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第三章 恋する駄女神
第87話 王女は不機嫌に静かに笑う
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むしろ、冷静になれば考えなくてもわかることだ。それは誰って?
俺だよ。
惚れた弱みに付け込むというわけでもないが、今の俺は偉そうに話、釣った魚に餌をやらない亭主関白のように振る舞っている気がする。
思い込み、心配しすぎの部分もあるかもしれないが、この状態を続ければ答えは明白だろう。熟年離婚される世のお父様方よろしく、荒野の中に一人寂しく捨てられるというわけだ。
そんなことになってみろ、寂しいとはいえ生きていけるだけマシな向こうとは違って、俺は動くことすらできないのだ! あ、いや……向こうは向こうで地獄かもしれない……ごめんなさい。
ともかく、洞窟でシンジに捨てられた時のような思いはもう沢山だ! 今度は天界に回収されることもないし、完全に詰みである。それだけは、それだけはなんとしても避けなくては!
(……いえ、お好きなように意見をお申し上げください。むしろ馬車馬のように扱ってください! お願いします!)
へりくだるわたくしめの態度に、お三人の絶世の美少女様方はお顔をお見合わせていらっしゃられる。……いかん、焦りで口調がゲシュタルト崩壊している。
(後生ですから、どうか私めに慈悲とお恵みを!)
ひたすら俺は低姿勢を続け、三人の機嫌を取ろうと試みた。誠心誠意、声を大にして。彼女たちの場合、素直に気持ちを伝えたほうが効果的なような気もするが、露骨に捨てないでとか言えない……
「あの、トオル様? 私達、そのぐらいで怒ったりしませんよ?」
「……大丈夫……トオルのこと……捨てたり……しないから」
「……あー、なるほど! 先輩は、私達を怒らせたら捨てられる、って思ったわけか」
この中に一人だけ察しの悪いのがいたようだが、皆に俺の想いは通じたようである。
(まあ、その……そんなところでございます)
「もー、先輩は心配症だなあ。そんなことあるわけ無いじゃん」
未だ地面に転がったまましょげかえる俺を持ち上げると、天道は頭を撫でるように柄頭に優しく触れてきた。くすぐったい感触に、俺はすっと目を細める。女の子の感触って、どうしてこう落ち着くんだろうな。
「もし先輩にそんなことが起きた時は、私も一緒に怒ったふりして、シャーロットが捨てて少ししてから拾いに来るから大丈夫!」
「そうですよ! 私ならそのまま逃避行を決め込みます!」
いつも通り変な所だけ計算高い天道の反応はともかく、逃避行って……そもそも、スクルドが何で俺のもとにやってきたのか、その理由すらわかってないんだよな。まあ、この数分の彼女の反応を鑑みるに、何となく察しはついてるけど。理由はともかくとして。
「……絶対に……捨てない」
そんな二人の反応に、シャーリーは天道の手のひらから俺をひったくると、刀身を力一杯抱きしめた。彼女の表情を見上げてみると、不機嫌そうに口をヘの字に曲げている。その視線に気がついたのか、彼女も俺の方へと視線を落とすと、目を細め、俺に対して何かを訴えかけている。そのように感じた。
しかし、それに対して何を言えばいいのか、今の俺にはさっぱりわからなかった。
「それにしても、なんで突然そんなこと思ったのさ?」
(いや、ここで捨てられたら完全に詰みだなと思ってさ)
天道の質問に答えながら、改めて辺りを見回してみる。数千人を優に収納できる広さのホールに、人々を見下すことの出来る圧倒的高さのステージ。よく見れば、燭台も禍々しい化物の姿をしており、こんな怪しさ満点の、まるで邪教徒の本部生贄の間みたいな場所に、誰が好んで来るっていうんだ。
しかもこういう場所って基本巧みに隠してあるわけで、見つかるのは十年後か、二十年後か、はたまた百年後……最悪、見つからない可能性すらありえる。
「あー、確かに。ここだと誰も来そうに無いもんね」
(だろ)
「それに、一人はやっぱり寂しいもんね」
(……だな)
感情のこもった天道の物言いに、俺は深く頷いた。俺とは環境が違うとはいえ、彼女もずっと一人だったんだ。誰一人見向きもしない、返事すら返してもらえない、それがどれだけ辛くて悲しいかわかるんだろうな。
「……ふーん……そっか……トオル……はしゃぎすぎ……だもんね」
(……あ、あの、シャーロット?)
