殺人事件の遺族

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殺人事件の遺族

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「はい、私は、あなたに殺された私の家族の最期を知りたいと思い、あなたを探し出しました。どうか思い出し、詳細に教えてくださいませ」

事件は、父、母、兄、妹が暮らす幸せな家の中で行われた。
金銭を奪う目的で行われた殺人だった。犯人と見られる人物はまだ捕まっていない。証拠を残さず行われた完璧な犯行で、犯人捜しは難航すると思われた。実際そうなり、事件から一週間経った今でも、犯人は捕まっていない。
事件の概要はこうだ。
犯人は玄関から入り、居間でテレビを見ていた父(48)を殺害した。その後、夕食を作っていた母(45)をキッチンで殺害。そして、二階へあがり、妹の部屋で兄(18)を殺害。そのあと、金品を盗んだあとは、再び玄関から逃走した。
16歳の妹は、部活動で帰りが遅くなり、犯人と遭遇するのをまぬがれた。
 
「私が知りたいのは、何故、私の兄が、私の部屋で死んでいたのかということなのです。どうか教えてくださいませんでしょうか。教えてくださるまでは、あなたをここから出しませんし、嘘をつけばそのたびに指を切ります」

16歳の妹は、残された現場から犯人の居場所を推理し、ついに潜伏していたホテルを特定した。
学校帰り、制服のまま、事前に調べあげたホテルへ行き、フロントには家出中の家族を連れ戻すと言い、鍵を預かる。アルバイトで雇われて、仕事中にエロ動画を見ていた大学生は、妹の着ている制服が進学校という理由だけで、よく調べもせずに鍵を渡した。
そして、部屋に入った妹は、シャワーを浴びていた犯人を後ろから襲い、気絶している間に拘束し、安っぽい椅子に縛りつけたあと、意識を取り戻した犯人に、家族の最期を教えて欲しいと静かに語りかけた。

「驚いた。あんたみたいな女の子が、よく俺の場所を突き止めることができたね?」
「はい。ちょっとした推理を行ってみまして。あの、それで、教えて欲しいのです。どうして、兄が私の部屋で死んでいたのかを」
「どうせだから、兄だけじゃなくて全員分聞いておきなよ。面白いから」
「教えてくださるのなら」
「普通、家族の最期なんて聞きたいか?どれもこれも悲惨なもんだぜ。あんた、変わったやつだな」

少女は黙っている。黙って、犯人である男(35)を見つめている。
男は身震いした。少女の黒目は、まるで深淵に引き摺り込もうしているようだ。どこまでも、真っ黒で、光が入る余地がない。

「まず、居間でテレビを見ていたあんたの父親を殺したな。あいつはなんだ?俺を見た時、家族を放って真っ先に逃げようとしていたぜ。最低な父親だ」
「驚きはしません。父は、昔からそういう方でありましたから。あの日も私は、父が作った借金を返すために、遅くまでアルバイトを行っておりました」
「報道じゃ、部活動って出てたけど」
「私が働いている場所は、表に出すにはあまりよくない場所でしたので、警察の方がそのようにしたのでしょう」
「ふぅん。それで、父親を灰皿で撲殺したあと、キッチンでカップラーメンにお湯を入れていた母親の首を絞めたぜ。そのあと、小腹が空いて冷蔵庫を見たけど何も入ってなかった。お前たち家族は、毎日カップラーメン生活してたのか?」
「はい、時々はレトルトのカレーの時もあり、3食たべていたので、食事に不自由を感じたことはありません」

少女が皮肉で言っているわけではないことは、すぐに分かった。

「その後は、2階の兄を殺しに行ったんだが。あんたが聞きたいのは、この兄のことなんだっけ?」
「はい、そのために、あなたを探し出しました」
「そのため?俺を警察に突き出すつもりではなくて?」
「警察へ連れて行くつもりはありません」
「ふうん。まあ、それなら話しても良いけど。あんたの兄が一番やばかったぜ。妹の部屋で枕の匂いかぎながら自慰する変態だった。見つけた時は真っ最中で、殺すのは簡単だった」

少女がなんのために兄の最期を知りたかったのかは分からないが、これは、少女にとってどんな絶望だろうか。
男は、目の前の少女が泣き崩れるのを待っていた。そのあとは、優しい言葉でもかけて、慰めたら、犯して殺してしまおう。
だが、その時、光のなかった少女の真っ黒な瞳に、初めて光が宿り、少女は微笑んだ。

「ああ、お兄ちゃん……!やっぱり、やっぱり、私を愛してくれていたのね……!」

少女は恍惚とした表情になり、頬を薔薇色に染めると、踊るようにステップを踏んだ。

「いっつも、ゴミとかブスとか気持ち悪いとか、私に向ける言葉はそればっかり。でも、ああ、良かった。本当は愛してくれていた。私を思いながら、死んでいったのね。お兄ちゃん、私も愛しているわ」
「は……?」
「教えてくれて、ありがとうございました。兄を殺そうと思ってくれて、ありがとうございました。おかげで真実を知ることができました」

男はぶわっと全身から冷や汗がでるのを感じた。こいつは家族を殺されておかしくなったのではない。元からおかしなやつなのだ。
そもそもの話、ただの少女が警察よりも早くこの場所を見つけられるはずがない。一体どんなルートを使って情報を集めたのだろう。
それに、シャワー室で背後を襲われた時、まるで硬いもので全身を一気に殴られたような痛みだった。
だが、少女は手ぶらで現れたし、この部屋にも武器になりそうなものはない。

「お前、一体なんなんだ」

男はいきなり体を壁に打ちつけられた。そして、あのシャワー室でも感じた全身を硬いもので殴られる痛みがまた襲う。

「サイコキネシスってご存知ですか。一握りの天才に与えられた技。全てを見通す頭脳。念力使い。色んな呼び名があります」
「ぐ、ぐ、やめてくれ」
「僭越ながら、私それでして」

壁に向かってぎゅう、と見えない何かに押しつぶされる。あと少しでも力が入れば、ぺしゃんこに潰されてしまいそうだ。

「待て、待て、見逃してくれるんじゃないのか」
「え……?私、そんなこと言いましたか」
「だって、警察には連れて行かないって」
「はい、警察には連れて行きませんよ。あなた、ここで死ぬのですから」

男が生きていたのはその時までだった。
ぺしゃん、という軽い音が響き、すり潰された男の血液が、壁を真っ赤に染める。
少女は全ての痕跡を消すと、フロントにお礼を言って、鍵を返した。
エロ動画を見ていた大学生は、画面を見るのに忙しくて、少女の顔を見ずに鍵を受け取った。




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