エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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竜の爆誕シフォンケーキ風味

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 世界樹を中心とした森の中には、野生の動物が確かに棲息している。だが、危険なのはいない。
 大型動物で『黄金の鹿』とか『目出度い山猫』がいるけど、人懐こいので驚異ではない。
 人間の世界には凶暴な魔物というのがいるそうだ。でもエルフの森に魔物はいない。
 よって、森の端まで行くのに私一人でも大丈夫だよとシャドランに主張してみたけども……。

「却下。そういうのは一人で魔物退治できるようになってから言え」
「その魔物がいない森でどうやって退治しろってのよー」
「だから村から出なければいいんだ。この村は平和だよ。出る必要なんてない」

 そう言われちゃうと、そうなんだけどね。
 私は人間の町にも行ってみたいし、旅もしてみたいのだ。
 そして何よりフィンブェナフさんに会いたいので、トレアスサッハの家くらいは一人で行かせてもらいたい。
 これを言ったら怒られそうなので言わないが……。

「森には惑わしの精霊もいるし、ハイエルフ様の結界だってある。神殿まで一本道だけど、大人が一緒じゃなきゃ駄目だ」

 くうう。本音は言ってないのに注意されまくった。
 私のお目付け役は厳しいです。

「シャドランお仕事は?」
「帰ってからやるよ。何より君のお供をしないとね」

 仕事より私を優先とか。
 恋人に言われてみたい台詞ナンバーワンだね。

「そう言えばシャドランは恋人いないの?」
「子供が余計な詮索すんな」

 ああ、いないのね。おかしいね。村長の息子だし、仕事も真面目にするし、良物件なはずだけどねえ。本人にその気が無いのか浮いた話を聞いたことがないわ。

「子供だけど子供じゃないもん。恋に興味を持つお年頃だと微笑ましい目で見てもらいたいものでーす」
「どう見たって子供だろうが。幼児体型だし」
「むかっ。エルフは皆ペチャパイだもん」
「そんなこともないぞ。ボインもいる」
「え……エッチ! シャドランはボインが好きなんだ!」
「ナイよりある方がいいな」
「……男の人ってそうなの?」
「人によるだろ。……フィンはどうだろうなあ」

 うう。フィンもボイン好きなら私は圧倒的不利!
 は、早く大人になりたい……!

 そんなくだらない会話をしつつ、精霊にも惑わされず、一時間ほど森の中を歩けば『勇者の神殿』が見えてくる。
 なぜ勇者の神殿かと言うと、一万年以上も昔には『勇者の魂』が安置されていたそうな。
 今は無いらしいけど。今はハイエルフ様の住処になっていて、旅好きなハイエルフ様の留守を守るような形で神殿司祭の役はできた。
 だからお父さんの役目も、基本はお留守番なんだよねー。

 あと、ハイエルフ様が持ち帰った文献とかの整理や写本作りなんかもあるみたい。
 一週間の常駐後、次の常駐当番までの間は家で書き写し作業をしているのを見たことがある。
 コピー機がないから大変だよね。それ以前にコピー用紙が存在しないけど。羊皮紙は高いし、庶民は安価な雑紙を使う。でもこれ質が悪い。悪すぎる。現代日本のような綺麗でつるつるした真っ白なコピー用紙なんかあるわけもないのだ。
 ひとつひとつ手書きで、貴重な文献を羊皮紙に書き写すんだって。
 気の遠くなる作業だね。

「お父さーん!」

 ちょうど神殿前にいたお父さんゲット。次いでハグ。
 この薄紫色の髪した貴公子のように流麗な美形が、私のお父さんだ。
 いやほんと、私のお父さんがこんなに貴公子でいいのかってくらいのイケメン。
 黒の詰襟という禁欲的な姿も相まって、今日も素敵ですお父さん。
 ちょっと学ランにも似ているよねその服。この服を司祭服にしたのはハイエルフ様だって噂がある。
 うーん、ハイエルフ様はいったい何者か……。

