俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第90話 口喧嘩

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「そうそう、あそこでカイザーがマグマの底からドーンと現れてユニコーンを助けるシーン、あれは何度見ても鳥肌が凄くて、私のベスト回なんだ! まさかスクルドにあの良さがわかるなんてね。私達マブダチになれそう! あ、出口みたいだよ先輩」

 世間話に花を咲かせる天道の言葉に視線を上げると、前方からはまばゆい光が差し込んでいた。その眩しさに目を細めながら階段を登りきると、目の前には巨大な十字架が飾られ、壁にはステンドグラス製の窓が輝いている。そして後ろを振り向けば、二つ並びの長椅子が、綺麗に五列並んでいた。

(ここ、教会の地下だったのか)

 階段のすぐ横にある教壇を見つめながら、俺はそう呟く。RPGやラノベ原作のアニメで見慣れた光景だが、実際に遭遇してみると不思議な感慨深さがあった。

 因みに、先程の天道の会話は一体何なのかというと。決闘者デュエリスト龍矢りゅうやという神獣をモチーフにした闘衣ウォーフレームを纏う戦士たちが、心の力を高めて戦うという設定の、一世を風靡した友情がテーマのバトル漫画、その名場面について語っていたのである。

 仮面戦士も好きだって言ってたし、やっぱりこいつ、趣味のベクトルが男子寄りなんだよな。そのほうが俺としては話しやすいし一向に構わないのだが、女子の会話に馴染めないってのはわかる気がする。

 だがしかし、問題はそっちじゃない。こっちの世界の常識にすら疎いはずのスクルドが、何故俺達の世界の漫画作品なんか知っているのか、これがわからない。

 そんな彼女に、隣の突撃なんとかさんばりに質問をぶちかましても良いのだが、返答によっては俺の心のソウルが高まって阿頼耶識あらやしきまで駆け上がりそうな気がするので、やめることにした。

 本音を言うともうね、嫌な予感しかしないのよ。盗撮とか盗撮とか盗撮とか。

 こっちの世界に来て良かったと思うことも沢山有るけど、現実を知ったというか、トラウマは増えた気がする。薙沙ちゃんが俺のストーカーだったとか、今でも考えたくないし、思い出したくもない。

「それにしても、シスターが悪の幹部で、教壇の下が隠し通路。地下室が儀式部屋って、ベタだよねぇ」

 天道君、そこはベタなんて言わず様式美と言ってくれたまえ。

(そのベタなシスターに精神乗っ取られかけたのはどこの誰だっけか?)

 お約束を蔑ろにする彼女の発言に、ついでに薙沙ちゃんもとい天道が俺のプライベートを盗み見てたことに対するやり場の無い怒りも含めて、一言言ってやりたい気分になった俺は、皮肉をたっぷりと込めた渾身の一撃を発してやった。

「むっ、その精神乗っ取られかけたのに追いつめられた挙句、最終的に助けてもらったのはどこの誰かさんだったかな―?」

 しかし、すかさず繰り出された天道の反撃に、返す言葉が見つからない。

「……二人共……喧嘩しない」

 そしてシャーリーに呆れられてしまう。

 普段の俺なら、女の子に対して喧嘩をふっかけるようなことしないのに、天道と会話してると、まるで幼馴染と一緒にいるような感じで、思ったことをズバズバと言えるんだよな。因みにリアル幼馴染なんていないんで、あくまでも空想上のイメージです。

「でもシャーロット、今のは先輩が悪いと思うんだ」

(な!? ベタっていうお前が悪いんだろ! お約束の何が悪いんだよ!)

「別に悪いなんて言ってないじゃん! いかにも過ぎてちょっと呆れただけだよ!」

(それがバカにしてるって言ってるんだよ! その発言は変身中、合体中に攻撃されないのはナンセンスだって言ってるのと同じレベルだぞ!)

「先輩のその考え方自体がナンセンスだってば!」

「……むぅ」

「でも、喧嘩するほど仲がいいとも言いますよね」

「!?……その乗っ取られた……のに拐われて……迷惑かけたの……だれ?」

 俺達の会話が何故か白熱していったせいで、スクルドの口車に乗せられたツッコミ担当のシャーリーまでもがボケに参加する始末。

(って、シャーロットは乗ってこなくていいから!)

「……だって」

 勢い余って怒鳴り散らした俺の声を聞き、落ち込んでしまったシャーリーの表情に気づいたことで、どうにか俺は冷静さを取り戻すことができた。今のは俺が全面的に悪いな。

 でも、ちょっと仲間はずれにされたぐらいで、そんなしょぼくれた悲しい表情をしないでくれよ。そりゃ俺絡みの問題だから、俺がどうこう言える話じゃないんだろうけどさ。

 それこそ、俺が彼女を心配させなければいいだけのことで、天道のノリに流されなきゃいいんだけど……いいんだけど、マジで居心地が良いんだよな。彼女とのこのオタ同士の絡みみたいな感じが。落ち着くって意味では、シャーリーに抱きかかえられてる時が一番なんだけど。

