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BLしているのを見たい編

18.BLが私を呼んでいる

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 マリエのにらみ通り、ハシュオさんには冒険者の恋人がいるみたい。

 午前のクエストを終えた人たちで、どっと食堂内が賑わっている昼飯時。あちこち動き回って働くハシュオさんにセクハラする親父がおりました。
 女の子ならまだしもハシュオさんは成人男性。尻なでられたくらいで乙女のように震えてるわけないのだけど、体は強張ってしまっているようで見ていて可哀相でした。
 そこでまあ、睨み効かす目付き鋭い拳士がいるなあとは思っておったのです。

 セクハラおじさん宙を舞う。

 おじさんにとって、「や、今日も可愛い尻してんな!」なんて、挨拶代わりだと思うんですけどね。でもその挨拶がセクハラで、された方はたまったもんじゃない。
 彼氏さんの眉間に皺が寄って額に青筋が浮きまくる。まるで富士山だね。

 セクハラおじさんキリキリ舞いに空中を飛び、天井に突き刺さった。

 え、あの拳ヤバくね?

「ハシュオの尻は俺のもんだ」

 決め台詞もヤバイ。

 普通の食堂だったら喧嘩沙汰でお巡りサーン案件なんだけど、ここは冒険者の溜まり場食堂。その名も『矛盾食堂』です。
 けっこう不条理なところ。

「いいぞいいぞもっとやれ!」「飛ばせー!」「ヒャッハー!」という野次に溢れた世紀末の様相の中、「ばかー!お客さんに何してんだよー!」というハシュオさんの常識的な声が響きます。

 けっこう大きい声出せるんですねハシュオさん。シャイな人なのかと思ってたけど、彼氏の暴走でそれどころじゃないのかも。

 私は起きていく事象を、あきれて見てるだけでしたが、マリエは、いいネタみつけた!とばかりに今の出来事をメモ用紙に書き殴ってるし、ヤルシュカはデザイン画を一心不乱に描いてるし、バルボラとデニサもイベントに着ていく服の話に夢中です。

 マイペースだな腐女子たちよ。

 ここで本邦初公開。
 冒険者パーティ『腐女子ぃず(聖樹たん命名)』の腐女子スペック。

 魔女マリエ→物書き。同人誌出版、スペース申し込みを担当。BL臭嗅ぎ別けるその鼻は野犬のよう。

 精霊使いヤルシュカ→絵師。デザイン画、挿絵担当。華やかでフリフリの服が好みみたいだよ。

 武闘家デニサ→針子。縫製担当。コス服作る腕はプロ並み。料理といい、女子力高い。

 剣士バルボラ→レイヤー。モデル担当。スタイルが良いのでデニサが作った服を片っ端から着こなす。

 以上DESU。

 その道のプロへ就職してもおかしくないハイスペックな彼女たちなのに、なんで冒険者してんだろうね。謎。

 昼食の後、布買いに行くという腐女子たちに同行した。
 冒険者なのに今日はクエストしないのか聞いたら、昨日の冒険で次の同人活動資金を確保したこれからが勝負だ!と力強くいわれた。それはもう力強く。

 勝負というのは追い込みのことです。同人活動されてる良い子の腐女子の皆さんならわかりますね。
 既にサーチケが手元にある時点で察してはいましたが、同人誌即売会の開催はもう来月なのですって。
 え、マリエそれやばくないですか原稿は間に合いますか? 布買ってる場合じゃなくて原稿せな!

「今回の原稿はもう仕上がって印刷に出してますよ。ただ、昨日からリアルBLネタが目の前で繰り広げられてるものですから、どうにも執筆欲が治まらなくて…………あ、もう一冊コピー本出せという聖樹さまのお導きですかね?!」

 マリエ、きらきらお目々で聖樹たんの所為にするのやめてくれなさい。
 コピー本の概念あるんですね。正しくは複製魔法で、一冊の手作り綴じ本を複製するやり方らしいですが。
 これは印刷したものと違って、いつか消えてしまうので直ぐ読まないといけないらしいです。手元に残しておけない一期一会の儚い本だとか。

「マリエのコピー本はすごいのよぉ。一番古いやつで、かれこれ三年は手元にあるわぁ」

 それは三年以上前から腐女子だったということですか。マリエ十代っぽいんだけど……。
 複製魔法と保存魔法だけ血反吐はくまで練習して精度高めたんだって。
 ヤベエ奴ですマリエ。

「ええっ、ヤルシュカまだアレ、持ってるの?!捨ててよお」
「嫌よぉ。初めて作ったコピー本でしょ。思い出深いじゃなぁい。消えるまでずっと持っててやるわぁ」

 あー私の友達の同人作家もマリエと同じこと言ってましたね。そして私はヤルシュカと同じような台詞で返してました。

『往生するまでずっと持っててやりますよ』と。

 懐かしいなあ。海帆浬みほりちゃん長生きしたかなあ。私が自宅介護を受けてた時、遊びに来てくれてたくらいだから、元気に長生きしてそう。

 布屋さんに着きました。所狭しと布布布。天井からもディスプレイ感覚で布布布。カラフルなのから地味なものまで、色々とありますね。
 この国の主な布地は麻と綿。化学繊維はないけど、モンスターの素材を織り込んだり魔法を駆使して、綺麗な布地が揃ってます。

 枝芽カメラ伸ばして拝見します。にょーき~~~。
 私の枝芽は【真贋芽】っていうらしい。カッケエ名前だ。中二くさい。これ使って真贋を見極めてやるですよ。
 思うんですが、せめて布の前に説明書きのポップでも置いといてくれよ。不親切だなあ。この国での売り方は物積んでホイだからな。
 サークルスペースで同人誌売るヲタクたちの細やかさを参考にして欲しいわ。

