一匹狼と妖精さん

佐香イコ

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一匹狼

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 完全に引かれたと思う。

 水澄が屋上に来て、成り行きで一緒に過ごしたのも想定外だったけれど、まさか「妖精かと思った」なんて言葉が俺の口から出てしまうなんて。
あの後、完全に会話が途切れてしまったし、それこそお互いに気マズくてどんな顔して顔を合わすと言うんだ。
当然、翌日からは水澄が屋上に来ることはない。
当たり前か。
こんなふうにウダウダ考えてしまうなんて、俺らしくもない。
いつもならどうでもいいの一言で片付けられるのに。

 あ、まただ。
放課後、美術室の扉の前で立ち往生している水澄を見かけた。
扉に手を伸ばすも、何かを躊躇って手を引き戻す。
手を握りしめて意を決したようにまた手を伸ばすも、その手が扉を開けることはなく、俯いたまま踵を返して昇降口へと向かっていく。
何度か見かけた光景。
美術部なのか?それならば部屋に入るのに何を躊躇うのだというのか。
アイツの性格的なものなのだろうか、部の中で打ち解けられない…とか。
改めて自覚する。
水澄が俺のことを何も知らないと言ったのと同じように、俺も水澄のことを何も知らないのだ。
 そうしてまた火曜日の昼休みを迎える。
図書室の当番も残すところ今日と来週で終わる。
一学期前半の担当というのも、過ぎてみればあっという間だった。
あとは月に一回、放課後に破損した本の補修をする作業があるくらいだ。
返却分の本を棚に戻し終え、例によってカウンターでこっそりゼリー飲料の封を切った時だった。

「あの…」

水澄が来ていたのか。
小説だか何かの本を手にしている。

「ん。貸し出しだな」
「あ、はい…すみません」

手早く貸し出しの処理をして本を渡す。

「あ、あの…
もしかして、お昼…それだけですか?」
「あ?まーな。
他の曜日担当の奴らは交代で食いに出てるらしいけど、火曜は俺一人だから仕方ねーんだよ」
「そう…ですか」
「ま、今月いっぱいで俺の当番も終わるから、あとちょっとの我慢だな」
「え…?あ、…そうなんですね……」
「?…どうかしたか?」
「あ、い、いえ…えっと、
し、失礼します」

なんだか落ち着かない様子で帰って行ったな、とは思ったが、とにかくこのゼリー飲料をさっさと腹に収めて仕事を終える事に意識を向けた。
 翌日は生憎の雨。
屋上へ行く事もできず、かといって時間を過ごす場所の当てもない。
教室は雑音ばかりで嫌いだ。
イヤホンで耳を塞いで適当に音楽を流す。
例によってコンビニのパンとおにぎりで昼食を済ませて、もて余した時間は参考書なんかをパラパラ捲りながらやり過ごす。
一応は小テストなんかの対策にもなるだろうし。
雨の日の昼休みはいつも以上に長く感じられる。
…そういえば、水澄と過ごした昼休みはあっという間だったような……
 次の日はまた晴れたが、雨の日の後の屋上は所々に水溜まりが残り、陽光が反射して目に眩しい。
無意識に水澄が来たときの事を心配していた。
来るかどうかなんて、確信もないだろうに……
給水塔の影に来てみれば、いい感じに光が遮られいて安堵する。
床も濡れていないので腰を下ろすにも問題ない。
間もなくして当の水澄が現れた。

「え?水澄……」
「あ、国分さん。
…良かった、会えた」
「…?」

パタパタと小走りで俺の隣に来て腰を下ろすと、ガサガサと慌てた手つきでバッグから弁当と、それとは別に小さなタッパーを取り出し蓋を開けた。
中身は卵焼きと唐揚げが詰まっていた。

「あ…あの、これ…良かったら…食べてもらえませんか?」
「え、これを俺に…?」
「あの…国分さん、いつもコンビニのパンとかだけだし、この間はゼリーだけだったし……」
「…心配、したのか?」

