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蒼月のお茶うけスコーン
しおりを挟むトレアスサッハ家は、ここインスーロで唯一の貴族の館である。
この島の支配が決まった時に、急遽どこぞから移築してきた建物だと聞いた。
石造りの館で洒落っ気はあまりない。
出窓や破風も見受けられるが色合いは灰色系統だから地味にみえる。
それでも何本か聳える塔が威圧するような巨躯を誇っており、屋敷面積もけっこう広く、館というよりは城に見せかけた砦のようだ。
ディムナの部屋の位置を事前に聞いておいて正解だった。この広さでは、きっと探すだけで時間をロスして会えず仕舞いになるとこだっただろう。
ディムナの自室は中心より一番遠い塔にあるんだって。
そんな離れの部屋で不便じゃないのかとも思ったが、彼は【転移魔術】を使えるんだから意味ないかと思い直した。
こうなると途端に、その離れの部屋は私にとって好都合な場所とも言えるようになる。目立たずこっそり潜入できるからね。
私はトレアスサッハ家上空からディムナの部屋の位置にあたりをつけ、その近くの外壁から館を覆う魔術結界の手前で停まった。
停まったといってもピエタにホバリングさせているだけだから、実際には中空にて、やや上下している。
ほぼ停止しているので、そのままバランス取りながら私はピエタの背中の上で立ち上がることができた。
さて、目の前にある魔術結界は『警護の為の魔法』である。
これに指の一本でも触れれば即当主に見つかる恐れがあり……否、確実に感知される。そう、指一本だ。これは物理的に触れればというやつである。魔法は感知しない。この事実をディムナに聞いてから、私は結界破りの魔術を考え始めた。
まず最初に解析である。どういう結界なのか、魔術の仕組みを分析して解析を進めるのだ。前に一度、エルフ村からトレアスサッハ家までの往復時間を測った時に、魔術結界への干渉も試してみていた。その時は成功したのだ。
『魔術への干渉』というのは容易ではない。魔術を構成する仕組みを読み取る為には、その魔術の理に干渉する力が必要なのだ。干渉する力は、今はもう失われた力らしく、世界に大穴が出来る前はこの力を『理力』と呼んでいた。失われたからといって干渉不可というわけではない。今は『理力』の代わりに『魔力』がある。
魔力を指先に集中させて、眼前の魔術結界に触れる。
物理的にではなく魔力で結界に触れているので、イーガンさんに感知されることはない……はず。
「………………ふう」
無事に読み終わり、ほっと息を吐いた。前の時から変更していたらどうしようという懸念があったのだ。例えば魔術を構成するコードをひとつずつずらすとかね。実際、一定時間毎に仕組みを変えて防備するっていう結界もある。ここの魔術結界がそこまで意地悪じゃなくて良かった。まあ、その時の対策も考えてあったけども。
解析が終了したので、次は私たちが通れる分の穴をつくる。
結界解除はしちゃいけない。解除したり無理やり事を起こせば、必ず感知される仕組みだからである。だからあくまで穴を開けるだけ。
これを【偽装魔術】と名付けてみた。
結界は破れてないよ~誰も通ってないよ~~と騙しながら穴を開ける魔術である。隠蔽とはちょっと違う。
この魔術をつくるために、自分の部屋で適当な物に黙々と結界を張り、それに干渉する練習と穴を開ける練習を積んだ甲斐があったというもので、騙された結界構成は、するすると私たちが通る穴を自ら開いてくれた。
「ピエタ、行こう」
空いた穴を抜けてトレアスサッハ家敷地内へ入る。
ここからディムナの部屋はすぐそこである。
心臓がときめきの鼓動を刻んでいるんだが、どうしよう。
先程の結界干渉の時よりドキドキしている自分に驚きだ。
ディムナに会える。ディムナに会える。半年ぶりの再会だよ。
私はピエタに跨りながらディムナの部屋の方へと腕を伸ばし拳をつくり、拳の角でコンコンと窓を叩いた。事前に私の訪問を知らせる手段は無かったので、既に窓が開いているとか気が利く偶然は、ない。
酷く原始的な逢引方法ではあるが、これに気づいてもらえないと私はいつまでたってもこのままピエタとホバリングしてなきゃならない。
