エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ

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恋したアナタと時の狭間で

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 周りの景色、前をゆくイーガンさん、曾お祖父様もシャドランも、風も止まっている。すると空気さえも止まっているわけだから呼吸はどうしてるかという疑問もあるだろう。

 安心してください。吸えますよ。

 自動で呼吸が切り替わりますから。時が止まる魔術が発動すると同時に『自発呼吸』も発動。意識しないで呼吸が切り替わるという便利なオプションが付いているから、自分で自分の首を絞めるという間抜けなことにはならないのだ。

 さて、そんな中で私は白髪お兄さんに近づく。
 何もかも止まった世界で、お兄さんだけをどっかに攫おうという魂胆である。人目のつかないところまで行ったら【時操魔術】を解除すればいい。そうしたら邪魔されずに話が出来るでしょ。

 だけど、そんな私の浅はかな願いは直ぐに打ち砕かれた。
 驚いたことに、お兄さんは私をみて「君は…………」と言葉を発したのだ。

「え! 動けるの?!」
「これは君の仕業か……リリエイラ・ブロドウェン……君は…………」

 なんということでしょう。
 私の切り札なのに、白髪お兄さんに効きません。
 この神器、不良品? 千年保証は嘘かオッサンめええと憤怒したら、『んなわけあるか! そいつが…………と、電話だ。また後で』
 例のオッサンの声が木霊した。 
 だがしかし肝心なとこでリンクは切れる。なんだよ、もう。

「なぜかアナタには効かないみたいだけど、これでゆっくりお話ができるね。
 お名前教えてください」

 とりま話をしよう。神器の扱いもあまり慣れてないしね。不具合はまあしょうがないさ。この五年で色々と試してはみたんだよ。
 でもさ、「寿」ってのが前提の能力だから、それが気になって、あまり長いこと使いたくない。
 使えば使うほど寿命が縮むみたいでね。現に今、私の三代目タブレットちゃんの画面には『寿命時間』っていうのが表示されている。数字がストップウォッチよろしく並んでいて、そのデジタル数字がどんどん進んでいく。進めば進むほど、私の寿命が減っているわけだ。
 リアルな数字の視覚化。これは怖い。

 なので、ここぞという時にしか神器は使わない。これ鉄則。
 神器はかなり便利だ。今回の【神の御業】然り。他にも様々なアプリがインストールされている。どれも見るだけならタダだけど、発動させると寿命を吸い取る。
 こいつはもう妖怪だね。寿命吸い取り妖怪。

 と、脳内で妖怪を描いていたら、やっと相手が反応を示した。

「…………フィンブェナフ」

 ふおお白髪お兄さんの名前ゲットォォ!
 数分ほど粘り強く妖怪を描きながら待った甲斐があったというものだぜえ。早速、心のメモリーに保存せねば! ふんがー!

「フィンブェナフ……変わった名前ね」
「渾名だからな」

 ああああそうきたかああああ。
 やっと名前ゲットと思ったのに本名じゃないとはね……やるな……。
 きっと、もっと仲良くならないと本名は教えてもらえないとかいうイベントじゃないかな。そうだよ。渾名を教えてもらえた今こそフラグ立てに成功したと見て間違いない。
 よし、ポジティブ。ポジティブにいこう。そうだゲーム脳でいこう。

 その時、前世にやり込んだ恋愛シュミレーションものやRPGが私の脳内の9割を占めていた。ゲームは息抜きにしていたのだよ。
 原稿立て込んでいると出来なかったけどさ。

「リリエイラ・ブロドウェン。君は、勇者なのか?」
「勇者とは? 何それ美味しい食べ物?」

 急に勇者とか言われてびびる。脳内ゲーム脳だったのバレたわけじゃないよね?
 美味しいのとか訳の分からない質問返しをしてしまったよ。おちつけ私、どうどう。

「食べ物…………ああ、全然違うということか。君は面白いやつだ」

 おっと、フィンブェナフさんが微かに笑ったよ!
 感情の起伏が乏しい人だと思っていた。特にイーガンとやらと一緒に居ると、自分を押し殺しているように感じたから、少しでも彼の琴線に触れたかと思うと嬉しい。

