8 / 19
手のひら大の焼き菓子
しおりを挟むどうしても必要だった、とヤナギヤは言いました。
生きていくために、必要なことだったのだ、と。
深緑のアレンの瞳をいつになく真剣な色に変えて。私は彼女の言葉を呑み、少しの間、考えました。
「やはりどう考えても、手のひら大の焼き菓子が、生きていくためにどうしても必要なものとは思えません」
「だって、ずっと固いパンばかりで辛かったんだもん」
先日、パンばかりでは嫌だと言うヤナギヤを黙らせ、口に無理矢理押し込めた時から機嫌は良くなかったです。
こんな生活嫌だと喚こうが、彼女一人ではこの世界で生きていけない。
そう思っておりましたが、半刻前、小川の近くで休憩していると、いつの間にかヤナギヤの気配が消えておりました。
ついに脱走したのかしらと考えていたら、少し離れたところで、馬を連れた男と喋っておりました。
男と別れ、歩いて来たヤナギヤはいつになく上機嫌でした。
「何を話していたのですか?」
「じゃーん!あの男の人、行商人だったんだけど、思い切ってお菓子買っちゃった!」
そう言って見せて来たのは、手のひら大の焼き菓子。
砂糖を適当に使ったような、安っぽさを感じる甘い匂いが香ってきます。
「そうですか。購入したのは良いですが、その代わりに、何を代償にしたのかしら」
行商人が無料で菓子を配るわけはありませんよね。
すると、それまではしゃいでいたヤナギヤの様子が見る見るうちに落ち着かなくなり、瞳をあっちこっちに逸らしながら、私が路銀を全額入れている袋を差し出してきました。
受け取り、中身を確認すると、ほぼ空っぽになっております。
「あら。何故私が管理している路銀があなたの手にあったのかしら」
「お、落ちてたから」
「落としていたわけではないですよ。小川の水を飲もうとしたので、濡れてはいけないと思い、置いていたのです」
「ご、ごめんなさい」
それからヤナギヤは、冒頭の通り、いつになく真剣な顔でこの焼き菓子が必要だったのだと訴え始めたのです。
「あなたは、この焼き菓子がなくても生きていけますよ」
「ごめんなさい。あのね、でもね、ちゃんと二つ買ったんだよ。ファルメンの分もあるから」
そう言ってヤナギヤは二つ目の焼き菓子を渡してきました。
ああ、どうりで。
「焼き菓子一つで路銀が空っぽになるわけありませんもんね。二倍の金額を請求されたのかしらと危惧しましたが、二つ購入したとなれば妥当なお値段ですよね。どうりで中身も空っぽなわけです。ついでにあなたも空っぽになって、さっさとアレンから出て行ってくださればよろしいのに」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる