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第三章 恋する駄女神
第98話 先輩は変態さん
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「む、確かにシャーロットは強敵だよね。なんてったって王女様だもん。でも、私だって負けないよ! ……ん? セリーヌ、私の顔になんかついてる?」
「ううん、そうじゃなくて。アサミ凄く楽しそうだなって思って」
「そう? いつもと変わらないつもりなんだけど」
「気づいてないんだ……もうね全然違うよ。子供達と遊んでるときよりも断然楽しそう」
「そうなんだ。う~ん……よくわかんないや!」
位置の関係上、俺のいる場所からでは二人の表情は確認できないのだが、バカみたいな笑顔を浮かべる天道にセリーヌさんが呆れている姿が目に浮かぶ。
にしても、天道の会話を聞いてると彼女が計算高い知的な人間なのか、それとも本能で動いてるだけのただのバカなのか……全くわからん。
「でも……そだね。先輩の近くに居る時、それだけで私幸せかも。だって、皆のこと凄く考えてくれるんだもん。だからね、そんなに気を張らなくていいんだよ先輩。少しの喧嘩に少しの涙、それだって愛情のスパイスなんだからさ」
……本当に、本当にどちらの彼女が天道朝美という人格なのか、俺には理解できそうにない。だってさ、今の彼女の言葉、俺の胸に深く深く突き刺さってしまったのだから。
よくわかんないやというとぼけた言葉のあとに、心の中を読んだであろう俺に対する優しい言葉。そのギャップに胸の高鳴りが止まらない。締め付けられるように苦しくなっていく。
「へへーん。今の私すごくいいこと言ったよね! どう? 惚れた! 惚れ直した!!」
が、再び見せる彼女の自信たっぷりなアホ発言に、俺は正気に戻ってしまった。百年の恋も冷めるとはこういう状況のことを言うのかもしれない。
(……それが無かったら少し揺らいでた)
「え~! ぶーぶー、横暴だ! やり直しを要求する!」
あまりの衝撃に取り繕うことも忘れ今の気持ちを素直に話してやると、天道は頬を膨らませ変顔で抗議を迫ってくる。
(やり直しって、何をやり直すんだよ)
「えっとね。キスとか」
(してないだろうが。却下)
仕方なく聞き返してやると彼女の口からはとんでもない答えが返ってきて、俺はその意味不明な回答を一息の元にねじ伏せた。
「先輩のケチぃ」
まったく、こいつの頭の中はどうなってるんだ。一度解剖して確かめてみたいわ。
「私の頭の中? 当然、先輩のことしか考えてないよ! なんなら体に聞いてみる?」
(謹んで遠慮させていただきます)
シャツのボタンを一つ外すという挑発行為を行う後輩に対し、俺は丁重にお断りの言葉を述べさせていただいた。というか、クロエちゃんの目の前でそういう行動をするんじゃない!
「そこは喜んでって言うところでしょ! 先輩のいけずぅ」
再び頬を膨らませる天道の態度に、ただただ俺は溜息を吐くばかりだ。こういう時の彼女と会話してるとまじで頭が痛くなってくる。
「ねぇ、その剣の人ってどんな人なの? 私はその、会話できないから」
天道の楽しそうな反応に、遂にセリーヌさんも俺に興味を持ったらしい。
(天道、紹介頼む)
しかし、セリーヌさんが言うように俺達二人では会話をすることができない。シャーリーでは気を張るだろうし、クロエちゃんに言わせるわけにもいかない。そもそも、まともな会話にならん気がするし。スクルドは……無いな。そうなると、不本意ではあるが彼女に頼むしかないのである。お願いだから余計なこと言わないでくれよ……
「オッケーオッケー。コホン、こちらにおわすお方は無敵の聖剣、明石徹先輩。私の学園の先輩で、命の恩人なんだ。それでね、優しいけど……ちょっと特殊性癖の、エッチなことに目がない変態さん!」
(おいちょっと待て! 色々と聞き捨てならないんだが)
そう思っていた矢先、やはり彼女は余計なことをべらべらと喋り始めた。無敵のとか言う過大評価も然ることながら、特殊性癖という部分が許容できない。
「今ね、怒ってる怒ってる。ふ~ん、私の谷間に挟まれて顔真っ赤にしたり、シャーロットの濡れた服見て生唾飲むのがエロくないっていうんだ」
(健全な男子学生なら当然の反応です! それともスルーされたいのかよ?)