「あのね、フィンブェナフさん。私はアナタのことが知りたいの」
「俺のことを……なぜ君は」
「イーガンさんとはどういう関係なの?」
「……それは教えれん」

 ぐはっ。そう言うと思ったんだぜ。
 どうもあのイーガンとかいう人はフィンブェナフさん攻略の鍵を握るキーパーソンだね。

「じゃあ、なぜ今日はここに来たの?」
「…………挨拶に」
「そうじゃなくて目的」
「君も聞いてたろう。この村はトレアスサッハ家が治める」
「それはイーガンさんの目的でしょ。違うの。フィンブェナフさんが来た目的を教えて欲しいの」
「俺の……? なぜまた……」

 まるで今気づきましたとばかりにハッとしたフィンブェナフさんが、直ぐにまたジッと考え込んで黙ってしまう。
 いいよ待つよ。気長に返事を待つよ。おそらく彼に目的など無い。イーガンさんに命じられてついてきただけである。

「…………俺に目的は無い」
「それって、イーガンさんに主導権を握られてるってことだよね」
「分からない……そう、なの……か?」
「もしかして、私を王宮から連れ出してくれたのも、イーガンさんの命令?」
「君は敏いやつだな」

 それは肯定だね。これではっきりした。
 彼はイーガンさんの命令で動いている人間だ。

「リリエイラ・ブロドウェン、君が何者か知らないが、俺のことを探るのはやめておけ」

 うおっと。まずった。フィンブェナフさんから冷気を感じる。
 敵認定されたかなあ。たぶんまだ牽制だと思うけど……。

「はう。ごめんなさい。どうしてもアナタとおしゃべりしたくて」
「本当にそれだけか?」
「そうよ。私の目的はアナタのお名前を聞くことと、あと御礼」
「それだけの為に【時操魔術】を使ったというのか?」
「うん、そう。改めて御礼言うね」
「御礼など……」

 するよ。するする御礼しちゃうよー。
 私はフィンブェナフさんに近づいて、それから彼の左手をとった。
 両手で、彼の左手だけしか掴んでないのに、その大きな手は私の両手より余る。やっぱ男の人だね、ゴツゴツしてるわ。
 彼も逃げ出そうとしない。若干引け腰だが……なんでだ。
 まあいい。真心込めて御礼するよ。ぎゅっと手を握っちゃう。

「七歳の時、私をエルフ村まで連れてきてくれてありがとう。
 フィンブェナフさんのおかげで、私は両親に再会できて元気になったの。こうして今生きてられるのもアナタのおかげだよ。本当にありがとう」

 自然と笑顔になった私は、たくさんの感謝の念を送った。
 あれから五年も経ってしまったけど、いつも白髪お兄さんのことを考えていた。
 会いたいとシャドランに言っても「無理」って断られて。
 あの時の伝手は一回きりの約束なんだって。【転移魔術】に関しても口外しないことを制約させられたそうな。
 だからまた会えるのは難しいと思っていた。今日のことだってシャドランが気を利かせて呼びにきてくれたから、会えたようなものだ。

「ちゃんと御礼言えて良かった」
「君は本当に……」
「ねえねえ、また会えるかな」
「またって……」

 見上げてみえるフィンブェナフさんの表情は、相変わらず白髪に隠れててあまり見えないけど、ちょっと焦っているようで可愛いわ。
 しかしこの身長差はどうにかしたいな。私の身長は百三十センチあるかないかというとこ。対するフィンブェナフさんは百八十センチくらいかな。
 五十センチ差って……。
 見上げてばかりだと肩凝るよ。

「住んでるとこ教えてほしいな」
「それは……」
「教えれないとか言わないでよ」
「あー……君はまだ小さいし」
「あ! それ小ささ差別だよ!」
「なんだそれ。だいたい君はこの村から出られないだろう。まだ子供だ」
「差別だー!」

 憤慨しちゃうぞ。確かにね、島エルフはこの島で育って成人しても出てかない人の方が多いみたい。でも、人間の国に住むエルフもいるし、世界を旅するエルフもいる。特に始祖であるハイエルフ様なんか、伴侶の鬼神と一緒に今も冒険の旅に出てるよ。
 ぷうーっとむくれていたら、「しょうがないな」と教えてくれた。