気づいてディムナー! と念を込めてみるが、これで通じるくらいなら誰だってやってるよ。窓の向こうはカーテンで覆われていて明かり一つ見えない。
明かりと言えば今日は満月なようで、お空にはでっかいお月様が浮いている。
いやほんとでかいなあの月。地球のよりでかいと思うよ。しかも青い。真っ青だ。
ここ魔法世界<ウィーヴェン>の月は変わっている。
青い月の他にも赤い月があり、これらは蒼月・赫月と呼ばれ、赫月と蒼月が毎夜交互に昇り闇の夜空を彩る世界なのだ。
蒼月の今日、あたりは黒に混じり仄かに青い。
地球の月光が白灯なら、蒼月は青白灯と呼べるだろう。なんだかロマンチック。
白灯より光量が控えめで、青さがいい具合に静寂の闇夜を映し出している。
……と、意外に早く気づいてもらえたようだ。
窓の向こうのカーテンに人影が映り、次いでカーテンが開けられた。
現れたのはディムナだ。半年ぶり。
変わらず格好良いハリウッド系美男子で惚れ惚れしちゃう。
「リリエイラ?」
窓を開け放ち、彼は私を見つめ首を傾げる。
私はというと「ディムナ、ディムナ」と心が浮き足立ってしまって今すぐにピエタから飛び降りたい。そんな私の様子を察してか、ディムナが右腕を伸ばしてくれたので、私は遠慮なくその右掌に手を置いた。だからピエタから降りる時は、まるで王子様からエスコートしてもらっているみたいになった。
嬉しいなったら嬉しいな。
るんるん気分で私はディムナの手に手を重ねつつ、ピエタから降りて窓枠に足をつけ、そのまま飛び跳ねた。
手を重ねていることだし、自然とディムナの方へ飛んだ。これはわざとじゃない。
弾む心が勝手にやったんだ。そう、わざとじゃないんだよー。
「リリィ……」
「えへへ~」
ちゃんとディムナは私の体を受け止めてくれた。
少々呆れ顔だったけど私は嬉しさのあまりディムナの様子は気にならなかった。
ぎゅっぎゅと抱きついてみたりして……。
「不在だったらどうするつもりだったんだ」
「この時間なら居るって言ってたじゃん」
「居る確率が高いと言っただけだ。居ない時もある」
「ちゃんと居たじゃーん」
「偶然だ。偶然にかけたのか……?」
「私、運は良い方だよ」
なんせ【絶対幸運】持ってますから。
「私ね、15歳になった」
「ああ、おめでとう……」
祝福の言葉と共にディムナの腕が私の背中を回り、ぎゅっと抱き締められる。
熱烈ハグの誕生日プレゼントなんて嬉しいね。私もディムナに抱きつき返す。
二人で抱擁し合って、それで終わると思ってた。でも事態は思わぬ方向へと流れた。それは良い意味で、私の心をより一層ドキドキさせるものだった。
ディムナが私の頬を撫でる。顎をとる。
優しく上を向かせて……そうしたら目が合った。
「あ……」
と言う間だったかもしれない。唇が重なって私の心は歓喜に震えた。
ただ唇と唇が触れただけなのに、私の鼓動は早くなるし頬は赤く染まって、意識が高揚してしまう。
「ディムナ……」
「誕生日おめでとう」
はうう。やっぱりお祝いのキッスだったんだね。
こういうプレゼントもロマンチックで良いね!
というか、ディムナから貰った過去のプレゼントもキスばかりだった。
去年は跪いて王子様キスだよ。あれも興奮したわー。
私はというと、ディムナのお誕生日の翌日が会える日だったけど、毎度お馴染み手作りお菓子持参だったわけで……。プレゼントらしいプレゼントをあげれたことないな……。
いやね。考えはするんだよ。どんなのあげようとか。でもね、彼は貴族で物には恵まれてるだろうからと思うと、何をあげていいか分からなくなっちゃうんだ。
結局、手作りが一番ってお菓子に落ち着いてしまう。変わり映えしなくてすみません。いつか自分で稼いで、とびっきりのものプレゼントするからね!
蒼月の青白い光が部屋に差し込んでくる中、私は彼といっぱい抱きしめ合う。
これだけでも嬉しいことなのに、二度目の唇キスまでくれて私の心は舞い上がるだけ舞い上がってるよ。
「ありがとう。あと15年、待ってね」
「……君以上に興味深いやつは存在しないだろ」
「どういう意味よ」
「君以上の人は現れないと思ってる」
それって私しか見てないという愛の言葉? 婉曲すぎるよディムナー!
