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本編

買い物しようと街まで出かけたら

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ある日のこと、ノエリオ・ピノは買い物に出掛けた。

店員仲間内で一番年下で下っ端である彼は、よく買い出し当番を引き受ける。別に当番制ではないけれど、一番年上の黒猫スカイはサボり癖があるし、一つ年上の水色兎ウィルは店長の傍を離れたがらない。
必然と、買い物の必要な時はノエリオが名乗り出て、「じゃあ、これとこれとこれ買ってきて下さい」と店長テオからお金とメモ用紙を渡されるのだ。

今日もメモ用紙に書かれたおつかいメモに目を通しながら、近所のマーケットへと向かって歩いていた。

彼が買い物を引き受ける理由、実はもう一つある。
それは、行方不明になった、じー様の捜索である。
じー様とは、ノエリオ・ピノの祖父のことだ。ピンクうさぬいのことではない。
ノエリオは幼い頃から祖父に懐いていた。ノエリオという名は両親から贈られた名前だが、ピノという名前は、じー様が名付けた。

ノエリオ・ピノ。両方が大事な名前なのだ。

じー様は突如、行方不明になった。
ピンクうさぬい一つだけ残して、行方不明中なのだ。

苔庭のイタチ亭がある街メルクマールに来る前、ノエリオは祖父と一緒に暮らしていた。祖父に預けられたのはもう何年も前。ノエリオが幼い時で、ノエリオ自身もいつのことだったか、あまり覚えていない。

祖父の下で、色々なことを教わった。祖父は教師だったのだ。勤めていた学校にノエリオも通っていた。
人間優勢で大きな街。上流階級も通うような学校だったから、ノエリオは白兎の獣人だというだけで、やっかみを受けていた。学校に、いい思い出はない。

いつものように学校へ行こうとしていた時だった。じー様が居ないのに気がつき、学校に登校しても教師としての祖父は居なくて、戻った家のテーブル上には、ピンク色のうさぎぬいぐるみだけが残されていた。

途方に暮れていたところを、苔庭のイタチ亭の店長テオに引き取られた。じー様に頼まれたとテオは言っていた。ノエリオは疑いもせずついてきた。うさぎのぬいぐるみを胸に抱えて…。

そのことが良かったのか悪かったのか────今の生活は楽しくて満足だけれど、けれどやっぱ、じー様いないのは悲しい。

じー様がいないことを店長テオに訊いても、はぐらかされるばかりで、訊いてはいけないことだと思って、なかなか突っ込んで訊くことができないでいる。代わりに冒険者ギルドや市場など、人の集まるところで情報収集することにした。

幸い『苔庭のイタチ亭』は冒険者ギルド併設の居酒屋だ。たくさんの冒険者がやってくる。市場へのおつかいも任されている。ノエリオは、藁にも縋る思いで祖父の情報を求め続けていた。

マーケットで必要な買い物をする。大きなものは頼まれなかった為、持参の布バックに全部収納できた。
おつかいをやり遂げ、意気揚々と凱旋する前に市場での噂を集める。

こういうところで耳を澄まして聞き込むということは、白兎なだけに長い耳を澄ませば自ずと聞けるというそんな便利なことはない。垂れ耳白兎であるノエリオの耳は、獣人に進化した時点で退化してるといえよう。だから捜索の役になんて立たない。

しかしノエリオには魔法が使えた。魔法を使える者にとっては【音を集める魔法】くらい、お茶の子さいさいで使えるのである。

魔法を使い、周辺の音を聞き込む。
ただ漠然と聞き込むだけでは雑音が混じって人間の声だけ聴くというのは難しい。魔法の精度を調節し、微妙な魔導コントロールで周囲の噂話を長い白兎耳に聞き入れた。

あそこの野菜が美味しいだの、明日は鮮魚が仕入れできそうだの、テオが喜びそうな情報もあったが、「さっき怖い人相の獣人を見た」「黒い服着た人間たちが徒党を組んでいた」といった不審人物目撃情報が多かった。

「怖い人相の獣人かあ…」

じー様は、どっちかというと愛らしい白兎だ。ノエリオと一緒で垂れ耳。怖い顔じゃない。

怖い顔と表現されるような獣人ならば、きっと獣顔を保ったままの獣人のことだろう。獣人はノエリオみたいに耳と尻尾だけ出した人型の者と、顔全体が獣顔で獣型の者と二通り居る。時には体全体も獣毛に覆われた完全獣姿の獣人もいるが、それは別格。
体は人なのに顔だけ獣顔というのは、人間から見たら怖い存在だろう。ノエリオだって怖いと思う。
目撃された怖い人相の獣人に会いませんようにと思いながら、路地を曲がった。と同時に、

「わぷっ」

何かにぶつかった。

「お? なんかこまいもんに当たったのである」
「隊長それセクハラですよ」
「なんでセクハラだ。おい、大丈夫かチビ助。生きてるかチビ助。我輩の38枚目の始末書の為にも生きるのである」

