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眼鏡で覗いた俺の嫁
俺の嫁は警護対象
しおりを挟むテグウェン伯爵の無茶ぶりは本気だった。
俺は間もなく『王徒騎士隊』に入隊させられていた。伯爵の根回しパネェ。
『王徒騎士隊』というのは『王の使徒の騎士隊』の意である。
現女王に仕え、女王の手となり剣を操り、女王の目となり情報を集める簡単でない大変な、お仕事である。
女王の信頼がないと務めれないし、何より有用なスキルと才能が無ければこなせない責任ある立場だ。
そんな国内最高峰の組織に鶴の一声でいきなり入隊させられた、俺。
任命式は緊張し過ぎて儀式の順番なんぞ覚えちゃいない。
重苦しい典礼用軍服を着て、言われた通りに振る舞うだけで精一杯だ。
式が終わった後、先に入隊していた従兄のアンドリューに声をかけられた。
「あっちでミーハー女子がキャーキャーしてたぜえ」
嬉しくない情報だ。
迂回して行こう。
「そのトラウマ、まだ治らねえのかよ」
「治すなんて無理だ」
『感情読心』を持っているアンドリューには、俺が女性恐怖症だってことがバレていた。無論、その理由も。
「騎士隊には女もいるぞ。任務によっちゃ、一緒に行動することもある」
「……その時は触らないよう気をつけるさ」
今から憂鬱ではあるが。
「うっおーい新人、こっち来いやー」
隊長のギャロック・タイスタンに呼ばれる。
呼ばれた先には十人ぐらい勢揃いしていた。
全員、王徒騎士隊の隊員だろうか。
「今、顔合わせできるのはこんだけだ。他の連中は任務中だったり、非正規隊員だったり、あと顔合わせしたくねえって奴らな」
どうやら俺のスキル『感情読心』は隊の仲間内に周知されているようだ。
顔を合わせるだけで考えていることが漏れるんだ。抵抗できればいいが、自信ないやつや魔力が少ないやつは俺を避ける傾向にある。
ちらっと隣の従兄アンドリューを横目に見る。
こいつも『感情読心』を持っている。
「アンディお前、隊員から嫌われてるんだな。顔も見たくねえってよ」
「おいおい~今の話は、お前と顔合わせたくねえって連中の話だろが」
「それじゃあまるで俺が嫌われ者みたいじゃないか」
「俺も一緒だから心配すんな」
「お前いいやつだなアンディ」
「俺はいつでもいいやつさトニー」
二人で軽口叩き合ってたら場が和んだみたいだ。
何人かから笑い声が聞こえて、その中には女性隊員たちもいる。
おっと、あの辺には近寄らないようにしておこう。
「お前らの仲が良好だってのは分かった。取り敢えず自己紹介をしてくれ」
ギャロック隊長に促されて挨拶をした。
その場にいる全員の顔と名前を覚え握手をする。
けれど女性隊員には触れないよう握手を拒否したら、ホモ説が流れた。なんでだ。
騎士団に所属する普通の騎士とは違い、王徒騎士隊は各所からの引き抜きで構成されているメンバーだと、新人研修真っ最中の俺はギャロック隊長から説明される。
隊長が自ら教えてくれるなんて、ここは暇なところなのかと思いきや、隊員は其々に本職を持っており、それと同時に王徒騎士隊の任務を遂行するのが通常業務だという。だから本来ならばクソ忙しい上にクソキツいと。
しかしクソだなんて下品な言葉、俺が言ったわけではない。お下品隊長の言である。
隊長だけは隊長が本職なので、メンバーたちの世話や繋ぎ役、新人指導が隊長の主な仕事らしい。もちろん有事の際の指揮役と。
クソ忙しい上にクソキツい……。
それは実際にやってみて痛感したことである。
俺の本職は神職のままだ。日々のおつとめの間に司祭補佐をして自身の神学研究をして、そこに騎士訓練が加わった。
騎士として学んだことはこれまでに一切無いから、体力づくりが一番しんどい。
ギャロック隊長からは「一年でものにしてやる」と気合を入れて指導されている。隊長、目が本気。
隊長、未知の洞窟で野営訓練とか、する必要ある?
ひたすら魔獣を屠る作業は、けっこうしんどいんだけど。
隊長、魔族の親玉っぽいあれに特攻とか意味ある?
死ぬよマジで。何回か彼岸が見えた。
「蘇生してやるから遠慮すんな。どんとこい」とか魔族の親玉が言っている。アイツ俺を殺す気満々だぜ。
隊長、隊長と二人きりの強化合宿で、ますます俺のホモ説流れたんだけど、俺の名誉に謝ってくんない? 嫌だよこんな顎髭もっさり隊長とのホモカプ説とか!