天道の言葉に共感を露わにしていると、何やらシャーリーの口から不穏な言葉がつぶやかれたような気がした。
彼女の声は普段から抑揚が少なく静かに喋るのだが、しかし今回は一段と声のトーンが低い。まさか……本気で怒ってる?
「……捨てていこっか」
感情のこもらない瞳から放たれたシャーリーの言葉に、俺は全身を凍りつかせた。むしろ心の底まで凍りついた。彼女に対して、何かまずいことをしただろうか?
シャーリーが突然怒り出すような、そんな理不尽を突きつけたつもりはこれっぽっちもないのだが……しかし性別の差もあるし、俺が思う以上にちょっとしたことがストレスになっていたとか? 最近は天道に優しくしたりしてたし、嫉妬とか、やっぱりそういうのもひっくるめて我慢していたのかも。そこにスクルドまで加わって、彼女の感情が一気に爆発した? と、とにかく、とにかく何か言わないと!
(やめてください、勘弁してください、それだけはお願いします! 後生ですから見捨てないで!!)
焦って口から吐き出したのは、そんな情けない言葉の数々だった。彼女の蔑むような瞳から、私なんていなくてもいいよね? とか、八方美人のクソ野郎には興味ないとか、俺はそんな憎しみめいたものを感じざる負えなかった。情けない言葉を並べてしまったせいか、余計にである。
それでも俺が大好きなのは彼女で、彼女に見放されるなんてことは嫌で……いかん、更に言い訳じみてきた。
「……冗談」
(えっと、その、何言ったらいいか、どうしたら許して……へ?)
どうしたら良いのかわからず、とにかく早口でまくし立てる。そんななか聞こえてきたシャーリーの優しげな声に、完全にパニックに陥っていた俺は、あまりにも間抜けな声を上げてしまっていた。
改めて彼女の顔を見上げると、シャーリーにしては珍しい、小悪魔めいた意地の悪そうな笑みを浮かべていた。きっと、慌てふためく俺の姿が面白かったのだろう。
「……だから……冗談」
(じょ、冗談か。は、ははっ……はぁ)
からかわれていただけという事がわかり、ひとまず安心できたものの、本当に生きた心地がしなかった。こういう類のびっくりは心臓に悪いのでやめていただきたい。
(いやあ先輩。もう完全に尻に敷かれてますな)
ゲンナリとした表情を見せる俺の思考に、直接言葉が送られてくる。天道の声だ。
(うるせえよ。それよりもプライベート通信とか平気で使うなよ。バレるだろ)
ディアインハイトで繋がる直前、精神体を通して会話をしたせいか、シャーリーに繋いでもらったパスの中にもう一本、二人の独自回線みたいなものが出来上がったらしい。
(大丈夫大丈夫。何言ってるかなんてわからないって。それにこれ、私の魔力あっての芸当なんだから)
しかもこの回線、シャーリーのとは違って相互通信が出来、声を発さなくても会話が成り立つというすばらしい代物なのだ。実際言うように、彼女の魔力あってこそ成り立つ芸当なのだろう。
「……アサミ……トオルとのパス……切ろっか?」
しかし、表情まではカットできないらしく、どうやら直感で理解されたらしい。
「お願いします、勘弁してください、後生ですから、それだけはそれだけはやめてくださいシャーロット様ぁ」
天道を敵に回していた時も相当やばいと思ったが、シャーリーだけは敵に回したくない。彼女に泣きつく天道の姿を見ながら、俺はそう思った。
「……冗談……行こ」
そんな天道に微笑むと、シャーリーは何事も無かったかのようにすまし顔で歩き出す。
「さすが王女様。お強いですねぇ」
「ほんと、あの子には敵う気しないわ」
シャーリーの対応にスクルドは笑顔を、天道は苦笑いを浮かべていた。
俺だよ。
惚れた弱みに付け込むというわけでもないが、今の俺は偉そうに話、釣った魚に餌をやらない亭主関白のように振る舞っている気がする。
思い込み、心配しすぎの部分もあるかもしれないが、この状態を続ければ答えは明白だろう。熟年離婚される世のお父様方よろしく、荒野の中に一人寂しく捨てられるというわけだ。
そんなことになってみろ、寂しいとはいえ生きていけるだけマシな向こうとは違って、俺は動くことすらできないのだ! あ、いや……向こうは向こうで地獄かもしれない……ごめんなさい。
ともかく、洞窟でシンジに捨てられた時のような思いはもう沢山だ! 今度は天界に回収されることもないし、完全に詰みである。それだけは、それだけはなんとしても避けなくては!