 そんなわけで【真贋芽】を使って布の特徴を読んでみる。

『キットラル綿100%:一反100G』『合綿50% シルクスパイダー糸50%:一反50G』『合綿80% ジュエリークロウラー糸20%:一反80G』

 ほうほう。綿の中でも、キットラル綿てのが高級でお値段も高い。合綿は安い。でも、そこにモンスター素材が加わると~あら不思議。高級綿に匹敵するくらいの美しい光沢ある布へと変化するのに値段は抑えれるというミラクルが発生してますね。

「聖樹さまにはぁ、これと、これと、これと、これと、これとぉ・・・」

 て、なにを目一杯買い込んでますかヤルシュカ。

「ヤルシュカ、あんまり高級な素材だと針通せないのもあるよ」

 ほらほら、デニサの言う通りですよ。『呪われしデンプタンの毛皮』なんて、針が通りませんよ。むしろ呪われてますから。
 なんでそんなの売ってんだ?

「針が通らないのは知ってるわぁ。呪いの所為だってね。でもでもぉ、前から欲しかったのよぉ。今なら聖樹さまパワーできっと大丈夫よぅ」

 何を根拠に言ってますかヤルシュカ。確かに普通に手で持ってお会計に出してますけども。
 え、ヤルシュカまじ?まじで平気?

 お店の人、「これは飾り用だったのですが……」と血の気引いた顔でお会計してます。
 え、でも、売っちゃうんだ?

「呪い防止ケースから取り出せる上に呪いをものともしない御方なら安心してお任せできます」とか言ってるけど、その顔面は蒼白ですよ店の人。あ、オーナーさんでしたか。すまないねえ。うちの圧の強いヤルシュカがほんとすまないねえ。

「いい買い物したわぁ」

 ほくほく笑顔ヤルシュカ。おまけにレース布やリボンを貰ったりで余計ほくほく顔に。
 これらの布で、いったいどんな服ができあがることやら……?!

 *

 再び『矛盾食堂』。晩ご飯を食べに来たよ。

 ハシュオさんにディナーおまかせしてみた。出てきたのはシチューとパン。
 もっかい表記しますよ。シチューです。
 オーソドックスで普遍的な組み合わせですが、これが変わってた。

 まずシチュー。ボアブルっていう猪と牛のハイブリッドなモンスターの肉をマリネ漬けにした後、じっくりことこと煮込んだスープでございます。これが大きなパンをくり抜いて作られた器に盛られて出てきました。
 絶対インスタ映えする一品。

 さて、パンが器になってるのになぜまたパンが付くのか(の部分です)気になった腐女子のあなた、正解。

 見た目、白い塊なんですよこのパン。食べるとモチモチしててグルテンの結合力が満点ってかんじ。なんでこんな食感なのかというと、このパンは茹でてあるそうです。
 茹でパンというとベーグル想像しますよね。この国では丸じゃなくて長細い棒のパンを茹でて糸で切ったのをメインに添えるんだそうで。
 プレーンは味薄いからシチューと一緒に。ベーコンやチーズが混ざってる茹でパンもある。

 すごいのはデザートにまで、茹でパンに果物が包まれて出てきたことだ。大福みた~い。
 この国はパン天国かあ~て、あ、そうそう、王室のふわふわパンは、北の峠の境にある小さな国から貰ったものだったんだってさ。さすが王室。贅沢な食事用パンでした。

 庶民は茹でパン食べますよー。うまいですよー。ぱくぱく。

 賑やかな矛盾食堂。昼間の騒ぎは騒ぎで盛り上がったけど、ただ普通に食事してるだけで、そこかしこの冒険野郎たちが大きな声でしゃべってるもんだから騒々しい。
 静かに食事というマナーは、ここにはない。

 しかし、そんな喧噪の中から聖樹たんイヤーはBL会話をキャッチできた。
 どういうことかというと、ハシュオさんとその恋人の拳士の会話を盗み聞いたのだ。枝芽カメラの優秀なとこは音も拾えるとこです。これちょっと自慢。

「え、聖樹って?」
「この国の真ん中に生えてんだ。ハシュオ、知らなかったのか?」
「う、うん……。ねえ、その聖樹ってそういう御神木なの?」
「前まではそんなことなかったけどなあ。まあ、最近の噂じゃ、そういうこった。ハシュオ、俺たちなら条件ピッタリだろ?」
「そうだけど……だからって、何もその……外でやらなくても…………」

 ごにょごにょ尻窄んでしまったハシュオさんの言葉。
 これはあれか。あれですね。私の前でまぐわう案件とみた。
 ひぃぃやっほおおぅううううう

「考えといてくれ。報酬条件もいいんだ。わざわざ特級神官とかいうやつが、ここの本部まで宣伝に来てるんだぞ。詐欺クエストじゃないのは保証できる」

 なんとモリエスにゃん今来てますのん?
 もりもり食べ終えてから、私は急いでモリエスにゃんを探すため立ち上がった。

「どした聖樹さま?」
「バルボラ、私を呼んでる。BLが私を呼んでいる。出かけてきま!!」
「え?」
「消えたァァーーッ」
「聖樹さまぁぁんん」

「え、聖樹?」

 消えてないですよう。シュッと根っこに潜っただけなのに、デニサとヤルシュカが大袈裟に驚くもんだから、ハシュオさんが私たちのテーブルに注目しちゃったじゃないですか。
 まあ、その頃には私もういませんけどねー。

 ひゅるひゅる~~と根っこ移動してモリエスにゃんを探しますですよ!
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