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王子、気づいたよ

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 気づいた。気づいちゃったよ。
 私ってばTS転生してるよ。

 今世、私の名前はヒュミエール・ド・メッソン・トリマッカローニ。
 なんと、一国の王子様。
 王子という肩書からして男よね。当たり前よ。当たり前のように成長した私の胸は平たく尻は硬い。ど厚い胸胸、引き締まった大殿筋、ご立派ですわ殿下。
 そして当然ながら下に棒と双球が合体した物体Xがあるわけで。
 前世では、とんとお目に掛かったことのない人体の付属パーツに、産まれたて最初の頃は唖然としたよね。

 確かこういうの、TS転生と称するやつだわ。
 私の前世の俄か知識によると、前世は女で今世は男として転生すると、TS転生っていうちょっと特殊な転生になるはず。
 俄かだから、なぜそんな単語になるのかなどの発祥は知らないけれど。
 前世では、空き時間や就業後の移動時間に小説投稿サイトの無料小説を片っ端から読んでいたから、それで知っただけね。

 前世――――。

 私は、とある議員の事務所に勤める事務員だった。普段の仕事は公設秘書さんの補助程度だったけれど、選挙期間になると途端に忙しくなり、帰宅が深夜になることもしばしば。早朝出勤でミーティング、普段の倍以上の事務と雑用にお客様への対応。どこのぞの社長や会長、役員に先生と呼ばれる人たちを出迎え、気の張る会話を一日中しなければならない。
 この時期になると上司の秘書さんも飛び回るほど忙殺され事務所にも居てくれないし細かい指示もされないので、私が事務所内をまとめる立場となる。
 はっきり言って若いだけが取り柄の小娘が偉そうに他人へと指図するのは難しい。それでも協力を取り付け、なんとか形にしていく。

 選挙日を迎え、当確が出た途端、ほっとする。
 万歳三唱、ダルマも完成してマスコミのインタビューが殺到。
 周りは賑わしかったけれど、当確の安堵からか事務員も秘書さんも臨時スタッフの皆さんも気を抜いていた。
 哀しいことに警備の人もだ。

 パンパンパアアンンと破裂する音に、最後はもっと大きな爆発音。

 気づけば議員の姿は背広のガードマンに隠され、周囲で上がる悲鳴と血飛沫。いや、あれは炎?
 理解する間もなく、私は崩れ落ちた。
 何がどうなったのかは知り得ない。
 最後の爆音が遠く聞こえた後、私の意識も闇に沈んだから――――。

 死んだわ。絶対死んだよね。完膚無きまでの爆殺。ご愁傷さまでした前世の私。
 こんにちは今世の私。

「あぶ、あ、ぅーあー」
「はい殿下。濡れちゃいましたか。おしめ変えますね」

 おしめ変えるのに股間をおっぴろげられ、足を持ってグイッと上げられてしまうと、見えるわけよ。
 物体Xがね。
 男に生まれ変わったなあと実感するこの瞬間、無になる。仏陀の如き無の境地に佇み、下の世話をしていただくわけ。
 そう、私は赤ちゃん。まだゼロ歳児なのよ。
 なまじっか、前世の記憶があるから、何もできない赤ん坊の自分が、つらたん……。

 手足をわさわさ動かしてみるけど、できて寝返りまで。まだ這い出してもいない小さな体躯。
 うつ伏せ寝して起きたところで、はい、伸び~~。伏臥上体そらし~~。手足も突っ張ったところで、少し視線が上がる。
 キョロキョロ辺りを見回す。
 ここはベビーベッド。広いな。右側には格子、左側にはゴリラ。

 ん? ゴリラ?