もっとストレートでいいんだけど。でも意味が分かったら結局、私の顔は真っ赤になってしまうから、どっちでも一緒だね。今はこれで十分幸せだ。
「ピエピエ~」
「あ! ピエタそれ駄目だよ食べちゃ駄目!」
ラブラブの間ピエタは退屈だったみたい。
本日手渡しするお菓子スコーンの入ったプレゼント袋へと鼻をくっつけて、くんくん匂いを嗅いじゃ駄目。それはディムナの分でピエタのはこっちだよと、慌てて私は大袋をピエタの鼻先につけてやる。
「ピエエエ」
おお、嬉しい。嬉しいのねピエタ。いい匂いを嗅ぎわけれて何よりです。
ピエタの分はこっちの大袋にたんと入ってるから、こっちを食べてね。
早速、大袋の中に顔をつっこんでスコーンをもしゃもしゃするピエタはやっぱ可愛い。
どれだけ図体が大きくなろうと、ピエタはこれからもずっと可愛いだろうなと、ほっこりするわ。
「その竜がピエタ?」
「うん、そうだよ。白緑竜のピエタ。よろしくね」
そうそう、ディムナには一応ピエタのこと話をしてある。
トレアスサッハ家にメンテナンスでお出掛けの日は、ピエタは私の部屋でお留守番だったから、ディムナとの面識はない。
でも竜の子の話題はしていた。私の魔力で殻を割ったことまで一通り話してある。
「本当にリリィは突拍子もないというか……」
「珍妙だって言いたいの?」
「いや、興味が尽きない。可愛いし面白い」
くああああさりげなく可愛いって言われたー!
んもう、ディムナってば盛り込んでくんだからあ~。
愛の言葉は遠まわしだし褒め言葉はさりげないとか、どこでそんな恋愛テクニック身につけたんだか知らないけど、私の胸をキュン死させるのはやめてくれ。
ここにはピエタという愛玩魔物までいるし、私の心臓が本当にもちません。
「これ食べて……」
私は照れ隠しで今日焼いてきたスコーンを手渡した。
きちんとラッピングした袋の中には、プレーンのスコーンとレモン味、それと干し葡萄いりの三種類が入っている。
今までの傾向からディムナは甘すぎるのは苦手なんじゃないかと思って、素朴なものシリーズで構成してみた。
ちなみにこの世界にチョコはある。
だからチョコチップ入りとかも可能だけど、チョコはべらぼーに高い。
高級嗜好品として貴族とか身分の高い人しか買えない仕様なので、どっちみちチョコスコーンは作れないのだ。
「ありがとう。お茶しようか」
そう言ってディムナはどこからともなく茶器セットと、既に熱いお湯が沸いたティーアーンを取り出した。
これはもしかして…………空間系魔術でつくった亜空間に収納してるんじゃないかな?
亜空間では時の流れが止まっていると聞く。取り出したのが熱々のお湯なのがその証拠だ。
茶葉も何処からか取り出してディムナは手際よくお茶を淹れてくれた。
うーん。意外ですな。貴族の坊ちゃんだと思ってたけど自分でやるんだねえ。
そしてやっぱりディムナは空間系魔術がお得意なんだと分かった。
亜空間なんておいそれとつくれるもんじゃない。
空間系魔術自体が【神の御業】だからねえ。
かねてからの懸案ではある。ディムナの能力について。
私は神器の所為でチートにみえるかもしれないけど、【神の御業】をあそこまで操れるディムナは私以上にチートである。なんせ私は亜空間つくれないから。
【神の御業】の中にあるのは知っている。
でもまだレベルが足りないらしく、使用不可なのだ。
【神の御業】のほとんどが私には使えない。空間系魔術なんて全部使えない。
唯一使えるのが【時操魔術】で時を止めることだけ。
それ以外は全部灰色表示というやつである。
灰色表示でもアイコンの右下に説明のポップアップが表示されるので、それを読む限り【神の御業】というのは『神を名乗る者』にしか使えないものらしい。
あとは神器があれば使える人もいるとかかんとか。
神器なんて傍迷惑な物、私のこれ以外にもまだあるんだと思うと憂鬱になってしまうけど、今はそっちじゃなくて『神を名乗る者』という方だ。
私の予想が確かならば、ディムナはその『神を名乗る者』のはずだ。たぶん。
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