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百万回目の魂が行き着いた場所

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 どうやら私は死んだらしい。

 疑問形なのは、未だその実感が湧かないからだ。
 今の私は、この場所がどういう所なのか、ただ呆然と眺めているだけ。

 見渡す限りの雲海。
 雲海のあちこちに見える東屋あずまや
 東屋は城や神殿のようなものもあれば、こじんまりとした茶室のようなものまで、色も形も時代も文化もごちゃまぜだ。
 まるで万博のパビリオンを眺めているようだと、心無しに思う。

 空は高い。
 やたらと澄み切った青に足下は白い雲海。
 膝下くらいまで雲の海に包まれている。その割には、寒くない。雲は水滴の塊だからこんなところに立っていたら寒くなるはずだけれど、でも足下は濡れていない。

 逆にこの雲は暖かい気がする。
 例えるならば床暖だ。雲の床暖。エコだね。それ以前にファンタジーだね。

 ファンタジー…………?

 そうか。ファンタジーならなんでも有りか。
 例えば剣と魔法の世界。

『ほう。そういう世界が望みか。どんな魔法を使いたいのかね?』

 そうだな~描いたものが現実になる魔法なんていいよね!

『そんなのでいいのか。欲が無いな』

 そんなこともないよ。
 生きている時には、でっかい夢があった。
 連載たくさん抱える偉大な漫画家になるという夢がね!
 もし死んだのなら、もうその夢は追えないわけだけど……。

『なら、種族は何がいいかね?』

 種族? ああ、ファンタジーの世界の話ね。
 それなら断然エルフ。神秘的な美貌と年取っても若々しいのがいいよね!
 そして長寿。ハイエルフなんてのは不老不死ってのがデフォでしょ。

『不死は駄目だ諦めろ。不老は約束できる。あと美貌な……エルフは確かに美形だが、中身がお前だと……どうだろうなあ』

 失礼な。見た目良いのに中身残念とか、ある意味でステータスだよ?
 というか、不老は良いの? ずっと死ぬまで美形だよ。いいの?
 でもさ、不死は駄目って……よくわからないのだけど……。

『不死は絶対に授けれない。お前には寿特殊な能力を使ってもらうからな』

 え。寿命を糧に……だと? なにその諸刃の剣な能力。いらん。いらんよ。
 あ、それならさ、寿命を無くせば能力使い放題ってことになるけど、そういうの出来る?

『そのような存在は我が管理下に置けない』

 はい? じゃあ、あなたは世界の管理者とかそういうの?
 いや、その前に、私はいったい誰と話をしているの?
 私の独り言に答えてくれるものだから、ついつい応酬してしまったけど、周りを見渡しても誰ひとり居ない。
 あるのは先ほどまで見回していた東屋だけだ。

 あ、今目の前にあるこの英国風な東屋――――これは私の好みだわ。

 八角形の板張りに深緑色の屋根、柱には植物の蔦が絡みつき、小窓には小鳥のオブジェが留まっている。まるでイングリッシュ・ガーデンにあるような素敵な東屋……この場合はガゼボというのかな。いいじゃないの。かーわいーい。こういうの自分ちの庭に欲しかったんだよね。薔薇も植えてさ。
 でも、アパートの狭いベランダじゃ置けなかった。置けるのは精々、観葉植物だ。
 緑が欲しい癒しが欲しい愛が欲しい――――。
 そんなこと呟きながら原稿描いてたっけ。生前の私。

『中に入れ百万回目の魂ミリウン・ソウルよ。数多の転生ご苦労だった。茶ぐらい出そう』

 またあの声が聞こえる。百万? 何が何だって?
 お茶かあ。抹茶黒豆玄米茶が飲みたいな。続けて言ってごらん。抹茶黒豆玄米茶。呪文みたいだから。

 私は、ふらりと、その素敵なガゼボの中に足を踏み入れた。

 ガゼボの中央には、木のテーブルとベンチが。
 昔よく行った公園の休憩所で、こういうの見たことがある。
 とりあえず手前のベンチに座る。

 テーブルの上には私の所望する抹茶黒豆玄米茶と、何故かある『タブレット』が目に付く。
 タブレットは商品名でいうiP〇dというやつだ。12.9インチのにくいやつである。

 ……て、あらこれ、生前に私が使ってた三代目タブレットちゃんじゃないの。どうしてこんなところにあるの。おまえも死んだのかい?