更に説明を続けにんまりとほくそ笑む彼女の表情が癇に障り、勢いのままに俺は彼女を煽り返した。
「それはそれで困る」
その返答、エッチなのは困るけど私で欲情しないのも困るという複雑な乙女心ですね。わかります。……自信たっぷりに言うなよと。
(それに特殊性癖ってなんだよ)
「ほう、触手とかスライムの薄い本を目を血走らせながら見てる人間が、特殊性癖じゃないと先輩はおっしゃられるのかな?」
しまった、こいつには私生活を盗み見されてるんだった。そんなことを思い出しながら、天道の実に楽しそうな笑顔に俺は頭を抱える。ここまで見抜かれてるとなると、どこまで俺の後ろめたい事情を知ってるっていうんだこいつは!
「私はそのぐらいであーだこーだなんて言いませんよ。趣味嗜好は人それぞれだからね。時代を遡れば、二百年も昔からタコ足触手ぐらいはあったらしいし、そういう奇抜な需要は長い間存在するわけで。ただ、それを私に実演しろと言われたら困るけど」
(しねーよ! 二次元をリアルに持ち出したりしねーよ!)
何を想像しているのか知らないが、頬を赤く染めて目をそらす天道に対し俺は一喝してやる。妄想と現実の境界線、その線引だけは絶対に破らない。それが俺のジャスティス。
(それに、何でお前がそっち方面に詳しいんだよ)
「な、何でって。そりゃ先輩の好みだし、少しぐらいは勉強しておこうかと。わ、私だってエッチなことに興味ぐらいはあるんだし。むしろ! 今の私ならあって当然でしょ!」
しどろもどろ答えながら未だに天道は頬を真っ赤に染めている。普段強気な割に、こういう時に恥ずかしがるんだよなぁ。ったく、俺のためにとか言われたら何も言い返せねぇじゃねえか。それに、こいつがサキュバスになった理由も俺絡みだし、笑い飛ばせる問題じゃ無いんだよな。
「でも、ここ剣と魔法の世界だよね。スライムとか触手モンスターとかうじゃうじゃいるだろうけど、実際襲われたら先輩、まて! まだだ! もう少し、もう少しだ! とか言ってギリギリまで助けなさそうだよね」
(俺はそんな薄情な男じゃねえよ)
ジェスチャー混じりに熱演する彼女の言葉を俺は力なく否定した。
目の前で大切な者が俺以外の手で泣き淫れる様とか、それがいい気分じゃ無いってのは数時間前に嫌ってほど味わった。思い出すだけでも嫌な感じに震えるのに、もう一回直視とか出来るわけ無いだろ。
「……でも……興奮は……する」
(ちょ!?)
心が落ち込んだタイミングでのシャーリーの乱入。そして、興奮した対象であるが故の彼女の言葉の重みが俺を追い詰める。
「ほら~、やっぱり好きなんじゃん。それに、俺以外の手でなんて言っちゃって。やっぱり変態さん確定だね!」
(まてまてまて! あんな顔であんな声聞かされたらくるもんがあるに決まってるだろ! 後、勝手に心の中を読むな!)
「ふふ~ん。これは私とシャーロットの特権だもんね―」
天道の言葉を全力で否定はしたが彼女は余裕の表情で勝ち誇り、シャーリーまで首を縦に振って意気投合してしまう始末。
「うん。その人が面白い人だってのはわかった。でも、クロエに近づけるのは悪影響かな」
しまいにはセリーヌさんにまで追い打ちをかけられ、俺の精神は既にボドボド……ぼろぼろだった。
(セリーヌさんまでそんな……酷い)
「ん!? つるぎさんつめたい。ぴちゃぴちゃする」
俺の心は悲しみの渦に包まれ、刀身からは魔力の水が溢れ出した。それに触れたクロエちゃんは驚きの声を上げ、彼女の声を聞いた皆が一斉に俺の近くへと集まってくる。
「ねぇアサミ、あれって水?」
「うん。先輩泣いちゃってる。ちょっとやりすぎたかな」
「へぇ、涙なんか流せるんだ」
普通の剣ではありえない俺の奇妙な状況に、驚きや呆れの表情を見せる女子たちの中で、クロエちゃんは一人頬を膨らませ皆を睨みつけている。
「おねえちゃんたち! つるぎさんをいじめちゃめっ!」
そして、彼女は自分の姉も含めた皆に一括し、濡れることも躊躇わずに俺の体を引き寄せ、強く抱きしめた。
幼女が俺のために怒ってくれている。なんだこの胸のときめきは。俺の心は言いしれぬ感動に打ち震えていた。
「ごめんなさいクロエ。えーっと、トール君もごめんなさい。今のは冗談だから安心して」
穏やかな笑顔で話しかけるセリーヌさんを見るに、最初から本気で貶すつもりは無かったのだろう。からかい上手なお姉さんの真意を見抜けないとか、まだまだ女子に対する免疫が弱いよなぁなんて思う。