「リリィが来てくれて嬉しいよ。あ、シャドランもか」
「俺をオマケみたいに言わないでくれるかな」
「お父さんハグハグ~」

 いっぱいぎゅっぎゅしてから、差し入れのシフォンケーキを渡す。
 ベリー味のと、オレンジピール入りのと、あとコーヒー味も作ったよ。
 なんとこの世界、コーヒーがあるのだ。交易にやってくる人間の商人さんからコーヒー豆を仕入れているという。
 村にもカフェが一軒ある。そこの挽きたてコーヒーめっちゃうまいんだよー。だからカフェオーナーのリザ姉さんからコーヒーを貰って、代わりにシフォンケーキをあげたら喜んでもらえた。
 今度、私のシフォンケーキをお店にも出してくれるんだって。メニューになるの楽しみだね。

 そんなことをお父さんにも報告しつつ、他の通いで来ている司祭さんたちともティーブレイク。エルフの習慣にもイレブンスがあるらしい。だいたい11時頃のおやつだからイレブンス。
 ちなみに時間や単位は日本と一緒だ。
 距離や長さの単位も同じだから、正直楽できて助かった。

 問題は暦である。『花樹暦』といって月ごとに花樹の名前がついていて、ひと月が大体28日、13ヶ月で一年となる。時折ひと月が29日になる月があるが、どの月が一日増えるのかは決まりごとがあって毎年違う。だから新年が開けると、王都の[花樹神殿]で今年の暦が発表されるそうだ。29日になるのは閏の帳尻合わせだと思われる。

 そして今日は『樫月27日』。日本だと六月中旬といったところ。
 こういった暦を知るには、村の掲示板を見れば分かる。
 毎月シャドランが暦を掲示してくれるのだ。なぜシャドランが暦を知っているのかというと……。

『お昼のニュースです。本日は、樫月27日です。王都のマーケットでは蘭の品評会が行われました』

 はい。こちら『魔導映像樹』で知るのです。テレビみたいなものです。
 本体は大きく平たい水晶で、水晶に映像が映っている。枠組みは木で出来ていて、この木は家の壁から生えてるのが映像樹に巻きついて形成されている。まるで壁掛けテレビみたいだ。空中に映像が浮かんでるような効果も得られて、省スペース化にも繋がっているからナイスアイデアだと思うんだ。
 しっかし、いいなあ。我が家にも映像樹が欲しい。でも、あるのはここ勇者の神殿と村長さんちだけ。一台がべらぼーに高いんだって。
 そういえば通貨も日本とあまり変わらないんだった。紙幣もあるし。単位は違うけどね。多分『魔導映像樹』一台のお値段はスポーツカー並だったと思う。一般庶民にゃ買えませんよ。
 神殿にあるのはハイエルフ様の伴侶の鬼神が製造者を脅して……もとい、頂いてきたんだそうで。村長の家にあるのも王族からの貢物らしい。
 いいね。コネある大人って。

 そんな魔導映像樹を横目で観覧しつつ談笑している時だった。
 常駐であるもう一人の司祭さんが慌ててやって来て、お父さんを呼び出す。

「おい、もうすぐ生まれそうだぞ!」

 はい? 妊婦さんでもいらっしゃるの? 産気づいたということかなあと、私も興味を持って席を立った。シャドランも続く。むしろ団欒していた皆さん全員が席を立つ。みんなで常駐司祭さんの後をついて行った。
 行き先は神殿の祭壇がある部屋だ。祭壇には『勇者の魂』が入っていたとされる柩が安置されているのだが、その上に、大きな卵が乗っていた。
 卵の大きさは鶏のより大きい。ダチョウのよりも大きそう。色は上が薄緑、下が玉子色と綺麗にグラデーションがかっていて、暖かそうな色合いだ。
 そんな卵が、揺れている。コンコンコンコン音がしている。中から何かが卵の殻に罅をいれているみたい。