(……いえ、お好きなように意見をお申し上げください。むしろ馬車馬のように扱ってください! お願いします!)
へりくだるわたくしめの態度に、お三人の絶世の美少女様方はお顔をお見合わせていらっしゃられる。……いかん、焦りで口調がゲシュタルト崩壊している。
(後生ですから、どうか私めに慈悲とお恵みを!)
ひたすら俺は低姿勢を続け、三人の機嫌を取ろうと試みた。誠心誠意、声を大にして。彼女たちの場合、素直に気持ちを伝えたほうが効果的なような気もするが、露骨に捨てないでとか言えない……
「あの、トオル様? 私達、そのぐらいで怒ったりしませんよ?」
「……大丈夫……トオルのこと……捨てたり……しないから」
「……あー、なるほど! 先輩は、私達を怒らせたら捨てられる、って思ったわけか」
この中に一人だけ察しの悪いのがいたようだが、皆に俺の想いは通じたようである。
(まあ、その……そんなところでございます)
「もー、先輩は心配症だなあ。そんなことあるわけ無いじゃん」
未だ地面に転がったまましょげかえる俺を持ち上げると、天道は頭を撫でるように柄頭に優しく触れてきた。くすぐったい感触に、俺はすっと目を細める。女の子の感触って、どうしてこう落ち着くんだろうな。
「もし先輩にそんなことが起きた時は、私も一緒に怒ったふりして、シャーロットが捨てて少ししてから拾いに来るから大丈夫!」
「そうですよ! 私ならそのまま逃避行を決め込みます!」
いつも通り変な所だけ計算高い天道の反応はともかく、逃避行って……そもそも、スクルドが何で俺のもとにやってきたのか、その理由すらわかってないんだよな。まあ、この数分の彼女の反応を鑑みるに、何となく察しはついてるけど。理由はともかくとして。
「……絶対に……捨てない」
そんな二人の反応に、シャーリーは天道の手のひらから俺をひったくると、刀身を力一杯抱きしめた。彼女の表情を見上げてみると、不機嫌そうに口をヘの字に曲げている。その視線に気がついたのか、彼女も俺の方へと視線を落とすと、目を細め、俺に対して何かを訴えかけている。そのように感じた。
しかし、それに対して何を言えばいいのか、今の俺にはさっぱりわからなかった。
「それにしても、なんで突然そんなこと思ったのさ?」
(いや、ここで捨てられたら完全に詰みだなと思ってさ)
天道の質問に答えながら、改めて辺りを見回してみる。数千人を優に収納できる広さのホールに、人々を見下すことの出来る圧倒的高さのステージ。よく見れば、燭台も禍々しい化物の姿をしており、こんな怪しさ満点の、まるで邪教徒の本部生贄の間みたいな場所に、誰が好んで来るっていうんだ。
しかもこういう場所って基本巧みに隠してあるわけで、見つかるのは十年後か、二十年後か、はたまた百年後……最悪、見つからない可能性すらありえる。
「あー、確かに。ここだと誰も来そうに無いもんね」
(だろ)
「それに、一人はやっぱり寂しいもんね」
(……だな)
感情のこもった天道の物言いに、俺は深く頷いた。俺とは環境が違うとはいえ、彼女もずっと一人だったんだ。誰一人見向きもしない、返事すら返してもらえない、それがどれだけ辛くて悲しいかわかるんだろうな。
「……ふーん……そっか……トオル……はしゃぎすぎ……だもんね」
(……あ、あの、シャーロット?)
