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6,その異世界人はBL世界に馴染めない

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 一週間後――――。

「これで、終わ、ったぁぁ……!」

 アシュタハの苦行が終了した。
 最後に作った魔力珠を一つ、所定の籠の中に入れると、そこへ「お疲れ様でした」と声を掛けてきたのは魔術師。本日の見張り役である。

 彼の名を、『鬼頭きとう 朝海あさみ・バッケル』という。

 一風変わったどころか、この世界にはない言語で発音するその名。
 初めて耳にした人は、「キトーハサミ?」と空耳してしまい、挙句、卑猥な連想までしてしまう、とんでもネーミングであった。

「あは~ん、キトーハ・サミさん、素敵な名前だ」

 しかもアシュタハ、かなり間違った憶え方をしていた。自国の言語の発音に則っているといえばそれまでだが。
 そしてアシュタハ、発情していた。瞳は蕩け、口調はあやふや、脳内お花畑中である。

「キトウ・アサミです。変なところで区切らないで、アサミと呼んで下さい」
「バッケルさんちの~、アサミくん」
「それも可」

 バッケル軍務伯の養子なので、覚え方としてはそれでも可である。たとえ胸中で、「貴族めんどくせ」「この国のネーミングセンス皆無」と思っていてもだ。

 名前のことはさておき、懲罰一週間目にして最後の見張り役であった鬼頭 朝海・バッケルは、最近に入団したばかりの新人である。新人ではあるが、アシュタハの見張り役を勤めていた。なぜならば、先輩魔術師に押し付けられたからだ。

 一週間もの間、懲罰者へ責め苦を行うこの業務。普通に考えて嫌なものだった。誰もやりたがらない。だって労働拘束時間が長すぎる。せめて報奨が欲しいところだけれども、懲罰者の監視は通常業務扱いなので、臨時の仕事に対しての対価はゼロだった。

「サービス残業かよ! この国の魔術師はブラック労働者だな可哀相に! さすが国営、昔の国鉄を彷彿とさせる!」

 というのが、撮り鉄であったアサミの心の叫びだ。決して声には出していない。アサミは下っ端根性な典型的日本人で、行政には絶対服従、お偉いさんにも逆らえない体質なのだ。
 だがアサミ、下っ端根性ながらの反骨精神は豊富な方だった。ヘタレなアシュタハなどより、よっぽど不屈の精神を持ち合わせている。
 だからこそ、「対価が貰えないなら、他から徴収すればいいじゃなぁい」と、マリーなアントワでネットさんの格言的な思考をしていた。

 さて、では、どこから何を徴収すればいいのか。

 徴収する相手はアシュタハ・ナクトだ。しかし彼に金銀財宝名誉の請求をしようとは思わない。軍務伯の養子になった時点で、全てを保証されているから、これ以上は望まなかった。
 できたら、現時点で困っていることを解決して貰えればいいなと思う。今のアサミが困っていることは沢山ある。山ほどありすぎてストレス過多になっているくらいだ。
 はっきり言って、この世界に来てからろくなことが無い。何とか今無事に生きているのは、アサミの神経が人よりだいぶ図太いからだ。
 心の弱い人だったら、こんな非常識な異世界に転移なんぞしたら病むか自死してしまうだろう。それぐらいこの世界の仕組みは酷いとアサミは思っている。

 そう、アサミは異世界転移者だ。
 ある日突然、地球という惑星の日本国から、このメガッロホーケ王国に転移してしまった。
 所謂、迷子である。世界を越えたと前置詞が付く、とても壮大な迷子だ。

 故郷に帰りたいという望郷の念は、当初に捨てた。
 なぜなら、異世界転移した時、ちょうど新型車両がプラットホームに入って来たところで、鉄道ファンとして撮り逃すまいと身を乗り出し、そこで見知らぬ鉄子に肘で押され黄色い線の向こう側へ、運悪く転落してしまったからだ。
 当然、走行してきた電車に撥ねられただろう。天に召された瞬間は憶えていないが。
 その瞬間に戻ったとして、死んでいては戻る意味がない。死ぬより前に戻れる保証もない。

 諸々考えて、考え尽くして、諦めた。

 故郷に戻る気がなくなったアサミは、この世界で生きていくことを考え出す。
 転移してからこれまでに色々あって生活基盤は整えれた。バッケル氏のおかげだ。
 今一番困っているのは、この体質。下っ端根性の方じゃない。魔術師としての体質の方だ。

 魔法を使えば使うほどエクスタシーを感じてしまう体質、だと? ふざけているのか?