「トレアスサッハの家にいる」
「それって領主の館ってこと?」
「ああ。来ても会える保証はないが」
「じゃあ、こっそり会いに行く」
「……君ならやりかねないな」
「お。私というエルフが分かってきたようだね!」

 とりあえず真正面から挑むけど、駄目だと分かったら神器を駆使してでも会いに行っちゃうよ。覚悟しててね。

「またお菓子焼いて持ってくから」
「ああ、あの焼き菓子は君が作ったのか……」
「そう。どうだった?」
「旨かった」

 わーい! 褒められた! 誰に褒められたより嬉しいぞ。

 ――――【時操魔術】を解除すれば時間は正常に動き出す。
 止まっていた時が流れ、周囲に音と風も戻ってきた。
 私は急いで、三代目タブレットちゃんこと神器を背中の鞄の中に収納する。

 この背負い鞄はタブレットを収納するだけに特化した便利な鞄で、私のお手製である。外側はキャラメル色の革製で、内側はクッション性に優れた綿を使い小花柄の布で保護してある。上からはランドセルのように取り出せるが、なんと両側面にはジッパーがついていて、背負ったまま横からも出し入れ出来るようになっているのだ。

 ジッパーがこの世界にあるのかと言われれば、無い。無いものをどうやってつくったのかというと、確かにこれは私のお手製であるが、私にジッパーの構造が理解できているわけではない。
 いつか誰かにジッパーを作ってもらいたいものだけれど、それはそれ、いつかの話である。

 実はこれ、神器の真骨頂、描いたものが本物になっちゃう機能を使ったのだ。付属のペンを使って、アプリ【ペントゥラート】で絵を描けば、それが本物になっちゃうわけ。
 便利でしょ。寿命吸い取られるけど。
 ジッパーというこの世界にはまだ存在してないものを盛り込んだのがいけなかったのか、寿命を約一日ほど取られてしまった。
 さよなら私の貴重な寿命。一日も生き延びることができれば好きなもの食べまくれるのにね……。

 さあ、フィンブェナフさんともお別れである。【転移魔術】でイーガンさんと共に消えていくのを、私は小さく手を振って見送った。

「話ができなくて残念だったねえ」

 金髪エルフのシャドランが私に声をかける。
 今、時が戻って動き出した彼は知らないのだ。私とフィンブェナフさんが二人だけで、たくさんお話できたことを……。

「大丈夫よ。顔見れただけで嬉しいもん」

 明るく返す私は、健気な子だと思われていることだろう。でも実際は違う。神器を使って会う時間をつくった狡猾なやつさ。おかげで寿命が三十分ほど減りました。これで罪悪感もチャラにしてほしい……。

 フィンブェナフさんの居所が分かったけど、どうやって会うか考えないとなあ。
 この島<インスーロ>の中でも、トレアスサッハの家は人間の暮らす地域にある。
 世界樹を中心とした森の中にエルフは住んでいるけど、森を一歩でも踏み出せば、そこはもう人間の暮らす地域である。
 人間とは交流を持っているが、私一人で森の外へ行くのは難しい。
 なんせまだ子供なので保護者が許さないのだ。

 私は頭を捻る……。
 結論。とりあえず森の境界まで行ってみよう。

「お母さーん。お父さんに差し入れ持って行っていい?」
「いいわよ。お父さん喜ぶわね」

 フィンブェナフさんとお別れして一週間後、私は差し入れを口実に森の境界まで行ってみる作戦を決行した。
 私のお父さんは森の外れにある『勇者の神殿』で司祭をしている。森の境界のすぐ傍だ。司祭は神殿の管理が主な仕事で、朝夕にお勤めをして通常は神殿内を清潔に保つ為に常駐している。
 常駐する司祭は二人。他にも司祭が何人もいるから、ローテーション組んで一週間交代で勤務しているのだそうだ。
 その常駐勤務に今、私のお父さんも就いている。一週間も会えないのは寂しいが、帰ってきたら甘やかしてくれる良きパパである。
 常駐している時に遊びに行くことは前もあったことなので、お母さんも気軽に許可をくれた。ただし、シャドラン付きで。

「伯父様のとこ寄ってから行くのよ」

 厳命された。そこまで危険なこともないと思うんだけどなあ。
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