「これは……! 竜の卵か?!」

 シャドランが驚きの声を上げた。その声にもっと驚いたのは私だ。
 竜だってえええええ!? ファンタジー! いや、ファンタジーな世界に転生しちゃったのは重々承知しておりましたけれども、竜なんて王道もド真ん中ド直球にファンタジーじゃん!
 高揚する意識にワクテカが抑えきれないいーと、お父さんの方を見やる。

「竜?! 本当に?! これ竜の卵なの?!」
「ああ、ハイエルフ様から預かっていたのだが……いや、孵らないと聞いていたんだがなあ……しかし…………」

 生まれそうだね。卵の殻の罅がどんどん大きくなっていくもの。それに連れてコンコン音も大きくなっていく。だんだんゴンゴン言い出した。
 時折、ピエピエという鳴き声も聞こえる。
 ちょ、あの鳴き声、ちょー可愛いんですけどおおおお!!
 私は興奮を抑えきれず、口と鼻に手を当てた。油断したら鼻血が出そうなんだ。
 漫画家として感無量だよ。漫画の中の世界が現実になっていく様を体感できるって、すんばらしいね……!
 そんな私の変な様子を、気になって振り返るような大人はここにはいない。
 なぜなら皆、竜の卵の方へ注目してしまっているからだ。いいな。竜よ。生まれる前から君は人気者だ。

 この世界で竜は超希少種らしく、島エルフよりも数が少ないとか。
 世界のどこかに産み落とされる竜の卵。生まれれば特殊な力を持つ魔物として、魔族に使役される運命にあるらしい。
 今までにも沢山の竜たちが使役され、魔族に使い捨てにされたみたい。
 そんな竜の卵を旅先で偶然拾ったハイエルフ様が、この神殿に預け、孵ることのないまま、もう三百年くらい経つのだとか。
 きっと卵の中で亡くなったのだと。でも魂はまだこの殻の中にあるからと。勇者の魂も眠っていたことのあるこの柩の傍に安置していたのだそう。

 それから三百年。まさかまさかの本日――――爆誕です!!!!

 しっかし……。

 ピエピエ ゴンゴン という音が連続して響いているけど、なんだか上手に割れないみたい。ひびは着実に増えていくけどね。何か決定打みたいなのがいるのかなあ。と思ったところで、私の背中が熱くなるではあーりませんか。

 なんだなんだ? と、鞄から三代目タブレットちゃんを取り出す。画面には【魔物図鑑】というアプリが勝手にインストールされて……ちょっとオッサン、勝手な更新は控えてくれますう? ユーザーの信用失いますよう?

『いいから読みやがれ』と余計な電波も受信した。
 やっぱあのオッサンの簾ハゲは毟っておくべきだったわ。

 とりあえず図鑑アプリを閲覧してみる。【竜種】の項目が光っていたので、そこをタップ。


『【竜種】 魔物最強種 魔族に見つかり次第、強制的に卵を割られ使役されている為、魔力は高いのに知能が低い種だと思われている。だが本来の生体は、長い年月をかけ住まう地域の魔力を少しずつ貰って成長していく、地域密着寄生型魔物である。無事に生まれれば、その地域の特性を生かした魔術を扱い、知能も高く、人型にもなれる。魔物の中で最も強い種になる』


 なんとまあ親切な説明書きをありがとう。そうか、やっぱ竜って強いのね。
 なのに使役されてしまうのは、本来の力が宿る前に卵割られてしまうからなのか。
 酷いことすんな魔族め。
 じゃあ、このハイエルフ様が拾ってきた竜の卵は、三百年間、力を貯めてきたわけだ。誕生したらすごいことじゃないの。これは無事に生まれて欲しい!

