エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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涙のレモンメレンゲパイ(1)

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 メンテナンスの日がやってきた。
 いつもより早く起き、いつもより時間をかけて服を選んで、いつもより気合入れて髪をフルセット。
 キラキラ多めに髪飾りをつけたらあきらかに盛りすぎた。却下。それなりの髪型にしてから黄色いリボンで髪を結んだ。よし、清楚だ。
 私は前世に引き続きエルフの中でも地味目である。でも、好きな人に会う日くらい、ちょっとはお洒落しようと思った。
 気合が変な方向へ行ってしまったりもしたけども、それなりに成功したレモンメレンゲパイを持って、いざ出発。

 これまでの傾向からディムナは甘過ぎるものが苦手である。
 前回に持っていったレモン入りスコーンを気に入ってくれてたようだから、今回はレモンに焦点を当ててみた。つくったのはレモンのケーキとメレンゲパイだ。
 レモンケーキにはシトロンを満遍なくかけて甘めにした。こっちはメンテナンスに集まった人たちにお裾分けだ。
 トレアスサッハ家にはレモンメレンゲパイ。魔術を使った泡立て練習をいっぱいしたのでメレンゲもふわふわでバッチリである。
 酸っぱめ爽やかにできたと思う。エルフ村産レモン、美味しいよ。

「ほんと美味しいわ~」

 ほくほく笑顔でメレンゲつついてるのはディムナのお母様である。
 今日初めてお会いした。き、緊張する……。

 優雅にフォークを操ってメレンゲパイをつつき、もう片方の手は桃色の頬に添えて、にこにこ満足げに食していただけて嬉しいです。お義母様。とは心の声。
 さすがにまだお義母様呼びは違うよ調子乗らないでね自分。
 いつかディムナとそういう仲になりたいけれど、まだまだ私は15歳のお子様エルフでディムナは21歳だっけ。
 うううう……どんどん大人になっていくディムナ……出会った頃に比べて背も伸びてるし、何より大人の色香が出てきたよね。
 男性相手に言うのもなんだけど、ディムナからダダ漏れてるフェロモンやばいの。
 近くにいるだけでくらくらするのに、これでまたキ、キキ、キキキスとかしちゃったら……! 死ねる。私、憤死する自信あるわ。

「ほら~ディムナも、きちんと感想を述べなさい」
「ああ…………旨いな」
「んもー愛想ないわねえ。ごめんねリリエイラさん、こんな息子で」
「い、いえ。食べてくれるだけで嬉しいですから」

 ディムナのお母様メイニルさんは、けっこうおしゃべりだ。
 心臓に魔導具を埋め込まれた影響で心臓が弱く、足も弱っていて病気がちなのだと聞いていたのだけれど、思った以上に明るくて溌剌とした人だなあというのが私の第一印象。
 艶やかだけど柔らかそうな黒髪に、菫色した大きな瞳をパチパチと瞬きさせてる姿は、まるでお人形さんのようだ。
 これで36歳だという……詐欺だ。どう見ても20代しかも前半の色白美肌美人である。

「聞いたわよ聞いたわよ~ふたりとも、お付き合いしてるんですってね」

 ぶふーっと飲んでた紅茶を吹かなかった私えらい。
 ちょっとだけ咽せたけど、気を取り直してメイニルさんをみる。満面の笑みだ。

「うちの子ったら澄ました顔して手が早いんだからも~う、びっくりしちゃったわ」
「まだ手は出してない」
「一緒に寝たんでしょ? 既成事実あるじゃない」

 ぶんごふーっ! と、今度は我慢できなかった紅茶を盛大に吹いて、挙句に喉の変なとこへ液体が入った。咽せる。めっちゃ咳出る。

「げふごほっ……す、すみませ……お手洗い、に……」
「一人で大丈夫かリリィ?」
「だい、じょうぶ……ちょっと洗ってくるだけだから」
「あらあら。ごめんなさいねえリリエイラさん」

