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呪いの魔導具「血の絆」

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 フラナンの泉で夕焼けを迎えてしまった。
 何時間クールさんと話し込んでんだ私……。

 ついつい、色んなアプリを見せていたら話も深くなっちゃって。
「じゃあ、こういう魔術知ってる?」とか、クールさんに教わることも多くて気づいたらこんな時間。
 良い子はおうちに帰りましょう。カラスも寝座に帰る時間だから一緒に帰ろうね。

 ピクニックシートを片付け、帰る準備をしてから、木の根元でうたた寝していたピエタを可哀相だけど無理矢理に起こす。
 森と一体となって寝るピエタはとても気持ち良さそうだったので、今まで起こさないでいたのだ。でももう帰るから起きてねピエタ。

「ピエピエ」と目をしぱしぱさせる様を見ると、人間の子のように思えてしまう。魔物の中でも最強の竜種なのにね。なんだか弟ができたみたいで、かまっちゃうんだよなあ。

「送っていくよ~」とクールさん。
 クールさんもエルフ村に帰るんじゃないのだろうか。

「クールさんのおうちはどこですか? お父さんの知り合いなら西の神殿側のおうちですか?」

 エルフ村は世界樹を中心に東西南北まんべんなく広がっている。
 木のウロに住んでいるから家の外観で目印になる特徴というのがあまりなくて、家の方角を示す時、私たちは東西南北混じえて○○側という表現を使う。
 世界樹を中心に、東の花神連合王国側、西の神殿側、南の果樹園側、北の海側だ。

「ん~俺はもうここに住んでないから、家は無いんだよ」
「え。じゃあ、今日はどこに?」

 もしかしたら我が家に泊まるのかもと、ちょっとワクワクしながら尋ねた。
 クールさんとお話してると楽しいのだ。
 魔天図書館に行ったことあるなら魔国を旅しただろうから話が聞きたいよ。

「奥さんのとこに帰るよ~」

 どえ……?! 結婚してたんですかクールさん。既婚者とは気付かなかった。
 あ、でも、よく見たら手首にしてるバングルに家紋らしきものが彫られている。
 この世界の風習で、既婚者は身に付ける装飾品のどこかに相手の家の紋章を入れるものなのだ。

 でも、エルフは村全体が家族みたいなものなので家紋というのは持たない。それは姓を持たないことにも関係してくるかもしれない。
 だからエルフ同士が結婚すると、お互いに好きな模様を決めて、それを彫金してお互いに同じものを身に付ける。
 例として、うちの両親はお互いに好きな花である薔薇をモチーフに指輪をつくって薬指に嵌めているよ。

 クールさんのバングルは立派な家紋入りだから、相手はきっと人間だ。

「人間のお宅ですか。誰だろ。私、知ってる人だといいなあ」
「知ってるはずだよ~それも、とってもよく、ね」

 え、意味深なんだけど。
 ふふふっと嗤うクールさん、悪戯っ子な目になっている。

「俺と同じ、白い髪の人間を知らないかい?」
「へ――――――――……まさか!?」 

 まさかまさかの、てか、やっぱりっていうか、ほんのちょっとそうじゃないかな~な可能性でチラッと考えたけど真剣に考えなかった私のおバカさん!
 フィンだよ! フィンのお父さんだよ!
 うああああ白髪は人間では老いないと見ないけど、エルフならチラホラいるから珍しいとは思わなかったあああああああでもでも色んな可能性含めてフィンと結びつく要素はあったよ?!
 無詠唱で魔法使ったり魔法の才能があるとことか!

「お、おおおお、お、お義父上様?!」
「あ、そう呼ばれるのちょっと小っ恥ずかしいね。あと、カドベルの前では言わないようにね」

 ですね。気をつけます。今のは勢いです。もう口に出せないです恥ずかしくて。

「き、気付かなかったです……」
「似てないかなあ?」

 そんなわけない。白髪だし、よく見たら顔立ちとか似てるじゃん。
 ハリウッド顔はここからきてたのね。エルフの血を引いてるからこそのウルトラ色男だったわけだ。
 きっとお母様も美人なんだろうなあ。じゃなきゃフィンほどのハイスペック美男子は産まれないと思う。

「似てます。似過ぎて……こ、困るくらいです……」

 うん。もう直視できないよ。あと、声も似てる。
 尖がり耳を伏せておかないと、フィンだと思ってクールさんに反応しちゃう。

「そう…………顔すごい真っ赤だけど、大丈夫かい?」

 あんま大丈夫じゃない。顔熱い。
 自覚してるだけでも耳まで熱いからド真っ赤かに違いないよ。
 いや違う。これ夕日だよ。夕焼けが顔に反射して顔面猿顔になっちゃったんだよー。という苦し紛れの言い訳は口には出さないことにする。

