一匹狼と妖精さん

佐香イコ

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フラクセン・ゴールド

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「わぁ…キレイ……」



不意打ちだった。
いつだって俺の耳に届くのは嫌な雑音ばかりだったのに。

 こちらに視線を投げ掛け立ち尽くしている声の主の、眼鏡越しの瞳は陽光を映したかのような金色で、振り返った俺は吸い込まれるように目を奪われた。
かち合った視線はほんの数秒。
忽ち我に返ったのか、声の主はしばし目を泳がせたかと思えば、慌てた様子で踵を返して屋上を後にしていった。
 昼休み。
いつものように屋上に来て、いつものようにフェンスに凭れて、どこを眺めるでもなしに街の音を聴いていた。
ここにいれば、無駄な雑音を耳にしなくて済む。
俺がここにいるのを知ってか知らずか、誰もここには来やしない。
来たとしても俺からは離れた場所で、昼メシを済ませば読書やスマホを見たりと、静かに時間を過ごしていく奴がいるくらいだ。
今日たまたまやってきたのはアイツ一人だった。
ネクタイの色からして1年生だとわかる。
見るからに大人しくて陰キャっぽい、所謂ぼっちタイプの奴と見える。
おおよそ昼休みをやり過ごす場所を求めてここに来たんだろう。
そして俺と出会すと、お約束のように目が合っただけでビビって逃げていく。
こんなこと、俺にとっては幾度となくありふれたこととなっていて、何とも思わないはずだった。
ただ、アイツは何を指して『キレイ』と言ったのだろうか。
気にする程の事でもないはずなのに、今日は何故か妙に引っ掛かるような感覚が残った。
きっともう、アイツがここに来ることは無いだろうし、お互い校内で見掛けても、目を合わすことすらなくやり過ごすだろうに。
 予鈴が鳴って溜め息を一つ、先程まで巡らせていた思考を振り払うように髪を掻き上げると、午後からの授業に向かうべく屋上を後にした。

 俺は国分嵐こくぶあらし
大路高校三年生。
髪はシルバーアッシュに染めて、左耳にはピアス、そして着崩した制服。
いかにも不良だヤンキーだ…なんて言われるであろう出で立ちをしているが、真面目な高校生活を送っている。
当然、授業をサボる事もない。
元々勉強は嫌いでは無いし成績も悪くはない。
この高校とて、楽して易々と受かるレベルでは無いだけに、真面目な奴が殆どだ。
そんな中で俺の見た目は間違いなく目立つ。
教師達も、良くは思っていないだろう。
だが、担任からは『お前は本来真面目な奴なんだから、その格好は何とかならんか』と、やんわり指摘される程度だ。

 俺は目付きが悪い。
おおよそ、親父に似たんだろう。
ただそれだけのことのようではあるが、ガキの頃から周りの奴らに怖がられたり、睨んだだのガンつけただのという言いがかりや陰口、更には根も葉もない噂まで立てられたり……
いつもそうだ。
見た目だけで判断されることに、辟易としていた。
そんな矢先のことだった。
 高校入学早々に、偶然屋上に居合わせた上級生の奴らに絡まれた。
『何だその目は』『一年生のくせに生意気』だと…
たかだか数年早く生まれただけで偉そうにしやがって。
別に睨んだ訳でも無ければ、無駄にガンつけたりもしない。
ただ視線を向けただけだったのだが、それを睨んだのだと捉えられてしまったのだ。
こういう状況で、俺に反論の余地など与えられないことくらい、経験上心得ていた。
黙ってその場を離れようとしたが、それも許されなかった。
まさかこの高校で、こんなふうに絡まれる事があるなんて予想もしなかった。
先に手を出した相手の方。
結局、暴力沙汰の騒ぎとなって、相手の奴らも含め謹慎処分を喰らった。
その後、連中に因縁を付けられ絡まれるという事は無かったのが幸いだった。
おおよそ、進路が懸かっているとでも釘を刺されたのだろう。
しかしこの一件以来、俺は周りから完全に避けられるようになった。
 俺に向けられるのは、異物を見るような視線ばかり。
声を掛ける奴なんて誰もいない。
遠巻きにこちらの様子を伺いつつヒソヒソと言葉を交わし合っている。
どこにいたって居心地が悪い。
部活にも入らず、行事等にも参加しなかった。
一日中、誰とも話さずに終える日など少なくない。
むしろ、他人と関わらなければ傷付けないし傷付かない。
ならばいっそ、誰も寄せ付けない存在になってしまう方が楽だと思った。
校則がさほど厳しくないのは好都合だった。
髪も服装も好き勝手になり、今の出で立ちに仕上がった。

 先ほどの屋上での事とて、いつもと変わらないどうでもいい日常の、一分にも満たない一コマに過ぎないはずだった。
 眼鏡越しでもわかる、色素の薄い金色の瞳。
耳に残る『キレイ』と言ったアイツの声。
ふわりとどこかへ消え入ってしまいそうな佇まい……
妙に鮮明で記憶から追い出せない感じがするのは、アイツの印象のせいだろうか。
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