俺の言葉にコクコクと頷く水澄は、急にはにかみ出したのか耳まで赤くなりだした。

「も、もしかして僕、余計なことしちゃってます…?」
「そんなことねーよ。ありがとな」
「い…いえ、味の保証は…できないかも、ですが……」

添えられていたプラスチックのフォークで卵焼きを口に運ぶ。
俺の隣で水澄は不安気に俯いていた。

「ん。うまい。」

その言葉に水澄は顔を上げ、安心したように表情を弛めた。

「よ、良かった…」
「水澄が作ったのか?」
「はい、…でもこれしか作れなくて、唐揚げは昨晩に多めに揚げてもらったんです……」

そう言って蓋を開けた水澄の弁当箱にも、同じく卵焼きと唐揚げがおかずの大半を占めていた。



「こういう昼メシ、久々だわ…」
「売店…行ったりとか、しないんですか?」
「あー…売店な、いつも混雑するだろ?
争奪戦みたいな…ああいうの、苦手なんだよな……」
「…確かに。僕なんか、残り物にすらありつけなさそう…」
「言えてる」

 苦笑いで唐揚げを口に運ぶ水澄に苦笑いで返し、俺は視線を逸らせて話し出した。


「俺んとこさぁ…年の離れた弟がいてさ、まだ手もかかるから弁当は断ってるだよな」
「だからお昼はコンビニで……」
「俺の親、俺が小学生の頃に離婚しててさ、今の父親は俺が中二の時に再婚して、その後に弟ができたんだよ。」
「じゃあ、ちょうど幼稚園に入るくらい…ですか?」
「そうだな。今年の4月から行き始めたとこ」
「可愛いでしょうね」
「ん。ちょっと生意気になってきたけどな」

自分の事を話すのは慣れない。
けれど水澄になら話しても良い気がして、更に話を続けた。

「水澄はさ、俺が暴力沙汰で謹慎になったことあるって話、聞いたことあるか?」
「あ…はい、噂程度にですけど……」
「…だよな」
「で…でも、何か事情があったんじゃないかって…
国分さんが無闇に暴力振るうなんて、思えないですし……」
「俺さぁ、図体もデカイし目付きも悪いだろ?」
「…えっと、眼光鋭い感じ?…かな、と…」
「まぁ…水澄はそう言ってくれるけど、実際は睨んだだのガン付けただの言い掛かりとか、あること無いこと吹聴されたりとかも多くてさ。 
あの時も…俺が入学してすぐの時も、昼休みに屋上来たら…たまたま居合わせた三年の奴らにそんな感じで絡まれた上にボコられて
…で、ムカついて一発入れたところで沖本に見付かってこのザマだよ…」
「そんな…国分さん、悪くないのに……」
「まぁ…アイツは何言っても無駄だし、謹慎明けたら明けたで周りからは陰口叩かれるし避けられるし……
だったらいっそ見た目からしてガラ悪けりゃ、誰も寄り付かないし傷付かないかなって。
いつも屋上に来てるのだって、余計な雑音とか聞かなくて済むし。
そんなんだから、一匹狼なんて言われるけどな。
この格好もある意味、防衛本能の結果かもな…」

軽く自嘲気味に目を伏せる。

「そもそもこの顔、前の親父に似たんだよな。
アイツ、仕事ではそこそこの地位にいたんだろうけど、家では酔うと母親に暴力振るうクソ親父でさ。
それが、俺にも及ぶようになって…
『なんだその目は』って殴られんの、テメーに似たんだろうがって感じだよ。
で、さすがに母親も限界きたって感じで結局は離婚したってわけ。」

 さすがに話が重すぎたのか、水澄は言葉を失っていた。

「でもまぁ、その後母親がパートで事務やってたのが今の父親の整備工場でさ。
そこで縁あって再婚して…
今の父親は連れ子の俺のことも大事にしてくれるし、進路も俺がやりたいことをすれば良いって言ってくれてる。
進学したいなら、それも良いって。
実際、勉強は嫌いじゃないし、それも良いかもって思ったりもしたけど…
大路高受けたのも進学の場合に備えてって感じだったし。
でも俺は、できるなら父親の店で働きながら資格取って、早く一人前になりたいんだよな……」

 黙って俺の話を聞いていた水澄には、いつの間にか安堵の表情が戻っていた。
まかさ俺が、こんなふうに自分の事を話す時が来るなんて…
同時に、俺も水澄のことをもっと知りたいと思った。
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