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4,アシュタハの失態を団長が尻拭い

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 所変わって、ここは団長室。

 事情を求められたアシュタハはダイデン共々、団長の転移魔法でここに連れて来られ、歓迎されぬ雰囲気もあって心底震え上がっていた。
 エリート魔術師とはいえ、所詮アシュタハは魔術師団の一団員。上司には頭が上がらないのだ。

「ライデン・ラルコンスィは我が国七大騎士の一人、先の戦争では英雄。隣国に囚われ、返還を求めたが奴隷に堕としたとの返答で、国の諜報機関でも、その行方を掴めずにいた。それを、なぜ、アシュタハ、お前が――――!」

「おひえぇ、僕だって知らなかったのですよう。購入した奴隷が、まさか七大騎士のライデン様だったとはぁ~驚きですよねー」

「嘘つけ! お前のことだから、知っていて買ったのだろう!」

 頭ごなしに怒られた。
 これは団長が視野狭量の人だからではない。アシュタハの日ごろの態度が物を言った瞬間だった。

 三番隊隊長の肩書があるだけあって、一応は優秀な部類であるアシュタハなのだが、時折にドジっ子を発揮し、長い物には巻かれるタイプで、目先の欲にも正直なヘタレなのが実態だ。
 その為に、度々の失敗をやらかすことを、団長はよく知っていた。
 今のところ致命的な失敗――邪悪な教団と癒着するだとか、隣国の密偵になるだとかの大事には至っていないけれど、ちょっとした袖の下や賄賂には尻尾を振る傾向にあるのは、否めない。

 事実、今回の件でも奴隷商に鼻薬を嗅がされていた。
 更に、訳ありな奴隷ダイデンを従え、のこのこと出勤していた。
 王城に勤める者たちの出勤通路だもの、高名なライデン・ラルコンスィを知る目撃者など、多数いるに決まっている。
 それぐらい思い至れ莫迦もんが――と、リーレイ・スリン団長はアシュタハの迂闊さを絶望的に思うわけで。

「いやぁぁ、本当に、本当に、知りませんでしたですぅぅ!!」

 妙な敬語で拒否するしか能がないアシュタハ。
 言い訳ぐらい用意しておけと、これまたリーレイ団長の頭を悩ませる。

「知らないと言うのなら、だったら、さっきの気まずげな反応は何だ? 知っていたからこその反応だろう? お前はライデン・ラルコンスィだと知り得た上で、奴隷として購入した。故郷《くに》の英雄をだ。知った時点で報告すべき案件だったろうが」

 奴隷購入した時点で連絡を入れていれば、昨日の内に対処でき、且つ、今朝のお披露目出勤も止められたのにと、三度みたびリーレイ団長を懊悩させるアシュタハであった。

「うううぅ……」

 こうなったらもう、団長の言葉には唸るしかない考え無しなアシュタハ。
 彼は奴隷購入時に読んだ奴隷約款から、この奴隷には何か秘密があると思ったからこそ、賄賂で奴隷説明書を懐に入れたのだ。
 団長の推察通り、確信犯である。
 ダイデンことライデン・ラルコンスィの奴隷来歴の項目には、はっきりと書かれていた。

 メガッロホーケ王国騎士団所属、七大騎士『雷射らいしゃ虹蜺こうげい』と――――。

 先の隣国との戦争で捕虜になったと噂の騎士の尊称だった。
 この二つ名を、アシュタハは、よく知っていた。幼い頃から、新聞や街頭の広告板を賑わせていたものだったからだ。

 それは憧れや羨望に近い憧憬だった。

 魔術師の家系に生まれたアシュタハは、当然の如く魔術師になる為に、毎日を魔法の訓練に費やしていた。
 魔術師は基本、騎士とタッグを組む。戦において、遠距離攻撃を得意とする魔術師の補佐には、騎士の前衛での攻防戦法が必要だからだ。
 魔術師に先駆けて攻撃し、魔術師の身も守ってくれる騎士。その騎士の中でも七大騎士に数えられる者は、数々の武闘大会や戦場で活躍し、栄誉を授けられた強き者たちである。

 大きくなって国に所属する魔術師になったら、そんな強い騎士たちとも知り合える。
 特に『雷射の虹蜺』は、容姿も体つきもアシュタハの好みド真ん中だった。

 十歳くらいのアシュタハは涎を垂らしながら思った。
 いつか、あの素敵な胸筋に顔を埋めたい――――と。

 まあ、昨晩、それが叶ったわけだが。
 夢見心地でライデンの名を口走ったような気もするが、幸せだから問題なしだった。

 いや、問題大ありだった。アシュタハの幸せな脳みそに反してだが。

「アシュタハ・ナクト、懲罰を命じる。一週間、魔力枯渇の刑だ」

「いやあああ魔力枯渇とか鬼畜ですよ団長鬼畜団長鬼畜鬼畜ぅだんちょーの意地悪うぅぅっ!!」

 懲罰なのに刑とつくところが、この罰の怖いところだ。
 魔力が減れば、その分だけ体が疼く体質である魔術師なアシュタハには、魔力が枯渇する事態ほど恐ろしいものはない。
 それは枯渇と言うだけに、渇くような発情の熱による苦痛と、それを我慢し続けるという肉体的にも精神的にも忍耐を必要とする罰だった。
 それを一週間だ。勿論、アシュタハには長時間を耐え続けるほどの、不屈の精神はない。
 お気楽快楽に流されがち、むしろ流されまくりの彼にとって、この懲罰は刑と表して差し支えない厳しい罰なのだ。

