できないね。しないけどね。フィン怒らせるだけだし。
「なかなか原始的な方法だけど、有用だ」
「それは褒められてるのでしょうか? けなされているのでしょうか?」
「見たことも聞いたこともない方法だから凄いとは思う」
「この世界では家を建てる前に地盤調査ってしないの?」
「庶民はしないな。王侯貴族の家を建てるときはするだろうが」
「なるほど。前世でもお金かかるからしない人もいると聞いたことはあるなあ」
まあ、家建てたことないから詳しいことは知らんがね。
国からの義務ではあったような気がするから金なくてもローン組んでやるしかないんじゃないかな。世知辛い話だ。
「それじゃあ、王侯貴族はどんな方法で地質調査してんの?」
「専門職がいるはずだ。やり方は秘匿されてる。無理やり調べれば知れないこともない」
知ることは鬼門なのね。無理やり調べて知ろうとしたらブラックメンが現れて捕獲されちゃうかもしれないのだ。まあ怖い。
試しに地質調査に関する魔術を三代目タブレットちゃんこと神器で調べてみたら、尽く閲覧禁止マークが出た。
地質調査に関する書籍も全部タブーだ。なんだこれ。流石に地層や調査結果みたいなものはあったけど、どうやって調査したのかは書いてない。
「世界の空洞が出来てから、原因の究明で地学系魔術は発展してるはずだ。でも、各国の競争が激しくて、その方法や研究内容は秘匿される傾向にある」
その傾向をなぜ神器に反映するかな。これ比類なき神器じゃなかったですかねー。
『余計なことは知らんでいい』
オッサン……。ここであの簾ハゲが脳内登場ですよ。
私の脳内で口出しだけして帰るという失礼極まりないオッサンですよ。
「私を殺したくせに……空洞の秘密くらい教えてくれてもいいじゃない」
「なんの話だ?」
うあ。しまった。ついうっかりオッサンへの鬱憤が口をついて出た。
私は慌てて口に手を当て塞いでから「違う違う」と首を振る。
「誤魔化そうとしたって駄目だ。君を殺したってどういうことだ」
そこか。そこに食らいついちゃったかフィン。
「君は今生きてる。殺したってことは前世での因縁相手か?」
どういう飛躍しちゃったフィン?! でも当たらからず遠からずっていうか因縁といえば因縁かもしれないと、改めてあのオッサンの姿を思い浮かべる。
『そんなに儂に会いたかったか? ん?』
「ッギャー! 出てくんなおまーっっ」
「エリ!?」
ああああフィンに腕掴まれたあああ逃げることもできないいいい。
「だ、だだ、大丈夫だから、ね、フィンさん落ち着いて」
「何言ってんだ。狼狽えてるのは君だ。何があった? 俺に話せないことか?」
「め、滅相もないです。わたくしめのことを気にかけていただけるなんて至極光栄感激の極み」
「そういう言い方は嬉しくない」
「ひゃうッ!」
グッと、掴まれてたところに力を込められた。思わず悲鳴を上げる。
フィンを怒らせた。これはもう完璧に怒らせた。血の気がサッと引いていく。
そんな緊迫感漂う最中のことだった。
「どっかで見たことある生き物二人、なーにやってんだあ?」
誰かに声をかけられる。この辺鄙な火山島に誰かがいることが有り得ないのに、その誰かはこっちに向かって歩いて来るではないか。
「あっ」
フィンに掴まれていた腕を引かれ、そのままフィンの胸の中に抱かれた。
博愛がためでしょうか。いや違うね。声の主から守ってくれる行為だね。
こんな時なのに胸が高鳴るのは、しょうがないだって乙女だもの。
「イチャラブしてんのは分かった。さっきのは痴話喧嘩で処理してやっから、ここに来た目的を聞こうか」
一方的に言い放ってくる声に聞き覚え有り。そっとフィンの胸の中で首の向きを変えて声のする方を見てみると、そこには鬼がいた。
鬼がでたよ。
あいつ鬼だよ鬼神だよ。ここはやはり鬼ヶ島だったのだろうか。
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