「う~んおしい。トールじゃなくてト・オ・ルだよ」
セリーヌさんの発音がお気に召さなかったのか、天道は突然俺の呼び方の指導を始めた。
「と、トオル君。これでいいかしら?」
「うんバッチリ!」
飲み込みの良い生徒だったのか、天道の追試をセリーヌさんは一発で切り抜けていた。俺としては、自分が呼ばれているとわかればどっちでもいいんだけど。
「つるぎさん、つるぎさん」
続いて俺を抱きしめているクロエちゃんが声をかけてきた。名前を聞いても呼び方を変えない辺り、この呼び方が相当気にいってるようである。
(ん? どうしたんだいクロエちゃん)
「つるぎさんは、くろえのこと、すき?」
……ちょっと待て。それはどういう意味だ? あまりに唐突な幼女の告白に、俺の思考は軽く停止に追い込まれる。
(え、え~と。それはどういう)
いや待て、落ち着け。このぐらいの子供の言う好きっていうのはそういう好きではなく、お友達って感じの仲良しさんという意味で訊かれている、そうに違いない。そうであろうことは内心わかっているのだが、先程のクロエちゃんの目つきとか、周囲からの視線が怖く、答えるのに戸惑いが生じてしまう。
「きらい、なの?」
(す、好き! 好きだよ! 嫌だなぁ、俺がクロエちゃんのこと嫌いなわけ無いじゃないか。もうずっと一緒にいたいぐらい大好きだよ)
先程彼女に助けてもらったばかりという後ろめたさと、幼女の潤んだ瞳に俺は逆らえず、これでもかと彼女に好きという気持ちを早口で浴びせかける。それを聞いたクロエちゃんは笑顔で喜んでくれたのだが、最後の過剰なフォローがまずかった。
「……ロリコン」
「ロリコン!」
「ロリコーン!」
一人の幼女の笑顔と引き換えに、三方から放たれた言葉の弾丸はおれの心の臓を的確に貫いたのだった。
「ううん、そうじゃなくて。アサミ凄く楽しそうだなって思って」
「そう? いつもと変わらないつもりなんだけど」
「気づいてないんだ……もうね全然違うよ。子供達と遊んでるときよりも断然楽しそう」
「そうなんだ。う~ん……よくわかんないや!」
位置の関係上、俺のいる場所からでは二人の表情は確認できないのだが、バカみたいな笑顔を浮かべる天道にセリーヌさんが呆れている姿が目に浮かぶ。
にしても、天道の会話を聞いてると彼女が計算高い知的な人間なのか、それとも本能で動いてるだけのただのバカなのか……全くわからん。
「でも……そだね。先輩の近くに居る時、それだけで私幸せかも。だって、皆のこと凄く考えてくれるんだもん。だからね、そんなに気を張らなくていいんだよ先輩。少しの喧嘩に少しの涙、それだって愛情のスパイスなんだからさ」
……本当に、本当にどちらの彼女が天道朝美という人格なのか、俺には理解できそうにない。だってさ、今の彼女の言葉、俺の胸に深く深く突き刺さってしまったのだから。
よくわかんないやというとぼけた言葉のあとに、心の中を読んだであろう俺に対する優しい言葉。そのギャップに胸の高鳴りが止まらない。締め付けられるように苦しくなっていく。
「へへーん。今の私すごくいいこと言ったよね! どう? 惚れた! 惚れ直した!!」
が、再び見せる彼女の自信たっぷりなアホ発言に、俺は正気に戻ってしまった。百年の恋も冷めるとはこういう状況のことを言うのかもしれない。
(……それが無かったら少し揺らいでた)
「え~! ぶーぶー、横暴だ! やり直しを要求する!」
あまりの衝撃に取り繕うことも忘れ今の気持ちを素直に話してやると、天道は頬を膨らませ変顔で抗議を迫ってくる。
(やり直しって、何をやり直すんだよ)
「えっとね。キスとか」
(してないだろうが。却下)
仕方なく聞き返してやると彼女の口からはとんでもない答えが返ってきて、俺はその意味不明な回答を一息の元にねじ伏せた。
「先輩のケチぃ」
まったく、こいつの頭の中はどうなってるんだ。一度解剖して確かめてみたいわ。
「私の頭の中? 当然、先輩のことしか考えてないよ! なんなら体に聞いてみる?」
(謹んで遠慮させていただきます)
シャツのボタンを一つ外すという挑発行為を行う後輩に対し、俺は丁重にお断りの言葉を述べさせていただいた。というか、クロエちゃんの目の前でそういう行動をするんじゃない!