「ホッ、ゥホ、ホゥゥ」

 やんだぁ、ゴリラいるよ。ゴリラの赤ちゃん。黒い毛もじゃの、私と同じくらいの体格のゴリラ(♀)が一緒に寝転んでいる。
 雌だってわかったのは頭にリボンが付いているから。赤ベースに白水玉模様のリボンとか、どこかのミニーちゃんみたい。

「あら、ゴリンダはウンチッチね。沢山したわねえ」

 ギャアアァァ! 臭いいいい! 隣で糞こくなし!!
 同ベッド内で糞便爆弾をくらった私はゴロゴロ転がる。即、格子に背中がぶつかり、止まるけど。
 うんこゴリラから逃れたくて辺り構わず蹴っ飛ばした。

「あらあら、殿下がご乱心ですわ」
「ふふふ、ヒューったら元気ね」
「はっ、王妃殿下」
「気にしないでちょうだい。そのままゴリンダを見てあげて」

 柔らかな声。お母さんかな?
 隣のゴリラは乳母だと思われる人に抱き上げられた。うんこの臭いから遠ざかる。助かった。

「ヒュー、活発なのは良いことだけれど、女の子には優しくね。ゴリンダがびっくりしてしまうわ」

 私の癇癪を窘める声。その声は愛情に溢れていて、優しい。もっと聴きたくなる。

「だぁぅ、まァー、まま、あえ、ぎょいア!」
(訳:だってさ、聞いてよママ。隣人ゴリラなんだよ!)

「母がわかるの? 上手に母を呼べるわね」
「殿下は時折、喃語をお喋りになりますよ。まるで、こちらの会話を理解して、相槌することも御座います」
「賢い子ね。さすが私の子だわ」

 おおっと母上、自画自賛だ。まあ、実の母に気味悪がられるよりは良いけど。
 オーホホホと高笑いを扇で隠しつつ退出してしまった、母上。

 ……私を抱き上げたりせんのかい?

 しないのでしょうね。王妃って呼ばれていたしな。
 私は殿下だってさ。王族ってやつなのでしょう。
 えらい高い身分に生まれ変わってしまったよ。ティンコ生えただけでも動揺しているのに、更に圧し掛かってくる「我はプリンス問題」に戦慄するわ。

 そして「隣はゴリラ問題」ときた。

 毛深い。毛深いぞ、ゴリンダとやら。
 お尻を綺麗に拭かれたゴリンダは、再び私の横に寝かされた。下半身すっきりして寝てしまったゴリラ。毛、毛が、ゴリンダ毛が私の鼻をくすぐる。

「え、えっ、えっくちょっっ」

 くしゃみが出てしまったがな。

「あら大変。青っ洟が垂れておりますわ。お鼻を、おかみになりますか?」

 柔らかな布が鼻に当たる。これ、高級シルクだね。前世、鼻セレブ並のしっとり布が顔面に。
 お鼻チーンですか。できますよ。遠慮なく、鼻汁ビームを放った。腹筋に力を込めて鼻から空気砲ですわ。

「やっぱり理解しておいでですわね」

 あ、しまった。普通の赤ちゃんなら鼻チーンは無理か。

 前世、職場の事務所には子連れの客が多くて、何度か赤ちゃんのお世話をしたことがある。独身なのに、彼氏すらいないのにと嘆きつつも、赤ちゃんは可愛い。それなりに構った。
 赤ちゃんというのはフリーダムな生き物で、鼻を拭いてあげても嫌がって逃げる子の方が多かったように思う。大人しく拭かれるのは稀有な子という認識。
 実際、「お鼻チーンしてね」って声を掛けて、勢いよく鼻ビームかますような赤ちゃんは……いないな。ゼロ歳児の知能で理解できるわけがないもんな。

「殿下はきっと、賢王に御成りあそばすわね」

 上品に微笑む乳母さん。こげ茶髪と碧眼の、若そうな女性だ。
 お腹減ったと泣けば、惜しみなく見事なおっぷぁいをさらして乳を与えてくれる。
 多分、ゴリンダのお母さんなのだけど、私の世話もしてくれて、平等に慈しんでくれる素敵な乳母さんだ。

 こうして私は、人間がゴリラを産むという不条理をさらっと受け入れ、ゴリラと共に育つ環境にもいつしか馴染んで、隣はゴリラ問題も棚上げにし、爆睡するのだった。


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