【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園

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第10話

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 飛竜便は、人だけでなく郵便をも迅速に運ぶ。時には、「人」よりも早く届く。
 ダンカン長官は、パレッラ商会のオリヴァーからの速達を自宅で受け取った。本来なら出勤日に当たるのだが、彼が遅刻しようが、出勤しまいが、とやかく言う者は誰もいない。家族は王都から離れるのを嫌がったため、彼ひとりで住む家だ。
 パレッラ商会とは、王都にいたころから付き合いがあった。

『例の件について、コーデリアという女が訪ねてきました。官吏のようです』
『ばれたのではないでしょうか?』
『至急、確認を願います』

 手紙の概要はおおよそそのような文面であった。

――コーデリア?

 聞いてすぐには思い出せなかったが、『例の件』の支払審査を行っている担当の名だったと思い当たる。地味でかわいげのなさそうな女であった。
 手紙の筆跡からはやや取り乱している様子も見受けられたが、どうしたものか。
 彼はためいきをつきながら返信をしたためた。

『訪ねてきたから何だ。地方の官吏は馬鹿ばかりだよ。その女が気づくわけがない』
『おおかた、王都の業者が珍しくて物見遊山に行ったんじゃないか? 適当にあしらっておけばよい』
『それよりも早く今月分の送金をしてくれ。金が足りない』

 手紙はふたたび飛竜便に託された。
 どちらにしろ、金の催促をするつもりだったからちょうどよいとダンカンは考えた。
 今や人生で唯一残った楽しみは、大金を賭けた遊戯であった。王都での出世レースに敗れたことも忘れられる。
 飛び立つ飛竜を見上げる彼の胸元には、女の横顔が彫られた黒いカメオが輝いていた。
 

 
 手紙の書きだしは「拝啓 クローヴィス様」となっていた。

『今、どのような気持ちで筆をとっていいものか、迷っています。しかし、私のほうから申し上げられるとするならば、これまでのご厚意への感謝と、「おめでとうございます」というお祝いの言葉になります。
 思えば、私たちの縁はコンラッドの死からでした。葬儀に現れた貴方様に『コンラッドが死んだのはあなたのせいだ』と私が怒り、弔いの花を投げつけたのがはじまりだったのです。当時の私はまだ幼く、世間も知りませんでした。貴方様が抱えていた背景にも察することもできず、心のままに貴方様を責め立ててしまった。本当にごめんなさい。
 貴方様も内心では思うところがあったでしょうが、それでも私への援助を惜しまず行ってくださいました。だからこそ、私は学院を卒業でき、今の生活を得られたのです。
 さらに月に一度、貴方様はコンラッドの墓を訪れてくださいました。大事な友だった、とコンラッドとの思い出話をしてくださった。その時間にどれだけ慰められていたことか。
 コンラッドと私は同じ両親の元で生まれても、年齢が離れているため、一緒に過ごした時間も短かったのです。私の知らないコンラッドを語ってくれるのが何よりの楽しみでした。
 もう十分、貴方様はコンラッドの上司としての責任を果たしてくださいました。私ももう、独り立ちしておりますし、学費もすべてお返しできております。
 クローヴィス様の思う幸せを掴んでください。
 毎月、コンラッドの墓参りに来る必要もなく、私をお訪ねになる必要もございません。
 どうか末永くお元気でいてください。遠くから貴方様の幸せを心より願っています。
 さようなら」

 手紙の末尾には「敬具 コーデリア」と書いてある。
 自室の机ですべて読み終えたクローヴィスは、「どうしてだ」と声の震えを押さえられないまま、正面に立つ男に尋ねた。

「どうして、この手紙が、私に必要のないものだと思った? これはたしかに私宛と書いてあっただろう。ならば、私へ渡すのが筋ではないか?」
「ジョン、旦那様からの質問だ、答えなさい」

 クローヴィスの斜め後ろに立つ執事も、厳しい顔つきで促した。

「そ、それはっ……」

 主人と執事のふたりに見据えられたジョンは視線を彷徨わせた。
 冷血宰相として知られる男と、彼を長年支えて来た男である。ジョンは蛇に睨まれた蛙であった。

「ガプル公爵令嬢のためです。あの手紙を見たらご令嬢は悲しむでしょう。すべてはウォルシンガム家のためでした」
「ほう。ガプル公爵令嬢とウォルシンガム家双方のためと」
「は、はい……!」
「『すべてはウォルシンガム家』と言いつつ、『ガプル公爵令嬢のため』とも言う。……矛盾しているな?」