天道の言葉に共感を露わにしていると、何やらシャーリーの口から不穏な言葉がつぶやかれたような気がした。
彼女の声は普段から抑揚が少なく静かに喋るのだが、しかし今回は一段と声のトーンが低い。まさか……本気で怒ってる?
「……捨てていこっか」
感情のこもらない瞳から放たれたシャーリーの言葉に、俺は全身を凍りつかせた。むしろ心の底まで凍りついた。彼女に対して、何かまずいことをしただろうか?
シャーリーが突然怒り出すような、そんな理不尽を突きつけたつもりはこれっぽっちもないのだが……しかし性別の差もあるし、俺が思う以上にちょっとしたことがストレスになっていたとか? 最近は天道に優しくしたりしてたし、嫉妬とか、やっぱりそういうのもひっくるめて我慢していたのかも。そこにスクルドまで加わって、彼女の感情が一気に爆発した? と、とにかく、とにかく何か言わないと!
(やめてください、勘弁してください、それだけはお願いします! 後生ですから見捨てないで!!)
焦って口から吐き出したのは、そんな情けない言葉の数々だった。彼女の蔑むような瞳から、私なんていなくてもいいよね? とか、八方美人のクソ野郎には興味ないとか、俺はそんな憎しみめいたものを感じざる負えなかった。情けない言葉を並べてしまったせいか、余計にである。
それでも俺が大好きなのは彼女で、彼女に見放されるなんてことは嫌で……いかん、更に言い訳じみてきた。
「……冗談」
(えっと、その、何言ったらいいか、どうしたら許して……へ?)
どうしたら良いのかわからず、とにかく早口でまくし立てる。そんななか聞こえてきたシャーリーの優しげな声に、完全にパニックに陥っていた俺は、あまりにも間抜けな声を上げてしまっていた。
改めて彼女の顔を見上げると、シャーリーにしては珍しい、小悪魔めいた意地の悪そうな笑みを浮かべていた。きっと、慌てふためく俺の姿が面白かったのだろう。
「……だから……冗談」
(じょ、冗談か。は、ははっ……はぁ)
からかわれていただけという事がわかり、ひとまず安心できたものの、本当に生きた心地がしなかった。こういう類のびっくりは心臓に悪いのでやめていただきたい。
(いやあ先輩。もう完全に尻に敷かれてますな)
ゲンナリとした表情を見せる俺の思考に、直接言葉が送られてくる。天道の声だ。
(うるせえよ。それよりもプライベート通信とか平気で使うなよ。バレるだろ)
ディアインハイトで繋がる直前、精神体を通して会話をしたせいか、シャーリーに繋いでもらったパスの中にもう一本、二人の独自回線みたいなものが出来上がったらしい。
(大丈夫大丈夫。何言ってるかなんてわからないって。それにこれ、私の魔力あっての芸当なんだから)
しかもこの回線、シャーリーのとは違って相互通信が出来、声を発さなくても会話が成り立つというすばらしい代物なのだ。実際言うように、彼女の魔力あってこそ成り立つ芸当なのだろう。
「……アサミ……トオルとのパス……切ろっか?」
しかし、表情まではカットできないらしく、どうやら直感で理解されたらしい。
「お願いします、勘弁してください、後生ですから、それだけはそれだけはやめてくださいシャーロット様ぁ」
天道を敵に回していた時も相当やばいと思ったが、シャーリーだけは敵に回したくない。彼女に泣きつく天道の姿を見ながら、俺はそう思った。
「……冗談……行こ」
そんな天道に微笑むと、シャーリーは何事も無かったかのようにすまし顔で歩き出す。
「さすが王女様。お強いですねぇ」
「ほんと、あの子には敵う気しないわ」
シャーリーの対応にスクルドは笑顔を、天道は苦笑いを浮かべていた。
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