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謎の嫉妬
しおりを挟む前回の焼き菓子事件の反省を踏まえ、拘束と沈黙の魔法を付与し、ヤナギヤを徹底的に管理しても良かったのですが、路銀の袋から目を離してしまった私にも、多少なりとも落ち度はあったと思い直し、沈黙の魔法だけを付与することにしました。
「……」
声が出せなくなったとはいえ、自分の感情をいつでもどこでも隠せない天真爛漫なヤナギヤは、視線だけでも何を言いたいのか分かります。
「自分の扱いが不当だとでも?」
「……」
「妥当だと思いますが」
じろじろとした視線が煩わしいです。盗人猛々しいとはこのことですね。
拘束しなかっただけでも幸運だったと思い、反省して貰わなくてはいけない立場なのですが。
ヤナギヤは地面に指で文字を書き始めました。いや、これは文字なのかしら?
「何です?お絵かきですか?」
ヤナギヤは驚いた顔をし、さっきよりも急いで地面に描いています。
相変わらず、奇怪な形をしていて、何を伝えたいのか分かりません。
もしかして、この虫のような形は異世界の文字なのかしら。
何やら呆然としているヤナギヤの反応を見る限り、そのようです。自分の世界の文字がこっちで通じないと分かり、衝撃を受けているようでした。
その理論でいくと、言葉だけが通じるのは妙ですが。
確か、ヤナギヤの話によれば、私たちが出演する遊戯があり、内容はヤナギヤの世界の言語で綴られるらしいので、何か関係あるのかもしれません。まあ、どうでも良いですが。
ヤナギヤはその遊戯を好んでやり込み、これから何が起こるのか、出演する私たちがどんな立ち回りをするのか、全て知っていると自慢げに仰っていたので、道すがら詳しく話を聞こうと思いましたが、その遊戯は城の中限定で行われていたお話であるため、外の世界のことは分からないと言われた瞬間、興味が失せました。
それはそうと、ヤナギヤはまだ自分の世界の文字が伝わらないことに衝撃を受け、顔を伏せています。
「言葉が通じるだけマシでしょう」
今はその言葉も通じませんが。
顔を上げたヤナギヤは、ぽろぽろと泣いておりました。何を悲しんでいるのか分かりません。
「言葉は通じ、あなたを生かそうとする私もいる。その体は人種で差別を受けるような容姿でもない。食べるものにも困っている境遇ではないし、病気で動けないわけでもない。至って健康な体です。あなたは自分を悲観するような可哀想な立場ではありませんが」
これだけ言っても分からないのか、ずっと泣き続けるので沈黙の魔法を解除してあげました。
すると、ヤナギヤはぽつりと呟きました。
「さみしい」
「分かりませんね」
「もう嫌だ。おうちに帰りたい」
「帰ればよろしいのに」
「できないこと知ってるでしょう。もう嫌だ、異世界転生っていえば、聖女として召喚されて、いるだけで有り難がれて、イケメンにちやほやされて、美味しいものいっぱい食べて王子様と結婚して、末長く幸せに暮らすのに」
「それがあれば、寂しくはなかったのですか?たったそれだけのことで、孤独が解消されるのですか?あなたの感情は、とてもお手軽なのですね」
この境遇が嫌ならば帰ってしまえばよろしいのに。
けれど、それが無理ならば適応するしかないです。それなのに、いつまだ経っても嫌だ嫌だとゴネるばかり。
「だって」
「だって?」
「ファルメンが優しくしてくれないんだもん!」
……私が?
「アレンにばかり優しくして、私のことちっとも考えてくれない!」
「はあ、そうですか」
「たまに、私のこと見つめているでしょう?知ってるんだから。アレンに会いたいなぁって目で見てるの」
「はあ」
まあ、実際そうですし。
「私のことも見てよ!」
以前、王太子がしつこく恋文を送る令嬢に対し、興味がないと言っており、ある日とんでもなく冷たい言葉を放っているのを見かけて、なんて醜悪な男なのでしょうと軽蔑致しましたが、少しだけ気持ちが分かりました。
何故どうでも良い女性に対し、優しくしなくてはいけないのでしょう。私に何の利益が?
「あんなに推してたアレンたんに嫉妬するなんて思わなかった。ファルメンのせいだから!」
「はあ、そうですか」
それはそうと、そろそろ次の街に着きます。
失った路銀を、この街で稼がなくては。
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