「そんなに息子のこと好いてくれてて嬉しいよ」
「ふぁ?! す、す、あ、すごい好き、あー、こちらこそすみません……フィンにちょっかいかけまくりで……」

 クールさんが堪りかねたという具合に吹き出した。

「ぶはは! ちょっかいって……! 息子は君に何もアピールしてないの?」
「へ……あ、んーと……」

 私は正直に今までにしてもらったキスのことと、夜こっそり会った時の話を、家に帰る道すがらクールさんに話した。すごく恥ずかしかった。なんの拷問だろこれ。

「なるほど、意外だ。うちの子、そういうの鈍そうに見えたけど」

 鈍いどころかベッドに誘われましたよ。あと15年待つの辛そうでしたよ。おたくの息子さんは手が早そうですよ。

「肉食系なのは血筋だね。エルフを選ぶのも血筋かもね」
「もしかして、フィンのお祖母様もエルフですか?」
「当たり。今は共に住んでないけど義母上も一緒に暮らしてた頃、息子はお婆ちゃん子でねえ~」

 そう懐かしむクールさん。きっと在りし日のトレアスサッハ家の情景を思い浮かべているのだろう。今はもう叶わない光景だ。どの国か知らないけれど、お祖母様は今、人質に取られている。果たしてこれから未来、トレアスサッハ家の家族全員が揃う日は来るのだろうか……。

「あの、クールさん……」
「なあに? もう直ぐ家に着くよ」

 クールさんの言う通り、目の前の木を横切ったら、もうあと少しで我が家だ。
 平和なエルフ村の、優しい両親と暮らしてる私の帰る家だ。
 フィンは今何してるだろう。何を思ってるのだろう。
 それを考えるだけで、私の胸は切なく軋む。

「フィンは……って言ってました」
「あの子、そこまで君に話したのかい」
「詳しくは訊いてないです。私の憶測ばかりですけど……多分、になるんじゃないですか?」
「言葉遊び? じゃなかったら、なかなか不謹慎だよ」
「ごめんなさいっ、違うんです。ただ、本当はお祖母様を助け出すことだけ・・は可能なんじゃないかって思っただけです。助け出すには人質の場所、見張りの把握、帰り道の確保とか色々と下準備が必要じゃないですか。それはもう全部確保できていて、問題は、助け出したらお祖母様がってことかと思いまして……」
「それが君の推測なんだね」
「憶測で物言ってすみません。ですが」
「大体合ってるよ。でも、ひとつだけ訂正しよう」

 クールさんが私と視線を合わせてくる。その真剣な眼差しに虚偽は含まれない。

「無事じゃなくなるのは義母上じゃなくて、俺の妻の方だ」

 妻……クールさんの…………。
 ということは、それは、フィンにとったら……お母様?

「なん、で……」
「そういう呪いだから」
「呪い……呪いなんて……あるんですか?」
「あるよ。呪いの魔導具<血の絆サン・リギーオ>」

 この呪いの魔導具が、フィンのお母様の心臓に埋め込まれているらしい。
 誰だそんな酷いことするやつ。お祖母様人質の件といい、どんだけ悪を極めれば気が済むんだ。

 詳しく語ってくれるかと思いきや「調べてみて」と投げやりに言われた。
「え? え?」と戸惑っていた私の背後で玄関の扉が開く。

「いつまでそこにいるつもりだ。中へ入りなさい」
「お父さん……」

 マイパパ登場である。

「やあカドベル。相変わらず神経質そう」
「クール、帰ってるなら何故うちに寄らん」
「ちょっと聖水汲みに行ってたんだよ~そこでリリエイラにバッタリ会っちゃってさ」
「親しげにお喋りしてたとでも言うのか」
「当たり~て、カドベル怒らないでよ。パパの嫉妬はみっともないよ」
「嫉妬なんぞしとらん! お前も早く家に入れ」

 怒りながらもクールさんを家に招くあたり、お父さんはクールさんのこと気にかけてるらしい。お友達っていいね。

 聖水ってのはあれだ。フラナンの泉は巷じゃ聖水と呼ばれてる。
 効能は回復(小)って感じ。この聖水はエルフも使っているが人間には売れる。
 たまにくる人間の商人さんに売ればお金になる。
 泉からは無限に聖水が湧いて出てくるが、売るにも決まりごとがあって無闇矢鱈に売り捌いてはいけない。
 人間との貿易も村長さんが管理してるので、私たちエルフは聖水が欲しかったら村長さんに許可もらってから汲みに行けばいい。
 クールさんは聖水を汲んだとこで私と会っちゃったんだね。

「そうよクール、来たなら寄ってって。ちょうど晩ご飯できたとこだから」
「お母さん、ただいま」
「はい。リリィおかえり。クールと仲良くなったのねえ」
「うん!」

 マイママも出てきた。クールさんと親しげなとこみると、三人はマブダチってやつかな。

「あ~ごめん。俺、今日はメイニルんとこ帰るんだ」
「あら、もしかしてまだ家に帰ってなかったの? 奥さん心配するじゃない。早く帰ってあげなさいよ。そんなとこでうちの娘をナンパしてないで」

 マブダチだよね? いきなり厳しい口調になったお母さんにびっくりするわ。

「あはは~じゃあ、帰るよ。リリエイラ、さっき言ったこと、今度会う時までに調べてみて」
「はい。今日はありがとうございました。お会い出来て良かったです。宿題頑張ります。クール先生」

 私の言葉に一瞬目を丸くしたみたいだけど、直ぐ美麗な笑顔になったクールさんは、夕闇でも目立つ白髪を翻して、「またね」と帰って行った。

「先生? それは生徒になったということか? それは健全な関係か?」
「はいはい、気にしちゃ駄目よお父さん。気にするとハゲちゃうわよ」
「でもな母さん、あいつら親子揃ってリリィに近づいて……」

 お父さんがなんか残念なこと言ってるけど、お母さんに宥められておうちに入りました。私も家に帰ります。あったかい我が家が待っている。

 フィンは………………。
 今夜はクールさんも帰ってきて、少しは一家団欒できるだろうか……。

 夕飯食べてから、自室で呪いの魔導具について調べた。
 本日インストールされたアプリ【世界図書館】を閲覧する。

「呪いの魔導具に関して…………あった。
 人間のと魔族のと両方載ってるやつがいいかな『呪われし魔導具たち』」

 なんだか禍々しい髑髏イラストが描かれた表紙の本だ。気味が悪いな。
 恐る恐るページをめくってみる。

『座ると呪われる椅子。今までに13人が座り50年後8人死んだ。』
 寿命で死んだだけじゃないのかなあ。

『呪われた杖。滅んだ国の宝物庫から出土。国を滅ぼした杖といわれる。』
 出土しただけで原因にされるとはいかに。

『灯を消すと呪われる魔法のランプ。持ち主は全員兵士だった。』
 呪いじゃなくて戦いで亡くなったんだろうね。

 人間のつくった魔導具は、なんだか中途半端なものが多いな。
 それ呪いじゃないよねってのばかり。紛い物だらけ。
 こりゃあ選択する本間違えたかなと魔族のつくった魔導具のページをめくる。

『呪いの水晶髑髏。一般的な水晶通信機能の他に盗聴の呪いがかかっている。』
 表紙のやつだね。ある意味便利な魔導具だ。

『呪いの仮面。仮面を身につけた人物は超人的なパワーを得るが寿命を吸い取られる。』
 わあ。これ、私の神器のようだわー。

『呪いの変身セット。身につけるとヒーローになれる。ただし素顔が晒せず正義の味方気取りの呪いがかかる。』
 それ厨二病。

 呪いは本格的っぽいけど、なんか方向性が違う。やはり選ぶ本を間違えたと他の本を検索してみる。検索欄があったので、そこに魔導具の名前を入力してみた。そして出てきた一覧の題名が怖すぎた。

『殺傷能力の高い魔導具』
『私の夫は呪われて死んだ』
『華麗な死の彩り方』
『高価な魔導具は国を傾ける』
『闇を覗く魔導具』
『生きるのをやめた少女たち』
『国家解体方法論』
『ゴロムト大公妃の宝飾』

 こ、怖い……。中でもマシというか、これ魔導具の本かと疑うような『ゴロムト大公妃の宝飾』を読んでみる。
 ハズレかと思うような題名だったが、これが大当たりだった。
 確かに北の大国ゴロムト大公国公妃たちの贅を凝らした宝飾品ばかりが載っていたのだが、その中にあったのだ。

『呪いの魔導具<血の絆サン・リギーオ>対なる紅玉は炎の飾り枠に包まれ大公妃の耳元と大公の胸を飾る。ヴェンプロッセ宮殿で催された樅の日の晩餐会の夫婦の姿』

 と、添え書きされた絵。その絵に描かれた大公妃の耳にある耳飾りと大公の胸飾りこそ、<血の絆サン・リギーオ>らしい。
 下に呪いの説明文がある。

『一つが壊れれば、もう一つが壊れる。連動性を持つ魔導具である為、夫婦の絆を象徴するものである。』

 ふむ。本来は運命共同体というか血族の繋がりを大事にしましょうね的な意味合いで飾ってた宝飾品なんだね。だけど一歩間違えたら、お前を殺して俺も死ぬ! という意味合いも含まれちゃうから呪いの品になっちゃったんだ。
 そんな傍迷惑なものが心臓に埋められているってことは、対になる片方が爆発四散したら、心臓も爆発四散するってことじゃないかな?

 ……えげつない。

 この利用法考えついたやつは外道だね。そいつこそ呪われろ!
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