心身ともに疲れ果てて王都に帰って来た俺には、更なる追い打ちが待っていた。
「リッツが行方不明……?」
ユニコに呼び出された伯爵邸。
家督を継いだユニコはテグウェン伯爵と呼ぶべきとこだが、そこは同輩のよしみ、これまで通りユニコと呼んでいる。
ユニコが言うにはリッツ・グレンコが行方不明だということ。
グレンコの家は貴族相手に商売をしている。
『献余屋』といって、献上品や贈答・進物の余りを買い取って再販するニッチな商売である。誰も手を出していなかった隙間産業で成功したグレンコの親父さんは、王都でも成り上がりの有名人だった。
王侯貴族にコネを持つ大商人であり成金。左団扇だろうに驕れることもなく、誠実な人柄だったという。
そのグレンコの親父さんが一家ごと惨殺された。
リッツだけは行方不明だ。
どういうことだろうか――――。
事件の経緯を、執務机に腕を置き資料を読み上げるようにして、ユニコの父親である前伯爵が教えてくれる。
「グレンコが襲われたのは二週間前。家に強盗が押し入り一家は使用人も含め惨殺された。その中にリッツだけが居なかったのは……彼は、そのひと月前から既に行方不明だったからだ。グレンコは息子を助けてくれと王徒騎士隊にも協力要請していた。勝手に行方をくらます息子じゃない。きっと攫われたんだと訴えていた。勿論直ぐにこっちでも動いたが犯人を特定できなかった。相手は特殊な技能をもつ集団で組織立って動いている可能性がある。『探査』のスキルを持つ隊員でも追えなかったんだ。個人の犯行ではない。あらゆる手段で調べているが、未だにリッツの行方が追えない。時間も経ってしまった。
……我々の力が及ばす、グレンコ一家が犠牲になったのは大変遺憾なことだ」
「ロナン卿……」
俺は元伯爵を御名前で呼んだ。
今はもう家督をユニコに譲り伯爵じゃないので、そうお呼びしているのだ。
「グレンコの親父さんは、どうして殺害されたのですか? それに、なぜ親父さんだけじゃなくて、一家が皆殺しの憂き目に遭わなければいけなかったのでしょう……?」
俺の質問にロナン卿は眉を顰めた。それは俺が失言したからではなく、ただ、語るには少々、心に負担があったからだと察する。
それでもロナン卿は悔しそうな表情のまま、再度あらましを語ってくれた。
「グレンコは『個人スキル名簿』を持っていた。これは偶然手に入れたものだ。彼は献余屋だ。王侯貴族たちが贈答品を送り合ったり、献上品に余り物が出ればそれを安価で仕入れる。その過程でグレンコの屋敷に運び込まれてしまったんだろうよ。どこかの誰かが認めた『個人スキル名簿』が、何かの品物に挟まれて……」
個人スキルは洗礼の時に顕現するスキルである。どんなスキルがその赤子に現れたかは、立ち会った家族にしか知らされない。その場では。
後に親族や友人へのお披露目にスキルを披露したり、入学や就職の時、集団生活においての弊害を少なくするために個人スキルを明かすことがある。
その時にスキル名簿なんて作ることはしない。
そう、わざわざ個人スキルの名簿を作るやつなんて、何か悪いこと企んでいるやつに決まっているのだ。
しかも、その名簿をうっかり品物に紛れ込ませて売ってしまったということだ。
間抜けな悪がいたものだ。
そんな、意図しない偶然の、とばっちりのようなものでグレンコの親父さんは息子を人質にされたという。
「名簿を返せ。名簿と息子を交換だ」と、脅されていたようだが、親父さんにしたら「名簿って何のことだ?」になる。
実際、探したが名簿は出てこなかったらしい。
品物に挟まれて混じってしまったんじゃないか。それか別の誰かがまたどこかに持ち出したか。それとも初めからそんなもの無かったのか……。
どれにしろ、すべて憶測である。
そして犯人からしたら、親父さんの態度は煮え切らないものにうつったらしい。
一家惨殺はやり過ぎだが。結果、そうなってしまった。
あやふやな話で右往左往させられた上で殺される。
本当に気の毒な話である。
俺、ユニコの顔がまともに見れない。
あんなに、リッツとラブラブバカップルだったユニコのことだ。
行方不明だと知れた時から、懸命に捜索を続けていたのだろう。
心なしかやつれているぞユニコ。
ただでさえ軟弱な体型してんのに、更に細くなってどうするユニコ。
「君にこの事件のことを教えたのは、事件に絡んで、うちの娘が直接に狙われる可能性が高くなったからだ」
え、マリヨニーナが……?!
