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この世界はエルフ少女に優しい

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 空から魔法世界<ウィーヴェン>をみてみよう。
 はい。でかいね。でかい空洞くうどうが真ん中にあるね。

 ――――何ぞ、アレ?

 私は今、転生の為に空から地上へ落ちている真っ最中です。
 ひええ生身だったら死ぬよーひゅるるるる――――――――。

 生身じゃないからこそ余裕かまして観察が出来ているだけで、落下中に変わりはない。そして落下中なのに寒くもないし、落下してます只今絶賛落下中という感覚もないのは、どういうこった?
 ただ、世界が私の目に焼き付き、世界の殆どを占めるその巨大な暗い暗い空洞に因縁めいた何かを感じ、そこへ落ちてしまうんじゃないかと多少の恐怖を抱いているだけだ。

 まあ、結果として、そんなところへ落ちはしなかったが。
 私が辿り落ちた先は、世界の中心にあった巨大な空洞から西よりの、お花がいっぱい咲いている国だった。あちこちに、お花畑が見えるから。
 この国の王宮は広いようだ。空から落下中に見ただけでも荘厳華麗で夢の国のお城みたいな見た目だ。あれだ。白亜の宮殿ってやつだ。間違いない。

 そんな乙女心くすぐる夢色のお城の中、私は漂っている。ふわふわと。
 体?というか魂の状態だから霊体?は、勝手に知らない部屋に向かっていて、壁にすっと入り込んだ。
 その先では、なんだかとっても苦しんでいる少女が寝ていた。
 広いベッド。広い部屋の真ん中にあって少女は多数の大人に囲まれ、今にも息を引き取りそうに喘いでいる。
 その表情は苦悶に満ち、見ていて痛々しいほどだ。

『あれが転生先だ』

 ひょおお??!! 驚いた。隣で声を発したのは、あのオッサンだ。魂の休養所アストラルプレーンとかいうとこにいたオッサン。あの簾ハゲオッサンが、私の真横にいつの間にかいた。
 変わらぬ事務員もしくは公務員ルックで。くいっと黒縁眼鏡を上げながら。

 ちょっと待とうか……いいか、その仕草は、眼鏡をクイクイやる仕草は、美形がやれば様になるけども、オッサンがやってもオッサンにしかならない。
 無駄だ。ひかえおろう。美形に譲れ。

『口の減らねえ女だな』

 思考を読まないでオッサン。プライバシーの侵害よ。今更だけど。

『いいからほれ、そこのエルフ少女が君の転生先だ。もうすぐ魂が出てくるから入れ替わりに入れ』

 ええええ死ぬ瞬間を見ろというの?! なんという嫌がらせ!
 普通、転生って知らぬ間に……とか、目を開けたら生まれ変わっていた……とか、けっこう簡単に場面が切り替わっていた気がするよ参考文献(漫画とか小説)では。
 漫画家の身としては暗転や三連続コマ割とか、そういう表現方法で転生中ってのを表現するものだよ。
 なのに私はここで転生先の子の死を見届けなければいけない、らしい。
 冗談じゃない。嫌がらせ以外のなにものでもないよ。

『ぶつくさうるさい魂だ。さすが百万回も転生するだけある。意思を伝える意志が強い。
 いいから、気にしないで死んだ瞬間狙って近づけ。後は少女の身体が魂を引き寄せてくれる』

 倫理の問題が通用しないなんて死生観どうなっているのだろう、このオッサン。
 あれか、公務員的な格好だし、お役所仕事と割り切っている感じが何とも言えない。

 戸惑いながらも私はエルフ少女に近づいた。
 不思議なことに近づけば近づくほど少女に引き寄せられていく力を、確かに感じる。

 ──ごめんね。まるで私が貴女を迎えに来た死神みたいだけど、違うから。
 これから貴女の体に転生する魂です。

 エルフ少女の魂には聞こえてないよね、とは思いながらも、重ねて言う。

 ──これから貴女の体を使わせてもらうね。大事にします。早世する気持ちは身にしみて分かるもの。あ、なにか心残りあれば遠慮なく言って!