 ジョンは慌てて言いなおした。

「どちらのためでもありました!」
「そうか。……それは忠義なことだな?」
「はい……!」
「ならば忠義な使用人にひとつ問おう。私の好きな食べ物は?」
「は?」
「答えなさい」

 執事が口を挟む。

「自らが旦那様に代わって判断するのならばこれぐらいできて当然だ」
「ス、ステーキでしょうか」
「違うな、牛肉を煮込んだスープだ」

 クローヴィスはすぐさま否定した。

「ジョン、私の好きな色、好きな趣味、交際関係や、懸案事項……すべてよどみなく答えられるか?」

 その場に立ち尽くしたジョンはやがて「……いいえ」と力なく答えた。
 沈黙していた執事が、口を開く。

「長くお仕えしている私でさえ、だれかのすべてを知った気にならないように戒めている。そのおごりが、時として取り返しのつかないことになると知っているからだ」
「ですが、私はよかれと……!」
「よかれと思って、か?」

 クローヴィスの口元が歪む。
 「あなたのためだ」と手前勝手に言い出す連中を山のように見て来た彼にとって、それは聞き捨てならないものだった。

「この期に及んで、まだ察せられないのか、ジョン。おまえのしたことは、主の意に反している」

 ジョンの目が見開かれ、執事を一瞥した。年老いた執事は視線を伏せている。

「私が手紙の存在を知らなければ、この手紙はだれにも読まれることもなく捨てられていた。手紙が燃やされる前に、たまたまそこにいるカーソンの目に留まったからよかったものの、この手紙を知らないままだったら、私は一生涯後悔しただろう。それほど大事なものを、おまえはだれにも相談せず、勝手な判断で捨てようとしたのだ」
「それだけではない」

 執事は静かに付け加えた。

「おまえは一昨日、コーデリアと名乗る女性を追い返したそうだな。あの時は記者もたむろしていたから、誤って追い返すのは百歩譲って理解したとしても、手荒い真似をする必要はどこにあった? ガプル公爵令嬢にかっこつけたかったのか?」

 ジョンは真っ赤な顔をして黙り込む。

「旦那様はお優しいからまだこうした詰問で済んでいる。おまえは旦那様を愚弄し、悲しませた。私個人としてはおまえが憎くてしかたがない……」
「そんな……そんな、大した女には思えませんがね!」

 唐突に、ジョンは叫んだ。

「あんなみじめな風体をした女、旦那様にはふさわしくありません!」

 はっ、とした顔をした執事は主人の顔色を伺った。
 クローヴィスの顔はあくまで落ち着いていた。うっすらと笑みすら湛えているように見えた者もいただろう。

「みじめだと? どこがだ? あの子は、早くに両親や兄を亡くして天涯孤独になりながらも、必死に勉学に励み、学院を首席で卒業した上で、難関の試験を突破し、官吏になった。仕事の成績も極めて優秀と言える。さらに昨年の魔獣騒動の件でも管轄外でありながら人命救助や避難誘導に尽力したとして、国王から金冠勲章も授与されている」

 金冠勲章は、毎年十人程度しか授与されない極めて大きな功績を残した者に国王から贈られる勲章だ。非常に名誉なことは間違いない。

「私はコーデリアをずっと見守ってきた。あの子は強く、優しく、かわいらしい。愛すべき人だ。決して、おまえに軽んじられるような女性ではない!」
「ひいっ!」

 クローヴィスに睨まれたジョンは頭を抱えてがたがたと震える。

「……旦那様」
「わかった」

 クローヴィスが頷けば、執事は部屋からジョンを追い出した。
 ジョンの処分は後日、また考えなくてはならないだろう。
 自室の窓から下を見下ろせば、囲われた柵の中から翠玉が彼を見上げていた。宝石のような緑がきらめいた。
 翠玉も、今日は少し落ち着きを取り戻している様子だった。

――翠玉が騒ぎ出した時刻と、コーデリアが尋ねてきた時刻は一致していた。

 コンラッドの相棒でもあった飛竜は、妹のコーデリアにもよく懐いていた。毎月、彼女を訪ねる時に使っているのも、この翠玉である。
 「彼女」もまた、コーデリアの訪問を必死になって訴えていたのだった。
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