「意地悪ではない。もし、このことが軍務伯の子飼い共――懲罰委員に知られてみろ。魔力枯渇に加え、減給・降格・罰金あたりも科せられることだろう。今回のことは今ここで、私の一存で留めてやる。温情だ。意地悪だと嘆く前に感謝しろ。有難がれ。ひれ伏して地面に頭でも擦りつけていろ!」

「うええん団長がキビシィィ」

 恥も外聞もかなぐり捨てて泣き叫ぶアシュタハを見て、ダイデンは可哀相だと思った。奴隷の自分を購入したばかりに懲罰を受けるなんて、理不尽だとも。

「ちょっといいか」

 これまで、奴隷という身分だからこそ発言を控えていたけれど、アシュタハのためにも黙ってはいられなかった。

「ご主人様の罰を軽くしてくれないか? 出来なければ、俺も一緒に罰を受けたい」

「ふぁ?! ライデン様――――いや、ダイデン?!」

 アシュタハの瞳が輝いた。尊敬するライデン様が庇ってくれた気持ちが先走ったが、奴隷とご主人様な関係を思い出して、何とかダイデンを呼び直したけれど、心はときめきライデン様わっしょい祭り状態である。
 彼は、うるうるの瞳のまま手を組み、祈りのポーズで団長へと期待の視線を送る。望むは「減刑する」というお言葉のみである。
 しかし無情にも、その言葉は発せられない。むしろ「それは無理だ」と一蹴される。

「どうして?」と、ライデン様がお尋ねになられるその御声が麗しいと、能天気なアシュタハの脳内では憧れがやまない、とまらない、はてしないの、ないない三拍子が揃い踏みしていた。
 この時から既に、アシュタハから見た団長は鬼畜な鬼団長に、ダイデンは素晴らしく煌めく神の申し子かムキムキ天使に見えていた。随分と気持ちの悪いフィルターが掛かったものだ。
 そんなお幸せ脳内ハッピーアシュタハを余所に、団長の鬼畜発言は続く。

「アシュタハのゴミクズ馬鹿野郎の珍事は私の権限で判断できるが、」
「え、ゴミクズとか酷くない? 人の尊厳踏み躙ってない?」
「黙っとけ。茶々入れるな。考え無しの脳みそ空っぽ野郎め」
「ぴえええぇ」

 思った以上に罵られて、アシュタハは再び涙目になった。

「まったくもう……アシュタハは本当にどうでもいい。魔術師だから私の裁量で、どうとでもなる。ただ、懲罰委員が目障りだから先に処罰したまでだ。減刑は有り得ない。もし軍務伯に手ぬるいと突かれても、私が表に出ればこれで妥当だと押し通すことが出来るんだ。絶対に減刑しないからな。
 ……だがなあ、貴殿のことは、騎士ライデン・ラルコンスィのことは管轄外だ。騎士団長に相談する暇も無かった。きっともう、上層部には知られてしまっているだろう」

 隣国で奴隷をしている内は大丈夫だったのだ。戦後処理のゴタつきもあって、運よく知られることは無かった。
 しかし、何の因果かメガッロホーケ王国に流れ着き、アシュタハに買われてしまった今、戦犯を求めていた上層部の目は誤魔化せない。
 これからは、格好の餌食にされてしまうだろうと、リーレイ団長は言う。

 戦犯――――戦争犯罪者。

 戦中は見逃されていた殺人などの非人道的行為も、戦争が終われば犯罪だ。
 前線での指揮官や捕虜虐待を行った者は、『下級戦犯』で無期懲役となっていた。
 軍務の高官である総督・参謀・将軍あたりは、『上級戦犯』として既に裁かれている。絞首刑だ。

 七大騎士ライデン・ラルコンスィは高官ではないけれど、武勇を馳せていた。戦争でも武勲を上げ、多くの民に名を知られている。
 そんな人物を上級戦犯で裁いたらどうなるか――――。

 国の上層部からしたら、己の首に代わる、良い代替品だろう。
 本来なら己が処されるところを、英雄ライデン・ラルコンスィを身代わりに、罪を逃れた高官は何名もいる。
 そういう奴らにとって、ライデンの首は是が非でも欲しいのだ。

 たとえ、英雄を慕い信望する者たちが反対しようとも。
 たとえ、弱き民草たちが助命を嘆願し、英雄の死を嘆こうとも。

 戦時中の象徴ともいえる英雄を殺すことで、戦争を本当の意味で終わらせるのだと声高に叫ぶ者たちにとって、七大騎士といえど、ただの一騎士の命など安いと思われていた。

「あんな奴ら、ただの老害だ。己の命欲しさに、若者の命を投げ捨てる、強欲爺たちの思惑に乗ることなんてない。貴殿のことは、貴殿のことを良く知る者たちと協力して匿うから、安心して欲しい」
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