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プロローグです
しおりを挟む朝の七時。
スマホから、クラシック曲が流れてきます。リストの愛の夢第3番。最近の、朝のアラーム音です。
制服に着替えて、一階に降り、用意されていたトーストにマーガリンを塗ります。トーストはちょっと冷めてしまっていました。
「りあ、そろそろ照くん来るわよ。用意しなさい」
七時三十分。隣の家の照が迎えに来る時間です。母に言われて、二階から鞄を取ってきました。
照は幼馴染で、幼稚園の時からずっと一緒にいる男の子です。私が進学しようとしていた高校に、偶然にも照が受験をしていたと聞いた時は驚きでした。
頭の良い照は、もっとレベルの高い進学校に行くと思っていましたから、入学式で見かけた時は、本当に、驚愕致しました。
チャイムが鳴り、照が来ます。
「りあ、おはよ」
今日も照は穏やかに微笑んでいます。
「……あ、りあ、寝癖ついてるよ」
「え?どこですか?」
照は笑いながら「ここ」と言って、私の髪を撫でました。
「ダメだね、これはきっと水で整えないと直らないやつ」
照は、男の子なのに乱暴じゃなくて、顔は綺麗で声も優しいので、色んな女の子から人気があるらしいです。噂では、SNS上に大規模なファンサーバーもあるらしくて。
私は照の幼馴染なので、許されていますが、照に近づける女の子は限られています。
「今日の体育嫌だなぁ」
二人で並んで歩いていたら、照が呟きました。そういえば照は球技が得意ではないです。陸上部の照は、走ることは得意ですが、球技だけはこぼしてばかりでした。
「今日の体育は確かバスケットボールでしたっけ?」
「そうなんだよ、今日の体育は俺にとって地獄の時間になりそうなんだ。どうしてボールなんて追いかけなきゃいけないんだろう?もっと自由に生きたいと思わない?どうせ追いかけるなら、好きな人の背中を追いかけたいよ」
情熱がこもった言葉です。もし、照のファンの子が聞いたら、目をハートにして倒れてしまうんじゃないかしら。
「あれ?りあ、驚いている?まさか、俺がこんなこと言うとは思わなかった?」
照は、照れくさそうに、鼻の下を擦りました。
「俺の好きな人、気になる?」
照は微笑んで、私の目を見つめてきました。
ここだけの話ですが、この笑み、照の知らないところでは、天使の笑顔と呼ばれています。
「ふふふ、いつか知ってほしいなぁ」
学校に着いた後、教室に向かいます。照と私は同じクラスです。
「おはよお、りあ!」
教室に向かう途中で、姫路と会いました。姫路は苗字で、下の名前は謙三と言います。
ゴツい名前に似合わず、花のように可愛らしい女の子なのですが、男の子が欲しかった両親が、そのように名付けてしまったのだそうです。だから姫路は、下の名前を呼ばれるのを嫌い、苗字で呼んでと言ってきます。
「おはよう、姫路」
「りあー!今日も可愛い!大好き、私のりあ!」
「可愛いのは姫路ですよ」
「まあ、私が可愛いのは事実だけど、それ以上にりあが可愛いの!」
「高校生でモデルをやっている姫路に言われると、恐縮しますね」
姫路は、とても可愛い女の子です。あまりの可愛さに、男も女も関係なく、数多から好かれておりますが、さっきのように私をよく特別な扱いをしてきます。
その度に顰蹙など買わないかと冷や冷やしているのですが、今のところは大丈夫そうです。
姫路と照。学校にいる間は、大抵このニ人と一緒に居ます。
「見て、姫路ちゃんと照くんと夢乃さんよ。三人とも、美男美女で、本当に絵になるわね」
二人は、校内でかなりの人気があるので、そんな二人から挟まれている私まで、ちょっと特殊な見られ方をされています。
「照、今日の体育バスケだねっ。照はバスケ嫌いでしょ?大丈夫?」
姫路が照に尋ねました。
「そうなんだよ。あんな茶色いボールなんて追いかけたくないんだよね。追いかけるなら、好きな人の背中を追いかけたいと思うよ」
照は、さっきも言った情熱的な言葉をもう一度言いました。よほどボールを追いかけたくないらしいです。
「あぁ~分かるぅ。私も追いかけられるより、追いかけたい派かなぁ。りあは?どっちがいい?追いかけたい?追いかけられたい?」
そんなこと考えたこともなかったです。昔から色恋沙汰に興味の無い私は、そういうことを露ほども考える機会がないので、困ってしまいました。
「分かりません……そういうの、疎くて」
