19 / 19
第十八話 妥協案
しおりを挟む
「で、少しは落ち着きましたかね稲美さんや」
時間にして約三十分。殺羅様の魅力をこれでもかと語る稲美の姿をおつまみ代わりとし、奈々花との雑談に竜也は花を咲かせていた。これちょっと甘すぎねぇか? なんて思いながらつまむチョコレートは、彼女の百面相のおかげもあって意外と美味しく感じられた。
「あー、久々にスッキリしたわ! 最近ストレスが溜まりに溜まってて、正直な所イライラしてたのよね」
「……こっちはその分のストレス、全部背負ったっすけどね」
憎しみに囚われし地獄より這い出る亡者のような松木の表情もなんのその、殺羅様への思いの丈を全て出し切った稲美はキラキラと輝く太陽のような笑顔を竜也達へと見せている。相反する二人の表情から、彼にとっては最悪の時間であったことが伺い知れた。
「竜也にとってはともかく、私には全く役に立ってないんだから、後輩としての責務を少しは果たしてもらわないと」
「責務って、今のがっすか! パワハラで訴える――」
「敏信? 私の説明、まだ聞き足りないのかしら?」
延々と愚痴を聞かされることを後輩の義務と言い張る稲美。そんな彼女の高圧的に行われるぞんざいな扱いに、抗議の声を上げる松木であったが、彼女が放ったアイアンクローの一撃によって無慈悲にも彼の言葉は黙殺されてしまう。
そんな二人のじゃれ合いにもう一週繰り返されるのではないだろうかと不安を覚えた竜也は、声をかけ話の進展を促そうとする。
「それで、これからどうする?」
「どうするって、何を?」
「何をって、おいおい。奈々花の事だよ、菜々花の」
何のために俺達がここに集まっているのか忘れているのでは? とすら思えてくるとぼけた感じの稲美の返答に、竜也は呆れ返ってしまった。しかし、彼女は彼女で何言ってるのという表情を竜也へと向けている。
「菜々花ちゃんのって、それはこっちの台詞よ。この子の警護の適任者なんて竜也しかいないじゃない」
「はぁ? 何で俺が」
「菜々花ちゃんもそのほうが良いわよね~」
何を世迷い言をと言いたげな表情を見せる稲美の提案に、わけがわからないと否定する竜也であったが、当事者である菜々花も彼女の問に対して無言で首を縦に振っていた。
当然、同じ女性である稲美が菜々花に随伴するものと考えていた竜也は、予想外の女性陣の返答に言葉を無くしてしまう。そんな二人に狼狽えながらも、竜也は断固反対の姿勢を貫こうとする。
「ちょちょ、ちょっと待て! 俺が菜々花の警護に就くって事はだぞ、あの狭い部屋にいいおっさんと女子高生ぐらいの年齢の少女を二人きりにするってわけで……いやそれどう考えてもまずいだろおい!」
菜々花に紹介した部屋というのは元警察関係者の人間が大家をしているアパートで、訳ありの人間のために提供する事が多い場所なのだ。
とは言え、決して中がボロ部屋なんてことはなく、古びてはいるもののしっかりと整備の行き届いた綺麗な環境ではあるのだが、独り身のおっさんが趣味で経営しているせいか、間取りは六条間にトイレと台所の付いた程度と物凄く狭い部屋で、一人で住むのがやっとという広さしか無い。
そんな部屋に恋人でもない男女二人をぶち込むというのは結構無茶な相談なのだが……そんな冷静な判断ができる人間は、この場に竜也以外存在しなかったのである。
「何? 留置所の時とは違って、今二人きりで過ごしたら襲わない自信が無いって言いたいのかしら?」
「いやいや、そういうわけじゃなくてだな、倫理的にまずいだろって言ってんだよ!」
余裕の表情で語る彼女の馬鹿げた発言に社会の規範を持ち出して説得しようとする竜也であったが、すぐさま稲美は矛先を変え菜々花へと一つ質問を繰り出した。
「なんて言ってるけど、菜々花ちゃんはこのおじさんに襲われるの嫌?」
そんな彼女の荒唐無稽な質問に菜々花は首を力強く横に振り、否定の意志を見せる。
「いや、そこは肯定しろよ」
そうツッコミを入れては見たものの、当の本人には襲われても良いという承諾をされ追い打ちのように突きつけられる彼女の熱い眼差しに、竜也は顔を引きつらせることしかできないでいた。