 天道が幼馴染の悪友なら、シャーリーは俺の大切な恋人で、癒しの女神様みたいな存在であり、俺からしたら何の心配もしなくて良いと思うんだけど。隣の芝生は青いってやつかね、彼女からしたら不安でいっぱいなんだろうな。

 とは言え、スクルドの言葉一つで揺れ動いてしまうぐらい一国の姫が煽り耐性ゼロというのは、流石にお兄さん心配。

「ごめんな、俺に腕でもあれば少しは安心させてやれるのに」

 こういう時にスキンシップを取れないこの体を、毎度のことながら不甲斐なく感じてしまう。頭を撫でてやったり、軽く抱きしめてやるだけでも違うだろうに。あっ……でも、そういうの嫌いな女子もいるって聞くし、シャーリーがそういうタイプだったらどうしよう。

「……いいよ……ありがとう」

 俺の心を読んだのか、シャーリーは微笑んでくれた。彼女のこの表情を見ると、この娘と出会えて本当に良かったって思えるんだよなぁ。

「先輩ってさ、シャーロットにはほんと頭が上がらないよね」

(うるせぇよ。俺だって本気を出せばお前の頭が上がらないようにするぐらいかんた……かんたん……)

 いい雰囲気に水を指してくる天道に反論をしていると、俺を抱きかかえるシャーリーの腕の力が少しづつ強くなり、刀身が軋む音を上げ始めた。

「……頭……冷やす?」

 俺の体が痛みを感じるほどにキツく締め上げている腕とは違い、普段と変わらぬ平坦な声からではわからないが、どうやらこの感じ、堪忍袋の緒が切れる直前らしい。

(天道さんや、頭でわかっていても実際起こったら対処は難しい。という結論でこの話はまとめるというのでどうじゃろ?)

「うん、そうだねそうしよう。わ、私ももっと気をつけないといけないよね。頑張るよ、先輩のために」

 絞り出すような声で慌てて言い繕う俺の会話に、やはり合わせて喋る天道の顔が偉く引きつっているのを見るに、シャーリーの表情は、恐怖の色をよほど強く露わにしているのだろう。見たいような、見たくないような……うん、視線はそのままにしよう。じゃないとまたトラウマが増える。

 そう確信した俺は、天道と同じように引きつった笑みを浮かべることしかできずにいた。

「それでは、話もまとまったところで参りましょうか」

(……参るってどこへ?)

 恐怖の女王に心臓を鷲掴みにされている俺達を無視し、突然主導権を握ったスクルドに対して、俺は疑問を投げかけた。

「さぁ?」

(さぁ? じゃないですよスクルドさん! あなたそれ言いたかっただけですよね!)

 俺のツッコミに清々しいまでの笑顔を見せるスクルド。そんな彼女の姿に俺は呆れ、深くため息を吐く。会話に混ざれないからって流石にそれは強引すぎやしませんかね。

「はい! はい!」

 そしてもう一人、隙あらばと割り込んでくる天真爛漫娘天道に対し、嫌な予感を覚えつつも、仕方無しにと俺は質問を投げ返す。

(元気だけが取り柄の天道さん、何か要望がおありでございますでしょうか?)

「えへへ、特に無いんだな、これが!」

 彼女の返答は予想通りであった。ストレスが―! 壁を叩けない今の体が憎らしい!

 ムードメーカーの存在を否定するつもりはない、賑やかなのはとてもいいことだ。でもな、それも度が過ぎると……疲れるだけだ。

「……トオル……とりあえず……セリーヌの……とこに」

 アホみたいに笑う二人の表情にげんなりする中、建設的な意見を述べてくれたのは俺の真の女神、シャーリーだった。

(ああ、そうだな。お礼もしなくちゃいけないもんな)

 地下室からここへと辿り着く間に、俺達の居場所の心当たりを教え、シャーリーに剣を貸してくれたのはセリーヌさんだった。という話をシャーリーはしてくれていたのだ。そんな彼女に感謝を伝えたい。今のこのノープランな俺達の次なる目的としては十分過ぎるだろう。

 ほんと、この中でまともな提案をしてくれるのはシャーリーだけだよ。

 俺の体からは心の汗、もとい少量の魔力が水となり自然と溢れ出していた。そして、それを優しく拭ってくれるシャーリーの心遣いが、俺の心を掴んで離さない。

 天道も魅力的な女の子ではあるが、どうやってもシャーリーに軍配が上がってしまうのは、こういう小さな心遣いの差なのだろうなと俺は思う。

「セリーヌのとこ!? 私も行く行く!」

「私も行きます!」

(よし、それじゃあセリーヌさんのところへ感謝を伝えに行くか)

「おー!!」

 次なる目的地をセリーヌさんの家に定めた俺達は、無駄に元気のいい天道の掛け声を合図として教会の出入り口を開ける。

「シャーロットちゃん! それにアサミも!」

「けんしのおねえちゃーん」

 扉を開け放ったその先には、噂をすればなんとやら。これから顔を出そうと思っていたセリーヌさんとクロエちゃん姉妹が、俺達を待っていた。
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