「…………ひゅ…………こ……、…………っ」

 意外なことにエルフ少女から反応があった。
 少女は息苦しいのか、ヒューヒューと風の抜けるような呼吸音の下、声を振り絞っているようだが、それはなかなか言葉にならない。
 だから私は伝えたいことをきちんと聞こうと少女の表情を読み、少女の目線を追った。目線は、ベッド周りに集まっている大人たちを見ている気がする。

 ドアに近いほうから順に目で追うと、ドア横にずらりと並ぶ使用人たち、煌びやかな宝飾品を身につけた女性と男性、耳の尖った大人の男性エルフが一人、そして――――少女に一番近いところに居るのは、真っ白な長い髪を首元でくくった背の高い男性だった。

 この人かな? エルフ少女が気にしているのは。
 視線がずっと外れない。その白髪ロングの男性から。むしろ熱い視線……。

 こ、こいつはもしかしてもしかしちゃうやつですか……?!

 うーん。死の間際に恋しちゃったか。エルフ少女ちゃん何歳? ちと早熟すぎやしないかね。というかですね、今、恋しちゃうとか。恋したら死亡するとか。可哀想すぎない?

『厄介だな。未練を残すとスムーズな転生が行えない。さっさと魂を黄泉路まで引っ張ってしまおう』

 て、おい! アンタ血も涙も無いやつだな!

『ここで情けは無用だ』

 にべもなし!

 そうこうしてる内にエルフ少女から魂が出てきた。
 私は入れ替わりにエルフ少女の体へ吸い込まれていくのだが、その途中――――

「白髪の……さん、ずっと好き………よろしくね……………」

エルフ少女の、途切れ途切れの想いが届く。

こうして私は――――――――宿った。

 て、ふへ?! なんかこの体ん中、熱いんですけどおお?!

 体全体が重く発熱しているようだ。こんな状態でエルフ少女は生きてたわけ?! ちっちゃいのに頑張ってたなあ。
 そして今は私が代わりですか。そうですか。辛いわー。息も絶え絶えだわ。
 でも目は半分ほど開くし、若干息がしづらいだけで、別に命の危険は感じないな。

 ……。
 ………………。

 うん、だんだん落ち着いてきた。これは私の魂がこの肉体に馴染んできたとかそういうやつかな。

 呼吸も落ち着き汗も引いてきた頃、私の体は誰かに持ち上げられた。布団の中から引っ張り出されたようだ。
 おっふ、寒い。
 ぶるりと震えたら間髪入れず毛布に包まれた。みのむし状態だ。
 そしてそのまま抱っこされる。

 抱っこ…………はっ、これはあれだ姫抱っこだ! おい大変だ! 私は今、人生初(前世込)の姫抱っこ状態だ! ひゃっほーーうううう!!!!
 …………じゃなくて、どうしてこんなことになったのか?
 目を見開いて姫抱っこしてくれる相手をみる。というか見上げる。なんせ抱っこされておりますから。

 て、ぶふんっっ! 抱っこしてくれているの、さっきの白ロン毛兄さんやないかーい! エルフ少女の(推定)初恋の!
 なんだかとっても美形の兄さんじゃないか……。

 初めて正面から見たというか見上げた彼は、長髪の所為で顔の輪郭や瞳までやや隠れていたけど、髪の間から垣間見える容貌は、はっきり言って超美形。しかもハリウッド系の美男子ィ。まさに俳優顔。女性を一発でメロリンコ(死語)させるお顔立ちでしたわ。
 そしてエルフ少女さえ一目惚れさせる色気よ……すげえわ。ごくり。

「ほあー………………」
「ん? 目覚めたのか」

 見蕩れて変顔さらしていた私の様子に気づいたらしい。白髪ロン毛兄さんと目が合う。
 ヒャッハ! ドッキーン! 私の心臓が跳ね馬のように跳ね上がるぜえ!