「彼女は問題ないって言ってるわよ。因みに、合意のもとでなら年齢差とか関係ないから」
「待て待て待て! そんなもん、法律が許しても世間様が許さんだろうが」
竜也の言う通り例え同意の上であろうとも刑事が元被疑者、しかも未成年を押し倒したなんてことが公になれば社会から抹殺されることは免れないであろう。この世には時に、ルール以上に大切なことが存在するものなのだ。そんな矛盾に、稲美の声にも熱が入ってくる。
「間違ってなんていないのに、こんなに純粋な女の子の願いすら叶えられないなんて。法治国家で法律よりも世論が強いってのも考えものよね」
遠い目をしながら悲しげに呟く彼女を見ている内に、奈々花はともかく他の二人も心当たりがあるのか、三人は深く深くうなずいてしまう。そんな皆の心が一つになった今ならいけると、竜也は再び言葉を切り出した。
「ってなわけで、ここは稲美が適切だと思うんだ」
「あ、ごめん。私無理」
しかし、そんな彼の思いとは裏腹に提案はあっさりと棄却され、竜也は再び焦燥感に駆られることとなった。
「はぁ!? なんで!」
「言ってるでしょ。仕事が立て込んでるのよ。今日も帰れるかわからないんだから」
現実を知らぬ少女の前で当たり前のように語られる稲美の言葉に、菜々花は複雑な表情を浮かべた。
「やっぱり警察もブラックなんですね」
「まぁ、そうね。なんでもかんでもブラックで片付けられちゃうと困るけど、一応市民の安全と正義のためだしね。でも、少なくともしょっちゅう会食してる上よりは忙しいと思うわ。まともな休憩も無しでストレスためるよりも、いい飯かっ食らいながらストレスためてる方が幾分か増しってね」
その発言もどうかと思うぞと思いながらも、相当ないらいらを溜め込んでいるであろう彼女に竜也は深く同情した。そんな稲美を見ながら仕事と言われたら仕方がないと、竜也はすぐさま頭を切り替え妥協案を探しにかかる。
「しゃーねー。それじゃ松木に」
「マッキーならタッツーの方が良い」
しかし、その案も体を擦り寄せてくる菜々花によってあっさり却下させられてしまう。しかも、彼女の瞳は真剣で有無を言わせない強さがあった。そんな奈々花の対応に、松木は酷く傷ついていた。
「菜々花ちゃんまで!? ……酷いっす」
「松木……お前も大変だな。今度飲みにでも行くか」
奈々花と稲美、二人の女性から無慈悲な扱いを受ける松木の姿に、慈悲深い気持ちを竜也は覚えてしまっていた。
だが、この案まで却下されたとなると、稲美の考えを仕方なく受け入れしか無いのか……そう絶望しかけていた竜也の中に、もう一つ新たな考えが浮かび上がってきた。
「なぁ稲美、夜までには仕事切り上げられねぇか? それまでは俺が面倒見るからよ」
竜也のその言葉は最大限譲歩するものであったが、菜々花にとってはそれすらも嬉しくて瞳をダイヤモンドのように輝かせていた。
「急げばなんとかなるとは思うけど、しょうがないわね。これ貸しだからね」
「お、お手柔らかにな」
楽しそうに微笑む稲美の姿に嫌な予感を覚えつつも、その提案を飲むことしか今の竜也にはできなかった
時間にして約三十分。殺羅様の魅力をこれでもかと語る稲美の姿をおつまみ代わりとし、奈々花との雑談に竜也は花を咲かせていた。これちょっと甘すぎねぇか? なんて思いながらつまむチョコレートは、彼女の百面相のおかげもあって意外と美味しく感じられた。
「あー、久々にスッキリしたわ! 最近ストレスが溜まりに溜まってて、正直な所イライラしてたのよね」
「……こっちはその分のストレス、全部背負ったっすけどね」
憎しみに囚われし地獄より這い出る亡者のような松木の表情もなんのその、殺羅様への思いの丈を全て出し切った稲美はキラキラと輝く太陽のような笑顔を竜也達へと見せている。相反する二人の表情から、彼にとっては最悪の時間であったことが伺い知れた。
「竜也にとってはともかく、私には全く役に立ってないんだから、後輩としての責務を少しは果たしてもらわないと」
「責務って、今のがっすか! パワハラで訴える――」
「敏信? 私の説明、まだ聞き足りないのかしら?」