 謝りつつ超スマイルだよメイニルさん……。
 紅茶を盛大に本日の白いワンピースへ引っ掛けてしまったので、これは直ぐに洗わないといけない。
 その場で生活魔法を使ってなんとかすることもできたけれど、色々な衝撃を受けた私は早くこの場を離れたかった。
 いやもう、なんと申しますか、正直なお母様ですね。童顔の愛らしい顔して爆弾発言投下してくるとこは鬼畜ですが。

 お手洗いどこだったっけ。トレアスサッハの屋敷内へと入らせてもらう。
 ああ、あそこだと思い出して廊下のつきあたりへ向かった瞬間、ちょうど角から来た人物とぶつかった。

「ほげーっ?!」
「ん? あ、リリエイラじゃないか。鼻ぶつけた? ごめんごめん」

 アホみたいな悲鳴上げた私を優しく介抱してくれたのはクールさんだ。
 だが私……いくら鼻ぶつけたからって、ほげーは無いだろほげーは……。

「だ、だいじょうぶです。お手洗い行くとこだったし、顔も直してきます」

 そう言って会釈だけして去ろうとしたところ「待って」と止められる。

「君と話がしたいんだ。前に宿題を出しただろう?」
「あ。はい……」

 宿題。呪いの魔導具について調べたあれだ。
 私は神妙に頷いて、クールさんが「こっち」と手を引っ張ってくれる方へと足を向けた。
 その様子をディムナに見られてるなんて、この時は考えもしなかった。

 案内されたのはイーガンさんの書斎だ。
 まさかトレアスサッハ家当主の部屋に通されるとは思わなかった。
 でも、その前に扉の前で「その服、きれいにしようか」とクールさんが紅茶の染みを見つけてくれて、魔法で汚れをとってくれた。
 これまた見たことのない魔法だった。
 私の場合、洗濯魔法の乾燥洗濯ドライクリーニングで汚れを消してしまう方法をとるのだけれど、クールさんが使ったのは、『服の生地に干渉して汚れを分離させる』という理力を使った業だ。
 まるで魔法のようだが魔法じゃないらしい。
 その後、分離させた汚れは【水操魔術】で大きな水滴に包み、外の花壇へと捨てた。こっちの方がエコだ。
 魔力で強制的に消すより、こっちの方が断然、自然に優しいだろう。

「やっぱ理力は凄い力ですね……魔力は普遍的だけど、理力は特殊すぎて人間は扱えないって本にも書いてありました」

 理力は言うなれば理に干渉する力だ。かなり特殊な業なので、知ってる人すら少ない。
 魔力が世界を覆う前は、この理力が使われていた。
 その理法時代ですら、理力を扱える人は極一部に限られていたそうだ。

「また、教えて欲しいかい?」
「はい勿論!」

 クールさんに教えてもらうのが今のところ一番効率がいい。
 自分で学ぼうにも、理法に関する文献はほとんど存在しないのだ。

「カドベルに聞いてみようね」
「……クールさんはいいんですか?」
「俺は構わないよ。そういう約束だったし……」
「え?」
「覚えてないかな?」

 んえ? クールさんは何を言ってるのだろう?
 クールさんとは先月に会ったばかりじゃないか。その時から今までに何か約束をした覚えは……ない。宿題は約束とは言わないだろう。
 私は首を捻りながら、部屋の扉を潜った。中では無論、イーガン・トレアスサッハ男爵が待っていた。

 私はなんのために呼ばれたのでせうか。
 宿題で調べたことをクールさんにしゃべるだけじゃ駄目でせうか……。

「久しぶりですな。リリエイラ・ブロドウェン嬢」

 はい。半年前にディムナとの逢瀬を邪魔してくれた以来ですね。とは言えないので、無難に挨拶を返す。

「ご無沙汰致しております。男爵様におかれましては……」
「固い挨拶は結構だ。率直に言うがね、君は何者だリリエイラ・ブロドウェン嬢」

 まーたまた問われてしまったその質問。
 思えばディムナにも、クールさんにも投げかけられた質問だ。その度に私は普通のエルフです説を通してきたわけだけど……。
 さすがの男爵様の前ではそれで通せそうにないみたい。きちんと答えるまでこの家から出さんくらいは言われそうである。