「そこは喜んでって言うところでしょ! 先輩のいけずぅ」
再び頬を膨らませる天道の態度に、ただただ俺は溜息を吐くばかりだ。こういう時の彼女と会話してるとまじで頭が痛くなってくる。
「ねぇ、その剣の人ってどんな人なの? 私はその、会話できないから」
天道の楽しそうな反応に、遂にセリーヌさんも俺に興味を持ったらしい。
(天道、紹介頼む)
しかし、セリーヌさんが言うように俺達二人では会話をすることができない。シャーリーでは気を張るだろうし、クロエちゃんに言わせるわけにもいかない。そもそも、まともな会話にならん気がするし。スクルドは……無いな。そうなると、不本意ではあるが彼女に頼むしかないのである。お願いだから余計なこと言わないでくれよ……
「オッケーオッケー。コホン、こちらにおわすお方は無敵の聖剣、明石徹先輩。私の学園の先輩で、命の恩人なんだ。それでね、優しいけど……ちょっと特殊性癖の、エッチなことに目がない変態さん!」
(おいちょっと待て! 色々と聞き捨てならないんだが)
そう思っていた矢先、やはり彼女は余計なことをべらべらと喋り始めた。無敵のとか言う過大評価も然ることながら、特殊性癖という部分が許容できない。
「今ね、怒ってる怒ってる。ふ~ん、私の谷間に挟まれて顔真っ赤にしたり、シャーロットの濡れた服見て生唾飲むのがエロくないっていうんだ」
(健全な男子学生なら当然の反応です! それともスルーされたいのかよ?)
更に説明を続けにんまりとほくそ笑む彼女の表情が癇に障り、勢いのままに俺は彼女を煽り返した。
「それはそれで困る」
その返答、エッチなのは困るけど私で欲情しないのも困るという複雑な乙女心ですね。わかります。……自信たっぷりに言うなよと。
(それに特殊性癖ってなんだよ)
「ほう、触手とかスライムの薄い本を目を血走らせながら見てる人間が、特殊性癖じゃないと先輩はおっしゃられるのかな?」
しまった、こいつには私生活を盗み見されてるんだった。そんなことを思い出しながら、天道の実に楽しそうな笑顔に俺は頭を抱える。ここまで見抜かれてるとなると、どこまで俺の後ろめたい事情を知ってるっていうんだこいつは!
「私はそのぐらいであーだこーだなんて言いませんよ。趣味嗜好は人それぞれだからね。時代を遡れば、二百年も昔からタコ足触手ぐらいはあったらしいし、そういう奇抜な需要は長い間存在するわけで。ただ、それを私に実演しろと言われたら困るけど」
(しねーよ! 二次元をリアルに持ち出したりしねーよ!)
何を想像しているのか知らないが、頬を赤く染めて目をそらす天道に対し俺は一喝してやる。妄想と現実の境界線、その線引だけは絶対に破らない。それが俺のジャスティス。
(それに、何でお前がそっち方面に詳しいんだよ)
「な、何でって。そりゃ先輩の好みだし、少しぐらいは勉強しておこうかと。わ、私だってエッチなことに興味ぐらいはあるんだし。むしろ! 今の私ならあって当然でしょ!」
しどろもどろ答えながら未だに天道は頬を真っ赤に染めている。普段強気な割に、こういう時に恥ずかしがるんだよなぁ。ったく、俺のためにとか言われたら何も言い返せねぇじゃねえか。それに、こいつがサキュバスになった理由も俺絡みだし、笑い飛ばせる問題じゃ無いんだよな。
「でも、ここ剣と魔法の世界だよね。スライムとか触手モンスターとかうじゃうじゃいるだろうけど、実際襲われたら先輩、まて! まだだ! もう少し、もう少しだ! とか言ってギリギリまで助けなさそうだよね」
(俺はそんな薄情な男じゃねえよ)
ジェスチャー混じりに熱演する彼女の言葉を俺は力なく否定した。
目の前で大切な者が俺以外の手で泣き淫れる様とか、それがいい気分じゃ無いってのは数時間前に嫌ってほど味わった。思い出すだけでも嫌な感じに震えるのに、もう一回直視とか出来るわけ無いだろ。
「……でも……興奮は……する」
(ちょ!?)
