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宰相ルーカックの憂い
しおりを挟む宰相のルーカックは、侍従の一報に開いた口を閉じることができなかった。
「華の街アビシアが一夜で半壊……?」
何故そうなったのだ。
火の元は、アビシアで一番儲かっていた春売り屋らしい。確かあそこの女将は欲深くて評判が悪い代わりに商才はあった。
売り物の女も、従業員も、駒としか思っておらず、全く情がない。だからこそ、一番上手くいっていたのだ。
まだ正確な情報ではないが、原因は売り物にされた女の反乱だったらしい。
あの女将の欲深さは、いつかきつい仕返しを喰らうと思っていたが、まさか街を半壊させるほどの事件になるとは。
「それで、その反乱した女は今どこに」
「それが、逃げたようで」
「逃げた」
逃げた?街を半壊して、まんまと逃げることができたというのか?
女将はあんな性格なので、自身を守る用心棒をたくさん雇っていた。
その用心棒を全てかいくぐり、逃げたのか。
店に火をつけ、女将を殺し、用心棒をかいくぐり、騒ぎが起きる中、人目につかずに逃げる。
本当にそんなことが可能なのか?
そいつは本当に女か?
屈強な戦士ではないのか?いや、戦士でも難しい所業だ。なんだ、何者だ、魔界から召喚された魔の者か?
「逃げたという女は全力で追え。決して逃すなよ」
侍従は下がり、今度は側近が報告を入れてきた。
「本日もアレン公爵令嬢とファルメン子爵令嬢は見つかりませんでした」
この報告を聞くのは何度目だろう。
また今日も影すら掴むことはできなかった。
皇后陛下になんと言って機嫌を取れば良いのか。
彼の方は、毎日毎日アレン公爵令嬢を、早く面前に持ってこいと言ってくる。自分で首を刎ね、王太子の墓に入れるのだそうだ。
この国はそういう決まりだ。夫婦はどこへ行くにも一緒。それは死でも免れぬ。
だが、あれほどの才女を失くすのは惜しい。密かに、どうか逃げおおせてくれと思っていた。
そもそもの話、あの夜何があったのか。
王太子とその側近が惨殺され、犯人はまだ捕まらず、王太子の婚約者だったアレン公爵令嬢が、この日を境に行方不明になった。
アレン公爵令嬢と共に、一緒に消えた人物がいる。ファルメン子爵令嬢だ。
何故王太子が殺された晩にこの二人の行方が分からなくなったのか。
王太子たちはこの二人に殺されたのでは、という荒々しい声を上げる者もいた。
だが、それは不可能だ。
やり口が精錬され過ぎていたからだ。
王太子たちが抵抗し、応戦したような跡が何もないのだ。抵抗する暇もなく、あっという間に瞬殺されたとしか思えない。
大人でも制圧してしまう手強い王太子たちを瞬時に殺すのは、あの令嬢たちでは無理だ。
アレン公爵令嬢は、氷の魔法を扱い、ファルメン子爵令嬢は、光魔法が得意だ。どちらも殺傷力に長けている魔法ではない。
それに、殺したあとの動きが素早すぎる。
王太子たちを見つけたのは、殺されてから大体三十分程度だった。
その間に脱出し、姿を見られることなく隠れるなど……やはり、か弱き令嬢たちには無理だ。
「それにしても、この犯人の手際の良さは、華の街アビシアを半壊させた犯人に似通う。まさか、同じ犯人……!?」
と、考えたあとで思い直す。
アビシアと城下町は離れ過ぎている。
屈強な戦士が一睡もせずに走り続けて、やっと辿り着けるであろう距離だ。
「はい無理。絶対無理」
今は愚かなことを考えるよりも、皇后陛下の機嫌を取ることだけを考えよう。
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