エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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バームクーヘン片手に侵入計画

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 そろそろ『トレアスサッハ家侵入計画』を実行する時が来たようである。
 というのも、半年に一回の魔導具メンテナスの日にしかディムナに会えないのに、その尽くを邪魔する爺がいるからだ。
 ……つい敬称を省いてしまった。反省はしている。
 で、まあ、その爺ってのは言わずもがなディムナの祖父イーガン・トレアスサッハ男爵のことである。

 あれから三回。三回も邪魔が入った。
 屋敷からは見えない物陰で会っていたのに「仕事の時間だ」とか言ってディムナを連れ戻される。ディムナは実の祖父には逆らえないみたいで、毎度、大人しくしょっ引かれていく。
 でも、キスはくれるんだよね。嬉し恥ずかしながらデコだったり手だったり鼻だったりで、唇を外すけれど。なんででしょ?

 振り返れば、デコチューはディムナ19歳の誕生日翌日だったなと思い出す。
 それから私の14歳誕生日が来てから会った時は手の甲にキスしてくれた。
 三回目、ディムナ20歳の誕生日翌日は鼻キスだ。

 ……ふむ。

 意味は考えたけど、前世恋愛に奥手だった私にはよく分からない。でもそれぞれに嬉しかったのを覚えている。
 特に14歳になってからもらった手の甲へのキスは、まるで王子様のように跪いてしてもらったから……うん、あれはもうマジで王子様だ。
 そして私はお姫様な気分。少女漫画家冥利に尽きるシチュだった。
 思い出してはニヨニヨしてしまう。

 さて、ディムナが連れ戻される度に再戦を誓って早三度。
 四度目を迎える前に、私はもう待たない。攻めることにした。
 私はもうすぐ15歳になる。前世日本の童謡を参考にすれば十五でねえやは嫁にいける。立派な成人の年齢である。だが成長遅いエルフな今世では15歳じゃまだまだお子ちゃま扱いだ。相変わらず神殿までの一人出すらも許されていない。
 それでもこっそりと親の目を盗んでトレアスサッハ家の偵察を行い、私は侵入計画を練ったのだった。

 偵察に何より重宝したのがピエタの存在だ。ピエタは白緑竜の子供である。
 この程、三歳になりまして、卵から孵った時よりも数倍でかくなり私を背に乗せて飛べるようになりました。成長早いね。
 孵るまで三百年もかかったのに、こんなに早く成長していいのか疑問に思ったのでアプリ【魔物図鑑】を閲覧してみた。


『竜の成長について。周りの環境に合わせて成長していきます。身近に魔力溜まりなど濃密な魔力源があれば成長は著しく早くなり、数年で飛行能力を得ます』


 ふむ。まさしくこれだわ。でも身近な魔力溜まりって……なに?
 ピエタを見る。赤ちゃんの頃のあどけなさもまだ残したつぶらな瞳で見つめ返してくれるピエタ。

「ピーエピエ?」

 あはん。かわゆい。こてんと傾げた首へ思わず抱きつきピエタかわいいいいいいいいと頬ずりしまくる。
 ピエタの体皮は白緑色の鱗に覆われているのだが、所々にまだ産毛がある。
 クリーム色の鬣も健在で、撫でるとさらさらベルベットのような感触。
 これがたまらんのです。

「ピエピエ」と私の頬を舐め返してくれるピエタ。
 なにか喋っている気がするので耳を澄まして聴いてみる。
 なんとなく雰囲気とか仕草とかでピエタの本意を読み取れるけど、この頃、耳を澄ましてみると言葉が聞こえてくる時もあるのだ。
 これはピエタがこの世界の言語を覚えてくれているとみて間違いない。ただ、声帯が違うから言語化できていないだけだ。頑張って伝えようとしてくるのがまた可愛くて、こっちも一生懸命ピエタの声を聴こうとする。

「え。美味しい? 美味しいのが欲しいのかなピエタ?」

 私は本日手作りバウムクーヘンをバスケットから取り出した。
 ピエタ用のは輪切りで、ひとつの長さが五センチほどである。
 これをピエタは美味しそうに食べ……ないね。どしたピエタ?