『それは君の能力を具現化したものだ。生前に愛着があったものから選ばれた』

 そう教えてくれたのはテーブルの向こう側に座る人物。
 中年の、腹でたオッサンである。ちなみに頭皮は薄い。いわゆる簾ハゲ。
 服装はワイシャツにニットを合わせて袖にはアームカバーと、事務員みたいな格好である。役場でも見たことがあるな。なかなかに、昭和スタイルなオッサンだ。

 さっきから私に応えてくれていたのは、このオッサンらしい。声質が一緒だからわかる。そしてオッサンの前にも抹茶黒豆玄米茶が置いてある。
 脇には茶器に入った歌舞伎揚げ。醤油味と渋味の最強コラボだね。

『それを起動してみろ。利用許諾書に目を通して、最後の<同意する>にチェック。次に契約書が出てくるはずだ』

 オッサンは淡々と説明してくれる。
 抹茶黒豆玄米茶をズズーと飲みつつ、歌舞伎揚げをボリボリ頬張りながら。

 契約書? いったい何の……。

 疑問に思いつつタブレッド横に付いてるスイッチを長押しして起動させた。
 すると液晶画面に出てくる利用許諾書。
 内窓のスクロールバーをスクロールさせて読んでみるけど字が細かい。
 重要そうな『クーリングオフ不可』とか『千年保証』あたりだけを読む。
 こういうのって、隅々と最後までキッチリ読む人、いるとは思えない。
 私はさっさと切り上げて<同意する>の隣にあるボックスにチェックを入れて、次をタップした。

 ……て、これ<異世界転生契約書>って出てきたんですけど。

『異世界への転生は、契約が成立した時点で実行される』

 はあ。転生ってあれか。
 死んで次の世に生まれ変わるってやつか。
 そうすっとやっぱり私は死んだんだねー。

 私こと笹島 絵理。享年23歳。独身。職業は漫画家。
 学生時代にデビューして以来、読み切りしかもらったことのない、鳴かず飛ばずの漫画家だった。
 そして本当に何も鳴かずに生涯を終えたのか……。

 そういや死んだ瞬間を覚えていない。何やってた私?
 たぶん漫画描いていたとは、思うのだけど……。

『お前の死因は、机の下に落ちたペンを拾おうとして引き出しの角に頭をぶつけた"うっかり事故死"だ』

 はい? そんな間抜けな……。
 そんな死因じゃ浮かばれない。私、成仏なんて出来ないよ!

『成仏しなくていい。君の魂は百万回も転生して強いからな。ちょうど転生不足の弱い魂で空きが出るんだ。君にはもうすぐ死ぬ予定の子供の後釜になってもらう』

 ぬあんですってえぇ後釜ってあんた。後妻みたいで影ある響きだわ。ちょうどってあんた。もうすぐ死ぬ子供ってあんた。
 百万回とか、魂が強いとか弱いとか、訳分かんないこと言って誤魔化すんじゃないよ。重要なことでしょ。きっちり説明せんかい!

『さて、正式な契約を結ばなければ転生できない。契約内容は、なるべく君の意向を汲んであるつもりだ』

 ちょ、オッサン、私の怒りは無視ですか。説明を求めているのに無視ですか。
 と、言いますか……意向ってあれか。魔法だとかエルフだとか不老不死だとかのあれか?
 あれは適当に言ってみただけだから、本意と捉えてもらいたくないわ。

 だけど契約書には既に、先程の会話内容が、しっかりと反映されていた。
 どんどん外堀を埋められている気がする。そして作為的なものを感じる……。

 =======================

 <異世界転生契約書>

 転生先:魔法世界 <ウィーヴェン>
 種族:島エルフ
 身分:天然記念稀少種
 性別:女
 家族:父母と同居
 転生特典:【絶対幸運】【絶対防護】
 転生記念:神器<ペンタブレット> ※ご利用は計画的に。

 ========================

 ふむふむ。本当に、エルフに転生できるのね。ちょっと嬉しい。
 しかし島エルフて……。島ってなんだ。ただのエルフじゃないってことだろうか?

 転生特典も嬉しい。チートってやつだね。
 こういう、さり気ないサービスが顧客の満足度を上げるんだよ。

 でも、ご利用は計画的にって注意書きが不穏だ……。
 これって例の寿とかいうやつじゃないかな。

『その通りだ。百万回もの転生を達成する記念に、君に与えられる神器じんぎは比類なきものになる。あまりに巨大な力なんで制限が必要だと思ったんだ。寿命を削ることで、真価を発揮できるようにしてある』

 うひょー。寿命と引き換えに使える武器なんて、チート武器だけど使えなーい。諸刃の剣じゃないのよ。
 私、今度こそ長生きしたいから、あまり使わないでおくわ、神器とやら。

 というかですね、神器だよ。神の器と書いて神器じんぎと読むのですよ。
 神国日本出身としては、鏡や勾玉を想像するけど、神聖なもんじゃないの? いいのか? 私なんぞに、そこまで大盤振る舞いして。

