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犬をわんちゃんと呼ばないでください
しおりを挟む私は犬がとても苦手です。あのヨダレを垂らした緩い口元と、媚びてくるようなキラキラした瞳、そしてこちらの言うこと全て聞く主体性の無さ。見ていると気分が悪くなってきます。
ですが私の意に反し、犬好きはとても多く、散歩と称して連れ歩く人間を見る度、吐き気を覚え、昔はアレンに慰めてもらっていました。
それはそうと、牧羊犬を連れている牧師に出会ってしまいました。
私は咄嗟に身構えましたが、隣のヤナギヤはそうではないようです。自分よりも知性の無い生物を発見できたことに歓喜し、きゃっきゃとはしゃいでいます。
「わんちゃんかわいい!異世界でもわんちゃんってわんちゃんなんだね!」
口を開いて閉じるまでに、同じ言葉を三回も繰り返したヤナギヤに辟易します。
そしてあろうことか、牧羊犬はヤナギヤの声に反応し、主人を置いてこっちへ走ってきました。やはりあの主体性の無さは、昔の自分を見ているようで吐き気を催します。
「おいで、かわいいねぇ」
走ってきた犬をヤナギヤの両手が迎え入れます。あんなだらしない口元をかわいいと言える神経が分かりません。
すぐさま距離を取り、様子を伺っていると、牧師が来て謝り始めました。
ヤナギヤはいつものヘラヘラした笑顔で対応しています。平謝りする牧師に、大丈夫ですよ、とかなんとか言っているのが聞こえてきます。
「ヤナギヤ、そろそろ行きますよ」
声をかけましたが、私を無視して犬に構っています。なかなか良い度胸をしているようです。
「ヤナギヤ」
今度は少し大きな声を出すと、私の声に反応した牧羊犬が、目をキラキラさせながらこっちに走ってきました。
「あ、そっちに行っちゃダメ」
と、ヤナギヤが手を伸ばすけれど、愚かな牧羊犬は言うことを聞きません。
このまま飛び付かれるのは耐え難いです。殺してしまおうかしらと、手に魔法剣を生成した時、ヤナギヤの悲鳴が聞こえてきました。
「きゃあ!助けてー!」
なんと、さっきの牧師が、ヤナギヤに襲いかかっておりました。手には小振りの剣を持ち、ヤナギヤに向かって振り上げています。
「二人とも、なかなかの上玉だ。太客に売ってやるから、おとなしく捕まるんだ」
どうやら人攫いだったようです。ヤナギヤはどうでも良いですが、アレンの体を攫われるわけにはいきません。
牧羊犬を殺すために生成していた魔法剣を逆手に持ち替えると、一太刀で牧師の首を落としました。
汚い血液を服に浴びてしまい、今日は散々な日だと結論付けます。
ヤナギヤが近づいてきて、「大丈夫?」と聞いてきました。死体に怯えるよりも先に私の心配をするとは。この短期間で、見慣れてしまったのかしら。
「あなたは?怪我などしていませんか?」
「私のこと心配してくれるの?」
「もちろんです」
大事なアレンの体なのですから。
「少しだけほっぺ引っ掻かれたけど、何ともないよ!ありがとう!」
ヤナギヤの頰に小さい傷と、そこから垂れ下がる細い血の跡を見て、アレンの顔を傷つけられたと分かり、どうしようもない怒りが湧いてきます。もっと苦しめた方が良かったかもしれません。
「でも、この子どうしようか?」
「この子?」
愚かな牧羊犬は、主人だった死体を見つめながらクンと鳴きました。
「どうしようか、とは何の相談でしょうか」
「飼い主が死んじゃって、孤独になっちゃった」
「この犬は元から孤独でしょう。これからは、どこへなりとも好きな場所で生きていけば良いのです」
「どうして元から孤独なの?」
「あなたには分かりません」
呑気なヤナギヤには、首輪をつけられ、飼い慣らされ、それを自然だと思わされている犬の話をしたところで通じないでしょう。
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