 ……困った。困りますた。
 ここでとれる私の選択肢は何個あるだろう。

 ①「普通のエルフです」いつものパターン。
 ②「転生者です」狂ってると疑われるパターン。
 ③「うえーん。こわーい」泣いて誤魔化してうやむやパターン。
 ④「いつから気づいていた?」逆質問で敵対パターン。

 ①はもう駄目イーガンさんには効かない。
 ②を話すほど信用度はない。悪いけどクールさんにもまだ言えない。
 ③泣きの演技は31歳BBAには酷すぎる。
 元ヲタ喪女的には④だ。言ってみたい台詞ナンバーワンだろう。

「……私を疑っているということですか?」
「君は我々の事情に大分足を突っ込んでいるようだ。自覚はあるかね」

 質問に質問で返して、さらに打ち返された。さすが男爵様なんだぜ……。

「そうですね。全てを知りませんけど、ディムナが話をしてくれるまで待つつもりでいます」
「クールからも聞いているだろう。どこまで調べれたか……聴こうではないか」

 聞きたかったなら初めっからそう言えばいいのにとは思わないでもない。
 私はクールさんの方をチラッと見て、彼がいいよと言ってくれるのを待った。

「リリエイラ……悪いけど、君の持つ神器に関して義父上にも話をした。試すようなことをして済まない」
「いいえ。クールさんには色んなことを教えてもらいました。これからも教えて欲しいです。私に出来ることなら力になります。このことはディムナにも伝えました」

 そう。ディムナには当たって砕けろ告白と共に、協力したい旨は伝えてある。
 神器に関してバレるのは構わない。使えば寿命吸い取る妖怪だもの。
 悪用する輩には勝手に相応の罰が下る。悪用してない私の寿命も吸い取られるけれど。最悪神器だ捨ててやりたい。

 私は背中鞄から三代目タブレットちゃんを取り出してアプリ【世界図書館】で検索検索。前にも読んだ『ゴロムト大公妃の宝飾』を出してみせた。

「これは――――!」

 樅の日の晩餐会だという挿絵にイーガンさんは驚きの声を上げる。
 挿絵には大公と大公妃はもちろんのこと、晩餐会に集う人物たちも描かれていた。

「義父上と義母上の姿もありますね」

 私は気づかなかったが、イーガンさんとその奥様であるディムナのお祖母様も描かれていたらしい。
 もしやと思ってはいたけど、お祖母様が囚われている国ってゴロムト大公国のことだったんだねえ。
 絵から察するにイーガンさんの席次は大公に近い。かなりの地位なのかな。

「あの時にしていたのか……。そうか、それでアネッサも……」
「リリエイラ、この本はどこの所蔵だ? ゴロムトの迷宮図書館には無いはずだ」

 私は本の奥付までページを走らせ蔵書印を確認する。だけど印は無い。それなら付属の蔵書票はと探したら、あった。

「個人蔵になってますね」
「個人……。オルモックのやつが隠し持ってるのか……」

 イーガンさんは額に手を当てて深い溜息を吐いた。
 オルモックって誰? どこかできいたことある名前と思い、世界図書館の検索窓に人物名をいれて調べてみた。

 最初に出てきた本『謀の系譜~カザストラ家の人々』を読む。

『ゴロムト大公国の大公オルモック・ガジニ・カザストラ。
 傍流カザストラ家の庶子であるが、前代レイヴン・カザストラの急死により即位する。(在位:公歴671-)』

 おっと現大公その人でしたか。
 本を図書館で管理しないで大公自らが所有しているとなると、かなり怪しいね。
 他人に読まれたくないもの。若しくは、他人に触れさせたくないもの……と考えてもいい。