「ピエピエー」
「うん。美味しいんだよね。コレじゃない?」
「ピエ~ピッピピエピエ」
「ん? めっちゃ舐めてくるけど……もしかして美味しいのって私?」
「ピエエ~ン!」

 おお。大正解って感じ。私が美味しいのか~て、マジですか。私を食べる気かお前。ここまで育ててやったのになんてこった。

「ピエ、ピエ」
「あ、そか、そういうことね。私の魔力が美味しいのね」
「ピエエエ~ン!」

 ウルトラ大正解って感じ。恩知らずなんて思ってごめんよ。そうか、私の魔力を食べてこんなに大きく早く成長したんだね。すごいやピエタ。
 私の魔力を食べられているなんて、ぜんぜん気付かなかったけど、こういうものなのかな?
 それとも私の限界値を見極めて少しづつ食べている、とか……?
 だったらやっぱすごいわピエタ。うちの子、大天才。

 私はしばらくピエタの頬や首筋をなでなでしつつ、エルフ村近くの泉で、おやつタイムにしたのだった。
 飲み物は水筒に入れて持ってきたリザ姉さんから貰った淹れたてコーヒー。
 そしてお茶請けはもちろんバウムクーヘン☆ヘザー蜂蜜たっぷりの生地がしっとりなめらか美味しいよ。作るのはけっこう大変だったけどね……。

 アウトドアで子供たちが作るような、お気軽に和気藹々じゃなく、本格的にセッティングして真剣に焼きました。
 共同窯場には大きな三連焜炉があって、バーベキューの時なんかそこに網や鉄板置いて焼くのだけど、今回はぶっとい木の棒を渡してみた。
 木の棒の両端をクルクル回す役はシャドランとお母さんにお願いして、私は生地を塗りたくっていく。これがけっこう手間かかるし熱いしで大変だった。
 でもまあ大変だった苦労は報われ、出来立てのバウムクーヘンを手伝ってくれた二人と一緒に食べた時は感動したよね。ほくほくしっとり。まるで焼き芋のような食感に蜂蜜の甘味。お口の中が幸せの宝石箱やあ。
 焼き途中で試食狙いのご近所さんも来たけど、皆さんで分けても尚余るという巨大さで助かった。そりゃそうだよね。三連焜炉って二メートルくらいあるからさ。
 遠慮なく全面使って焼いてしまったのだよ。回してくれた二人には本当に感謝だ。
 一応、火の熱避けに【水操魔術】【風操魔術】を駆使し、筋力強化の魔法でフォローはしたんだよ。

 ピクニックシートを敷いて、その上でまったり寛ぐ。
 ピエタもバウムクーヘン一塊と格闘している。

「やっぱ寝静まってからがいいかな」

 トレアスサッハ家侵入計画決行の時間帯は深夜に決めていた。
【隠蔽魔術】を使うので時間は別にいつでも良いのだけど、皆が寝静まる時間じゃないと家を抜け出せないから、しょうがない。
 親が寝てから家を出る予定だ。当初の計画だと、そこから一時間以上歩いてトレアスサッハ家へ行かねばならなかった。
 帰りも問題で、明け方には家に着くよう考えると滞在時間は二時間程度で非常に短い。折角会いに行ったのにメンテナンス日よりも短い逢瀬では、がっかりである。
 でもピエタに乗れば、そんな憂いは吹き飛ばせる。ピエタの飛行能力なら、歩きで一時間以上かかる道程を十数分にまで短縮できるのだ。
 滞在時間も倍の四時間だ。自家用車並の早さだねピエタ。素敵よピエタ。

 ディムナの部屋の位置とか必要な情報は邪魔が入りつつも過去三回の逢瀬で聞き出してある。屋敷には【防護魔術】がかけられていて、それに触れるとアラートが鳴る仕組みらしい。
 じゃあ常にアラート鳴りっ放しじゃない。普段だって人の出入りがあるだろうし、空飛ぶ鳥や近所の猫なんかも引っかかるよね。と訊いたら、これは魔法攻撃に反応するものらしい。普通に通る分には問題が無いとのこと。
 それよりも問題なのが屋敷の外壁に沿ってかけられている『警護の為の魔法』だ。
 こっちは「触れるとお祖父様にみつかる」という強力セ○ムである。
 わあ怖い。ぶるぶる。
 見つからないようにすり抜けるのは不可能だ内緒で来ないようにと、ディムナにも釘を刺された。
 外壁から空へ、ドーム型に屋敷を覆っているのでピエタに乗ってそれに触れた時点で見つかるということだ。
 ふーむむ。これを攻略せねばディムナには会えないのか……。