 言っておくけれど、前世じゃ一人暮らしをしていたけど、新人の漫画家じゃアパートすら借りれなくて、親に保証人になってもらっても借りれなかったのよ。
 しょうがないから親には契約者になってもらい、光熱費だけ親に返しつつ不安定な収入で自活していた。分かってます。家賃を親に払ってもらっている時点で自活じゃないってことくらい……。

 でもね、いいかね、漫画家ってね、これだけクールジャパンでマンガスゲー! アニメスゲー!になっている世の中でも、へたしたらニートの烙印を押される職業なんだよ。
 そりゃそうだ。昼間っから部屋にこもりっきり。外に出てこない。近所とはコミュニケーション不足。私はしたことがないけど、仲間を呼んでパーティーして、どんちゃん騒ぐ漫画家もいるらしい。
 外人さんが入居渋られる理由と同じ。世間からは鼻つまみ者なの。そんな私なの。これで偉大な漫画家になるって夢見ちゃってたの。ヒット作品を出さなきゃ自活すらできない負け組なの。

 ……て、自分で説明したら哀しくなってきたよ。
 私、日本ではちっとも大成しなかったなあ。

 親もそろそろ高齢になってきた。
 実家の呉服屋は、しっかり者の姉が継いでいる。私は幼い頃から夢見がちで、お嬢様育ちのくせに反骨心だけは一丁前に背負って東京へ出てきた。それなのに親のスネかじってて情けないったらありゃしない。

 次の転生先では必要とされるだろうか。
 私は転生していいのだろうか。

『言っておくが百万回目の転生は決定事項だ。覆らない。君の強い魂なら神器を扱える。だから"うっかり事故死"なんかさせられるんだ』

 ん? なんだその、ワザとみたいな言い方。
 まるで私、何者かの陰謀でワザと殺されたみたいじゃん?

『……ふむ。口が滑った』

 いいよ! どんどん滑って!
 大体、チートとか分不相応なんだってばよ。
 社会的に何も実績のない、人間的にも不足な輩が、いきなりチートもらったって良いことないって。

 考え直してくれオッサン。私を元の世界に生き返らせてくれ。
 私はまだ日本でやり遂げてない。漫画家として何も実績を残せてない。
 まだ実感してない。生きてて良かったと満足してない。
 親にも恩返ししてない。やっぱ親より先に死ぬのは駄目だって!

『その辺、多々思いはあろうが既にここ――――魂の休養所アストラルプレーンまで来てしまったのだ。
 前世には戻れない。神器の貸与は転生百万回記念であり、普通の魂には与えられない祝福サービスだと思ってくれ』

 そう言って抹茶黒豆玄米茶をすするオッサンは、オッサンそのものにしか見えない。なのにどこか神々しい気もする。
 どういうことだろうね。ただのオッサンなのに。

『そんなに見つめるな。照れる』

 照れないでオッサン。
 私は視線を逸らしてオッサンの言葉を噛み締める。この場所は魂の休養所アストラルプレーンというのか。不思議な場所だとは思っていた。
 雲海の上を歩いてこのガゼボまで来た。三途の川は渡った覚えがない。でも、確かにその道程は本物のというやつだったのだろう。

『では、魂紋たまもんの照合をする。これをもって契約は履行される』

 たまもん、とな。妖怪か何かでしょうか。
 あ、違うね。魂が合っているかどうか見るってことかな。

 タブレットの中央に『確認』のボタンが現れる。
 これに触れたら終了だそうだ。即、転生させられる。

『不服か?』

 いやあ、今更なんでしょ。
 もう戻れないと聞いただけで萎えたよ。
 この辺の切り替えというか、すぐに諦めてしまう性格が前世で大成しなかった理由だろうね。
 嗚呼でも、私をうっかり事故死させたやつに文句は言いたいな。出来ることなら一発殴らせてくれ。

『あ、すまん。それ儂だ』

 お前かああああお前が私を殺した真犯人かあああああああ勢いで『確認』ボタン押してまったろうがああああ!!
 くそう殴りたい殴らせろおー!!!!

『暴力反対だ。魂紋照合完了。さ、行ってこい。百万回目の良き転生を祈ってる』

 あああああああああああ転生させられるううううう異議を申し立てたいのにいいあのオッサンの簾ハゲをむしり取ってツルピカにしてやりたいのにいいいい!!

 周りの景色が消えていく。
 いや違う。
 私が・・、どこかに吸い込まれている。

 きゅるるるるるるるーと吸い込まれ、すぽんっと吐き出された先は転生先の世界。
 魔法世界<ウィーヴェン>だった。
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