 というわけで、私は検索窓に『竜の卵 孵らない』と入力した。
 解決方法教えてプリーズ。出てきたページの一番上のリンク先を読む。


『卵から孵らない? ⇒ 魔力不足の可能性があります。優しく抱きしめ、魔力を分けてあげましょう』


 なるほど。周りから魔力を貰って成長したんだものね。孵る力も魔力がいるということだ。
 それじゃあ実行してみよう。私は竜の卵に近づいた。

「あのね、この子、魔力不足で生まれるの難しいんだって。私が魔力を分けてあげていい?」

 一応、司祭であるお父さんに尋ねる。

「魔力を……? なぜそんなことが分かるんだいリリィ」
「え。えーと……なんとなく」

 は、しまった。私の神器に関しては誰にも内緒だった。
 いやだってこいつチート過ぎるでしょ。誰にも見つからないよう、神器の存在を確認したその日に【隠蔽魔術】で隠してやったわ。
【隠蔽魔術】は【教養魔術一般】というアプリがあるので、そこで習得したい魔術を選んで一度使ってみると、次からはイメージしただけで簡単に使えちゃうというこれまたチートな機能で会得した。
 アプリを使えばもちろん寿命が減るのだが、会得してしまえばこっちのもの。自前の魔力で使い放題になる。
 ちなみにひとつ覚えるのに寿命一時間くらいの犠牲だった。

 さあどうしよう。神器のことは秘密だ。私は苦し紛れの言い訳をするしかなかった。目も泳いでいたに違いない。
 そんな不審な私の言でも、お父さんは少し考えた後に信じてくれた。竜の卵を私に、そっと手渡してくれたのだ。

「ありがとう、お父さん。この子はね、きっと森の竜になって、エルフの村を守ってくれるよ」

 なんせエルフの住む森で育ったからね、この子。
 竜の卵を受け取って、抱き抱え、そのまま優しく抱きしめた。
 魔力を分けるってどうやったらいいかいまいち分からないけど、なんとなく竜の卵に呼びかけてみる。

 おーい、聞こえるかい。ここはエルフの村で安全なとこだから、安心して生まれてくるといいよ。孵ったら一緒に遊ぼうね。

 そうしたらゴンゴンが止み、ピエピエがピエ~になった。返事かな。可愛いなあ。
 しばらく、ぎゅっとしていたら、勝手に私の魔力を吸い取ったみたい。
 罅割れが深くなって、遂にビシビシッと大きな亀裂が入った。

「おお!」
「もう少しだ頑張れ~!」
「生まれる?!」
「やっとか!」

 見守っていた全員が、卵にくいついて期待の声を上げた。
 いい年したおじさん達が私の方へくっついてくる。皆エルフで美形だからまあいいか。

 そして……。

 ピエエエエエエエ!!!!

 産声にしちゃ甲高い鳴き声を上げて、その竜は誕生した。
 外側の殻が割れ落ちて、今、私の腕の中にいるのは小さな竜の赤ちゃんだ。
 その体躯は白緑色した鱗に覆われ、所々に産毛もある。背中を流れるように生えるたてがみはクリーム色だ。瞳は濃い深緑がぱちくりしていてとても愛らしい。竜羽はまだ小さくて、ピコピコと動かしている姿も愛らしい。
 私は思わず赤ちゃん竜に頬ずりした。

「かわいいよぉーうう」
「ピエ?」
「声もめんこいよぉーうう」

 どんだけ愛らしさを振り撒く気だ。けしからん。けしからんぞお。あははは~。と、私はすっかり赤ちゃん竜にメロメロである。
 誰だ竜をトカゲの太ったのとか表現したやつは。その、ぽってりお腹がいいんじゃないか。
 爬虫類のようでいて爬虫類じゃない。ぽってりお腹を撫でてみろ。めっちゃ温いし柔らかいぞ。ニクキューかと思ったわ。
 あ、本物のニクキューもあったりする。その両手足。爪なんかまだ透明で硬さがあまりなく、その裏に隠されたニクキューのなんたるふくよかなことよ……!
 ポンデリングも顔負けである。ああドーナツ食べたい……。

「ピーエ、ピエピエ」
「ああん。舌もちっちゃあい」

 頬ずりする私の頬を赤ちゃん竜が舐めてくれる。
 くすぐったいけどこの甘い感覚はなんだ。何かに目覚めてしまいそうだぞ私。
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