 決行日は私の誕生日にした。
 私のお祝いパーティーをするので、大人たちにはお酒が入り、いい感じに酔っ払ってくれるからだ。
 しかも本日の祝い酒は鬼神印の特別製である。ハイエルフ様の伴侶である鬼神はなぜか酒造りをしている。実は稲作を始めたのも彼だ。
 だからなのか、鬼神が造るお酒は日本酒に似ていてアルコール度数が低い。
 薄いのでいっぱい飲んでしまい、気づいたときには飲兵衛へべれけ状態だ。
 飲めば飲むほどじわじわくる酩酊感。両親とも普段は節制しているのだが、今日は私の誕生日。主役の私が「飲んで飲んで」とお酌すれば、断りきれずにぐいぐい飲み干していった。

 私は通常通りの時間に眠りに就いた。両親はまだ呑んでいるらしい。
 それから夜が更け、蒼月が真上にきた頃、漸く両親も寝たようだ。
 寝静まったのを見計らい、私はピエタと一緒にベッドを抜け出した。
 ピエタとは一緒に寝ている。成長して空も飛べるようになったピエタの大きさは体長三メートルはあるのだけど、寝るときは小さくなって私の抱き枕状態だ。
 鱗はつるつるのエナメル質みたいだけど、その下の体温があったかくて呼吸も聞こえるし、ピエタと寝るのは大層気持ち良い。

 窓枠を越えて地面に降り立つ。
 背中にはもちろん三代目タブレットちゃんこと神器を背負っている。
 それから夜陰に紛れるよう黒地のワンピースで、長い牡丹色の髪もまとめてニット帽の中に突っ込んだ。
 とんがったエルフ耳はピコピコ動いているけれど、これは作戦決行による高揚感の現れである。ドキドキが止まらーん。

 私は逸る気持ちを抑えながら、元の大きさに戻ったピエタの背に跨った。
 飛び立つ位置はエルフ村の中央広場からである。
 ある程度の広さがあって飛び立ちの際に生じる風圧も、うまい具合に魔法で押さえ込むことができて、余裕のある場所を選んだ。
 舞い上がる音やらも魔法で対策している。これらの魔法はピエタが頑張って覚えてくれたけど、私も補助をしている。

 やっぱりまだピエタは幼竜だからね。私と一緒に『竜種族の魔法ドライグ・マギキ』を練習しているとはいえ、百発百中に出来るわけじゃない。

 『竜種族の魔法ドライグ・マギキ』はアプリ【世界の魔法から】で覚えた。
 このアプリは魔法博士と呼ばれる鼻がでかい博士と一緒に、魔法世界<ウィーヴェン>を旅しながら色んな種族の魔法を覚えていく冒険型アプリだ。
 現実では他種族の魔法を覚えることは不可能に近い。まず他種族間で魔法交流なんて無いから。そして種族で文字や言語が異なるため、学ぼうとすると言葉の壁が一番でかい。
 でもこのアプリを使えば大丈夫。
 色んな種族の言葉で魔法言語も翻訳されているし、それぞれの種族で似たような魔法があれば使用パターンから組み合わせ方まで教えてくれる。
 そうやって学んだことを活かして今回の対策に盛り込んだのだ。

 例えば風圧をガードする時。ピエタが『荒原の植被魔』を使ってヘザーの植生群を生やし風圧を散らせば、私が【風操魔術】で補助をする。
 そうすればピエタの魔法だけで抑えきれなかった風も収まって、周囲の家や地面にすら傷一つ付けずやり過ごせた。
 それから音を消す時もピエタが『森の静寂魔法』を使って私が【風操魔術】で音を散らせば、消音効果は抜群だ。
 あとは私が【隠蔽魔術】で目くらましを、ピエタが『穏やかな適温魔法』で周りの外気温を調節して、いざ快適に空の旅である。

 世界樹の森を抜けトレアスサッハ家まで、十分とちょいかかる。
 夜空は星が瞬き蒼月も出ているが、眼下は暗闇である。街灯など無く目印になるものすら無いが、【闇操魔術】で暗視しているから平気だ。
 ピエタも『緑の癒し魔法』で、竜眼が闇に侵食されるのを癒すという離れ業でもって暗闇を見通している。

 こうして私たちはトレアスサッハ家上空まで辿り着いたのだった。
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