「目が覚めたの? 良かったリリィ…………でも、帰郷は取りやめないからね」

 横から視界に入ってきたのは金髪の男性エルフである。この人も整った顔立ちだ。けど……惜しいかな。スター性が無い。そこにいる存在感というか目を惹かれるという意味では、白髪兄さんの方に軍配が上がる。

 エルフより美形ってすごいなこの人と、改めて白髪の彼を見上げた。
 脱色したかのように見事な白髪の隙間からみえる瞳は、髪色とは対照的に混沌とした黒、漆黒の色だ。

 私はこんなイケメンに姫抱っこされて帰郷?するようだ。
 しかし、行く手を阻む者がいる。

「もう帰ってしまうのか」

 そう声を掛けてきたのは、大変ゴージャスな服を着た男性だ。
 服は煌びやかだけど、顔はイマイチぱっとしない人である。なんせ目が糸目。鼻は細い。口はおちょぼ口。だからあれだあれ、こけし。こけしに似ている。

「リリィの状態を見てたでしょうに……さっきまで、あんなに苦しんでた。これ以上は無理です。帰郷させます」

 毅然とした金髪男性エルフの態度に、顔ぱっとしないこけし顔の人物は項垂れた。
 ああ、そんなしょんぼりしたら益々ぱっとしないよ。元気だせー。
 そんなことを思いながら眺めていたら、右手を温かいぬくもりが包み込む。誰?

「ごめんなさいねリリエイラ。あなたのお祝いがまた出来なかった。いつかまた、元気になったら遊びにいらしてね。体を大事にね」

 茶髪で優しげな瞳の女性だった。私をすごく心配して、気にかけてくれているんだというのが伝わった。
 着ている服はこれまた煌びやかであるが。宝石キラキラで刺繍もふんだん。これは重そうだ。間近で見えた豊満なバストも。これも、さぞ重かろう……。
 それにしても胸元の、刺繍の細やかさなど、私にはとても手縫いできない精巧さだね。
 だから、身分ある女性だというのは一目で分かった。そんな雲上人っぽい人たちが私のことを心配そうに、それでいて優しげな目つきで見送ってくれる。
 見やれば煌びやかな人たちの背後に控える女官や使用人たちまで手を振り、ハンカチで目頭を押さえた人までいる。

 なんだこれ優しい。なんでこんな皆このエルフ少女に優しいの……?
 こんなに心配されて愛されているのに、あんなに苦しんで初恋を強制終了させられて……エルフ少女が不憫すぎて、私まで涙出るわ。

「さようなら………………」

 小さく零した私の声は皆さんに聞こえただろうか――――。

 私は毛布に包まれ白髪兄さんに姫抱っこされたまま、帰郷した。
 このまま抱っこされたまま歩いて、馬車とか乗り物に乗って帰るのかと思ってたのだけど、違った。全然違った。というか、予想だにしていなかったよ。

 まさか【転移魔術】とかいう魔法で帰るとは……!

 そう、この世界には魔法が存在するのだ。
 まあ魔法世界って転生契約書にも書いてあったけどね。実際に体感しちゃうともうね、スゴイ!の一言だよ。

「僕はどうナビゲートすればいい?」と金髪エルフ。
「肩に掴まってろ。そのまま魔力を流せばいい」と白ロンゲお兄さん。

「分かった。よし、じゃあ飛ぼう。リリィ、向こうでカドベルたちが待ってるよ。もう少しだから頑張ろうね」
「うん…………」

 そんな会話をした直後、周りの景色が一変した。
 さっきまで王宮という都会の真ん中どころかのド真ん中に居たのに、次の瞬間には樹木に囲まれたド田舎に居た。
 ギャップすごいねー。

 そして向こうから走ってくる人物が。

「リリィーーっ!!!!」
「あなた、リリィが?!」

 はい。どう見ても両親です。
 このエルフ少女ちゃん、牡丹色の髪にバイオレットの瞳という転生前の世界じゃコスプレイヤーしかしていないだろうカラフルな色彩。向こうから小走りで駆けてくる両親ズも似たような色彩なのである。

 お母さん、桃色髪ふわふわゆるふわ系ちびぺったん。
 お父さん、紫だちたる雲の細くたなびきたる系貴公子。

 おーし。私のセンスわけわかんねえ。
 でもね、これを漫画のキャラにしてごらん。なんかカッケエから。映えるから画面に。一億万画素で眺めたい。

「やはり王宮なんぞにやるんじゃなかった……」
「リリィ……こんなにやつれて…………ううぅ」

 ああ、お母さんぽい人、泣かないで。
 私、見た目は病気でやつれてますけど中身は元気です。なんせ百万回目の魂だから。強靭だから。

 ……しかしあれだな。転生したというのに、赤ちゃんから始めるわけではないのよね。いきなりエルフ少女になっちゃって、この子の人生を丸ごと引き受けた形になるのよね。これは憑依転生というやつかな?

