女伯イゾルデ

川上桃園

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第14話

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 ひき逃げ事故から三ヶ月。
 骨折やその他の怪我が無事完治した女は、大学の講義中に居眠りをしていた。

 事故以降、女は突然眠気に襲われ、ぼんやりとすることがある。
 詳しい検査もしてもらったが、何度調べてもらっても健康体で、原因はわからないと言われた。
 
「事故に遭った時に頭を打ったことが、なにか影響しているかもしれない。頭のことになるから、違和感を覚えたらすぐに病院に来るように」と女は医者から言われている。

 
 療養中は眠気を感じても、実際に眠ってしまうことはなかったが、今日は久しぶりの講義で、講義内容を理解できず、眠気に誘われるまま眠りに落ちていた。

 
 女は夢を見る。

 友人たちと大学構内を歩き、雑談をしている。
「来週の大型連休に旅行へ行こう」と、隣を歩く彼女が言う。
 何人か、こちらをチラチラと見てきた。
 こちらに気を使っているようだ。
「まだ本調子じゃないし、わたしは遠慮しとくね」
 そう友人たちに伝える。 
 
 
 体を揺すられ、女は目を覚ました。
 講義はすでに終わっており、教室から学生が続々と退出している。
 その中で眠り続ける女を、友人が心配し起こしてくれたようだ。
 少し眠ったおかげで女の意識は、はっきりとしているが、頭に締め付けられるような痛みを少し感じた。
 
 女を起こした友人が、心配そうな表情を浮かべた。

「大丈夫? 保険センターまで付き添おうか?」
「……少し眠かっただけだから大丈夫よ。起こしてくれて助かったわ。ありがとうね」
「それならいいけど……他のみんなは先に食堂に行って、席を取ってくれてるから、食べれそうなら一緒に行こう」

 さっき出たばっかりだから、すぐに追いつくだろうけど、と彼女は女の荷物をさり気なく持ち、女を先導した。
 友人の気遣いに感謝し、彼女と共に食堂に向かうと、教室を出てすぐに他の友人たち五人に追いついた。

 どうやら会話が盛り上がり、歩みが遅くなっているようだ。
 
「これじゃあ、先に行ってもらった意味がないじゃないの」
 
 女の荷物を持った彼女が、隣でぶつくさと小声で愚痴をこぼす。
 女はその愚痴が聞こえなかった振りをして、そのまま集団に合流した。

 七人になった集団で食堂へ向かう。
 女は集団の一番後ろを歩き、隣には荷物を持ってくれている彼女が歩いていた。

(夢で見た光景と似ている……似てるけど、少し違う?)

 夢で見た友人たちとは、何人か顔ぶれが違っていた。

(違っているけど、夢で見たのはみんな知り合いだったし、夢なんてそんなものね)

 痛みの引かない頭を、なでるように押さえる。
 すると、前を歩いている友人が振り向いた。

「来週のゴールデンウィークに、みんなで旅行とかどうかな?」

 さっきもこの話で盛り上がってたんだよ、と楽しげに話してきた。

 女の頭に強い痛みが走る。
 夢と現実の差異、似ているのに確かに違う。
 その世界のズレが、女の中で歪みになり、痛みに変わっていく。
 
 女は思わず顔をしかめた。
 その反応に友人たちに緊張が走る。
 一瞬、沈黙が空間を支配した。
 
 すぐに女は自身の失態に気づく。

「ごめんなさい、まだ本調子ではないみたいなの。みんなは楽しんできてね」 

 だから私達のことは気にしなくていいわと、つけ入る隙もなく言い切る。

 その後、気まずげな友人たちと一緒に昼食を済ませた。
 
 そして、頭の痛みを診てもらうため、午後の講義を自主休校にし、女は病院へ向かった。


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