「まあ、りあはそうだよねぇ。うーん、純粋なりあ、可愛い!ずっとそのままでいて!」
「そ、そんな」
教室に着いたので、一旦考えるのはやめました。
一限目の授業に入り、しばらくしたら、後ろの教室のドアが乱暴に開きました。遅刻者が入ってきます。
「またお前か、蓮花。これで何度目だ?」
「……っス」
蓮花くんは、遅刻常習犯です。噂では、危ない人たちとつるんでいるので、まともに学校に通えないと言われていますが、実際は分かりません。
クラスメイトとは関わらず、一匹狼を貫く人です。以前、姫路がそのことについて、強調性がないなどと言っておりましたが、多分一人でいる方が気楽なタイプなのでしょう。
彼の自由さを、たまに羨ましいと思ってしまいます。
蓮花くんは、仏頂面で、私の隣の席に座りました。そういえば、昨日席替えがあって、隣同士になったのです。
「おはようございます、蓮花くん」
「……」
無視をされてしまいました。その時、トンと後ろから肩を叩かれて振り向きます。昨日席替えがあり、後ろの席になった照でした。
「りあ、あんまり話しかけたら、蓮花くんも迷惑だよ。朝は忙しいんだから、ね?」
私はどうやら迷惑をかけてしまったらしいです。今後は控えた方がよろしいのでしょうか。
放課後、陸上部の照は部活に行く準備をし、姫路はモデルの仕事があるので先に帰っていきました。
放課後用事もなく、帰宅部の私は、のんびりと帰る用意をします。
「あ、りあ」
教室を出ようとした時、照に呼び止められました。
「今夜家にいる?話があるから、部活が終わった後、訪ねに行ってもいい?」
「ごめんなさい。今日は用事がありまして」
「分かった。いきなりごめん」
教室をでて、靴箱に差し掛かったところで、数名の女子生徒が、笑いながら横を通り過ぎて行きました。
何をしていたのかしら、と彼女たちが居た靴箱を見ると、画鋲を大量に入れられた靴が。これは酷いです……。
その時、まるで、何日もご飯を食べていないくらい、ふらついている足取りの女子生徒が、こっちに来ました。失礼かとは思いましたが、今にも倒れそうだったので、じっと見てしまいました。
その子は、さっきの靴箱の前に来ると、画鋲が大量に入れられている靴を見て、顔を青くしました。もしかして、この靴箱の持ち主でしょうか。
彼女には見覚えがあります。確か、いつも俯いてばかりいる同じクラスの、六寺路すみこさん。この靴箱を見るに、いじめを受けているのでしょうか?
「顔が青いですよ。大丈夫ですか?」
すみこさんは顔をあげ、私を見るなり、まるで、お化けでも見たかのような表情をしました。
「ゆ、夢乃さん」
夢乃は私の名字です。
彼女は、私を知っているようでした。
「今にも倒れてしまいそうですよ」
すみこさんは、顔を青くしたまま、その場から動きません。
「一旦どこかで休憩した方が」
「放っておいてよ!もういや、こんな生活!」
彼女は錯乱した様子で、私の手を振り払い、階段を駆け上がってしまいました。
放っておけず、彼女を追いかけ、屋上まで来ます。
屋上の縁に立った彼女は、数メートル先の地面を見つめて、唇を震わせていました。
彼女は私に気付くと「来ないで!」と叫びました。
「私、死んでやるんだから!死んで、私を粗末に扱っていた奴らを見返してやるんだから!」
「……」
彼女は飛び降りることを想定して屋上に来たようでした。あと一歩でも踏み出せば、落ちてしまいます。怖くないのでしょうか。
「何とか言ったらどうなのよ!どうせ、あなたみたいな恵まれた人は、私の惨めさなんて理解できないのよ!」
うーん。
彼女の言葉を反芻し、顎に手を当てて考えます。
「死ぬことで、見返すことは……できないかもしれませんね」
「はぁ!?」
「すみこさんが亡くなった次の日、すみこさんをいじめた方達は、温かいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、温かくして寝るのだと思います。あんまり成果は得られないと思いますよ」
「あんた……何笑ってんの!?」
その時、風が吹き、私の髪を靡かせたと同時に、縁に立っていたすみこさんの体を優しく押します。
「きゃ!」
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「助けて!」
落ちる寸前の彼女の手が、私の腕を掴みます。
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