 エルフ少女の見た目は十歳にとどいてないと思う。幼児は脱却してるだろうが、ランドセル背負って小学校に通っていそうな子供だ。
 エルフだから長寿だろうし、不老だとあのオッサンは言っていたな。
 これからの人生、いやエルフ生を、あの子に代わって私が歩んで行く……。

 この世界は優しい。
 転生してから会う人会う人が皆、エルフ少女を気にかけてくれている。

 白髪お兄さん(すっかりこれで定着したけど後で名前教えてもらえるかなあ)に姫抱っこされたまま、エルフ村の私の家っぽいところへ連れて行ってもらう。
 エルフ村はとても小規模で、まさに村。人口数百人くらいかなあ。

 家はツリーハウスというよりは木のウロそのまま使っているみたいで、木の中で生活しているのが凄く興味深い。大きな木の中に居間や台所などの水回りと、他にも部屋が三つか四つはあるね……。
 木は確かに大きいけれど、さすがにこれだけの居住区域は生み出せないだろう。どうやっているの?
 疑問には思うが、どうやって部屋数増やしているのか、今の私には分からなかった。

 私の部屋――両親が用意してくれたであろうその部屋は、清潔感があって暖かい。
 そのまま寝台に寝かせられる。みのむし状態から脱却だ。

「熱は無いようね……」
「ママ………………」

 で、合ってるよね。子供だし、まだママ呼びでいいよね。
 私は額コツンして熱を計ってくれている、ゆるふわ系女性エルフへ抱きついた。
 ハグ大好き。前世の家族ともよくしていた。

「ただいま」
「おかえりなさい、リリィ」

 ぎゅっと抱きしめてくれるママの匂いがとっても落ち着く。
 やっぱりこの桃髪エルフがお母さんだね。しっくりくるもの。
 胸ナイ同士、ぴったりくっつくともいう。いや、私は成長途中だ。

 パパもハグしたほうがいいかな? そっと父親っぽい薄紫髪のエルフを窺えば、こちらに来るところだった。近くに来たところでママと一緒に抱擁される。

「パパ……ただいまなの…………」
「ああ、よく頑張ったなリリエイラ……」

 おお、やはりお父さんだね。私の頑張り、正確にはエルフ少女のリリエイラちゃんが、遠出して病気までしたのに無事に帰って来たことを褒めてくれた。
 私は嬉しくてパパにも、ぎゅっとハグをする。

「おうち帰れて嬉しい。――――……あの、連れてきてくれてありがとう」

 抱き合う家族感動の再会シーンを、口も挟まず見守っててくれる人が二人。
 白髪お兄さんと、金髪エルフ男性にも、御礼を言う。
 こういうことはきちんとしないとね。

「気にしないで。無理を承知で君を連れ出した責任は、あちら側にとらせるから。ゆっくり休んで静養してね、リリィ」

 笑顔の裏でとんでもないこと言ったよ金髪エルフ。あちら側って、あの気の弱そうな糸目こけしさんにってことだろうなあ。
 この金髪エルフ、スター性はないがスターのマネージャー属性のようで。
 サポートさせたら有能そうな人、いやエルフである。

「…………………………」
「なんか言いなよ、君も」

 金髪エルフに水を向けられた白髪お兄さん。髪に隠れて目がよく見えないから表情が読めない。
 でも、たとえ目が見えたとしても、あの漆黒の瞳には何も映っていない気がするのは、気のせいだろうか……。

「まあ、会えて良かったな」
「そのままじゃないか」

 そのままだねえ。思った以上に白髪お兄さんは感情の起伏に乏しい人のようだ。

「じゃあねカドベル、サニータ」
「ああシャドラン、今回は世話になった。村長にも後で、挨拶に行くよ」
「そうね。ありがとう伯父様。おじい様によろしく」

 両親と金髪エルフが挨拶を交わして二人を見送る。
 そうか。金髪エルフはシャドランという名前か。しかもママの伯父さんかい。私からだと大伯父さんだね。

 別れ際、白髪お兄さんが振り返って視線を合わせてくれたのが、ちょっと嬉しかった。白髪に隠れているけど分かるよ。私に興味を持ってくれたんだね。
 なるべくにこっと笑って、バイバイ。手を振った。

 やつれた顔ですみません。回復したら御礼しますね。
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