 魔法が使えるってよ、スゲエ! ファンタジーな世界で俺つええキタ無双ヒャフー!
 なんて、一瞬でも考えた浅はかな自分を自分で殴ってやりたい。
 一応、異世界転生だとか転移だ召喚だのを題材にしたラノベが流行っているのは知っていた。鉄道を敷設したりの内政チートものが嬉しくて、そういう内容の小説や漫画だけ真面目に読んだ。

 それにしたって、この世界の仕組みは酷い。主に魔術師をいじめすぎだろう。
『保守魔法』だけを使って一般人として生きていければ良かったのに、なまじっか魔力量が豊富にあって魔術師の才能もあると養父バッケル氏に見抜かれてしまい、『攻撃魔法』を習ってしまったのが運の尽き。

 初めて発情した時は戸惑った。
 手っ取り早く、この熱を下げるだけならば解熱剤を飲めばいいらしい。あなたの町の薬剤師さんが処方してくれる。
 しかしこれも、何度も飲めば体が慣れてしまい効かなくなってきた。
 熱だけ下げてもムラムラが残るのだ。自慰で発散にも限度がある。

「もう公娼に頼るしかないのか?! 異世界転移したら尻を掘られましたってかふざけんなこの世界はBL世界か?! 喜ぶのは腐れた女子だけじゃねえか!」

 アサミ、心の中で再度叫ぶ。
 叫んでいたら思い出した。アサミが高校生の頃、クラスの女子たちがそういう二次創作の薄い本を読み回しながら、えげつない薔薇の世界を語っていたのを。
 玉ヒュンッてなった。心なしか尻も窄む。背筋が凍る。

 体が熱いのも、こんな思いを抱くのも、全てこの世界が悪い。そこはかとなくBL臭が漂うこの理不尽な世界に、アサミは憤っていた。
 そんな時に引き受けたもとい押し付けられたのが、この仕事だ。
 アシュタハ・ナクトの懲罰を見届ける役。

 アシュタハ・ナクトについて調べた。
 魔術師の家系に生まれたエリート。才能はピカイチ。性格は軟弱。末っ子だからか甘えん坊。
 魔術師団に所属して二年で隊長になる。実家の力で出世しただの陰口を叩かれつつも、盗賊捕縛や魔物討伐で功績を上げている。
 バディを組んだ騎士とねんごろになった形跡なし。公娼との接触もなし。恋人の気配もなし。だからか、魔術師のことをよく知らない一般騎士たちからは気味悪がられている。

 処方された解熱剤で熱を下げているのだろうか。しかしそれだとアサミのようにムラムラが残るはずだ。なのにアシュタハは魔力を大量に使ったとされる討伐の翌日でも、体調不良で休むということもないという。
 ここに秘密があるのだろう。発情してもそれを解決してしまう手段を、アシュタハ・ナクトは持っているに違いない。
 そう考え、アサミはアシュタハに近づいた。

「ナクト様、これで懲罰は終わりましたが、このまま公娼館に行かれますか? 行かれるなら予約をお取りしますよ」

「ふぁぁ~、そういうのは、いいのだ……あー、僕のことは名前で呼んで~様付けとか、なんか距離感があるのだ」

「え、あの、ではアシュタハ様」
「様付けなしで」
「アシュタハさん」
「まァ、いいか、それで」

「えーと、本当に公娼の予約しなくていいのですか? 体熱いでしょう?」
「ん、いい。ライデン様……ダイデンが来るのを待つ」

「お迎えを待たれるのですか? でも、あの、こんなこと言うのもなんですけど、お迎えが来るまで、体もちますか?」

「ぐうう、そうなんだよな……うぅぅ辛い……早くダイデンの大胸筋に埋まりたくてたまらん……!」

 涎を垂らし、ハァハァ息を切らしながら床へと丸まるアシュタハ。更に、まるで猫のような寝相のまま、更にクネクネと腰を前後に動かしながらの謎の蠕動を開始する。
 その動きは奇妙でアサミは若干引いた。けど、今ここで秘密を暴かねばと再度声を掛ける。

「あの、おでこで床掃除は困ります。一応、掃き掃除はしてますけど懲罰房ってそんなに清潔なところじゃないですし」

 むしろ歴代の懲罰者が流した体液で澱んでいそうだと、アサミはシュタハの動きを止めた。

「うーん、ここの床、冷たくて気持ちいい~うふ~ん」

「それはアシュタハさんの体が熱いからでしょう。どうします? 本当にお迎え来るまで、ここで熱い体を持て余してますか?」

「えええ、アサミくんったらなんでそんな厳しいこと言うんだい?!」

「だって早くここの懲罰房を明け渡さなきゃいけないんですよ。次の為に掃除したり、引継ぎもしたりの仕事を終えないと、家に帰れません」

「ああ、なるほど。アサミくんの仕事か……出よう」

 そう言って、ふらふらした足取りで部屋を出ようとするアシュタハだが、今にも転びそうなくらい危なっかしい。

「痛いッ」
「ほらほら、アシュタハさん。ちゃんと歩かないと」

 見かねたアサミが、扉の角に頭をぶつけてしまったアシュタハを支える。
 なかなかアシュタハの秘密を聞けそうにない。

 密着したアシュタハの体は熱かった。どこかで休ませてあげたいと思った。その、を考えたアサミは次々と魔法を使った。

 懲罰房の中、魔力の輝きが満ちていくと同時に、床から天井まで清拭される。更にプラスして、一部の壁に何かが浮かび上がる。
 それは知らない人が見れば落書きのようでいて、ひとつの形にはなる図形。
 この世界では珍しい部類の、簡略地図であった。

 数舜の後、二人の姿が搔き消える。
 壁に、謎の地図記号を残して――――。
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