延々と愚痴を聞かされることを後輩の義務と言い張る稲美。そんな彼女の高圧的に行われるぞんざいな扱いに、抗議の声を上げる松木であったが、彼女が放ったアイアンクローの一撃によって無慈悲にも彼の言葉は黙殺されてしまう。
そんな二人のじゃれ合いにもう一週繰り返されるのではないだろうかと不安を覚えた竜也は、声をかけ話の進展を促そうとする。
「それで、これからどうする?」
「どうするって、何を?」
「何をって、おいおい。奈々花の事だよ、菜々花の」
何のために俺達がここに集まっているのか忘れているのでは? とすら思えてくるとぼけた感じの稲美の返答に、竜也は呆れ返ってしまった。しかし、彼女は彼女で何言ってるのという表情を竜也へと向けている。
「菜々花ちゃんのって、それはこっちの台詞よ。この子の警護の適任者なんて竜也しかいないじゃない」
「はぁ? 何で俺が」
「菜々花ちゃんもそのほうが良いわよね~」
何を世迷い言をと言いたげな表情を見せる稲美の提案に、わけがわからないと否定する竜也であったが、当事者である菜々花も彼女の問に対して無言で首を縦に振っていた。
当然、同じ女性である稲美が菜々花に随伴するものと考えていた竜也は、予想外の女性陣の返答に言葉を無くしてしまう。そんな二人に狼狽えながらも、竜也は断固反対の姿勢を貫こうとする。
「ちょちょ、ちょっと待て! 俺が菜々花の警護に就くって事はだぞ、あの狭い部屋にいいおっさんと女子高生ぐらいの年齢の少女を二人きりにするってわけで……いやそれどう考えてもまずいだろおい!」
菜々花に紹介した部屋というのは元警察関係者の人間が大家をしているアパートで、訳ありの人間のために提供する事が多い場所なのだ。
とは言え、決して中がボロ部屋なんてことはなく、古びてはいるもののしっかりと整備の行き届いた綺麗な環境ではあるのだが、独り身のおっさんが趣味で経営しているせいか、間取りは六条間にトイレと台所の付いた程度と物凄く狭い部屋で、一人で住むのがやっとという広さしか無い。
そんな部屋に恋人でもない男女二人をぶち込むというのは結構無茶な相談なのだが……そんな冷静な判断ができる人間は、この場に竜也以外存在しなかったのである。
「何? 留置所の時とは違って、今二人きりで過ごしたら襲わない自信が無いって言いたいのかしら?」
「いやいや、そういうわけじゃなくてだな、倫理的にまずいだろって言ってんだよ!」
余裕の表情で語る彼女の馬鹿げた発言に社会の規範を持ち出して説得しようとする竜也であったが、すぐさま稲美は矛先を変え菜々花へと一つ質問を繰り出した。
「なんて言ってるけど、菜々花ちゃんはこのおじさんに襲われるの嫌?」
そんな彼女の荒唐無稽な質問に菜々花は首を力強く横に振り、否定の意志を見せる。
「いや、そこは肯定しろよ」
そうツッコミを入れては見たものの、当の本人には襲われても良いという承諾をされ追い打ちのように突きつけられる彼女の熱い眼差しに、竜也は顔を引きつらせることしかできないでいた。
「彼女は問題ないって言ってるわよ。因みに、合意のもとでなら年齢差とか関係ないから」
「待て待て待て! そんなもん、法律が許しても世間様が許さんだろうが」
竜也の言う通り例え同意の上であろうとも刑事が元被疑者、しかも未成年を押し倒したなんてことが公になれば社会から抹殺されることは免れないであろう。この世には時に、ルール以上に大切なことが存在するものなのだ。そんな矛盾に、稲美の声にも熱が入ってくる。
「間違ってなんていないのに、こんなに純粋な女の子の願いすら叶えられないなんて。法治国家で法律よりも世論が強いってのも考えものよね」
遠い目をしながら悲しげに呟く彼女を見ている内に、奈々花はともかく他の二人も心当たりがあるのか、三人は深く深くうなずいてしまう。そんな皆の心が一つになった今ならいけると、竜也は再び言葉を切り出した。
「ってなわけで、ここは稲美が適切だと思うんだ」
「あ、ごめん。私無理」
しかし、そんな彼の思いとは裏腹に提案はあっさりと棄却され、竜也は再び焦燥感に駆られることとなった。
「はぁ!? なんで!」
「言ってるでしょ。仕事が立て込んでるのよ。今日も帰れるかわからないんだから」
