一匹狼と妖精さん

佐香イコ

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模索

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 完全にビビらせてしまった。
まぁそれも、よくあることだ。

 そもそも、スタートラインから怖がられるのがお決まりのパターンなのだから。
それでも返却日とは別で、アイツが俺のいる図書室に来たことが柄にもなく嬉しかった。
結局ビビらせてしまったことには変わりないが……
 放課後。
運悪く生徒指導の沖本に捕まった。
指導と言いながらくどくどと話は長いし、何よりも頭ごなしに俺を否定する。
しかも、担任のことまで否定的な言い方をしやがる。
本当にウザい。
その上、あろうことか沖本とのやり取りをアイツに聞かれたかもしれない。
俺の後から昇降口にやってきた人影は、多分アイツだったと思う。
なんでこんなタイミングなんだよ…

 あれ以来、図書室にも来ない。もちろん屋上にも来ない。
借りてる本の返却日まで用がないから仕方ないだろうし、『来いよ』なんて言ってみたものの、普通に考えて来る奴なんているわけない。
ましてやアイツみたいなタイプの奴が来る可能性なんて、しかも沖本とのやり取りを聞いていたなら尚更来る可能性なんて、限りなくゼロに近い。
そもそもなんでこんなにアイツに拘ってるのか…
そんなことを考えながら、図書室へ向かった。
こんな俺が、サボる事もなくクソ真面目に委員の仕事をしてるなんてと自嘲する。
 貸し出しカウンターに入り、パソコンを立ち上げる。
間もなくして現れたのは、先程考えを馳せていたアイツ本人で思わず面食らった。

「あの、返却お願いします」
「…ん?期限まであと一週間あるけど、もう良いのか?」
「…あ、はい。
…えっと、読んでたら…案外ハマって、それからあっという間に……」
「そっか。で、今日は何も借りねーの?」
「あ、えっと…今日は、参考書を見てみようかと……」
「あー…中間テスト、近いもんな。
あ、参考書は貸し出しできないから勉強終わったら戻しておけよ」
「あ、はい、わかりました」

まさか、この間の事があったのにわざわざ俺のいる火曜に来るとは思わなかった。
アイツが参考書の棚に向かうのを見送りながら、自然と口角が上がる。
 返却分の本を棚に戻しつつ、無意識にアイツの姿を探していた。
そうして勉強コーナーで数学の参考書を広げたまま、頭を抱えている姿が目に入った。

「数学は苦手か?」

俺の声に肩を跳ねさせ、あわあわと狼狽えている。

「その参考書、青は難関大目指す奴向けだから、苦手なら白から手を付けた方がいい」
「え?あ、そ、そうなんですね……全然知らなくて……」
「…ま、頑張れよ」
「は、はい…」

アイツは手元の参考書を閉じ、本棚に向かって行った。
俺も、このまま俺が近くにいては集中できないだろうからと、その場を離れた。
 カウンターに戻り、未返却の確認をしながらこっそりゼリー飲料を口にした。
その後、図書室に訪れたのは数人。
アイツと同じく勉強コーナーを利用していた。
予鈴の鳴る少し前に、アイツは俺にペコリと頭を下げて図書室を出た。
俺もそれに頷いて見送った。
 予鈴と共に他の奴らも退室して行き、俺は室内に誰もいないのを確認してパソコンをシャットダウンし、図書室の鍵を閉める。
鍵を職員室に返して教室に戻る頃にはいつも授業開始ギリギリで、急いで授業の準備をする。
移動教室が無いことがせめてもの救いだった。
 アイツはまた図書室に来るだろうか。
新たに本は借りなかったから、次に来る理由は無い。
テストの勉強のために参考書を見に来る可能性は…少しはある、か。
それにアイツの行動はいつも斜めを行く。
もしやもっと違った形で出くわすやもしれない。
…って、だからなんで俺はアイツに拘ってるんだ?

 中間テストが終わった後、担任との進路面談があった。
俺はいまだにどうするかを決めかねている。
そろそろ文理選択をしなければならない時期だ。
担任の西岡は、そこそこ年配の教師ではあるが、考え方が柔軟で俺の話をじっくり聞いてくれる。
高三の一年間を受け持つのが西岡で本当に良かったと思っている。

「理数系の点数は申し分ないな。
英語をもう少し頑張れば、難関私大も狙えるだろうし」
「大学…かぁ……」
「進学は考えてないのか?
お前の成績なら充分に…」
「それなんスけど、俺、目標とか夢とかないのに、ただ漠然と大学行くってのも違う気がするんスよね」

ちゃんと聞いてくれるからこそ、こちらも自分の本心を話すことができる。
そして、俺の具体性の無い話にも耳を傾け、否定したりせず耳を傾け率直な意見をくれる。

「国分は何かやりたいことがあるのか?」
「俺は…できるだけ早く自立して…
早く母親や義父ちちおやの力になりたい…っていうか……」
「…なら就職…ってことになるのか…?」
「それが一番手っ取り早いかな、とか」
「で、ご両親とは話したのか?」
「親は…俺のやりたいことを優先させろって……
せっかく勉強頑張ってるなら、進学したって良いって。
いろんな可能性があるからって……」
「なるほどなぁ…」
「俺にできることなんて、たかだかしれてるかも…だけど……」
「そんなことは無い。
ご両親の仰る通り、可能性や道はいくらでもある。」
「道、かぁ……」
「ただ…焦らせるつもりはないが、できれば夏休み明けまでには決めたいところだな。
今の成績を維持する前提で、存分に悩み考えて決めても遅くはない。
国分が考えて決めた道であれば、私もしっかりサポートする」
「…ありがとう…ございます」
「…後悔の無いようにな」

 後悔……
どんな道を選んだとしても、それは少なからず付いてくるものだとは思う。
きっと俺の両親も担任も、俺に後悔させたくないから進学を勧めてくるのだろう。
果たしてそれが、俺の糧となるのかは分からない。
もっと早くに義父ちちおやの店で経験を積んでおけばという後悔に変わるかもしれない。
その逆も然り。
ならばもうしばらくは、自分自身と向き合う時間にしたい。
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