車椅子の僕、失声症の君

未来 馨

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第二章

「会話」

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「良、おはよう」
 心地良い夢の中にいた良は、兄の悠の声で現実に引き戻された。
「朝だぞ」
 ブラザーコンプレックスの疑いがある。
 良は、弟を愛おしそうに見て笑う悠にそんなことを思った。
「膝立てるよ」
「首の下に手入れるからね」
 そんなことを言いながら、悠は慣れた動作で良の体を起こす。
「はい、熱測ってね」
 良は、幼い頃からあまり体が丈夫ではなかった。そのためか、医者である父親の秀から毎朝熱を測るよう言われた。
 ピピピ、という音が鳴り、体温を見る。
「六度五分」
 悠に告げると、悠は「了解」と言って良から体温計をもらい、近くのナイトテーブルに置く。
 その後、悠にも手伝ってもらいながら制服に着替え、リビングに入る。
 良の部屋はリビングのすぐ横で、二階へと通じる階段からも近い。良としてはすごく助かる配置だった。リビングはキッチンと繋がっており、キッチンからはリビングが、リビングからはキッチンが見える形になっている。
「おはよう、すぐご飯になるからね」
 母親の早智子は既に朝食を作り終え、四人がけのテーブルに置いた白い皿に作った料理を盛り付けていく。
「おはよう」
 一番遅れてきたのは、秀だった。
 朝食中、早智子が突然話し始める。
「そう言えば、ねぇ良?入学してすぐに宿泊研修なんでしょ?」
 そう、桜陽高校は入学して三週間で"クラスメイト達の親睦を深める"という理由で少し遠くの宿泊施設へ三泊四日の研修に行く。
「うん、確か今日からもう話し合いがあったはず」
 良が説明すると、悠は少し寂しそうな表情で言う。
「三泊四日だろ?寂しいなぁ~」
 半泣き状態の兄の言葉に呆れながら、良は食事を続けた。

 八時。良はまだ校舎内が静かな時間に登校した。生徒達が来る時間は玄関も校舎内も人で溢れ、車椅子での移動が大変なのだ。
 理由はそれだけではない。
「おはようございます」
 引き戸を開け、入ったのは保健室だった。良の挨拶に、養護教諭である緒方 京介おがた きょうすけが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう、良君。あ、そこに車椅子止めていいよ」
 緒方がテーブルを指さす。
 緒方はカーテンで仕切られたベッドへと向かうと、カーテンを開けて中に向かって声をかける。
「柊真君、八時になったよ。起きれそう?」
 "柊真"という名前に、良はピタリと動きを止めた。
 少しして、寝起き状態の柊真が出てきた。
「……」
 お互いに固まる。良がなにも言えずにいると、柊真は人懐っこい笑みで良を見て、隣の席に座る。
 良は緊張してしまい、辺りをキョロキョロと見渡すしかなかった。
 すると、柊真が突然肩を軽く叩いてくる。
「え?」
 良が見ると、柊真はメモ帳を一枚ちぎって渡す。
 "おはよう"
「…あ…お、おはよう。寝てたの?」
 良の問いに、柊真は苦笑して頷いた。
「柊真君は、ご両親の出勤時間が早くてね、低体温症で朝が辛いから、早くに登校してここで寝るってことにしたんだよ」
 緒方の説明に良は頷き、柊真を見る。
 "良って呼んでもいい?"
 いつの間にか次の会話に進んでいて、良は少し戸惑ったあと、それでも頷いた。
「えっと…柊真で、いい?」
 良も問うと、柊真は嬉しそうに笑って頷いた。

「えー、今日のこの時間は三週間にある宿泊研修についての話をします。資料を渡していくから、後ろに回して」
 良は回ってきた五枚一組の資料をパラパラと捲り、一通り目を通す。
「今日は、四日間の流れと場所等の説明をしたいと思います」
 浅間が説明をする中、ふと視線を横に向けると、柊真と目が合う。
 柊真が可笑しそうに笑い、つられて笑った。しかし、自分の笑顔が引きつっていることに、自分で気がついてもいた。

第二章 終
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