車椅子の僕、失声症の君

未来 馨

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第一章

「新しい春」

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 "神様は乗り越えられない試練は与えない"と言うけれど、乗り越えられない試練だって、神様は与える―。

 桜が満開に咲いた四月。
 今日は市立桜陽おうよう高等学校の入学式だ。
 今年十六歳になる小野寺 良おのでら りょうも家族と共に校舎前に来ていた。
「凄いなぁこの桜」
 良の四つ歳上の兄、ゆうは校舎の隣にある大きな桜の木を見上げ、感動の声を上げる。
「確かに。綺麗だな…良もこっちに来て見てごらん」
 父親のしゅうに呼ばれ、良は少し迷ったあと渋々車椅子を走らせる。
「……」
 木の下まで来て見上げるが、堂々たる桜の木は、良の不安を和らげてはくれなかった。
 良には入学に対する不安しかない。
「良、大丈夫?」
 俯いていた良を心配してか、母親の早智子さちこが肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。
 母親は純粋に心配して言ってくれているのだろうが、それさえも今の良には受け入れ難い。
 "大丈夫か"と問われれば、大抵の人は"大丈夫"だと言うしかないだろう。
「うん、大丈夫…」
 なるべく心配させないようにと笑顔を作るが、上手くいかなかった。

 校舎一階の生徒玄関まで来ると、良は先に体育館へと向かう家族と別れ、静かに待っていた。
「小野寺 良君」
 俯いていた良の耳に聞き慣れた声が入ってくる。
「おはようございます」
 良のクラスの担任となる浅間 孝介あさま こうすけだ。まだ若い教師だが、良の不安を少しでも減らしたいと入学式の前に何度も話し合いの機会を設けてくれた。
 おかげで校内の構造はしっかりと頭の中に入った。この学校には珍しくエレベーターがあるらしく、良もそれには助けられている。
「これから、一度荷物を教室に置いて保健室で待っていてもらおうと思っています。それでもいいかな」
 優しく笑って言う浅間に、良は素直に頷いた。

「あの、先生」
 車椅子を走らせ、浅間の隣に着いていく良が不意に問う。
「保健室、ホントに使ってもいいんですか?俺、具合が悪い訳でもないのに…」
 良の問いに、浅間は優しい表情のまま答える。
「もちろんだよ。保健室ってゆうのはね、具合が悪い生徒だけのためにあるんじゃないんだよ。良君も、なにかあったら保健室に行ってみるといいよ」
 浅間の説明に良は内心ほっとした。家族以外の人と接することが良はあまり得意ではなかったからだ。

 入学式も無事終わり、新入生は全員で教室に入ってくる。
 浅間は入学式に来た新入生の家族の対応で少し遅れるらしい。
「……ハァ……」
 車椅子である良はもちろん周囲の注目を集めた。良はそれを快く思わなかったが、副担任の教師が何度か話しかけてくれたおかげで精神を安定させることができた。
「……」
 クラスメイト達は、同じ中学の友達と話したり、新しいグループの輪に入って話したりしている。
 良はと言えば、どちらのタイプにも染まることが出来ず、一人廊下側の席で本を読んでいた。
「はい、みんな席に着いて」
 教室に戻ってくるなり浅間が声をかけると、全員が指定された自分の席に着席して浅間が話し始めるのを待つ。
「みんな、入学おめでとう。これから 新しい学校生活が始まります。三年間、よろしくお願いします」
 浅間の挨拶で拍手が起こる。
「これからはみんな、このクラスの生徒です。そこで、みんなに伝えておかなくてはいけないことがあります。良君」
 名前を呼ばれ、反射的に返事をしてしまう。クラスメイト全員の視線が良に集まる。
「小野寺 良君。見てわかる通り、彼は歩くことができません。かと言って、なにもできない訳ではありません。車椅子での移動上、席は常に廊下側の一番後ろで固定します。みんなにどうしろとは言いません。それだけを知っておいてください」
 浅間の説明に、教室は少しザワつく。浅間はこのことをある程度予想していたため、構わずに話を続けた。
「そしてもう一人。とうま君」
 浅間が名前を読んだ瞬間、良の隣の席の男子が立ち上がる。
飛鳥 柊真あすか とうま君です」
 柊真と呼ばれた男子は、黒板の前に立ち、チョークを手に持ったかと思うと、なにかを書き始める。
「……?」
 良はそれを首を傾げて見ていたが、やがて書いてあるものを読み、驚く。
 "僕は、「失声症しっせいしょう」という病気で、声が出せません。"
 教室がより一層ザワつく。
 柊真は少し幼い顔つきで笑って続けた。
 "声が出せないだけで、言葉は通じます。"
 "みんなと話すときは主に筆談です。いつもペンとメモ帳を持っています。"
 "どうか、よろしくお願いします。"
 そこまで書き終えると、柊真は笑顔で頭を下げた。
 入学式は、良にとってあまりにも衝撃的だった。

第一章 終
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