心が落ち込んだタイミングでのシャーリーの乱入。そして、興奮した対象であるが故の彼女の言葉の重みが俺を追い詰める。
「ほら~、やっぱり好きなんじゃん。それに、俺以外の手でなんて言っちゃって。やっぱり変態さん確定だね!」
(まてまてまて! あんな顔であんな声聞かされたらくるもんがあるに決まってるだろ! 後、勝手に心の中を読むな!)
「ふふ~ん。これは私とシャーロットの特権だもんね―」
天道の言葉を全力で否定はしたが彼女は余裕の表情で勝ち誇り、シャーリーまで首を縦に振って意気投合してしまう始末。
「うん。その人が面白い人だってのはわかった。でも、クロエに近づけるのは悪影響かな」
しまいにはセリーヌさんにまで追い打ちをかけられ、俺の精神は既にボドボド……ぼろぼろだった。
(セリーヌさんまでそんな……酷い)
「ん!? つるぎさんつめたい。ぴちゃぴちゃする」
俺の心は悲しみの渦に包まれ、刀身からは魔力の水が溢れ出した。それに触れたクロエちゃんは驚きの声を上げ、彼女の声を聞いた皆が一斉に俺の近くへと集まってくる。
「ねぇアサミ、あれって水?」
「うん。先輩泣いちゃってる。ちょっとやりすぎたかな」
「へぇ、涙なんか流せるんだ」
普通の剣ではありえない俺の奇妙な状況に、驚きや呆れの表情を見せる女子たちの中で、クロエちゃんは一人頬を膨らませ皆を睨みつけている。
「おねえちゃんたち! つるぎさんをいじめちゃめっ!」
そして、彼女は自分の姉も含めた皆に一括し、濡れることも躊躇わずに俺の体を引き寄せ、強く抱きしめた。
幼女が俺のために怒ってくれている。なんだこの胸のときめきは。俺の心は言いしれぬ感動に打ち震えていた。
「ごめんなさいクロエ。えーっと、トール君もごめんなさい。今のは冗談だから安心して」
穏やかな笑顔で話しかけるセリーヌさんを見るに、最初から本気で貶すつもりは無かったのだろう。からかい上手なお姉さんの真意を見抜けないとか、まだまだ女子に対する免疫が弱いよなぁなんて思う。
「う~んおしい。トールじゃなくてト・オ・ルだよ」
セリーヌさんの発音がお気に召さなかったのか、天道は突然俺の呼び方の指導を始めた。
「と、トオル君。これでいいかしら?」
「うんバッチリ!」
飲み込みの良い生徒だったのか、天道の追試をセリーヌさんは一発で切り抜けていた。俺としては、自分が呼ばれているとわかればどっちでもいいんだけど。
「つるぎさん、つるぎさん」
続いて俺を抱きしめているクロエちゃんが声をかけてきた。名前を聞いても呼び方を変えない辺り、この呼び方が相当気にいってるようである。
(ん? どうしたんだいクロエちゃん)
「つるぎさんは、くろえのこと、すき?」
……ちょっと待て。それはどういう意味だ? あまりに唐突な幼女の告白に、俺の思考は軽く停止に追い込まれる。
(え、え~と。それはどういう)
いや待て、落ち着け。このぐらいの子供の言う好きっていうのはそういう好きではなく、お友達って感じの仲良しさんという意味で訊かれている、そうに違いない。そうであろうことは内心わかっているのだが、先程のクロエちゃんの目つきとか、周囲からの視線が怖く、答えるのに戸惑いが生じてしまう。
「きらい、なの?」
(す、好き! 好きだよ! 嫌だなぁ、俺がクロエちゃんのこと嫌いなわけ無いじゃないか。もうずっと一緒にいたいぐらい大好きだよ)
先程彼女に助けてもらったばかりという後ろめたさと、幼女の潤んだ瞳に俺は逆らえず、これでもかと彼女に好きという気持ちを早口で浴びせかける。それを聞いたクロエちゃんは笑顔で喜んでくれたのだが、最後の過剰なフォローがまずかった。
「……ロリコン」
「ロリコン!」
「ロリコーン!」
一人の幼女の笑顔と引き換えに、三方から放たれた言葉の弾丸はおれの心の臓を的確に貫いたのだった。
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