「その本は全部読んだのかい?」と、ク-ルさん。
「一応、読みました。呪いの魔導具に関しては数ページありましたよ」

 簡単にまとめると、<血の絆サン・リギーオ>は一対の魔導具で、ひとつが壊れればもうひとつも壊れる。生涯を共にするという意味で、夫婦の絆を象徴するものとして作られた。
 中心の紅玉は神国フソクベツのダンジョン産。呪いの効果が産出時から付与されていた。壊れてもまた元に戻る不死の呪いがかけられている。
 だから紅玉の保管には<不死鳥の卵殻>を使う。卵殻の中に入れておけば呪いも封じられるという。

「不死鳥の卵殻……それは魔導具じゃないのか?」

 イーガンさんに問われて<不死鳥の卵殻>と書かれた部分にアイコンを乗せてみる。
 内心、私はわくわくしている。なんせ不死鳥。某魔法少年の小説でお馴染みのあの不死鳥はこの世界に存在しているのである。
 めっちゃ見たい。この目で見てみたいと心弾ませつつ、ポップアップで右下に出てきたものを読む。なになに……。

『(出典:魔物図鑑)不死鳥は魔国魔獣族域に暮らす。魔鳥種の聖獣とされ捕獲は困難である。その卵となれば超稀少(類似⇔魔導具"不死鳥の卵殻")』

 魔導具もあるのかな? 魔導具へのリンクをタップ。
 世界図書館内で検索が始まり、出てきた本を上から順に調べていく。

「なんていうか、その神器は便利すぎだね」とクールさん。
「私もそう思います。代償さえなければもっと多用できるんですが……」
「代償?」

 そうですと私が答え、イーガンさんが訊ねてきたことはクールさんが説明を始めたので、その内に魔導具<不死鳥の卵殻>を調べる。
 小説など説話が多い中、ひとつだけ歴史本があった。

『ゴロムト大公国の歴史 -建国伝説-』

 あやしい。またゴロムト大公国である。

「ゴロムト大公国には建国伝説があるのですか?」
「……あるな。建国は約700年前だ。当時、北の大地は諸侯入り乱れてバラバラだった。それを統一したのが初代の大公だ。伝説では"謳い鳥"が現れて大公を今の地に導いたのだとか……まさか、その"謳い鳥"が……?」

 私は建国伝説の章のページを開いたまま、イーガンさんに神器を渡した。
 イーガンさんは落ち着いた表情で目を通してくれたのだが、読み進めるにつれて深い皺が眉間に刻まれていく。

「ここに書いてあることが、ただの伝説じゃないとしたら……"不死鳥の卵殻"は実在する魔導具だ。おそらくそれは…………」

 飲み込んだ言葉はまだ推測の域なのだろう。口には出さなかったがイーガンさんの顔が物語っている。
 不死鳥の卵殻はゴロムト大公が所有しているに違いない。どこにあるのかまで検討がついているのだろうか……。
 これ以上は私が触れていい場所じゃないと思い、私は口を噤んでいる。

「重要な駒が揃った」

 イーガンさんは、それまで椅子に座っていたのだが、おもむろに立ち上がると私の方まで来て神器を手渡しで返してくれた。
 タブレットを受け取ったところで声をかけられる。

「リリエイラ・ブロドウェン嬢、疑ってすまなかった。感謝する」
「お役に立てて何よりです」

 やっぱり疑われていたのね私。
 何者かと問われたのに答えなかった私に感謝なんて……。
 これ以上の追求はしないという意思表示なのだろう。
 イーガンさんは最後に「ご苦労だった」と労いの言葉で話を打ち切った。



*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚



───再び灰の中から蘇った"謳い鳥"は歌うように声を紡いだ。
それを使って呪いを封じなさい。殻には聖なる火種が宿っている。
不死なる呪いなど効かない。なぜならわたしが不死だから。
(略)
建国を導いた"謳い鳥"は歌いながら飛び去った。
脱ぎ捨てた卵殻は大公の手に残されたのだった─────。

(『ゴロムト大公国の歴史 -建国伝説-』より抜粋)

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