顔面を誰かの腹にぶつけたノエリオは鼻を抑えつつ顔を上げる。目の前の人物は大層でかい人物で、首を反らなければ顔すら窺えない。そして見上げた矢先、「ひいい」獰猛に光る野生の瞳と目が合って悲鳴を上げた。

「一般人を怯えさせた罪で38枚目確定ですね隊長」
「やっぱり38枚目か…いや、まだセーフである。しょんべん漏らしてない」
「我慢強い子で良かったですねセクハラ隊長」
「いやだからこれセクハラ違うからなモタツキくん」
「俺の名前はモチヅキですよパワハラ隊長」
「パワハラんなった! グレードアップである!」

ぶつかって捕食されそうな威圧により恐怖したノエリオだったが、相手方のコミカルな漫才を聞いていたら恐れは緩和された。
相手は猛禽類の獣人。怖いと思った金目は意外と大きくて愛嬌があるし、先がカーブした鋭いくちばしは真っ黒でヤバイくらい尖っているけど、まあそれもご愛敬で。
黒斑な鳥の羽毛に覆われた顔面を見るに、ぶつかった相手が鳥類なのは分かるけれど種族までは分からない。

それよりモチヅキと聞こえなかっただろうか? ノエリオにとって、その名前は聞き覚えがあった。声も、知ってる声だった。そちらを見やれば、黒髪で、容姿がお上品に整った人間の男性。ああやっぱり。学校の同級生だ。

「ん?」と、あちらもノエリオに気づく。何か言われる前に「失礼したんだぞー!」と言い放ってから回れ右する。しかし即行で首根っこ掴まれたというのは比喩で襟首を掴まれた。「うえっ」となって足が止まる。

「待て待てチビ助。痛いとこないか? 貴殿に何かあったらいかんのである。自己申告したまえ」

ないないないない。痛いとこないんだぞとノエリオは懸命に首を振ったが、襟首を放してもらえる気配もまったくもって無かった。首締まって痛いし。ぶつかった時より、こっちの方がよっぽど痛い。現在進行形で息が詰まっていく。

「隊長、その白兎、放してやってください息できてないです。あとそいつ、知り合いです」
「知り合いとな? ならばモタツキくんの身内ってことで丸め込んでくれるわ。ごめんなさい!」

やっと首を放してもらったノエリオ。なぜか猛禽類から勢いよく謝られたノエリオ。首を摩りながら、「ふぇぇ、よくわかんねえけど、いいんだぞ気にすんな俺もう行く。じゃ!」と一気にまくし立ててお別れしようとした。

「待てノエリオ、怪我は本当にないのか?」

お別れできない。怪我の心配されては振り向かずにはいられなかった。
直ぐ傍に同級生が来る。相変わらずスラリとした背丈で、さらっとした黒髪。黒いロングコートをスタイリッシュに着こなす美丈夫がそこにいた。

「大丈夫だぞ」
「君の大丈夫は大丈夫じゃないことが多い。触るぞ。いいか?」

わざわざ確認してまで触診しようとしてくる同級生モチヅキに、ノエリオが逆らえるわけがない。首に触れられ、頬、鼻、おでこまで手で触れられた。更に髪まで触られる。ノエリオの前髪、一部分だけ色が違って緑色なのだが、そこを払い除け垂れた兎耳にも触れたのに、意味はあるのだろうか。

「鼻が少し低くなったんじゃないか?」

揶揄い口調で笑われる。モチヅキはいつもこうだった。他の同級生たちに絡まれ、小突かれていたノエリオを心配する風でもなく、ただ面白そうに笑うだけ。ノエリオに興味があるのか無いのか今一判断がつかないやつだった。

ノエリオは「むっ」としたが押し黙る。ここで言い返しても、また面白半分で笑われるだけだと知っているからだ。

「うん、よし。怪我は無いな。だが、うちの隊長が迷惑かけた。苦情は警邏隊の詰め所に入れてくれ」
「警邏隊って…あそこで働いてんのか? あれって最近できたやつじゃあ…」

治安が悪化したとかで、メルクマール含む領を治める領主様が新設した部隊のはずだ。

「ああ。最近のだな。俺もメルクマールに来たばかりだ。何か困ったことあれば一報しろよ。喧嘩してるやつがいるとか、でかくて粗野な猛禽類に襲われたとかで」
「待ってモチヅキくん、その猛禽類に我輩が入ってない? 上司である我輩のこと、入ってなあい?」
「いやだな隊長、猛禽類なんてその辺にごろごろいますよ」
「そんな、ごろごろいないのである。我輩は希少種クマタカだし」
「希少種なら希少種らしく隊長職を全うしてくださいよ」
「してるよ?! 頑張ってるであるよ?! 頑張ってる我輩を少しくらい敬ったらどうであるかなモタツキくんは!」

また、やいのやいのと遣り合い始めた二人は種族を越えた友達のようで、微笑ましいとノエリオは思った。
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