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画鋲は落とせば落ちますから
しおりを挟むピピっというアラーム音で起きました。
けれど、いつものクラシック曲が聞こえてきません。私の朝が始まらないです。
目を開けると、見知らぬ天井が飛び込んできました。
ここはどこかしら?私の部屋じゃないの?どうして毎日セットしているクラシックが流れてこないの?こんなことは初めてで、戸惑いながら起き上ります。
部屋の中をぐるりと見渡して、ますます意味が分からなくなります。
汚い。すごく汚いです。脱ぎかけの衣服や、散乱したゴミ袋。その中にはちゃんと仕分けられていないようなプラスチックゴミや、ペットポトル、燃えるゴミが全部詰め込まれています。
一応、掃除は得意なので、自分の部屋は大切にしておりました。こんな状態になるまで放置したことはないです。
食べ物が腐ったような変な臭いも漂ってきて、鼻をおさえます。
「おい、いつまで寝てんだぁ!?俺はもう行くからな!」
誰でしょう、知らない人の声です。
呼ばれているのは私のようですが、私の家にあんな大声で叫ぶ人なんていたでしょうか?
「……」
しばらくしたら、階段を急ぎ足で登ってくる足音がして、部屋のドアを凄い勢いで開けられました。
「すみこ!返事くらいしろ!」
ドアを開けて現れた髭面の男の人が、私を大声で怒鳴りつけています。部屋全体が震えたような気がしました。
「ったく、汚い部屋だな!換気くらいしたらどうだ!ゴミくせぇ!」
私の後ろにあった窓が開かれた音がし、そのあとに朝の夏の生温い空気が入り込んできます。
「じゃあ、ちゃんと学校行けよ!」
床をミシミシと鳴らしながら、怒鳴りつけた主は私を睨み、出て行こうとしたので、その背中に話しかけました。
「あの、お待ちください。ここはどこですか?」
「あぁ!?」
この方、いちいち大きな声を出さなければ生きていけないのでしょうか。
「どこだって!?てめえ、自分の家も分からねぇのか!?」
ここは私の家だそうです。おかしいです、いつの間にそうなったのでしょう。全く覚えがありません。
「いいか!俺に面倒かけんじゃねえ!ったく、なんで兄貴死んじまったんだよ、俺だって生活苦しいのによぉ」
「……」
「ああ?何見てんだ?なんか文句あるのか?兄貴が死んで、身寄りがないお前を面倒見てやってる俺に逆らうのか!?」
「いえ、滅相もございません。そんな境遇なのに、いつもありがとうございます」
「え?」
男の人は、面食らったように口を噤み、私の顔をまじまじと見てきます。
「わ、分かっているならいいんだ。俺に逆らうんじゃねぇぞ!」
そして、さっきよりも勢いをなくした声で私を嗜め、思い出したように部屋を出て行きました。
誰もいなくなった汚部屋で、さっきまでのことを考えます。
とりあえず、顔を洗いに洗面所を探しました。見慣れない内装ですが、すぐに見つかりました。
顔を洗い、鏡を見ます。そこに映っている女性は、思った通りのお方でした。
「……六寺路すみこさん」
試しに左手を上げてみると、鏡の中のすみこさんも同じ動きをします。
昨日のことを全て思い出しましたが、屋上から落ちた後の記憶がありません。あの後どうなったのでしょう?
「まさか、こんなことになるとは」
顔を洗い、そこらへんに散らばっていた制服をかき集め、最低限の身支度を整えます。
外に出て、大きく息を吸います。場所が変わっただけで、気分まで変わったように思えます。
足取り軽く学校へ向かったのですが、いつも使っている通学路ではないので、時間がかかり遅刻してしまいました。
校門前に着いた時には一限目の授業開始のチャイムが鳴ってしまいます。
すみこさんの上履きに履き替えようとしたら、中に大量の画鋲が入れられていました。
そういえば、そんなこともありましたね。昨日、この光景を青い顔で見つめていたすみこさんを思い出します。
上履きをその場で裏返すと、中に入っていた画鋲が、ジャララ、と軽快な音で散っていきました。
スッキリした上履きに履き替え、教室へ向かおうとした時、後ろから声が聞こえて振り向きます。
「わっ、なんだこれ。危なっ」
蓮花くんでした。そういえば、この時間は蓮花くんが来る時間です。今日もまた遅刻したのですね。
「あら、おはようございます」
散らばっている画鋲を避けながら、器用に上履きを履き替えた蓮花くんは、私の顔をまじまじ見ながら「……おはよ」と小さい声で返してくれました。
「今日は返事をしてくださるのですね」
「は?」
昨日返ってこなかった返事を、ここでもらう事になるとは。
私がすみこさんと入れ替わっていることを知らない蓮花くんには意味が伝わらず、いつも険しい眉間をさらに険しくされます。
「あなた、いつも無口なんですもの」
「俺は鼻つまみものだからな。俺と話すといじめられるぞ」
「あら、そんなこと気にしていたのですか?」
まさか、昨日話しかけても返事がなかったのは、そのせい?今は、周りに誰も居ないから返事をしてくれるのですね。
とりあえず、蓮花くんが嫌がっていたので、離れて歩いてあげました。
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