ロナン卿の発言にハッとする。聞き捨てならん。どうしてマリヨニーナが狙われることに繋がるんだ。
「マリヨニーナは生まれた時から、とある組織に狙われている。俺たち家族への脅迫状も、この12年でたっぷり受け取っている」
「その組織ってのは、まさか────」
リッツを攫い、グレンコ一家を惨殺した組織と同じ、ということだろうか。
一家惨殺した手口を思い出してゾッとする。この伯爵家も同じ目に遭うかもしれないということだ。そしてマリヨニーナも……。
マリヨニーナを狙う組織というのは、彼女自身を欲しているわけじゃない。彼女の個人スキル『魔改造』を手に入れたいだけなのだという。
確かに『魔改造』はすごい。彼女が触れた魔法機械は、たとえ壊れていても命を吹き込まれたかのように動き出し、更なるバージョンアップを果たす。
マリヨニーナが気まぐれに触れた魔法機械は現代の魔法技術の進化に繋がっている。
俺が今持っている手の平サイズの魔通信機だってそうだ。
この魔通信機は王徒騎士隊隊員に配られている連絡用通信機で、離れた相手と会話ができ、文章を送れたりと何かと便利なビジネスアイテムである。
約十年前にも存在したものだが、その頃は手の平どころか肩に掛けて持ち歩く鞄のような巨大な代物だったらしく、それにマリヨニーナが気軽に触れたことで『魔改造』され、今のお手軽携帯サイズになったとか。
他にも食べ物を冷やして保存できる魔冷器、逆に保温しておく魔温器、更にこの二つを合体させた魔保冷温器というのまで作り出してしまったそうな。
冷えた食べ物を一瞬で温め、冷やしたい飲み物を一瞬で冷やす。一台で二度おいしい画期的な魔法器具だと称賛されている。
魔法器具というのは、魔法が使えない人、または魔法は使えても魔力が少ない人を、生活の上で補助する器具のことである。
一般庶民の殆どはこういった器具を必要としているので、この分野が進化・進歩することは文明の飛躍にも繋がるが、悪人にとってはまさに金のなる木。
そんな『魔改造』のスキルを手に入れるにはマリヨニーナの生死は問わないという。
伯爵家に届く脅迫文がそれを物語っていた。
最初はスキルの有用性を説き協力を仰ぐ文面だった。だが『洗脳』を生業とする組織からの勧誘だと見抜いた伯爵は当然それを断った。
それでも届く手紙を丁寧にも断り続けていたら、いつしか、「娘を攫うぞ」と脅され、遂には「殺すぞ」という脅迫文に変わっていったらしい。
どうも敵対組織は『洗脳』の他にも、死人からでもスキルを抜き出せる何らかの手立てを持っているらしいこと。殺人に罪の意識がないこと。犯行を重ねても逃げ果せる狡猾さなどから、犯罪を隠匿できる上の立場の人間が関与していることは明らかなので、王徒騎士隊を上げて捜査しているのだという。
そして組織にスキル情報を流しているやつがいるということも、忘れてはならない。裏切り者か、或いは元より組織の一員でスパイ活動をしている者か……。
「目ぼしい犯人は何人かいる。どいつこいつも一癖あるやつらだから、検挙は難しいがな。下っ端でもいいから尻尾出さないかと見張ってるところだ。そこから上層連中を引っ張りたい。
……アンソニーよ。お前には、うちの秘書になってもらう。ユニコの専属秘書になって、娘を蔭ながら守って欲しい」
というロナン卿のお言葉というか命令だな。女王の勅命サイン入り証書まで貰ったから、逃れることは出来ない。
「任務了解です」と無難に返答する。
その後、ずっと黙って俯きがちな親友――ユニコの方を見た。
視線に気づいたユニコが、やっと顔を正面に向けて、俺と視線を合わす。
「マリヨニーナは警護対象だ。生まれてからずっと、この屋敷から出したことがない。でも、お前が傍に居れば妹を、もう少し自由にしてあげれるかもしれない」
(何処に居るんだリッツ……。俺だってお前を探しに行きたい。待ってるだけなんてもう嫌だ)
ユニコの声は掠れていた。
実の妹を心配する現実の声と、恋人を求める心の声。
どちらも悲哀じみていている。
「わかった」
俺はユニコに向けて頷き、彼が現実には発することが出来ない心の声も、大切にしてやろうと思った。
マリヨニーナは俺の嫁だ。絶対に守る。これは大前提として。
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