現実を知らぬ少女の前で当たり前のように語られる稲美の言葉に、菜々花は複雑な表情を浮かべた。
「やっぱり警察もブラックなんですね」
「まぁ、そうね。なんでもかんでもブラックで片付けられちゃうと困るけど、一応市民の安全と正義のためだしね。でも、少なくともしょっちゅう会食してる上よりは忙しいと思うわ。まともな休憩も無しでストレスためるよりも、いい飯かっ食らいながらストレスためてる方が幾分か増しってね」
その発言もどうかと思うぞと思いながらも、相当ないらいらを溜め込んでいるであろう彼女に竜也は深く同情した。そんな稲美を見ながら仕事と言われたら仕方がないと、竜也はすぐさま頭を切り替え妥協案を探しにかかる。
「しゃーねー。それじゃ松木に」
「マッキーならタッツーの方が良い」
しかし、その案も体を擦り寄せてくる菜々花によってあっさり却下させられてしまう。しかも、彼女の瞳は真剣で有無を言わせない強さがあった。そんな奈々花の対応に、松木は酷く傷ついていた。
「菜々花ちゃんまで!? ……酷いっす」
「松木……お前も大変だな。今度飲みにでも行くか」
奈々花と稲美、二人の女性から無慈悲な扱いを受ける松木の姿に、慈悲深い気持ちを竜也は覚えてしまっていた。
だが、この案まで却下されたとなると、稲美の考えを仕方なく受け入れしか無いのか……そう絶望しかけていた竜也の中に、もう一つ新たな考えが浮かび上がってきた。
「なぁ稲美、夜までには仕事切り上げられねぇか? それまでは俺が面倒見るからよ」
竜也のその言葉は最大限譲歩するものであったが、菜々花にとってはそれすらも嬉しくて瞳をダイヤモンドのように輝かせていた。
「急げばなんとかなるとは思うけど、しょうがないわね。これ貸しだからね」
「お、お手柔らかにな」
楽しそうに微笑む稲美の姿に嫌な予感を覚えつつも、その提案を飲むことしか今の竜也にはできなかった
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
夏蝉鳴く頃、空が笑う
EUREKA NOVELS
ライト文芸
夏蝉が鳴く頃、あの夏を思い出す。
主人公の僕はあの夏、鈍行列車に乗り込んであの街を逃げ出した。
どこにいるかもわからない君を探すため、僕の人生を切り売りした物語を書いた。
そしてある時僕はあの街に帰ると、君が立っていたんだ。
どうして突然僕の前からいなくなってしまったのか、どうして今僕の目の前にいるのか。
わからないことだらけの状況で君が放った言葉は「本当に変わらないね、君は」の一言。
どうして僕がこうなってしまったのか、君はなぜこうして立っているのか、幾度と繰り返される回想の中で明かされる僕の過去。
そして、最後に訪れる意外なラストとは。
ひろっぴーだの初作品、ここに登場!
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを
白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。
「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。
しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。
好青年で社内1のイケメン夫と子供を作って幸せな私だったが・・・浮気をしていると電話がかかってきて
白崎アイド
大衆娯楽
社内で1番のイケメン夫の心をつかみ、晴れて結婚した私。
そんな夫が浮気しているとの電話がかかってきた。
浮気相手の女性の名前を聞いた私は、失意のどん底に落とされる。
妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから
白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。
まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。
でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる